23:白いフクロウの道しるべ
枝葉を揺るがし落とす咆哮!
強大強壮凶暴な魔性の獣のそれを背に受けながら、私たちは森を急ぐ。
しかし追われて走る私たちの行く手を遮る形で、再び大木が重々しい音を立てて倒れる。
「またかッ!?」
即席バリケードを作ったそれをどけたい私だが、殿として構えた私の正面には、大きな狼が迫っていた。
車モードの私と遜色ないサイズの肉食獣を、私は剣で叩き、その間に横を抜こうとしたモノを振り上げつつの横薙ぎで脇の樹へ叩きつける。
そこへさらに躍りかかったモノが腕に食いつくが、頭突きの勢いでのゼロ距離プラズマショットで怯ませ振りほどいた。
そうして迎撃している間に回り込んでいた一頭がビブリオたちへその牙を向ける。
「レッグスパイクッ!!」
しかしさせじと飛ばした鉄杭が鼻先を削れば、傷つき敵わぬと悟った獣たちはこれ以上の負傷を嫌って退いてくれる。
しかし私はそれを深追いして、追っ手を徹底的に叩くことはせず、ビブリオたちが魔法で道を拓いたのを追いかけ走る。
そんな私の背中をまた、狼の遠吠えとは別の獣の声が叩く。
ということはやはり、また程なく前方で木がなぎ倒されてとおせんぼされるのだ。
異様に鋭利な断面の倒木にクァールズの気配を感じてからこっち、ずっとこの繰り返しだ。
自分は隠れてこちらの足を鈍らせ、後方、側面から間断なく魔獣をけしかけて襲わせる。
じりじりジワジワとこちらを追い詰める、嫌らしくも効果的な手段だ。
向こうから姿を現すのはおそらく、確実に仕留められると見切ったその時だけなのだろう。
「……この点、グリフィーヌは気持ちのいい相手だった、な!」
大トカゲの頭蓋を叩き割りながら、敵の一味ながら正々堂々とした女騎士の清廉さを称えるが、なんの解決にもならない。
分散して私に引き付けようにも、グリフィーヌと明らかにやり口の違う攻め手は乗ってくれないだろう。
逆に私が離れたら嬉々としてビブリオたちを仕留めにかかるか、あるいは私への人質にしようとすることだろう。
だがだからと言って、殲滅のためにマックス形態に合体するのも躊躇われる。
確かに合体すれば、この森ごと鋼魔も魔獣たちも薙ぎ倒してしまえる。
だが、薙ぎ倒したその中に大切な仲間たちが含まれることになるのは想像に容易い。
「しかしこうなれば一か八か、ローラーを呼んでビブリオたちには魔法で飛び乗ってもらうか……!」
私が腕に絡んだ大蛇を振りほどきながら、森を踏み潰すのに踏み切ろうとしたところで、ふと前方のビブリオの肩に向けて白いフクロウが舞い降りる。
「まったく騒々しくて眠れんじゃあないか」
「うわっ!? 急に出てきてナニッ!?」
「ビブリオに何をするのッ!?」
羽音無く肩に止まった白フクロウに、ビブリオとホリィが目を白黒とさせる。が、対するフクロウは肩をすくめるように翼を上下させる。
「おやおやずいぶんなご挨拶だな。お前さんらを追いかける連中でうるさくてかなわんから、安全に隠れられる場所へ案内してやろうと思ったのに」
「そりゃ渡りに船ってもんだ!」
「だが本当にか……!? 案内する場所は本当に安全なんだろうな……ッ!?」
このフクロウの申し出に、ウェッジが食いつく一方で、ビッグスは警戒心が全開だ。
そしてマッシュもまた判断材料が揃っていないためか、難しくしかめた顔でビブリオの肩に乗ったフクロウを見ている。
「これが本当ならありがたいが、だが喋る魔獣の言うことか……」
「ホッホウ……知る人には賢者とも称えられるグラウ・クラウを知らぬばかりか、あろうことか魔獣と間違うとは無礼な!」
信用しても良いものかと迷うマッシュに、賢者グラウ・クラウと名乗った白フクロウは傾いた機嫌のままに翼を広げる。
「待って!」
そこへ制止の声を割り込ませたのはエアンナだ。
彼女は威嚇のポーズの白フクロウを見ながら、震える唇を開く。
「グラウ・クラウ様って、故郷の森の守り神様じゃない!? なんでメレテにいるの!?」
「ホッホウ、鋼魔族なる連中に荒らされた森が騒がしくてな。追い払おうにも勝ち目もない。それで落ち延びてここへ、と言うわけよ。お主らキゴッソの民と同じくにな」
「勝ち目ないから落ち延びたって……最後まで踏ん張らずに逃げたってのか!? 守り神とか呼ばれてて!?」
「奪い返すにも死んでしまっては土台無理と判断したまでよ。それに特別に一ヶ所一国だけの守りを引き受けていたつもりはない」
