21:旅に出るならしっかり準備をしないとね
ボク、ビブリオは今、メレテ王国の王都にいる。
一度は行ってみたいなって思ってた場所だけれど、実際行くのはもっと大きくなってから……それも用事を済ますための一日二日だけくらいだと思ってたから、思いがけない感じでワクワクものだよ。
これもライブリンガーがボクらのところにやってきたからだ。
あの新しい友達と出会ってから、ボクらの日々はちょっと目玉が追い付かないくらいにくるくるって変わっていってる。
ライブリンガーのおかげでやってこられた都だけれど、結局あんまり長くはいられないんだよね。
それもこれも、ライブリンガーの活躍を素直に受け入れられない人たちのせいで。
王様が言うことには、そう言う人たちを黙らせるのに勇者の証になる伝説の聖剣「天狼剣」が必要だってことだけれど、なんだかな……。
どうしてそんなことのために、必死に戦い続けてきたライブリンガーが余計に苦労しなくちゃいけないんだか。
まあでも、ライブリンガーがやるって言うなら、ボクは出来る限り手伝うだけ。友だちだもの!
って言っても、戦ってるそばのケガ人を治したり運んだり、逆にボクが邪魔にならないように気をつけたりするくらいだけれど。
とにかくライブリンガー剣を探す旅の手伝いに着いていくボクらは、旅支度を整えてる最中っていう訳。
「ホントにボクがこんなの貰っちゃっていいのマッシュさん?」
まずは旅装だっていう事で連れてこられた防具屋さんで、ボクは革鎧を当てた体を見下ろす。
軽くて胸や肩、膝などの急所や出っ張りを守ってくれるしっかりとしたなめし革の装甲。
村でも狩人さんたちのための革のプロテクターは作ってるけど、都のは段違いにしっかりしてる。
やっぱりいい職人さんがいると全然違うってことか。
でも正直、こんなしっかりしたのをもらえるってなると、変なしっぺ返しがありはしないかって逆に不安になっちゃうよ。
「あったり前だろ。勇者ライブリンガーのダチでお小姓役に下手なモン着せて送り出したなんて、連合中の笑いもんだぜ!?」
そう言ってボクの背中を叩くマッシュさんも、今日は金属鎧じゃなくて革鎧を着てる。
そう、ボクがここにいるのは、防具を新調するマッシュさんたちのついで。おまけなんだ。
なんでも、ガチガチの板金鎧でも革鎧でも鋼魔のが直撃したら串刺しかひき肉なんだから、だったら軽くて馬も自分も動き回るのにいい革鎧でいいやって思ったんだとか。
だからライブリンガーと一緒に鋼魔と戦うマッシュ隊の皆は、革の鎧を正式装備とするんだとか。
「そんなわけで、合わせも直しも遠慮なくガンガン注文つけてやれ、成長期なんだしちょっとでもキツくなったら躊躇なしの遠慮なしにな! 何なら兄貴に掛け合って実家からも金出させるしな」
それむしろ余計に恐縮しちゃうヤツー!
マッシュさん自体は誰が相手でも気さく対応。それでこれも伯母さんの世話してる子は従兄弟同然、さらに言えば同じ隊の仲間でもあるからって、あれやこれやと手をかけてくれてるだけなんだけども、あんまり各方面にたかられると元凶になっちゃったボクが気まずいヤツー!
「そ、そんなに良くしてもらっちゃって……ホ、ホントにいい、のかなぁ?」
「なに言ってんだよ、命がかかってる装備なんだぜ? 正しく、上質なモンをキチッと身に付ける、そこを惜しんだり手抜きしちゃあいけねえよ」
あ、これダメなヤツだ。
さりげなく遠慮してもはっきり恐縮してるって言っても押しきられるヤツだ。
だったら貰えるものを大人しく受け取った方がマッシュさんたちも気分がいいか。
そんな感じに諦めたボクは、流されれるままに調整のための採寸を頭の先から爪先までまるっと。
そうして採寸の終わったボクたちは鎧と重ねる丈夫な服も選んで外へ。
そのままボクたちはマッシュ隊の皆の武器を研ぎに出すために別の工房へ職人街を歩いていく。
「いやしかし、俺らもライブリンガー殿みたいな鎧同然の体だったら鎧を選んだり調節したりなんて必要ないんですがね」
「そりゃあいいや。おまけに生き物の肌みたいに勝手に治るみたいだし、便利そうだ」
道すがらにビッグスさんとウェッジさんが言う通り、ライブリンガーみたいな体って、確かに兵士さん的には便利そう。
実は前になんで勝手に直ってるのかって、ライブリンガーに聞いたことがある。
なんでもライブリンガーが言うには、体の中のエネルギーを使って、ボクらの体が傷口を塞ぐみたいに修復してるんだって。
でもライブリンガーに回復魔法をかけても体力、エネルギーの減ったのがいくらか戻るだけで、すぐに塞がったりはしないんだよね。
「便利は便利だが、もしもマジに俺たち兵士が全員鎧無用の体になったりしたら、鎧職人はおまんまの食い上げになっちまうぜ?」
マッシュさんの指摘に皆、そりゃあ不味いと声を合わせて。
うん。仕事を奪って飢える人が出るのは良くないよね。
最初っから必要なくてそういう仕事のない鋼魔族みたいだったならともかく、さんざんお仕事作ってもう要らないはつらいものがある。
「ライブリンガー殿って言えば、また町中で大工仕事かい?」
「うん、そう。切れちゃった石畳を埋め直したり、破れた屋根を塞ぎに行ったり」
ラヒーノ、ランミッドの砦と続いて、都でもライブリンガーは大工さんたちからはみ出して修理のお仕事をしてる。
襲ってきた敵がライブリンガー一人狙いだったこともあって、都のダメージは少なめだけれども、それでもゼロじゃない。
ホリィ姉ちゃんも旅の支度をボクらに任せて、ケガ人を探して走り回ってる。
町の傷を癒すために、二人とも忙しくしてるんだ。
「ライブリンガー殿のお陰で、ウチの国はこの程度のダメージで持ってるって言うのに、修繕工事まで率先してやってくれるとはね。まったく頭が上がらないや」
「修理の工事はライブリンガーも楽しんでやってるみたいなところがあるし、いいんじゃないかな」
ライブリンガー本人も言ってたけれど、戦ったり壊したりよりも、直したり作ったりする方が性に合ってるみたいだ。
それならライブリンガーも工事だけやってれば良いようになれたら一番いいのに。
でも、マッシュさんはこの話にちょっと難しい顔をしてる。
「どうしたの?」
「ああ、いやな。こりゃ旅立ちは慌てない程度に急ぐべきか、というか、あんまり一つ所に長居しない方がいいのかも……と思ってな」
「なんでさ!?」
マッシュさんの口から飛び出した言葉は聞き捨てならない!
