30:生き残って勝ち得たものがあるのなら
「聖女様のおかげで命拾いしましたよ。ありがたやありがたや~」
「や、あの……感謝の言葉は嬉しいんですけど、聖女はやめてください……」
「何を言うんですか聖女様。聖女様の献身的な治療が無きゃあ、俺は生き延びても再起不能だったんですよ? 讃えて何が違うって言うんです?」
「そ、それはそうかもですけどぉ~……」
王都防衛を無事成し遂げ、それから数日を置いたメレテ王都。
その獅子像の広場で、聖女という呼び名に恐縮するホリィに、感謝でゴリ押しにするのは包帯だらけの男性だ。
彼はメレテ王国軍に属する兵士さんで、王都防衛戦で負った重い傷をホリィに癒してもらったというわけだ。
もちろん、治療を受けたのは彼一人ではない。国境砦の防衛戦から、ホリィは何人も何人も負傷者を回復させ続けてきている。
その活躍から、いつしか誰ともなくホリィを「聖女」という称号で呼び始めたというわけだ。
「けど……治療も私一人でやってたわけじゃありませんし、それに命拾いしたって言うなら、やっぱりライブリンガーの活躍があってこそですよね?」
おおっと、私に私に飛び火したぞ。
負傷兵さんは、ホリィの視線をたどって私の黒い車体を見るも、ホリィの前からは動かない。
「確かに勇者様には助けられました。助けられましたよ。でもですね、やっぱり再起には聖女様がいなくちゃってなモンですよ!」
「その通りだね。私には建物の修復はともかく、人体の回復に役立てることは少ないからね」
私は治療魔法の使い手でもなければ、不思議なスーパーメディカルマシーンを詰め込んだ救急車でもない。
せいぜいがマキシビークルと一緒に、怪我人を治療できる人物の元に運ぶか、あるいは治療の手を持つ人物の足になるのが関の山だ。
そういう意味では人命救助の面において、私とホリィとビブリオで組んだチームは非常に強力だと言えるだろう。
「勇者様が鋼魔を打ち破って、聖女様が生き延びた人間を癒して生かす。まさに無敵の布陣の形になるわけですな!」
「……なんだか、ライブリンガーが勇者って呼ばれるのを遠慮する理由が実感できた気がするわ……」
私の考えに追従して力説する負傷兵さんに、ホリィは疲れた様子で私の車体を撫でる。
目の前のやるべきことをこなした。それだけで大げさに持ち上げられてしまうのは気の毒には思う。
しかし裏を返せば、それだけ勇者や聖女と、人々が心の拠り所を、支えとなる希望を求めるほどには追い詰められているということでもある。
大物を一人討ち取ったとはいえ、鋼魔に散々に脅かされた人々にはまだまだ望みの芽が見えた程度だということか。
「ホリィ姉ちゃーん、ライブリンガー!」
そうしてより多くの希望が必要とされている現状に思いを馳せているところへ、ビブリオとエアンナが揃って駆けてくる。
「おお、小さな聖者様もいらっしゃったか」
白いフクロウを肩に留めたビブリオの姿に、負傷兵さんが称号を添えて迎える。
「わっほい。治せるケガを見つける度に回復魔法かけてっただけなのに、なんか照れちゃうなー」
ホリィと同じくいつの間にかつけられていたこの異名に、ビブリオは照れ臭そうに笑いながら、呼ばれるままになっている。
こうした重圧をものともしない姿勢は、私もホリィももっと見習うべきところだな。
「それよりホリィ姉ちゃんもライブリンガーも、まだ工事と手当てに回んなきゃいけないところがあるんだからさ、早く行こうよ」
「おや、こりゃ余計にお引き留めしてしまったようで。申し訳ない」
「いえ。それではお大事に」
申し訳なさそうに頭を下げる負傷兵さんに、ホリィはにこやかに返して、私に乗り込んでくる。
「ほらグラウ・クラウ。ひとっ飛びに飛んでって連絡してよ」
「……いやだ、眠い」
「何よケチ! こんなケチを守り神だなんて考えてたなんて、私のご先祖どうかしてるわ!」
断固として動こうとしないグラウ・クラウさんに、エアンナは頬を膨らませて地団駄を踏む。
「……ああ、そうだろうな。否定はせんよ」
