25:聞けよ、天狼の叫び!
「どど、どうしようッ!? て……ててて、天狼剣がぁあッ!?」
「ど、どうするもこうするも、とりあえず避難を……離れてくれッ!」
見るからに脆くなっていたとはいえ、あっさり粉々になってしまった伝説の天狼剣。
それに動転してしまったビブリオに、私は離脱を求めて促す。
「その通りだビブリオ! このままではライブリンガー殿が戦うに戦えん! 援護のためにも距離を取るぞ!」
「わ、わかった!」
グラウ・クラウさんの声とバフを受けたビブリオは飛ぶような勢いで剣の岩から離脱。ホリィたちに受け止められる形で合流した。
「お前は逃がさないぞー! この前は痛かったんだからなー!」
そんな友の無事に安心したのもつかの間。私は食いついたグランガルトに水中へ引っ張られる!?
とっさにレッグスパイクも使って踏ん張ろうとするが、怪力のグランガルトに対しては仔牛の踏ん張り程度。
スパイクを打ち込んだ地面もろともに水中へ引きずり込まれてしまった。
「うぐ……どうにかして離脱しなくては……ッ!」
ワニ型で、私たちが辿り着くよりも前から湖に潜んでいられるだけの潜水能力。
明らかに水中はグランガルトの土俵だ。
酸素無用の私は人のように溺れて窒息することはないが、相手が圧倒的に有利なこの状況は早く脱するに越したことはない。
というわけで動く範囲で腕を動かし、拳を押し当てながらのスパイクシューター!
銛に見立てたスパイクのゼロ距離連打、であるがしかし、水の深みに溶け込むような青いメタルボディには凹みひとつできない。
「うざいぞー!」
しかし傷つかなくとも虫刺され程度には煩わしいのか、グランガルトは苛立ちの声を牙から直に流し込みながら私を振り回す!
湖が泡立ち渦巻く中、私のボディは幾度と無く湖底に叩きつけられ、右から左からと衝撃が突き抜ける。
しかしこの程度、パワーの差で振り回されることなどとうに経験済み。怯み諦める私ではないぞ!
「もー、しつこい! お前しつこいぞー!」
せめてしぶといと言ってもらおうか!?
振り回す勢いを上げても、噛みつく力を強めても、ブレずにスパイクシューターを連打し続ける私に嫌気がさしたか、グランガルトは振り回した勢いに任せて私を放り出す。
渦巻き勢いづいた水流に巻かれた私は、押し流されるまま湖面を突き破って空へ。
間欠泉に乗った小石の如く高々と宙を舞った私は程なく重力に引かれて地面へ。
「間に合えぇえええええッ!?」
クレーターなど作るものかと、私はスラスターを吹かして姿勢制御。
そのまま地面に向けた背面、足裏から推進力を全力全開ッ!
そうして落下速度を緩めた私だったが、どういうわけだか飛沫を上げて水落ちになる。
落下予定地点は湖面から離れていたはずなのにだ。
だが着水したとはいっても、グランガルトの潜った湖に落ちたわけではなかった。
「大丈夫? ライブリンガー!?」
大量の水に阻まれて籠ったこの心配の声は、ビブリオとホリィのものだ。
つまり私を包むこの水は、二人が魔法で用意してくれたクッションだというわけだ。
このフォローに礼を言おうとする私だが、受け止めてくれた水越しに翼を広げたシルエットが空にあるのを見つける。
いけない!
そう思った時にはすでに私は呼び出した剣を抜きながら水を飛び出していた。
そして降りかかる爪に分厚い刃を叩きつける。
「会いたかった! 貴公にもう一度会うためにここまで追いかけてきたぞ! ライブリンガーッ!!」
「グリフィーヌッ!!」
滑空の勢いに乗せて蹴りつけてきたのはグリフォンの女戦士だ。
衝突の反発で互いに弾かれ合った私たちは、また同時に踏み込み、刃を振るう。
そして重なった爪と刃とが火花を散らして跳ね返る。
「貴公に打ち払われてから、ずっと貴公の事が頭から離れなかった! 修復の間も、追跡の間も……一時たりとも、貴公に本気も出さずに打ちのめされた屈辱を忘れたことはないぞ!」
前半だけ切り取ればまるで恋心の告白のようだが、後半の言葉通り、私が受け止めているのはそんなに甘くやわらかなものではない。
次々と振るわれる稲光を纏った左右の爪に、突き出される嘴。
それらを私はその場から退くことなく幅広く分厚い剣で受け、返す刃で弾く。
激しく叩きつけられる雪辱の念であるが、凌ぎ続けている私からすればお門違いなのだと主張したくなる。
メレテ王都での戦いでマックス形態を使わなかったのはグリフィーヌを侮ってのことではなく、建築物と住民に配慮して使えなかっただけなのだ。
しかし、これを主張したところで彼女からすれば言い訳にしか聞こえないことだろう。
それはそれとしてプラズマショットでグリフィーヌの踏み込みを牽制しておく。
「今日こそ、今度こそ! あの力で戦ってもらうぞ! 私が心惹かれたあの凄まじき力でッ!!」
しかし彼女の爪は構わず強引に掴みかかりに来る。
これを私は肩に滑らせてかわし、スパイクシューター!
