33:ふるさとに寄り道しよう!
ボク、ビブリオはいまクルマモードのライブリンガーの中、前左の席にいる。膝には寝こけたグラウ・クラウを乗せて、窓からおなじみの景色を見てるんだ。
足と荷車で固まった土と砂利の道。それをはさんで畑が広がって、目印みたいに木の家がポツポツとあるいつもの、正直見飽きちゃったくらいな、いなかの景色だ。
「でも、そんなに離れてたわけじゃないのに、なんかすごくひさしぶりな気がするよ」
「分かる分かる。離れてから色々走り回ったしね」
「そうね。私もなんだかほっとするわ。帰ってきたんだな……ってね」
「帰ってきた、というのは私も同感だな。この村で皆と出会ってから、それが私の始まりだからね」
ハンドル席のホリィ姉ちゃんに、後ろの席のエアンナ。そんなメンバーを乗せてライブリンガーが車輪を転がしてるのは、ボクらのふるさとラヒーノ村だ。
いまボクたちはメレテの都を出て、キゴッソを取り返しにランミッドの関所砦に戻る途中。だけどマッシュ兄ちゃんが、ボクたちラヒーノ村出身のが素通りもなんだろうって、しばらく別行動って、先に行かせてくれたんだ。ライブリンガーに乗れるだけなら、飛ばせばすぐだからね。
「それにしても、ライブリンガーにとってもふるさとかー……なんか嬉しいよね、姉ちゃん?」
「ホントね。誇らしい気持ちになるわ」
「でも勇者さまの始まりの村ねー……それでやたらに人が押し寄せてきたりしない? 大丈夫? 私みたいなキゴッソ生まれのが住み着いたのでもけっこう大変な感じだったのに」
「いやいや。この村から出て人々の間に名を馳せたのは私だけではないだろう? 三人のおかげで命拾いをしたと、大恩人だとしている人は多いことだと思うよ?」
苦笑しながらのエアンナに返すライブリンガーの言葉だけど、将を討ち取るやらのハデな活躍をしたのはライブリンガーだからね?
姉ちゃんもエアンナも同感みたいで、ボクがチラリって見たらやれやれってかんじの困り笑いを浮かべてる。
「誰のおかげかっていうのはまあともかく、それで村が豊かになる……なら、いいことではあるんだろうけど、ね」
「都みたいに村がにぎやかになる、っていうのは何かちがう気がするなー」
都は堅い囲いに、獣を狩る兵士さんたちもいっぱいで安全に暮らせることには間違いない。それは姉ちゃんも言うように良いことなんだろうけれど、ラヒーノ村にそうなってほしいかっていうと、やっぱりそうじゃないんだよね。勝手な話かな?
「おお? まさかと思ったが勇者様じゃないか! 乗ってるのは……ホリィにビブリオ、エアンナちゃんかい!? ホントにみんな無事で、ケガもしてないみたいだな!?」
ボクらに気づいておかえりって迎えてくれたのはハンターの爺ちゃんだ。弓矢といっしょに獲物を担いで、元気にしてるみたいで安心した。爺ちゃんがそのままずいずいと近づいてくるのに、ライブリンガーは車輪を止めて立ち止まった。そんな黒い車体の横窓から、爺ちゃんはシワをくしゃっとさせた笑顔で中のボクらをのぞきこんでくる。
「領主様の寄越してくださる衛兵さんや、行商人の持ってきてくれる便りやら活躍のウワサやらで、無事にやってるらしいとは知ってたが、この目で五体満足なのを見るとホッとするな。どれ、ひとっ走り神官さんを呼んできてやるか?」
「そんな悪いですよ。自分たちの村ですし、ライブリンガーの足は速いですから……」
「そうそう。それには及ばないよってヤツさね」
その声、ずっと小さな頃から耳になじんだその声に前を向いたら、白い神官服と黒い髪をヒラリとさせて馬を降りるフォス母さんがいた。
「先生!」
「わっほい、母さーん!」
しばらくぶりな母さんの姿に、ボクも姉ちゃんもエアンナもライブリンガーから飛び出して走ってく。そんな体当たりするみたいなボクらに、フォス母さんはニッと笑って受け止めてくれる。