だがこの怒りと非難に、グラウ・クラウさんはビブリオの肩の上で目も開けず、首をすくめて自分の羽毛に籠っている。
「こんの! 捌いて焼き鳥にしてやるんだからッ!!」
「エアンナやめろよ、やめとけって。やる気があるときは結構やってくれるんだからさ……気持ちはわかるけど」
カッとなった勢いのまま掴みかかるガールフレンド。
ビブリオはその手を避けながら、なだめてグラウ・クラウさんを庇う。もっとも、協力者である肩の白フクロウを見る目にはエアンナへの同情が滲んでいるが。
「まあ、動いてくれないのを無理に動かすこともないよ。さあ、乗った乗った」
話を切り換えるべく、私からもなだめつつ後部座席のドアを開けて、二人と一羽を私の中へと促す。
するとエアンナは唇を尖らせて、見るからに渋々とした態度ではあるが、矛を収めて車内に乗り込んできてくれる。
ビブリオもこれを受けて胸を撫で下ろすと、肩の白フクロウさんを咎めるように荒っぽく撫でながらエアンナの逆側から私に乗り込む。
「それでは聖女様も勇者様も、お忙しくしても無理はなさらないでくださいよ」
「そう心がけたいところなのですが……」
「あいにく、助けられる命が目の前にいるなら、多少の無理は押し通してしまうのが私たちですからね」
「だよねー。ライブリンガーもホリィ姉ちゃんも無理しいだからさー」
「……お前も人の事は言えんだろう、ホッホウ」
「もう、そこはお互いに注意する感じでいるとか言おうよ」
エアンナの座席に身を沈めての突っ込みと、負傷兵さんの見送りを受けて私はタイヤを転がし始める。
すると進む先々で、すれ違う人たちが足を止めては私の黒い車体に目を止める。
「おお、聖女様と小さな聖者たちだ!」
「あの乗っているもの、あれは何だ!?」
「知らないのか? あの馬なしの馬車は勇者様が、ライブリンガー様が変じたお姿なんだぞ!?」
「おお! つまり勇者様と聖女様たちがお揃いでか!?」
歓声を上げて手を振る人々に、ホリィは私が開けた窓から笑顔を見せて、手を振り返している。
またビブリオも、窓から身を乗り出すようにして都の人々の声に応じる。
「も、もう……固まって移動してるだけでこれなんだから……私なんか大したこと出来てもないのに巻き込まれて……なんかヤダな」
一方のエアンナは居心地悪そうに身を縮め、ドアの影に隠れるように身を寄せている。
エアンナはそうは言うが、歓声から逃げるほど場違いなことはないと思うのだが。
確かにエアンナには、ビブリオのような四属性すべての魔法を使いこなすような優れた才は無いかもしれない。
だが聖女聖者と称えられるホリィとビブリオの活躍も、エアンナが軽傷者や応急処置で保たせられる人たちを手当てして回るサポートがあってこそのものがある。
比較対象が華々しすぎるだけで、彼女の年頃からしたら充分以上の働きだ。
誇りこそすれ、卑下することなど何一つない。
「なに言ってるのよ、もう!」
そんな考えを素直に吐露してみたのだが、エアンナは唇を尖らせて外からの盾にしたドアに顔を隠してしまった。
何故だ。
しかもビブリオもホリィも、この私の疑問を察しているのか苦笑している。
解せぬ。
そんな納得できずにいる私の中で、ホリィは外に向けた手と笑顔を整えて囁く。
「……でも、エアンナじゃないけれど、こうパレードになっちゃうんじゃあ、落ち着かないわよね」
「それはね。言えてるけどさ……でも、ボクはちょっと嬉しいかも」
「凄い人になれた気がするから?」
「そんなことより、これでもうライブリンガーが鋼魔の間者呼ばわりされることはなさそうで、だよ」
「ああ、そうか……」
エアンナの軽口に眉をひそめて返したビブリオの言う通り、私を勇者と呼ぶこの声は、私を味方だと認めているが故のものだ。
もちろん、これがメレテ国民全ての声ではない。それに、信頼に応えようとの努力なしに保てるものでもない。
だがこの瞬間、今この時までに勝ち取り積み上げてきたモノが、私たちが受けている声の雨であることに違いは無い。
「嬉しいものだね」
この感動に、私の内にあるバースストーンも暖かくなるのであった。




