34:物騒なお客様
場所はメレテ王国の国境である、イナクト辺境伯領のランミッド峡谷砦。
その敵対勢力側であるであるキゴッソ王国跡に出たところで、私は現在人型モードで木槌を振るっている。
「ライブリンガー! 次はこっちこっち!」
「ああ。任せてくれ」
飛び跳ねて手を振るビブリオの誘導に応えて私は次の作業へ取り掛かる。
私の離れた後では、入れ替わりに入った別の人員が細かなところを埋める仕上げ作業を行う。
「早く出城部分直さないとね」
「そうだね。ほとんど更地になってしまっているから、修理というよりは再建になってしまっているが」
今現在私たちが急ピッチで執り行っているのは、峡谷砦の壊された出城部分の再建修復だ。
先の防衛戦の後、私も加わって砦の修復作業を行い、王都へ旅立ってからも残った兵士の皆さんを中心に修理は進められていた。
だが私たちが人類領奪還の先遣隊として戻って来て、その時に形になっていたのは中心部分、いわゆる本丸部分のみ。最低限度の兵士さんが詰められる拠点としての機能を取り戻していたのみであった。
しかしそれでも充分な成果だ。
限られた人手で道具も乏しい中、国境の関を元の通りになど出来るわけが無い。
いや、重機や機械工具の類が潤沢にあって、それをフル稼働させられたとしても不可能だろう。
というわけで、戻ってきた私たちは、防衛設備を修復し、拠点としての機能回復と充実に勤めているというわけだ。
もっとも、更地になってしまったところには、私が魔獣軍団もろともにフュージョンスパイラルで吹き飛ばした範囲もあるので、自分の不始末の片付けという側面もあるのだが。
ともあれ、まるっと作り直しになったからには、より鋼魔と彼らが率いる大型魔獣に対して役立つように再設計も出来る。
地形と合わせて、待ち伏せ効果を生み出すように意識した虎口を構えた塀の並び。
見張り台や対空、対大型魔獣用の投石機の充実。
このように私が鋼魔を食い止めて、その間に魔獣の攻め手を人々が受け止めるという思想の元での設計に。
「でもさ、ライブリンガーが安心して鋼魔相手に専念できるように作り直すって言うのはいいんだけどさー……でもやっぱりライブリンガーがほとんど一人で鋼魔を追い返さなきゃいけないんでしょ? それってどうなのかな?」
ビブリオの空を見上げながらの心配はありがたく、もっともだ。
私はマックス形態も含めて、基本的には地に足をつけて戦うタイプ。空から攻めてくる相手に頭を押さえられては苦しい。
グリフィーヌなら、私との正面からの勝負にこだわる天空騎士である彼女であれば、私がぶつかっていれば済む話だ。だがそれ以外の、ウィバーンはどんな策を取ってくるのか分かったものではない。
「せめて鋼魔を正面から押さえられる、そんな巨体の味方もいてくれたなら……」
「悔しいけど、ライブリンガーの援護には居てもらわないと困るよね。悔しいけどさ……!」
大事なことだと悔しさを二度主張するビブリオに、私は大工道具を振る手を休めて、友の背を指先で撫でる。
「光の柱の勇者が従えるっていう聖なる獣たちも、もう駆けつけてくれたっていいのに!」
「ああ、言い伝えにはそんなのもあったね」
「天地が破滅へ誘われる時、光の柱より大いなる勇者現れ、聖なる獣を従え滅びへの道を断つ」……だったか。
天狼剣も存在したことであるし、伝承を頭から眉唾物と断じているわけではないし、今さら勇者の称号を大それたものだと拒絶する気もない。