「うわっほい! なんだいなんだい、勇者様に着いてって立派にやってるって聞いてたってのに、そんなにアタシが恋しかったってのかい?」
「いいじゃない! 私たちだって、先生が村で無事にやってる風なの見たら安心も実感になるってものだもの」
グルリとこの場で回って、飛びついたいきおい受け流して母さんが笑い飛ばすのに、ホリィ姉ちゃんが返して、ボクたちがそうだそうだって続く。そうしたら、母さんはボクら三人まとめて抱きしめて、良く帰って来たって。
この抱きしめる力が、なんかもう母さんのところにいるんだって気持ちにさせてくれて、胸が熱くなる。
「勇者様も、よくぞお帰りなさった。噂話にもこの子たちが世話になったとか……」
「いや、そんな。私の方こそみんなには助けられてばかりで……みんなが居なくては危ういところがいくつもありましたよ」
ライブリンガーのその言葉に、母さんは柔らかい笑顔でうなずき返す。
「さて、そいじゃここで立ち話もなんだし、村の出世頭のお帰りを村中に知らせたら、いい感じのところで腰を落ち着けて旅と戦いの話を聞かせてもらうことにしようかね。手紙に書ききれなかったところだってあるんだろう?」
「それはもう、つもる話が!」
というわけで、ボクたちは母さんに言われるままに村の中をぐるっとただいまのあいさつをして回って、それから宴会が始まるまでを近くの川で過ごすことになった。
「あー! やっぱり村はいいなぁ。広さとか安心感とか、そのへんがちょうどいい具合でさ。落ち着くー」
「私も同感だな。都では歩くのにも車になって通るにも、こうやって座るのにもいい具合の広さで誰のでもない所を探さなくては、だからね」
「それは、ライブリンガーだけ……っていうか、巨体ならではの不便さ、じゃないかしら」
「それはそうでもあるけれど、ね!」
そう言ってライブリンガーが振ったのは釣りざおだ。おっきな丸太まるまる一本から削りだして作ったそれは、小さな魔獣なら叩き潰しちゃえそうなくらいに大きくて丈夫そうなのだ。
でもそんなさお本体のサイズとは逆に、取り付けた糸とその先の針は普通の……っていうか村に置いてあった人間用のだ。そこまでライブリンガーサイズにしちゃうと、おっきな魚型魔獣しか食いつけなくなっちゃうしね。モリじゃなくて釣りざおのもおんなじ理由でだ。
こう言うのをサクッと用意できちゃうあたり、ライブリンガーって手先が器用なんだよね。生き方はともかく。
「……っと、かかったね」
そんな一言といっしょにヒョイっとさおを振ったら魚が高く舞い上がって、ライブリンガーの指の間に。大きな金属の指に挟まれた魚は、潰れたりしないで、でもまったく身動きがとれずに口をパクパクとさせてるだけだ。
「わっほぅい、まったく絶妙な力加減じゃないのさ。また器用になっちゃいないかい?」
「旅の間にも色々と学びましたからね」
「なるほどね……っと、天地に満ちる力を巡らす四柱の精霊神様がたよ、この手に糧を巡らせてくれたことに感謝を!」
そんなライブリンガーの技に感心しながら、フォス母さんは鉄の指の間で魚の口から針をはずして受けとる。とたんにビチビチと暴れだした川魚には驚かされてたけれど、四大精霊神様に早口に祈って素早くしめる。
そんな母さんの手際の間に、ボクは自分の釣りざおから手を離してライブリンガーの針にエサのミミズをつけてあげる。いくら手先が器用だからって無理がある作業だもんね。
「はい、できたよライブリンガー」
「ありがとう、手間をかけるね」
「いいのいいの! もっとボクに頼ってくれていいんだからね」
細かすぎる作業や狭いところに手を突っ込んでるくらいだけれども、ライブリンガーの役に立つのは、頼られるのは嬉しいよ。
「ビブリオ、引いてる引いてる!」
