31:招集、ヤゴーナ首脳会議
「スパイクシューターッ!!」
アクセル全開の黒い車形態からチェンジしながらの鉄拳と同時に前腕から突き出すスパイク!
これが恐竜めいたリザードマンの肩の鱗を貫通し、石の斧を手放させる。
痛みに苦悶の呻き声を漏らす爬虫巨人だが、私を睨む目から闘志はまるで消えていない。なので顔面にダメ押しのプラズマショット、からの尻尾を掴んでの背負い投げ!
背中から地面にぶつかり地響きを立てたダイノマンは、このダメージに懲りたのか、傷ついた肩を抑えながら転がるように逃げていく。
退くのならそれで良しとして、私は深追いせずに振り返る。
「大丈夫ですか? お怪我は?」
「うむ。問題ない。流石は我がイコーメにも音に聞こえた勇者殿。魔獣程度は軽いものと言うことか」
「いえ、そんな……あの魔獣が鋼魔の手先にされていなかったおかげ、というだけです」
「そう謙遜することもないと思うがな」
私の安否の問いに応えたのは、飾りたてられて重たげな衣装に身を包んだ立派な角と髭を持つ男性だ。
頬や手の甲に鱗を生やした竜を思わせるこのお年寄りの男性は、メレテと同じくヤゴーナ連合に属するイコーメ国の国王陛下だ。
そう、私ライブリンガーは今、外国の重要人物の護衛を行っているのだ。
話の起こりは、私の出現からのメレテ王国内での鋼魔軍に対する勝利を受けて、連合に所属する国家の首脳陣を集めようという話になったことだ。
私という新たな流れを受けて、今後の方針を固めたい。というのが音頭を取り、各国首脳を呼び集めるメレテの主張である。
必要なことだと私は思うのだが、仲間たちの中には、この話を聞いて悩ましげに顔を歪めるのもいた。
具体的にはマッシュとフォステラルダさん。それにグラウ・クラウだ。
国の、代表同士の会議だ。自然と複雑にごちゃごちゃとしたものになってしまうことだろう。
しかし人々の、集団同士の意識共有と足並みを整えるのは必要不可欠なことだ。
鋼魔は強大だ。
これまでの勝利も、私一人で拾ったものなど無いに等しい。
みんなの力がどうしても必要だ。
これは……鋼魔との戦いは、ヤゴーナという人間たちの戦争なのだから。
頭がいい、というか戦略眼のある仲間たちが揃って難色を見せていることは気になる。が、彼らの心配はあっても避けて通るわけにもいかないのだ。
そんなことを考えながら王様の近くで大物魔獣、あるいは鋼魔の誰かが襲ってこないかと目を光らせていると、マッシュがビブリオを連れて駆け寄ってくる。
「こっちはあらかた片付いたぜ、大将」
「グラウ・クラウが空からも見てくれてるけど、とりあえず近くに魔獣はいなさそうだよ」
ビブリオが指差す先には、太陽の高い青空を円を描くように飛ぶ白いフクロウの影がある。
「ありがとう、二人とも」
「なんのなんの。デカブツをライブリンガーが引き受けてくれたから、俺らは無理なく小物を蹴っ飛ばすだけですんだからな」
「グラウ・クラウを働かせるのにちょっと魔力は使っちゃったけど、大したことないよ」
「ビブリオが魔法使って思いっきり打ち上げてやっとだもんな、あの自称賢者様は」
「今も飛んでるって言うよりは、ゆるゆるって降りてきてるだけだしね」
そう言っている内に、空を滑り台にするように降下してきたグラウ・クラウさんは、ビブリオの肩に音もなく止まるや目を閉じる。
布団を被るように自分の羽毛に首を埋めた彼に、ビブリオは呆れたようにため息をつく。
「まあとにかく出発しようぜ。返り討ちにした分は荷物になったし、これ以上のんびりしてても欲張って狩りに出掛けちまうヤツも出てくるかもだしな」
「ああ、そうしよう」
マッシュが冗談めかして出発を促すのにうなづいて、私は黒い車にチェンジ。
出発の号令を欠けたマッシュが、ビブリオとグラウ・クラウと一緒に乗り込んでくるのを受け入れた私は、イコーメ王様の馬車を先導する形で前に出る。
「では参りますよ」
「うむ。引き続きよろしく頼む……と言いたいところじゃが……」
