27:戦場へ急げ!
私は走る!
行く手にある段差の数々を無視して、できる限りにタイヤの回転数を上げて!
「ら、ライブリンガー、は、早すぎ!」
「喋らないで、掴まって……いて、舌を噛む、わ!」
バウンドを繰り返す私のボディの中では、ハンドルにしがみついたホリィが後部座席で涙目に騒ぐエアンナを注意している。
一方で助手席のビブリオは、グラウ・クラウさんを抱えながら、シートベルトを握り締めて踏ん張っている。
そんな三人と一羽を乗せて走る私の後ろにはローラーとローリーのマキシビークルがついて来ている。
この巨大ビークルの上には、分散したマッシュ隊の面々の姿が。
彼らを乗せたのは人を乗せて快適に走れるようには出来ていないので、万が一にも振り落としてしまわない範囲でのスピードに限られてしまうというわけだ。
もっとも、マキシローラーの後に続くマキシローリーはいくらか地面が平らになっているはずなので多少はマシになっているかもしれないが。
ともあれ、私は今ウェッジを通じて伝令を受けた戦いの場へ、マキシビークルを引き連れて急行している真っ最中なのだ!
「見えてきたよ!」
早口にビブリオが叫んだとおり、私たちが正面に臨む空には巨大な翼を広げた影の数々が。
ということは相対するように、広大な平野に並ぶ集団がメレテ王国軍ということか。
双方共に前進していることから、本格的な衝突の前に間に合ったようだ。急いだ甲斐があったというものだ。
「間に割り込む形で行くぞ!」
仲間たちに注意喚起し、私は答えを待たずに加速!
マキシビークルを置き去りに両陣営の間を割りに行く私の前で、先頭を飛ぶ飛竜が口の中に炎をちらつかせる。
これに私はビブリオたちをバリアで包んで車外に出しながらチェンジ。周りに浮かぶ彼らを抱き集めて突っ込む!
「天狼剣ッ!!」
合わせて伝説の剣をコール。呼び出した勢いのまま空へ駆け上った刃は人々に迫る火球を突き破って散らし、翼膜も貫く。
飛竜が墜落する一方で私は片膝立ちにブレーキ。抱えたビブリオたちを王国軍側に下ろす。
「ライブリンガー、後ろ後ろッ!!」
離れながらのビブリオの警告に、私は振り返りながらのプラズマショット。
魔獣たちの吐き出す氷の礫を打ち落とし、それを巻き込み吹雪の球となった烈風弾を、左に握った餞の剣で切り払う。
そして手元に呼び戻した天狼剣を右手で迎えると、その切っ先を天の魔獣たちへ突きつけ仁王立ちに構える。
「鋼魔に従う獣たちよ! ここで退くならば良し、しかし命じられるままに人々を蹂躙するつもりならば、このライブリンガーが相手だッ!」
「……おお! 勇者様だ、鋼の勇者様だぞ!?」
「勇者様が来てくださったんだ!」
私の宣言に続いて王国軍の兵士さんたちがにわかにどよめき、程なく大歓声を波にして私の背中にぶつけてくる。
私の存在と昂る士気。これに空の魔獣たちは押し上げられるように高度を上げる。
この気圧された魔獣たちを吹き飛ばすように押し退けて前に出てくる者がいる。
翼を持つ巨大なメタルのヤギ。
間違いない、鋼魔参謀バルフォットだ。
「バカな、ライブリンガーッ!? 貴様がなぜここに? なぜ間に合っているのだッ!?」
「何故も何も、人々の危機を聞き付けたから急行したまで! 私の留守を知ってその隙を狙ったようだが、当てが外れたようだな!」
「つまりアイツらはしくじったと、そして報せが無いということは……そうか、そう言うことか!」
私の参戦に動転していたバルフォットであるが、一人納得するやその角から漆黒の球体を放つ。
だが、それは私に向けてのものではない。
跳ね上がった士気に怖じ気づいた飛竜。その一頭を狙ったものだ。
黒の球を受けた飛竜はみるみる内に干からび、骨と皮だけになって地に落ちる。
そして土くれの模型であるかのように、それは細かな破片になって散る。
「貴様ら何をしているか!? かかれ! さもなくば、アレと同じ運命を辿らせてやるぞ。それが嫌ならばそれかかれぇえいッ!?」
すぐにでも風に吹かれて散ってしまいそうな、命だったカサカサの破片。
それを指しての号令に、魔獣たちは鞭を打たれたかのように一斉に私へ襲いかかる。
一罰百戒だとでも言うか!?
