24:選び定める伝説の剣……のはずなのに
森に囲われた小さな湖。
降り注ぐ陽の光を跳ね返して輝くその湖面の傍らには、小高い山と盛り上がった岩がある。
その上にはたしかに、小さな十字を描く物体がある。
「間違いないんだね? ここが勇者の剣、天狼剣の在処で……」
「ああ。地図の情報と合わせて、たしかにここで間違いないようだ」
ビブリオの確認に、私は点滅するヘッドライトを首肯するように上下させる。
そんな私たちがいるのは、湖の辺縁である森の陰だ。
木々が作る陰に身を潜めて、伝承そのままに岩に突き立てられた剣の様子を覗き見ているのだ。
「ホッホウ!? それは私の案内を信じていなかったと言うことか!?」
剣が存在することを確かめうなずき合う私たちの言葉に、案内役を買って出てくれていたグラウ・クラウさんが心外だとばかりに羽を広げる。
「そうじゃないよ。そうじゃないけど、実際見たら確認しちゃうでしょ?」
「それは、まあ分からないでもないが」
隠れて一休みできる場所と案内された洞窟。そこで私たちの状況説明を聞いたグラウ・クラウさんは、気前良くこの天狼剣のある湖までの道案内を請け負ってくれたのだ。
さらに剣までの案内を買って出るその前からビブリオを気に入っていたらしい彼は、ビブリオの後見役まで自称しだして、この後もついてくるつもりになっていた。
そんな彼の鋼魔と魔獣の目をごまかしながらの案内を受けて、私たちはこうして無事に、目的の剣を遠目に臨むところまで到着できたのである。
では目的を前にして、なぜ隠れたままで取りに行かないのかというとであるが――。
「ライブリンガー殿、辺りには魔獣も鋼魔の姿も見えません」
「同じく。空も警戒してましたが、それらしいのはないですぜ」
「おう。ビッグスもウェッジも、安全確認ありがとうよ」
マッシュ隊を代表する斥候コンビによるクリアリングを待っていたからだ。
安全確保、敵の待ち伏せが無いのかを確認するのは大事だ。
たとえ尾行無く進めているのだと思えていたとしても、念を入れておくに越したことはない。
「それじゃあライブリンガー、さっそく取りに行こうよ!」
「うん……そう、だね……」
剣を手にしにレッツゴーとビブリオ。
だがその元気のよいかけ声に、私の声とライトの点滅は鈍くなる。
私を見下ろすグラウ・クラウさんの目からするに、彼にはこの私の反応が鈍い理由を知っているのだろう。
「どうしたのさ? まさか怖くなったなんて言わないよね?」
「いや、そうではないんだが……」
「もう、どうしたのかは知らないけど、せっかく鋼魔も魔獣もいない今がチャンスなんだからさ!」
歯切れの悪い私に業を煮やして、ビブリオは私のボンネットから飛び降りるや、剣へと駆けていく。
「ちょっとビブリオ、いくらなんでも一人で行ったら危ないわ!?」
ホリィが慌てて追いかけるのに続いて、私も繁みをかき分けて枝葉の作る影から出ていく。
「じゃあ早く! 抜けるかどうだか試しにいかなきゃ! どっちにしたって、ライブリンガーがライブリンガーなのに関係なんかないんだから!」
しかしビブリオは、遅れた私たちを置き去りにする勢いで剣の突き刺さった岩へ。
そして挑戦者を導くような坂を上って天辺に乗る。だがそこで、剣を正面にしたところでビブリオは凍てついたようにその動きを止める。
ああ、見てしまったか。
内心嘆きながらタイヤを転がす私たちの見ている前で、固まってしまったビブリオは、錆びついたような動きで振り返る。生身の人類なのに。
「あの……これ、なに?」
ビブリオが呆然と指さすのも無理もない。
「……錆びた剣だな」
グラウ・クラウさんが気の毒そうにしながらも現実を突きつけたそのとおり。
伝説の勇者の剣だという岩に突き刺さったそれは、完全に錆びて朽ちていたのだ。
隠れながらの様子見でそんな有様なのが見えていたから、私は本当に取りに行くのかと、戸惑い躊躇してしまったのだ。
「ど、どういうことなの……!? 不朽不滅の剣じゃないの? それが、どういうことなの……ッ!?」
私に言われても、その、なんだ……困る。
単純に考えれば、違った、ということなのだろう。
それは伝説の剣の永遠性か。この剣が伝説の剣であるのか。あるいはその両方か。
「なんにせよ。こんな状態では引き抜くのを試す価値もあるのかどうか……」
長年の風雨で柄などの拵えが腐って無くなるばかりか、金属部分もかろうじて形を保っている程度。
触っただけで崩れてしまいそうだ。
もし仮に、これが伝説に謳われる剣の本物だったとしても武器としての実用性はもちろん、権威付けにも役立ちそうにないだろう。金箔全面でキンキラのあからさまなイミテーションの方がまだマシだろう。
「ああ、なんてこった……わざわざここまで来たってのに、こんな錆剣しかないなんて……」
そんな伝説の剣の朽ちっぷりを納得半分に評する私に対して、マッシュたちはがっくりと、本当にがっくりと肩を落としている。
無理もない。
私とマキシビークルで道々に運んだとはいえ、ここまでの旅が無駄足にさせられてしまった。
それに、希望の伝説の信ぴょう性にもケチがついてしまったのだ。
落胆するなと言うのが無理な話だろう。
「……しかし、心配していた通り、私が引き抜いて使うにはまったくサイズが足りないね。やはり私にはこのプレゼントがあればいいということだね」
仲間たちを元気づけようと、私はチェンジから王都の鍛冶師さんたちが用意してくれた剣を取り出し、問題ないとアピール。
が、ダメ!