たまらず噛みつくみたいに問い詰めるボクに、隊の皆がどうどうと割って入ってくる。
馬じゃないけど、なんでと聞いたからには話を聞かないと。そんな思いでボクはマッシュさんが説明してくれるのを待つ。馬じゃないけど。
「ライブリンガーが率先して工事をやってくれるのはありがたいぜ。ありがたいけどな、一ヶ所に居つくと当てにされ過ぎちまうんじゃねえか……ってのが心配なんだよ」
「頼りにされて何がいけないの?」
「いや今みたいに単に修理を手伝ったりしてる分にはいいさ。だが、直すべきもんが無くなったらどうなる? その次は何の作業をお願いすると思う?」
「そうしたらって……手付かずの土地に村を作ったりとか?」
思い付いたままに言ってみたら頭を撫でられた。何でだ。
この坊や扱いを不満に思ってると、マッシュさんはボクの思ってる通りになるのが一番だが、と前置きして、自分の心配事を切り出す。
「このまんまだと、味をしめた連中に要塞やらなんやらを作らされたりするんじゃないか。俺はそいつが心配なんだ」
「あー……鋼魔がいるから一応連合組んでるってとこもありますしね」
「で、お人好しのライブリンガー殿には困ってるんだー、不安なんだーって泣きついてシメシメってことで」
まさかそんな、とは思ったけれど、マッシュ隊の皆は隊長の心配事に納得してる。
確かに、ライブリンガーはお人好し過ぎるから、友だちのボクらでなんとかしなくちゃって心配にはなる。
進んで協力してくれなかった人たち相手でも、困ってるそぶりを見せたら、ハイハイってついてっちゃうかもしれない。
そんなライブリンガーがいいように使われるようなことがあっていいハズない!
いいハズがない。けれど、どうしたらいいんだろう?
何とかしたい、でもボクにはいい知恵が浮かばない。
「おお、勇者様のお伴をやるマステマス様たちだな!?」
そんな頭を抱えて悩むボクをまるごと吹き飛ばすような大声がかかる。
この声にふらつきながら振り向くと、筋肉ムキムキ、角張った顎に無精髭を生やしたいかにも鍛冶屋の親方って感じのおじさんが立ってる。
「どうもですおやっさん。ちょうどこれから向かうところだったんですよ」
「おうそうかい!? こっちもお前さんらにゃ伝言を頼みたかったからちょうどいいや!」
親方さんはガハハと豪快に笑いながらボクの頭を掴んで撫でくり回す。
痛い痛い、手つきが荒っぽすぎるし、ゴツゴツしてるしで痛い痛い!
「おやっさんおやっさん、そんくらいで」
「おお? こりゃスマンスマン! ちょうどいい高さにあったもんでな! すまんかったなボウズ!!」
「う、うん……これぐらい、へっちゃら、です」
「おう! 強いなボウズ!」
「で、おやっさん? 俺たちにたのみたい伝言ってのは、誰宛のどんな?」
また荒っぽい撫でぐりが始まりそうだったけれど、マッシュさんがナイスフォロー。ありがとう!
「誰宛って、そりゃあ勇者様よ! いまウチの工房で、大急ぎに仕上げてるモンがあるから忘れずに持っていってくれってな!!」
「ライブリンガーに何か作ってくれてるんですか!?」
「おうともよ! 俺たちを助けてくれた勇者様を、棒切れ一本と小銭だけ渡して送り出す、そんな人情紙吹雪に恩知らずなマネはできやしねえぜってな!」
豪快に親指を立てる親方さんの言葉がスゴくうれしい。
こんな人が居てくれるなら、きっとライブリンガーが使い走りにされるようなことになんてならないはず!
きっと大丈夫だよ!