一頭を惨たらしく殺して見せたその恐怖で前に進ませたやり方に、私は憤りに任せて天狼剣を投げつける。
しかしバルフォットは、これを障壁でそらしつつ自分も横っ飛びに離れることで回避。
避けたものの受け流しに使った障壁が裂けていることに目を瞬かせるその顔へ、私はプラズマショットを叩き込んでやりたかった。が、滑空から鋭いくちばしを突きだす鳥の魔獣にその間を奪われてしまう。
鋭い突きを餞の剣で受け流して横っ腹に蹴りを入れてバランスを奪う。
そして墜落した大きな鳥を、兵士さんたちが取り囲んで止めを刺しにかかる。
バルフォットに、鋼魔に恐怖で縛られ、けしかけられている魔獣たちのことは哀れに思う。
だが鋼魔がいなくとも彼らは人々を狩り、時には人々に狩られる存在だ。
友を含む人々を守る。そのために退かない以上は容赦はできない!
次々と降りかかる魔力を込めた吐息や魔法。それを私は戻ってきた天狼剣で切り裂き、その隙をと突っ込んできた魔獣の翼を餞の剣で叩き折って飛行能力を奪う。
襲いかかるものを左右の双剣で次々と切り伏せ、叩き落としながら私は前に。
それを追いかける形で、しかしいくらかの距離は保って、王国軍は魔獣たちを確実に仕留めていっている。
きっとマッシュたちのおかげだ。
マッシュたちが私が巻き込みを恐れる距離に踏み込まないように人々の最前線をコントロールして回ってくれているのだろう。
この頑張りに応えねば。そう思った私は餞の刃と天狼剣を擦り合わせて研ぎ、大きく伸ばした光の刃でバルフォットを叩き落としに。
しかしこれはバルフォットが潜り込んでいた魔獣の群れに阻まれ、獣だけを落とすにとどまる。
「次の盾を探してかッ!」
集団から離脱したバルフォットを追い掛け、私は天狼剣を翻す!
だが剣を振る私に突っ込むものが。
「ふんぬりゃぁあああああッ!? 見つけたぞライブリンガーッ!!」
「クレタオスかッ!?」
鼻と角先から炎を吹き出した鋼の猛牛。意識の外からのこの突進に、私はとっさに横っ飛び。
熱風を残して駆け抜けたクレタオスはドリフト気味に振り向くや人型へチェンジ。火炎弾やエネルギー弾を私に向かって連射してくる。
私に接近した魔獣たちもろともに面制圧する勢いの射撃を、私は天狼剣で両断!
しかしこの光の刃をかわして伸びてきた拳に打たれてしまった。
「まだまだぁ! この俺がてめえから受けたダメージはこんなモンじゃなかったぞッ!!」
吹き飛ばされた勢いをレッグスパイクも使って踏ん張り殺す私に、クレタオスはすかさず踏み込み殴りかかる。
これを私は片足のスパイクをそのまま軸にターン。かわした流れを殺さず、軸足の逆で蹴りつけスパイク!
「ぐおッ!? この野郎がッ!?」
「これでは止まらないかッ!?」
スパイクを合わせた蹴り足を押し退ける猛牛戦士。私はその腕に乗って飛び退きながらプラズマショットを連射する。
この牽制をものともせずに追いかけてきたクレタオスと、私は打ち合いにもつれ込まれる。
クレタオスの怪力と火力。それを私は左右の剣と両手足のスパイク。額のプラズマショットも駆使してしのぎつづける。
このまま私がクレタオス一人に押さえ込まれていては、バルフォットまで加わった魔獣の群れに王国軍は追い詰められてしまう。
だが私は一人で戦っているのではない。
二台のマキシビークルは時に兵士さんたちを守る壁となり、魔獣たちを打ち破る鉄槌となる。
そしてマッシュたちが慌てずに魔獣たちを相手取り、ビブリオとホリィが傷ついた人たちを癒し、守っている。
この布陣、そうそう破れるものではないぞ!
