29:新たなる器を得て
「まずは踏みつぶしてやろうかッ!?」
魔獣を吸収合体し、マックス形態の私をゆうにしのぐ巨体を得たキマイラ・バルフォットは、雄たけびの残響も鎮まらぬ内に私に圧し掛かりに迫る。
「……やられっぱなしになると思うなッ!?」
これに私は四門のプラズマショットを連射しながら、押し潰しにかかる相手に踏み込む。
そして振り上げた腕に、鋼鉄化した虎の爪が落ちてぶつかる。
「えらく威勢がいいな!? ネガティオン様に散々に叩きのめされて、その上で剣も折れて失ったというのになッ!?」
圧し掛かりながら、巨大なヤギの頭とそこに生えた人型の上半身が私の不利を思い知らせるように声を揃えて嘲笑う。
なるほど、状況は確かにバルフォットが言う通りだ。
私の装甲に出来た亀裂や裂け目からは、悲鳴のようにスパークが溢れている。
強力な武器であった天狼剣も、無造作に破壊されてしまった。
だが――!
「私自身はまだ折れていないぞッ!!」
叫んだ私は腕のローラーを回転。
純粋な回転と生じたエネルギーを掛け合わせた威力でもってキマイラ・バルフォットの爪を弾き飛ばす。
そうして浮き上がったキマイラの巨体の懐へすかさずイン。破壊の左回転を纏わせた左拳を叩き込みに!
「おおっと! さすがによく動く!?」
「ぐおッ!?」
だが計算ずくで引き込んだとでも言うのか、待ち構えていたように振るわれた尾が私を横殴りに打つ。
これにバランスを崩したところへ、キマイラ・バルフォットは私の肩に爪をかけ、再度の踏み潰しに。
さらに畳み掛けるように三つの首それぞれから魔力を放ってくる!
飛竜のアイスブレスに、虎の吐く炎。それに加えてヤギの角からの暗黒波動。
三属性の魔力が作るトライアングルは、両腕のシールドストームを隙間から突き破り、私のボディを容赦なく突き刺す。
しかも脱出しようにも、巨体の重みと爪とで身動きがとれないようにガッチリと押さえ込んできている。
このままただ守りを固めていても押し潰されるだけだ。
ならばと私は両腕のローラーを反転。
破壊の左回転で生じた竜巻が私自身にも食い込むのを構わず、圧し掛かるキマイラの巨体へ叩き込む!
「お・お・おぉッ!?」
衝突する二つの破壊竜巻はキマイラ・バルフォットの爪を私から剥がし、その巨体を空高く持ち上げていく。
やがて翼はもちろん、ボディの大半が削れたキマイラ・バルフォットは竜巻に弾かれる形で放り出される。
傷ついた翼ではどうにもできず、引っ張られるままに地面に向かう鋼の合成魔獣へ、私は機能するスラスターを全開に突っ込む!
これにバルフォットはヤギの角から牽制の暗黒弾を浴びせてくる。が、私は左腕に纏わせたシールドストームで弾きつつ、着地点を狙って竜巻渦巻く右腕を叩き込んだ!
