22:自慢の剣を携えて剣を探しに
「トゥアッ!!」
木のまばらに並ぶ森の中。
私の振り下ろした剣が、大型のイノシシ魔獣の牙に食い込む!
私のパワーと重量、剣そのものの重さが相乗した勢いを持った刃は、長い魔獣の牙を圧し折り切り飛ばす!
そして武器の一つを奪った剣をすかさずに翻し、間髪入れず首を叩く!
分厚い脂肪と毛皮がクッションとなりながらも、私の手には鋼の刃を通じて太い脛椎の折れる感触が。
この致命傷に、大イノシシの魔獣は口から血の泡と苦悶の声を漏らして、どう、と地に伏してしまう。伏してしまった。
「しゃあッ! 血抜き急げ!」
「うぉおお肉だーッ!!」
命が失われて倒れるのを見るや、大騒ぎで巨体に群がるのは、ビブリオたちを含んだマッシュ隊の皆さんだ。
とは言っても、ラヒーノ村からついて来てくれているのはビブリオにホリィ、そしてエアンナだけ。マッシュ隊のメンバーもビッグスとウェッジ他片手の指に収まる程度の精鋭だ。
伝説の剣。
言い伝えに語られる勇者の証となるというその剣を求めて旅立った私に、厳選されたメンバーは快く同行を申し出てくれたのだ。
地理にも暗く、人の敵の同族と誤解されがちな私にとって、彼らの協力はこの上なくありがたい。
そんな旅の道連れを守り、糧を作るため。
命を奪うのはいい気分はしない。だがだからこそ、仲間を生かすために奪った命を少しでも無駄にしないため、私も魔獣を吊り上げたりなど、体格を活かした方向で解体の手に加わる。
そうして魔獣の解体に小さく細かな手が主役になったところで、私は使った道具を、狩猟した剣を含めて軽い手入れとまとめにかかる。
「ありがとうライブリンガー! それにしてもすんごい剣だよね!」
「ああ、こんなに丈夫ないいものを、作ってくれた親方さんには感謝するばかりだ」
私はビブリオの言う剣を、鞘に納める前に軽く掲げる。
木漏れ日を浴びて鈍く輝くこの剣。
これは鍛冶屋の親方さんが旅立ちの餞別にと私に用意してくれたものだ。
長く、分厚い刃のブロードソード。
私にとっては取り回しの良い長さと重さの片手剣である。が、人間にとっては単なる飾り以外には使い道のない鉄塊だろう。
「ダッシャーボアの牙とぶつかって、一方的に切り飛ばせてるんだもんね!」
「それも剣術の怪しい私の力で斬りつけて、曲がりも欠けもしないしな」
いくら私から見ても鈍器と間の子じみた厚みがあるとはいえ、ちょっと普通の鍛造鋼でない強度である。
おそらく製造工程に魔法的な手が加わっているのかもしれない。
感謝の証と旅の無事を祈って。と、親方さんは言ってくれていたが、私のために並みならぬ手をかけてくれたのは間違いないだろう。
それも他の準備が整うまでの二週間という、ごく限られた時間に。
まったく、頭が下がる思いだ。
「ここまでの逸品、むしろ伝説の剣とやらよりも頼りになるかもしれないな」
これが私の掛け値なしの本心である。
さすがに私がマックス形態になるのに合わせてライズアップする力は持っていないが、実用度で言えば、野ざらしにされている伝説の剣よりも上だろう。
造りも切断よりも打撃に重きを置いていて、文字通りのアイアンボディを凹ませられるだろうし。
「でも勇者の剣は必要なんだよね?」
「そうだね。必要な理由は依然変わりなく、というヤツだからね」
必要なのはあくまでも実用性ではなく権威。儀礼用の、そして身分証明の徽章と割り切って見ておくべきかもしれない。
「ビブリオ、ライブリンガー、そろそろ移動するわよ?」
「分かったよホリィ」
おっと、魔獣の解体も一段落ということか、私は剣を鞘に納め、光の門の向こうへ送る。
私には後付けの武装を体に絡めて変形することは出来ないからね。
普段はマキシビークルズと同じところに保管していると言うわけだ。いただいた大工道具も一緒にね。