こんな私のフォロー程度では、皆のガッカリを小揺るぎもさせられない。
皆の希望であろう。そう願って勇者の称号を背負っていながら、なんと情けないことなのか!
「あの、ここは一応試してみませんか? もしかしたら、相応しいものが手にすることで甦る。そんな奇跡もあるのかもしれません」
「そ、そう! それだよホリィ姉ちゃん!」
「信じる心を試すのか、あるいはボロい見た目で真の姿を隠してるか……あるな、あり得る話だ」
ホリィのフォロー、かたじけない。かたじけない!
自己暗示に半分踏み込んだような形ではあるが、おかげでビブリオたちは気力と勢いを取り戻した。
本当にどうしたものかと戸惑ってしまったものだ。
「じゃあそういうわけで、ライブリンガーどうぞ!」
ビブリオは復帰した勢いに任せて、私に挑戦するように促してくる。
しかしそう言われても、これは本当に触ってしまっても大丈夫なのか、これは?
私では、ちょっとでも触れてしまえば崩れ去ってしまいそうなのだが。
「……どうも心配だから、まず挑戦したい人からやってはどうかな?」
「大将が一発ゲットしちまったら、俺らの挑戦もなんもないからな。大将がトリに……っていうのもアリだろ」
私の提案を受けたマッシュは、じゃあ俺からでいいよな。と、一番手を立候補する。
そうして仲間たちの承認を受けたマッシュは引き抜き挑戦のために錆びた剣の前へ。
なんだかんだで楽しみだったのか、その足取りは随分ソワソワうずうずとしていた。
「じゃあ、やってみるぜ……!」
挑戦者として剣に向き合ったマッシュは、おもむろに保護も何もされていない錆金属の握りを掴む。
しかし何も起こらない。
刃が輝きを取り戻すでも、朽ちた拵えが復元されるでもなく、錆朽ちた剣には何の変化もない。
見るからに脆そうなそのままの剣に、マッシュは静かな呼吸を一つ挟んで、慎重に引き抜こうとする。
だが錆びた剣は微動だにしない。
壊さないようにと手加減しすぎたためか、岩から抜ける気配がまるでない。
「……やっぱダメだぁ……万が一にも壊さねえようにって気を使いすぎて引き抜くどころじゃねえって」
そして程なくギブアップ。お手上げの姿勢で剣から離れる。
「じゃあ次はボクがやってみる!」
そんなマッシュと交代に、ビブリオがネクストチャレンジャーとして岩に上る。
ビブリオは気合十分にライブブレスのバースストーンを輝かせると、朝焼けの輝きを灯した手で剣を掴みに。
しかし同時に湖が爆ぜる!
「危ないッ!?」
この不意打ちに私はとっさにチェンジして自分のボディをビブリオを守る盾として割り込ませる。
瞬間、水と共に叩きつける硬く重い衝撃に私の口からうめき声が漏れ出る。
「おぉ? お前は~……」
「ぐ、グランガルトッ!?」
「それは俺ぇ~。あぁ、思い出したぁ……ら、ら? ライブリンガー、だっけ?」
青ワニグランガルトは、私に食いついた顎をもごつかせてあやふやに私の名を呼んでいる。
「うぉわっはぁッ!? うっそでしょッ!?」
「ビブリオッ!? どうしたんだ!?」
叫べるだけ無事であることには安心できる。が、それはそれとしてトラブルはトラブル。何事かと友を見る。
「け、剣が……伝説の、剣が……ッ!?」
がく然とビブリオが見つめるのは錆びた金属の破片たち。
ついさっきのどさくさで砕け散ってしまったようだ!