ないがしかし、私としてはその瞬間瞬間に力を尽くしているだけ。なのでやはり意識としては抜け落ちがちだ。
いやこれは言い訳にしかなっていない。いないのは分かっているのだが……私としては正直、出会ってもいない味方を当てにする発想にはなれない。そういうことなのだ。
「……まだ出会えていないというのは時が来ていないということなのか……とにかく、無い物ねだりをしていても仕方が無いさ。天狼剣と違って探しに行けるものでも無いしね」
「そうなんだよね……大昔にも天変地異があって、それから大陸を救って石の眠りについた伝説の三聖獣がそうなんじゃないかーなんて話もあるんだけど、その眠りについた三聖獣のってそこらへんにあるんだよねー」
私のフォローにビブリオがげんなりとうなずいた通り、来てくれないのならと探しに行こうにも、踏み出せない理由がこれだ。
それらしい石像のあるどこもかしこもが、ウチの石像こそが正真正銘眠りについた聖獣様でございと主張していて、とても特定などできないのだ。
それに、仮に本物を見つけたとして、どうやって目覚めさせたらいいのか。その手段も分かっていないのだ。
迎えに行くだけなら虱潰しにでも当たっていけばいいのだろう。だが目覚めさせる手段が分かっていなくては無駄足になってしまう可能性のほうが高い。
分が悪い博打でも場合によっては躊躇なく乗るが、限度と言うものがある。
「どうかしたのかい、グラウ・クラウさん」
そんなことを考えていると、ふとビブリオの肩の白フクロウさんが浮かない顔になっていることに気づいた。
険しく細めた目を遠くへ投げていた彼は私の問いに首を巡らせるも、すぐにまた遠く鋼魔に支配された領域を眺め始める。
「いや、大したことではない。気にしないでくれ」
「いや見るからに大したことある感じじゃないのさ」
私の言いたかったことをビブリオに先回りにされてしまった。
しかしビブリオに問われても、グラウ・クラウさんは難しくした顔をそのまま、説明しようとはしてくれない。
物ぐさなところはあるが、賢いグラウ・クラウさんのことだ。今話そうとしないのも、何か決心のつかない不安要素があってのことかもしれない。
「なんだよ、話してくれたっていいじゃないか。力になれるかもだし。ボクはともかく、ライブリンガーは頼もしいでしょ?」
このビブリオの説得に、グラウ・クラウさんは唸りながら、首を右へ左へと回転させる。
「うむ……それもそうだな……」
話してみる。それだけなら問題ないと判断したのか、グラウ・クラウさんが意を決してその嘴を開く。
が、その瞬間に警鐘が鳴り響いてグラウ・クラウさんの言葉を遮る。
「敵かッ!?」
警告を受けてその原因を探す私の目にまず飛び込んできたのは、鋼魔の支配域側から昇る狼煙だ。
その色は、最大警戒である赤の煙。
そして立ち上がる煙にかすんで空にあるのは翼を広げたシルエットだ!
「ライブリンガァーッ!?」
迎撃の投石や魔法。それらの一切合切を無視して、私目掛けて一直線に急降下してくるのはメタルのグリフォン、グリフィーヌだ。
「離れて、まとまって援護の体勢に! けれど彼女だけなら一騎討ちで任せてくれていいッ!!」
「分かった! 気をつけてライブリンガーッ!」
ビブリオを始め、近くにいる皆に指示を飛ばした私は即座に車モードへチェンジ、建設中の出城のなるべく外郭へ向けて走る!