「ライブリンガーが、マックス上半身と下半身を呼び出す時も使ってるそれって、魔法じゃないんだよね? どう見ても召喚魔法だけど」
「マックス上半身って……だがまあ、私としては魔法のつもりはないからね」
極まった技術は魔法と区別がつかない。と、言ったのは誰だったか。
出どころあやふやで少々不気味な知識であるが、この言葉の表す通りなのだろう。
しかし実際私自身不思議の塊であるので、私も私が使うものも、体系違いの魔法由来の存在で技術であるとしてもおかしいことは無いのだが。
そんな私の考えにピンと来ないのか、ビブリオはホリィ、エアンナ共々に車モードになった私に乗り込みながら首を傾げている。
思い付いたに任せて飛躍させた発想であるので、仕方がない。私にも確証もないことだし。
「ともかく、道はこのままで問題ないのかな」
「うん。大丈夫このまま道なりに進んでく感じで」
私の運転席にあるモニターに移した地図をタッチ操作で確認してビブリオがうなづく。
羊皮紙めいた質感に描画されたマップは、旅立ち前に私が読ませてもらったものだ。
もっとも、すでに自分たちで踏破してきたところは修正済みであるが。
地図などの絵図面や、自分で通ることでインプットした情報を基に、私はマップを構築し記憶してきているのである。
もっとも、私が知っている土地はラヒーノ村近辺からメレテ国境、そして王都で得た地図知識程度であるが。
この地図知識も、大まかな目標地点設定と順路の目安にはなる。なってくれるのだが、いかんせん情報が古かったり、測量があやふやだったりするので、道中は常に修正補正をかけてきているような状態である。
「あっと、ここの道は倒木で塞がれてましたよ」
「では倒木そのものは私が取り除くとして、他に何かないか注意しないといけないな」
窓から覗きこんだビッグスたちの先行偵察による情報をピコンと反映。
整備されてない道ばかりだから、どうしても通れる道は限られてしまう。
今回前方にあるという倒木を始めとして、ある程度は変形とパワーに任せてゴリ押しに進むことはできるが、やはり場合によっては危ないので、先の道を調べてもらえるのはありがたい。
「倒木の先を調べるにしてもライブリンガーによけてもらってからになるか。そこで開通作業と合わせて偵察ってことで足を止めるとして、ここからは飢えた魔獣が寄ってくる前におさらばするってことで」
「分かりました」
先導して歩き出すマッシュたちに続いて、私もタイヤを転がし始める。
だがそこで突然にマッシュの頭上を目掛けて巨木が倒れる。
「んなぁッ!?」
「伏せて!」
驚くマッシュに、私はタイヤを急速回転!
倒れる太い幹との間に滑り込む。
「うわぁあああああッ!?」
車体を揺さぶる衝撃に内側から悲鳴が上がる。
だがボディに歪みはもちろん、ウインドウにもヒビひとつ入っていないから問題はない!
「大丈夫か、マッシュ!?」
「あ、ああ、助かったぜ。ありがとうよライブリンガー」
腹這いに伏せてくれていたマッシュは、そのまま匍匐前進で真上にかかった幹の下から抜け出す。
それを確かめてから、私はビブリオたちにも降りてもらってチェンジ。
のし掛かっている大木を押し退ける。
「大丈夫、ライブリンガー?」
「ああもちろんだ、ありがとう。私の体はこれくらいではびくともしないさ」
心配そうに見上げるビブリオに、私は軽く腕を振り上げてなんともないとアピール。
「しかし気になるのは、どうしてまた突然あんな太い木が倒れたのかだが……」
そうして目を向けた私が見たのは、きれいな木目だ。
まるで丹念に鉋がけしたような、異常に滑らかな木目模様を見せる切り株の断面だ。
明らかに何者かの、それも超人的な手が入った証拠に、私の中で激しいアラートが鳴り響く。
「嫌な気配がする……!」
姿は見えない。だが木々の合間合間に、私はこちらの隙を窺うクァールズの影を感じていた。