そこからすかさずに腰を返して剣を振り降ろす。
だが、この連撃もグリフィーヌの小刻みな羽ばたきと身のこなしでかわされ、反撃の爪を剣で受け流すことになる。
親方さんたちの作ってくれたこの剣は、まったく頑丈で粘り強く、頼もしい限りだ!
「あー、グリフィーヌー! 横入りー! 横入りだぞー!?」
必死に女グリフォン戦士の攻撃をしのいでいると、湖面から顔を出したグランガルトがグリフィーヌの行いにブーイングする。
「例えそう言われても譲らないぞ! ライブリンガーの、本気の彼の相手をするのはこの私だッ!!」
そんなに強く求められても、仲間を巻き込まないか心配なうちはとても使えないのだが。
いや、アンロックしたその時には流されるままに使ってしまったのだが。
そんな私の葛藤をよそにグリフィーヌとグランガルトは「黙って譲れ」「やなこった」と言い争いを繰り返している。
私と切り結びながらで随分と余裕な……いや、グリフィーヌならば可能か。
そんな鋼魔二人が言い争う中、もう一つの翼ある巨体が湖に降りてくる。
「おいグリフィーヌ、オレが立てた計画通りにちゃんと連携しないかッ!?」
「ウィバーンまで!?」
「よぉ、しばらくぶりだなライブリンガー」
グランガルトの頭上で羽ばたくのは緑色の飛竜ウィバーンだ。
復讐の光にギラついたその目は、私への復讐を果たそうと思ってのものか!?
「おおっと、あいにくとオレはこの追跡隊の指揮官でね。お前と直接やり合う暇はないんだ」
しかし私の懸念に、ウィバーンはおどけたように翼と尾を揺らして言う。
「オレは将として、じゃじゃ馬副官の手綱を締めなきゃならんのでな」
そうして飛竜の眼光が向かったのは私、ではなく、私と切り結び続けているグリフィーヌだ。
なるほど、双方共に飛行型。鋼魔の空戦タイプで上官と部下に当たるというわけか。
「やかましい! 先に生まれたからと何でもいいように命令できると思うなッ!! 私は、この強者を譲らんぞ! 断じてだッ!!」
しかし副将の言葉はこれである。
目玉を突きかねない剣幕でのこの容赦ない返しから、空将とその副将の険悪な間柄が見て取れる。
「おい、ふざけるなよ? だらだらモタモタとお前の勝手な遊びを許しておけるかッ!?」
そしてウィバーンは一拍のチャージを置いてから大振りな雷のボールを私たち目掛けて放つ。
まずい、このサイズと威力はたとえ受け止めてもビブリオたちや森に飛び火する!
「皆、全力で防御を……ッ!?」
「譲らんと言ったぞッ!?」
しかし私の警告を遮ったグリフィーヌが、ウィバーンの攻撃をその鋭い爪で両断する。
そして分かたれた電撃玉を私はプラズマショットの連射で撃ち落とす。
しかし弾けて散ったその余波が、森の枝葉に触れて煙を上げ始めてしまう。
「やっべ、このままだと火事だ! 火消し急げお前ら!」
「でも、ライブリンガーがッ!?」
「私は最悪炎を破って走れる。だが皆は煙に巻かれるだけでも危ないんだッ! 自分たちと、森をまず守ってくれッ!」
「わ、分かったよライブリンガー、気をつけてッ!!」
マッシュの火消しの指示に私を放っておけないと渋るビブリオだったが、私の後押しを受けて魔法での消火に回ってくれる。
「手早く決着をつければ文句はないのだろうがッ!」
しかし一方で人型にチェンジしたグリフィーヌが、鉄仮面のゴーグルを瞬かせながら稲妻の刃を一閃。
恐ろしく鋭いそれはかろうじてかすらせる程度で済んだものの、身を翻しての蹴りが私を横殴りに直撃、吹き飛ばされる。
ほぼ一直線に飛んだ私は、剣の刺さっていた岩に激突して止まる。
グリフィーヌの蹴りの威力と私の体重を掛け合わせた衝撃に、伝説の土台であった岩に裂け目ができてしまう。
しかし、この裂け目の奥に私は輝くものを見つけていた。
「ウィバーンーおれたいくつだぞー遊んできていいかー?」
「おいそれはちょっと待てって……ああ、いやそうだな。グリフィーヌのせいでオレの頼みをこなせないもんなぁ」
ウィバーンが妙案だとばかりに嫌らしく光る目を向けたのは、森の火消しに奔走するビブリオたちだ。
「アイツらとの鬼ごっこだったらやってきていいぞ」
「他はダメなのか? しょーがないなー」
案の定にウィバーンはグランガルトをけしかける!?