了承の返事と馬車に乗り込もうとした足を途中で止めた竜人王様は、私に歩み寄る。
「余も勇者殿に乗って見たいのじゃが、いかんかな?」
「陛下ッ!?」
私の中を覗き込みながらのイコーメ王様の言葉。これにひっくり返ったのは同行の家臣団の皆さんだ。
「いきなり何を仰るのですッ!? 乗ると? メレテの勇者殿に!?」
「うむ。実は乗り心地がいかがなものかと、顔を合わせてから道中興味津々でな。一度どうしても試してみたいのだが、いかんのか?」
「それは……」
心底不思議そうに首を捻るイコーメ王に、近衛役の若い竜人さんたちは困惑気味に顔を見合わせ、次いで私を見る。
その眼には例外なく不安げな色が見える。
「……また、この目だよ」
ビブリオは不満げだが、無理もないことだ。
私の勝ち得た信頼は主にメレテ王国内でのもの。連合の義務として援軍に派遣されていた人たちならばともかく、そうでないイコーメ人の方々からすれば、私はよく分らない乗り物に変身するメタルの巨人でしかないのだ。
自分たちの主君の身柄を預ける気にはまずならないだろう。王様の身辺警護が仕事の人たちならばなおさらだ。
「ですが陛下……まさか、この者たちと共に乗るおつもりではありませんよね?」
おっと、まさか不安の目は私だけでなく、中のマッシュとビブリオたちにも向けられていたのか?
これは心外だぞ。
「失礼。確かに一国の主という身の上には相応の持て成し方というものはありますでしょう。ですがビブリオもマッシュも、私の仲間に疑いの目を向けられるような人間はいませんよ?」
この言葉に竜人王様は虚を突かれたように目を瞬かせ、その警護役であるイコーメ騎士の皆さんはたじろぎ後退りする。
「おいおい、気持ちはありがたいが落ち着いてくれって大将」
「そうだよ。王様が平民の乗ったのと一緒するなんて言ったら、護衛でいる人が困っちゃうのは普通なんだからさ」
しかしそこで私のハンドルや座席を撫でながらの宥めの声がかかる。
これを受けてやっと気づいたが、私のボディは獣のように唸りを上げ、ヘッドライトを強く、激しく輝かせていたのだ。
友人たちに向けられた意識があったとはいえ、自分で思う以上に興奮してしまっていたようだ。
イコーメの騎士、兵士さんたちの中には反射的に武器に手をかけてしまっている人たちさえいる。
これはよくない。マッシュたちにも、イコーメの皆さんにも申し訳ないことをした。
「申し訳ない。私としたことが……」
無意識に昂ってしまったボディを鎮静化させて、私はイコーメの皆さんに陳謝する。
「いやいや構わん。余は気にしておらんぞ勇者殿」
脅かしてしまったことの謝罪に、イコーメの王様はまったく気にした様子もなく朗らかに応じてくれる。
なぜか合わせて私のドアを開けて中へ、助手席に乗り込んできているが。
「へ、陛下ぁッ!?」
「うひょひょひょひょ! もう乗っちゃったもんねー」
しれっと乗り込んでいた主君に気づいて、イコーメの騎士・兵士の皆さんが目を剥く。が、対する主君はと言えば、まるでいたずら者の少年のように窓の外を挑発している。
これまではもっとこう、厳格で老練なイメージだったのだか……随分とその、はじけた一面もお持ちのようだ。
人は見た目によらない。と言うべきか、それとも重責を負う立場なだけに二面性が強くなる。と言うことなのだろうか。
「うひょひょひょひょ! さぁて、乗ってやったぞ、乗ってやったぞ! 出発と行こうではないかね、うひょひょひょ!!」
年齢と立場にそぐわない、品を欠いた笑い声を上げながら、イコーメの王様は前方を指さしてレッツラゴーとばかりに急かす。
想像でしかないが、これも竜人王様なりの気晴らしなのかも知れない。そう思うと、立場を盾にお諌めするのも気が引けてしまう。
「あの……道中の安全はしっかりと守りますので、お望みのままにさせて下さい」
「あ、ハイ……申し訳ないが陛下のこと、くれぐれもよろしくお願いいたします」
あきらめきった騎士さんたちの了承を受けて、私はメレテ王都に通じる道を進みだすのであった。