「シュートォッ!!」
そしてすかさずに渦巻くエネルギーを解き放ち、魔獣たちの群れにボウリングの如く叩き込む。
「すかさずにもう一発……ッ!」
「なぁーんちゃって」
ダメ押しにもう一発とローラーの回転を上げた私の前で、キマイラ・バルフォットはひょいと体を持ち上げて角から暗黒弾を放ってくる。
一瞬で正面を埋め尽くした密度。加えて計測した一発一発のエネルギー量。これらから私は先の牽制弾とは段違いだと判断。押し込むのを踏み止まってダブルシールドストームで受け止めに回る。
攻撃を凌ぎきってシールドを散らすと、バルフォットが崩れた飛竜と虎の首とで手近な魔獣を手当たり次第にむさぼる様子が目に飛び込んでくる。
魔獣の生命、そして生きながらに食われる怨嗟を糧にして、キマイラ・バルフォットのメタルボディはみるみるうちに自己修復されていく。
「味方になんと言うことをッ!?」
この惨たらしい光景に、私は反転させたローラーが勢いに乗るのを待たずにプラズマショットを連射。
しかしキマイラ・バルフォットは大きく羽ばたいて上空へ逃れ、竜と虎の首で咥えていた魔獣の肉を咀嚼し、ボディの修復を終える。
「味方だと!? 獣どもなど、所詮は家畜よ!!」
回復を許したこの失敗に、私は上空の巨大合成鋼魔へバスタートルネードを急ぎ発射。
しかしキマイラ・バルフォットは六枚の大きな翼を羽ばたかせその巨体をひらりと翻す。
そして私の破壊竜巻の外を逆回しに辿るように降下。巨体を私に被せてくる。
「そう何度も何度も踏みつぶされは!」
このひとつ覚えの巨体任せに、私は真っ向から左拳を振り上げ迎え撃つ。
が、バルフォットの巨体はビクともしない。
それどころかメタルのキマイラボディはその重さを、大きさを増して、私の迎撃を強引に押しつぶしに来る。
「ハハハ!? どうしたどうした!? このままではまた我輩の下敷きだなぁ!?」
挑発の声も上機嫌に、際限なく大きさを増していくバルフォット。
重みのせいで足が地面にめり込んでいく中、私は突き上げた腕のローラーを回転させる。
しかしそこへバルフォットのトライアングル魔法が私を締め上げに再び。
ダメージ痕を容赦なく突き刺して私の中をかき乱す力に、私はたまらず片膝をついてしまう。
さらに畳み掛けるように、ローラーの回転を食い止めに掴みかかる爪が。
だがおかしい。
前足である虎の爪は、私を逃がすまいと両脇を掴んでいる。
ではローラーを握るこの爪は?
この疑問に従い辿ってみれば、私が拳を当てて持ち上げているキマイラの底部と繋がっているのを見てしまった。
これを認識したその瞬間、キマイラボディの腹に、竜と虎の部分を裂くように割れ目が入る。
大開になったその奥には毒々しく輝く緑色が。
恐らくはバルフォットの心臓部であるイルネスメタルなのだろう……が、何故か目があったような気になった。
直後、ワイヤー状のものが光の灯った裂け目からドバッと溢れ出す。
それは当然、合成鋼魔の支えになっていた私を塊の中に沈める。
これで終わればただ不気味なだけ。だったのだが、当然この程度で終わるはずがない。
溢れたワイヤーの外側からはみ出したものが這うように私の腕や肩など上体に絡みつき、縛り上げようとしてくる。
そればかりか、私を沈めたワイヤーの中を掻き分け迫ってきたモノが、ドリル状の先端を私に押し当てて抉りにかかってきている!
それでこじ開けられた装甲からトライアングルを成した魔力が流れ込み、内側から焼き払うことになる。
その毒牙はついにマックスボディの奥、コアである私にまで届いて――。
「うっぐぉおおおおッ!?!」
「フッハハハハハ!! とうとう終わりだな、ライブリンガーッ!!」
決定的なところにまで届いたダメージにさらに崩れる私を感じ取っているのか、バルフォットは高笑いしている。
悔しいが、今はもう完全に彼の術中にハマってしまっている。
これをひっくり返すのは容易ではない。
せめて、せめて何か一つきっかけが、ほんのわずかにでも流れを変える何かがあればッ!
「さて……このまま甚振り続けるのも悪くないが、我らに歯向かう無謀なまでに勇猛な戦士対する仕打ちではないか。一思いに楽にしてやるとしよう!」
トドメを宣言したバルフォットは、腹に開いた緑の光を大きくする。
輝いた必殺の意思は異様なまでにまばゆく、直感的に反感を感じる色だと言うのに、私はこれを美しいと思ってしまった。
「ウテェーッ!!」
だがこの必殺に備えて溜めるバルフォットを、横合いからの叫びと魔力の奔流が襲う。
「何が邪魔をッ!?」
「次、石でも矢でも何でもいいから射ちまくれッ!」
何者かとヤギ頭の上の上体をひねったバルフォットを、マッシュの指揮する矢玉の雨が叩く。
「フンッ! ぽこすこぽこすことご苦労なことだな? だがまるで虫が飛び回っている程度にやかましいだけだぞ!? 人間など所詮、我らにとっての羽虫なんだよッ!?」
そんなことは無い。
確かにダメージは無いのかもしれない。
だが、マッシュたちの行いは間違いなくバルフォットの気を散らし、私にチャンスを与えてくれた。ならば――!