そんなことはさせるものかと私が頼るのは――。
「マキシローラーだッ!!」
空に開けた光の門。そこから落ちたマキシローラーは、ビブリオたちを弄びに向かう青い大ワニにのし掛かる。
地響き立てて踏み潰したマキシローラーは、すかさずにその巨大ローラーを回転!
「うあー!? 重いぞー!?」
もろとも平らに整地して地面の模様にしかねない回転であるが、その下から聞こえる悲鳴にはずいぶんと余裕がある。
だが、とにかくこれでグランガルトの動きは封じることができた。
「ライブリンガーッ!!」
しかし自分の驚異に切り替えるよりも早く、怒りの声と共に突き刺さった衝撃が、起き上がりかけの私を再び岩に押し込む。
「貴公はッ! あれは貴公が本気の力を出すための上半身だろうがッ!? それを私相手にでなく、グランガルトに使うかッ!? やはり本気を出すまでもないと、私を侮っているのかッ!?」
憤りに任せて私を蹴りつけたグリフィーヌは、私を踏み押さえる足にさらに圧力をかけてくる。
「それは、誤解だ……私は、その場に出せる全力で……」
「何を言う! 合体すら、しないでッ!?」
やはり私の訴えはただの弁解だとしか取られず、罪悪だと断じての踏みつけがさらに力を増す。
そのまま女騎士は両腕を振りかぶるように頭上へ。
「一度見たその時から、貴公は私が全力を尽くして越えるに足る壁だと思っていた。だが、所詮は私の買い被りだったと言うことか!?」
グリフィーヌはそうして嘆くようにゴーグル型の目を瞬かせながら、掲げた両腕に稲妻を固めた両手剣を握る。
処刑人さながらに止めの刃を構えた彼女に対して、私は一か八かに岩の裂け目に腕を突っ込む。
そして手に触れたモノを握りしめると、光が爆ぜた!
「何の光ッ!?」
「バースストーン……! ライブリンガーの、バースストーンの光だッ!?」
グリフィーヌと戸惑わせ、ビブリオが勢いづくこの光は、確かに私の胸にある輝石から放たれているもの。
だが同時に、岩の裂け目からその内側に宿った品からも放たれているのだ。
やがて狼の遠吠えにも似た音と共に、岩が弾けて散る。
孵化するように岩を破り現れたのは一振りの剣だ。
白銀に輝く刃、そして鍔には白狼の紋章。
この意匠。私に合わせたようにまるで人が持てたものでないこの剣が、これこそがおそらく勇者の証とされている伝説の天狼剣。その本物だ!
半分に欠けてはいるが、剣の宝玉と私の体にあるバースストーンが共鳴し、朝焼けの光は勢いを増している。これならば!
「武器が手に入ったようだが、所詮剣一振り! どれ程変わるものかッ!!」
剣を手にした私に、グリフィーヌは目を焼き霞ませる光を振り払うように頭を振って、切りかかる。
これに私は振り向きざまに天狼剣を一閃。剣に帯びた輝きは分厚い光となって彼女へ。
対するグリフィーヌはぎょっと翼を広げブレーキ。稲妻の大剣を盾にするように前に出す。が、私が天狼剣から放った光の波は彼女の刃をあっさりとへし折り、彼女自身を叩いた。
この余波と広がった暴風は直撃したグリフィーヌを吹き飛ばし、湖どころか、辺りの森をも波立たせる。
「おいおいなんてこった……!? 撤退、撤退だッ!!」
この一撃を目の当たりにしたウィバーンは撤退を指示しながら我先にと空の彼方へ。
一方のグリフィーヌは、真っ先に逃げ出した上官と光の波を受けた自身、そして天狼剣を構えた私を順繰りに睨み付けると、グリフォン形態にチェンジして撤退する。
そしてマキシローラーで下敷きにしたはずのグランガルトであるが、いつの間にかその気配が消えている。
蓋役のマキシビークルを退けて見てみれば、潜って逃げた跡らしい穴が開いている。
「逃げられちゃったの?」
「そのようね。でも、退いてくれたお陰で私たちの誰かが欠けたりしない内に終われたわ」
グランガルトの撤退跡を覗き込むビブリオとエアンナに、ホリィがそれでもいいのだと首をフリフリに。
「そうそう。それに、今回の俺たちの目的は無事果たされたワケだしな。オマケを取り損なったにすぎねえよ」
同感だとうなずいてマッシュが見たのは、私が手にした天狼剣だ。
本物の伝説の剣を目の当たりにして輝く目が集まる中、私は左腕から出したスパイクに天狼剣を研ぐように擦り合わせるのであった。