「待てえッ!!」
そんな私を狙って、頭上から稲妻弾丸の雨が。
避ける私だが、至近弾の威力に煽られ、左片輪から浮かされて横転。
しかし私とてただでは転ばない。
転がされてしまったならばと流れる車体を再び人型へチェンジ。片膝立ちに踏みとどまってプラズマショットを空へ。
だがそこで連射し続けずに飛び退くと、稲妻の爪がエネルギー弾を切り裂きながら私へ追いすがってくる。
迫るこれにスパイクシューターしつつのバックステップ。
「ロルフ、カリバーッ!!」
スパイクを弾かせて逆の爪が振るわれる間に狼の剣をコール。抜き打ちに叩きつけて鍔迫り合いに。
「この時を待っていた……! 今一度まみえて刃を交える、この時をッ! その為に動いたと聞くなりに飛んできたのだッ!!」
叫びながらグリフィーヌは猛禽の目をギラギラと輝かせながら剣に叩きつけた爪を押し込んでくる。
細身で飛行型だというのに相変わらずのこのパワー。このまま押し込まれるのは避けようと、私はロルフカリバーにエネルギーを流し込む。
これに分厚い刃が朝焼けに輝いて、グリフィーヌはひらりと飛び退って、光の刃から逃れる。
そしてすぐさまに有翼の女騎士へチェンジ。腕から伸ばした雷の剣で斬りかかって――。
「……私も、来たのがキミで嬉しく思う!」
これにエネルギーで覆ったロルフカリバーを叩きつけ、再び鍔迫り合いの体勢に。
「……なッ!? 何を言うか!? そんな言葉で、私を惑わそうとでも……!」
私ごと突き飛ばすようにカリバーを押し返して、翼と稲妻の刃を翻すグリフィーヌ。
そしてぶつけられる言葉と刃に、私もまた負けじと言葉と剣をもって応じる。
「そんなことはない! 誓って私の本心からの言葉だ。今襲いかかって来たのが、私との戦いだけに全力集中してくれるキミで、本当に良かったッ!」
私だけで受ければいい。本当にグリフィーヌはありがたい相手だ。
意味を見いだしていない破壊はせず、正々堂々に力と力を競い合う。
そんな彼女との戦いには、私もある種の清らかさのようなものを感じているのだ。
そこのところを誤解がないようにはっきりと言葉にして伝えただけだ。
だが怒りに目を瞬かせた彼女は、剣と爪をまるで嵐のような勢いで叩きつけてくるように。
まるで意味がわからない。
「恥ずかしげもなく……よくもそんなことをッ!」
「恥じるところなど、どこにあるとッ!?」
ひときわ強い声と剣を叩きつけ合った私たちは、その余波で互いに弾かれ離れる。
「私が全力を傾けていると分かっているのなら、それ相応の応じ方というものがあるだろう、いつまで手加減した姿でいるつもりだッ!?」
開けた間合いをすぐに詰めず、雷光の切っ先を突きつけてくるグリフィーヌ。
これまではあいにくと状況が作れずに応えられなかったが、今回はその必要もなさそうだ。
ようやく、彼女の心と力に報いることができそうだ。
「ああ、これまですまなかった。しかしこれまでは使う隙と、安心して振り回せる状況を作れなかった、それを含めての私の実力不足だと思ってくれていい」
「なに? 私との戦いでは使うに使えなかっただけだと?」
私はこのグリフィーヌの問いには答えず、ロルフカリバーの切っ先を天に向ける。
「マキシビークルッ!!」
私のコールに続いて、虚空に開いた門から現れる二台のマシン。
巨大なロードローラー、そしてタンクローリーの起こした地響きに、グリフィーヌは戸惑い混じりに羽ばたき身を浮かせる。
しかし私の全力形態を構成する巨大ビークルを見る目の瞬きには、確かに喜びのリズムが存在する。
そんな彼女の見守る中、私はスラスターを全開にジャンプ。
続いてマキシローラーが光の道を駆け昇って、ホバリングする私を追い越していく。
そしてローラーが頭上でそのボディを展開し、ローリーが真下で下半身を形作ったのを認めると、黒い車へチェンジしてまっ逆さま!
受け皿になるローリーのジョイント部分へ突っ込み、続けて降ってきたローラーの上半身とドッキング!
「ライブリンガー……マーックスッ!!」
額にバースストーンがせり出すと同時に巨大戦闘形態に意識の広がった私は、二分割のローラーから飛び出した拳をぶつけ合い、高らかに名乗り上げる。
「ハ、ハハハ……ついに、ついにか……ようやく貴公の全力とぶつかれる。味わえると……待ちわびたぞライブリンガーッ!!」
対して喜び叫んだグリフィーヌは、翼を風切り鳴かせて斬りかかってくるのだった。