「うわっと!」
ライブリンガーの役に立ってたら、そればかりじゃいられなくなって、慌ててさおを引っ張りにいく。川の中に引っ張られかけたさおを、すんでのところで捕まえて持ち上げたら、大きな魚がついてくる。さおも無事で獲物もついて来る。ちょいとヒヤッとさせられたけど一安心だ。
「ちょっと、あのまま川に飛び込んじゃうかもしれなかったんだから、危ないじゃないのもう!」
「まあそうだけれども、結果としては無事だったんだから、まず良しとしようじゃないか」
「そうね。無事でよかった。でも危なかったのもエアンナの言う通りなんだから、次は慌てて取りに行ったりしないで」
「分かったよ、ごめんね姉ちゃん、みんな」
「もう、ホリィ姉やライブリンガーの言うことは素直に聞くんだから!」
ボクが素直に謝ったのに、エアンナが頬を膨らませるのに、みんなして笑う。なんだよもう。ちょっと面白くない気分になりながら、新しいエサをつけた針を川にやる。
「それにしても、良く釣れますね。出発する前にはこんなに獲れてる感じは無かったと思うんですが」
「ああ。どういうわけか近頃は猟も釣りもいい具合でね。魔獣もデカイのは出てこないしで、割りと調子がいいのよさ」
ライブリンガーの疑問に母さんがさらりと。そう言われてみたら、今日の釣りはいい感じだし、猟の獲物もいいのを担いでた。いいことなんだけど、なんでまたそんな風に?
そんなはてなを抱えてると、倒木に止まってたグラウ・クラウが目を開ける。
「ホッホウ。恐らくここら一帯の魔獣で、ヌシに当たるのがいなくなるかしたのではないかな? なわばりを変える旅の前に大物を食べて力を蓄えるかした、とかな」
ヌシって言うと、ライブリンガーと会った時のガイアベアかな? バンガード化からライブリンガーが助けてから見てないんだけど、どうしてるんだろう?
「わっほうい。あり得る話だね……って、話には聞いてたが、フクロウが喋るってーのはなんともおかしな感じだね」
「人間が喋ることが出来るのだ。何が言葉を操ったところで不思議はなかろう? ホッホウ」
強い大喰らいがいなくなった。そんなグラウ・クラウの推測と返しに、母さんは違いないってうなずいて、捌いた魚を干物にする前準備をしてく。新鮮な内に臭み抜きの薬草と合わせて焼いて食べるのも美味しいんだけど、今夜は村の宴会だからね。仕方ないね。
「なら追加で一品付け足せるようにもっと釣らないとね……っと、言ってる内に来たかッ!?」
川の中に引っ張られる感覚に反応して、ライブリンガーが合わせて引く。それでまた魚が一匹川の中からポーンと飛び出す。けれどそれを追いかけて出てきた大きなハサミが魚を掴む。
「スパイクシューターッ!!」
獲物を奪い取ろうとするハサミの持ち主を狙って、ライブリンガーはとっさに鉄杭を水の中に!
水柱を立てたその一撃のあと、ぷかりと浮かんでくるものが。水面に浮かんだ島っぽいそれはカニの甲羅だ。ライブリンガーのシュートしたスパイクを、目の間の甲羅の継ぎ目から生やした大きなカニ型魔獣だ。
「コレ、は……食べられるんですか?」
「どう、かねえ? たまに獲って食べてるのがこれの幼体ってんなら……コレも食べれないことはないんだろうけれど、ここまでのは試せたことも無いからねぇ」
思いがけずに獲れた巨大淡水カニに、仕留めたライブリンガーだけじゃなく、ボクたちみんなでどうしたもんかって顔を見合わせる。
結局、仕留めたからには獲物として魚と一緒に村に持ち帰ることに。それで夜の宴会で焼いて食べてみたら、宴だって言うのに村中が静まりかえっちゃった。いや、悪い意味じゃなくて、美味しすぎてつい黙っちゃったってことで、ね。
その証拠に村のみんなはライブリンガーに出発前にもう一匹獲ってきて欲しいなんてお願いしちゃってたんだから。