「逃さずに掴み取らずしてなにがッ!!」
仲間たちの心意気に応えたいその一心で、私は額のプラズマショットでバルフォットの腹の裂け目を狙撃する。
「ながぁあッ!?」
中核部分、少なくともそれに近いだろう部位へのダメージは、案の定にキマイラ・バルフォットをのけ反らせる。
これに私を縛って抉るドリルワイヤーが伸びきるのに合わせて、私は今出せる全力で腕を振り回して引きちぎった!
そして反応する間を与えずにスラスター全開にジャンプ。かちあげてひっくり返す。
「グオッ!? だが我輩は、亀ではないぞ!?」
ひっくり返った勢いとその巨体の重量で、下敷きの翼をひしゃげさせたバルフォットだが、私に向けた腹の裂け目からドリル付きのワイヤーアンカーを伸ばしてくる。
「ホッホウ! 行けビブリオッ!!」
「ライブリンガーッ!!」
私がドリルアンカーをプラズマショットで迎え撃つ間に、ビブリオが魔法で打ち出したものがバルフォットの人型の横っ面を叩く。
固い音を立てて跳ね返ったそれは、朝焼けの輝きに覆われた剣。私が旅立ちの餞に貰った私の剣だ!
跳ね返された勢いで宙を回るその鍔にはビブリオの込めたものの残滓だろうか、ひときわ強いサンライトオレンジの光がある。
いや違う。それは名残などではない。そこにはいつの間にか、私が知らぬ間に宿していたバースストーンがあったのだ。
「こちらへッ!!」
これに私は半ば無意識に手を伸ばし、呼びかけていた。
するとバースストーンを宿した剣は差し出した私の手に柄から向かってくる。
同時に、天狼剣の残骸から飛び出した光が剣に重なる。
そして輝くまま私の手に飛び込むと、そのサイズはマックス形態にピッタリと馴染むモノになっていた。
バースストーンと、天狼剣の欠け宝玉。
手にするまでに剣の鍔に重なり宿っていたこれらは、融け合うようにしてひとつに。
それに続けて私の手にした剣もその姿を変える。
鍔の一方には一つになった宝石を額に着けた狼の顔が浮き彫りに。
柄全体も武骨なものから、黒に銀の装飾が対照となった鮮やかさを備える。
そして刃も分厚さはそのまま、刃をきらめくような鋭いものとなっている。
「バカなッ!? 復活するだと? ネガティオン様にへし折られた剣がッ!?」
驚愕のままにバルフォットが発射したエネルギーの塊を、私は真っ向から斬って払う。
彼は復活と評したがこれは違う。そうではない。
「転生したのか、私の剣を新たな器にして、戻ってきてくれたのか……!?」
「生まれ変わりだなどと……しかし所詮は一度折れた剣でしかないがッ!!」
そう、天狼剣は生まれ変わったのだ。
ならば、新たな名前が必要になる。
「ロルフカリバーッ!!」
名付けと同時に転生を果たした刃を翻す。これに合わせて飛んだ光は、キマイラ・バルフォットの放った魔力の三角形を切り裂き、その巨大な機体に食らいつく。
「ぬあがッ!? う、動けんッ!? この我輩が、魔獣共を吸収したこの我輩が身動きひとつもッ!?」
正面で身動きできずにいるバルフォットに対し、私はロルフカリバーを正眼に構え、両腕のローラーを対回転させて振りかぶる。
「クロス、ブレイドォオッ!!」
「ぎやぁああああああああッ!?」
そして振り下ろしたフュージョンスパイラルを乗せた残擊は、何の抵抗もなくキマイラ・バルフォットを、その中核もろともに真っ向両断!
「バカなッ!? 我輩が、ここまでした我輩がぁあああああッ!?!」
この断末魔の悲鳴を呑み込むようにその機体は爆散。しかしその威力は彼を切り裂いたクロスブレイドの余波が空へと運んで散らしてくれる。
こうして大将が討ち取られたのを受けて、魔獣たちは統制を失って散り散りに逃げ始める。
大勢の決した戦場を見ながら、私はロルフカリバーの刃を腕のローラーで研ぎ、払う。
「わっほぉい、ライブリンガー! やったねッ!?」
「ああ、すげえぜ大将!」
「いや。皆がいてくれたから。力を貸してくれたからだよ」
そして生存と勝利に顔を輝かせた仲間たちが駆け寄ってくるのを、私は屈んで迎えるのであった。