ウェッジの反発にしかし、グラウ・クラウさんの反論は冷ややかだ。
これに私の意見を求めたビブリオと目が合う。
「ここはグラウ・クラウさんの厚意に甘えるべきだと私は思う」
魔獣をまた仕留めながらの私の意見に、仲間たちの視線が集まる。
大丈夫なのかと心配し、刺さるほどに念押しするような視線だが、罠を警戒するようなことはないはずだ。
グラウ・クラウさんはたしかに情よりも理に偏っているようであるが、だからこそ不合理なことはしないだろう。
自分の住処の森も最終的には奪い返すつもりであるようだし、最終的な目標は私たちと同じはず。
通りすがりの私たちを罠にはめるために、仇敵と共謀するなどというところまでは心配しなくてもいいだろう。
「ライブリンガーが、そう言うなら……」
私の考えを聞いた皆は、グラウ・クラウさんを不安げに一瞥しながらもうなずいてくれる。
これを白いフクロウはぐるりと首を回して確かめ、羽を広げる。
「ホッホウ! 深く信頼されているようじゃないか。話をまとめてくれて感謝するぞ」
感嘆の声を上げて飛び立ったグラウ・クラウさんは、こっちだぞと安全な隠れ家への先導に飛んでいく。
「しかし鋼鉄巨人の勇者殿、これは老婆心からだが、ひとつよいかな?」
魔法でも使っているのか、後ろ歩きするような器用な飛び方をするグラウ・クラウさん。
そんな彼が何の警告をしたいのかと、私は首をかしげて待つ。
「私は誠実にお前さんらを案内するつもりだから、お前さんの推理と判断で今回は正解だ。だが、巧妙に騙しに来る輩はごまんといる。信用する言葉と相手を選ぶのは慎重にな?」
今回は皆が私の判断を信じてくれたから道が定まった。なるほど、私の判断にはそれだけの重みがあるのだと言いたいのか。
「ありがとうございます。今回はこうして警告してくれる貴方を信用したのは確かであった、と言うことですね」
「今回限りかもしれん。ということでもあるぞ?」
私の返事に、グラウ・クラウさんはやーれやれとばかりに頭を回して、翼を返して進行方向を向く。
そうして案内されるまま進むことしばらく。
魔獣の襲撃を退けた私は、辺りが濃い霧に包まれていることに気づいた。
「霧が急に深くなりましたね……これは自然のものではなさそうですが」
いきなりに立ち込めたものではなく、段階的に厚みを増してきたものであるが、それでも霧が出るような気象条件ではなかったはずだ。
「ああ、スマンね。さすがに黒豹の鋼魔に尾行されたままじゃ隠れるも何もないから、撒くために迷いの霧を使ってる」
やはりグラウ・クラウさんの魔法だったか。
幻惑の効果のある霧だと言うことだが、それならば音も静かな方がいいだろう。
そう判断した私は車モードにチェンジ。
フォグランプを点して前方の白フクロウに続いて森を進む。
人型モードだと、マックス形態よりは軽いとはいえ、どうしても足音が出てしまう。
その点車モードなら、その気になれば音もなく走ることができるのだ。
心が燃えるとどうしても唸りが上がってしまうのだが。
「しかしこの濃霧ではぐれるといけない。定員いっぱいに私に乗ったら、残る皆には申し訳ないが、私のボディを掴んでいく形で行ってもらおう」
「了解だ、大将。外で随行するのは俺がやるとして、ホリィとエアンナ、あとはビブリオも……」
「ううん。ボクも外にいるよ。それより怪我してる人をライブリンガーに乗せてあげてよ」
「いいのか? 悪いな」
「気にしないでよ、ボク達はひとつのチーム、ライブリンガー隊じゃないか!」
親指を立てて仲間を気づかうビブリオに、ホリィとエアンナが誇らしげな目を向ける。
もちろん私もだ。
「ビブリオ、良ければ私の上に乗るといい。今スピードは出さないから、危なくはならない」
「うん! ありがとう!」
柔らかめにヘッドライトを瞬かせながらの私の提案に、ビブリオは遠慮なくボンネット部分に飛び乗ってくる。
「では私もはぐれないように私もここに……っと」
そして胡坐をかいたビブリオの肩にグラウ・クラウさんが止まる。
「そこにいて案内ができるの」
「もちろんだとも。このまま少し進んだところに一息つける場所がある。そこまで辿り着いたらこの森のドコに行きたいのかを聞かせてもらおうか。場所次第では安全なルートをもう少し先まで案内できるかもしれないぞ」
「その時は、よろしくお願いしますね」
そうして私たちはグラウ・クラウさんの作った霧に包まれながら、彼の指し示す方向へ進んでいくのであった。