「ええい、何をしているかッ! 相手はいつものように蹴散らしている貧弱な人間どもの集団だぞ!? たった一人、ライブリンガーたった一人が加わっただけ、それだけでッ!?」
押しきれぬどころか徐々に数を減らす自軍を見下ろして、バルフォットは頭に上った熱を吐き出すように声を上げる。
「ええい! つまりは要はライブリンガーッ! こやつ一人さえ潰せば、人間の群れなど柱を無くした天幕同然! 獣ども! 残る力すべてで我らに逆らうもどきを叩き潰せッ!!」
そして苛立つあまりに私への集中攻撃を命令する。してしまった。
これが私の望むところだと気づかずに。
「マキシビークルッ!!」
叫んだ私は、押さえ込みにかかるクレタオスの腕をスルリとかわして彼の腰、肩と踏んでジャンプ。
噛みつきにかかった怪鳥や飛竜へ左右の剣を投げつけ、踏み台にさらに跳ぶ。
この私の接近に構えるバルフォット。だが彼をよそに私は車形態へ変形、半ば自由落下に空を走る。
その向かう先には、マックス下半身に変形したマキシローリーが。
そこへ飛び込む形でジョイントすれば、すかさずに上半身に変形したローラーが被さる!
上半身も下半身も、包んだ私をタイヤからボディからガッチリに固定。
こうしてマックス形態に意識を転じた私は、分割したローラー部分から飛び出た拳を打ち鳴らす!
開けた平野に、仲間たちとはほどよく距離をとれて、そちらの防備に回す必要もない!
全力を出せるこの瞬間を待っていたのだ!
「ひ、怯むな! やれ! やれぇえいッ!!」
合体直後の隙を狙えとのバルフォットの泡を食った号令。これにクレタオスも魔獣たちも予定通りに一点集中の火力を浴びせかかる。
しかし――。
「シールドストームッ!!」
両腕同時の右回転。これが生み出すダブルの防御エネルギーの渦が全方位から放たれる炎や氷、電撃に岩礫を弾いて散らす。
そして守りの嵐を展開したまま踏み込み、腕を振るえば、かき混ぜられた大気がうねりを上げて空飛ぶ魔獣たちを振り回す。
今回山越えを重視したがために鋼魔の連れた魔獣はほぼ全てが飛行型。
これだけでほとんどが攻撃行動どころではなくなる!
ここで私は右腕のローラーを反転。逆ベクトルのエネルギーを腕全体にまとわせる。
「や、ヤバイッ!?」
これに私の最大技を直に浴びた経験を持つクレタオスが慌ただしく目を瞬かせて地面に潜り始める。
だが、私はいきなりにフュージョンスパイラルを使うつもりはない。
私は手放していた天狼剣を破壊竜巻を纏う腕でキャッチ。
マックスサイズに合わせて巨大化していた剣を私は横一文字に。
これに合わせて、右腕に渦巻いていたエネルギーが鋭い刃となって伸び、空に絡まっていた魔獣たちとバルフォットをもろともに薙ぎ払う!
「名付けて、バスタースラッシュ!」
バスタートルネードとして放つはずのエネルギー。これを必要な範囲に絞って切り裂いた天狼剣を、私はアームローラーの回転で研ぐ。
恐らく同じ要領で、フュージョンスパイラルのエネルギーを斬擊に乗せることができるだろう。
そうなれば、あの威力を不必要に撒き散らすことなく収束させることも出来るはずだ。
そんな必殺剣の構想に手応えを得た私の耳が、地響きを捉える。
巨体の歩みが生む重々しい音。
荒々しいものではなく、ゆったりと一歩一歩を踏みしめるような悠々としたリズムだ。
だがこれに、私の全身は警鐘で満たされる。
危機感に振り向き構えた私の正面には、白い鋼の巨体がある。
不気味で毒々しい緑色の光を胸や双眸に灯した鋼の巨漢。マックス形態の私に似てはいるが、これを上回る巨体の彼は私の突きつけた天狼剣の切っ先に対して、無造作に佇んでいる。
角張ったその顔に笑みさえ浮かべて。
この気配……姿を見たことはないが、この気配には覚えがある。だとするとこの白い大物が――!
「貴様がライブリンガーか?」
「そういう貴様は、鋼魔王ネガティオンッ!」




