18:都の空気はおいしくない
石や煉瓦を組み上げ木材で補強した家々の連なる街。
そんな街の奥には、一段小高い丘に築かれた白い尖塔の目立つ石組みの城がある。
この城に向かい、町を断ち切り走る道がある。
石畳で整えられたこの大通りには今、街路の両脇に並ぶ家々には旗飾りが渡されたり、花が飾られたりとでお祭りムードだ。
だがしかし、道の両脇を固める人々は警戒モードである。
その原因は、石畳で舗装された道を騎馬のマッシュの先導を受けて、一歩、一歩と、区切り区切りに歩む私だ。
痛み分けに近いとはいえ、鋼魔との戦が始まって以来初の大軍撃退に成功。それを成した功労者たちの行進を迎える筈が、鋼魔に通じた鋼の巨人が先頭になって歩いて来ては、知っていても身構えてしまうのも仕方ないことだろう。
私だけが警戒の目を受けるのは仕方がないことだ。だがそのせいで、本来真っ直ぐな称賛を受けるはずだったマッシュやフェザベラ王女たちまでもが巻き添えを食らっているのは申し訳ない。
さらに私が家同士を渡して通路を彩る飾りにぶつかるたびに、屈んで潜るのを強いられているので、行進全体がもたついて、格好がつかなくなってしまっていることも、だ。
いま進んでいる大通りを始めとした太い道は馬車が悠々とすれ違えそうな道幅で、人型の私も少しばかり出っ張りに気を遣う程度で歩けるだろうというのに。
「……なんだよもう! 誰のお陰で鋼魔を押し返せて、砦の修理も出来たと思ってるんだよ……全部ライブリンガーなんだぞ!?」
行進を遠巻きにする人々の反応が面白くないと、私の近くを歩くビブリオが唇を尖らせている。
「ありがとうビブリオ。しかしそう言ってくれるのはありがたいが、私一人だけの活躍ではないよ。それに予想はしていたことだから、私は気にしてはいないよ」
「ライブリンガーはそう言うけどさ……やっぱり、こういうのは良くないよ……!」
「そうね。見返りもなにも求めないで戦ってくれているライブリンガーにあんまりな態度だと私も思うわ。でも、急ぎすぎるのも良くないから、ね?」
不満の溢れてくるビブリオに、ホリィが同調しながらなだめる。
姉と慕う女性からの言葉に、ビブリオは矛は納めながらも不満の拭いきれない顔をしている。
私の扱いが不当だと不満を表してくれる友たちの気持ちは本当に嬉しい。
感謝を告げる私のライトの瞬きも柔らかくなると言うものだ。
だが、そんな私を巡る認識の違いで他の人々と争うようなことになってはいけない。
いずれ信頼してくれる人たちも増えてくる。
そう信じてじっくりと着実に進める構えでいくしかないのだから。
そう思いつつまた街路の両端を支えに渡した飾りを潜っていると、先導役をやってくれているマッシュに耳打ちに寄る兵がいる。
「……よし分かった。助かったぞ」
「どうかしたんですかマステマス様?」
「はい。この先はライブリンガーが歩くのに邪魔になる飾りは取り払えたということで。いや尋常じゃない大男が通るから大通りを塞ぐのは止めるようにと連絡したんですがね、なんの行き違いか……フェザベラ姫様にも勇者様にもいらぬ不便をかけてしまいました」
「いえ、そんな……私の全高全幅が想定外だったというだけでしょう」
私の腕に乗ったフェザベラ王女からの問いかけに、伝言の内容を伝えて頭を下げてくるマッシュに、私は気に病まないようにとフォローを入れる。
しかしマッシュは浮かない顔でため息を吐く。
「……本当にそれだけなら良いんですがね……」
ため息はマッシュばかりではなくフェザベラ王女も同じく。
なにか私が理解していない、把握できていない問題があるのだろうか?
ともあれ、障害物になっていた飾りが撤去されたことで行進はスムーズに。
そのまま滑らかになった流れに乗って私たちはメレテ王城へ。
石組みの大きく頑丈そうな門を潜ると、また高い石壁と儀礼用の鎧兜を整えた近衛兵に囲まれた庭に出る。
壁のそこかしこに見える矢狭間から、攻め手を食い止める虎口としての役割を持っているのだろう。
ここまでの門は私が通れるほどの高さと幅があったのだが、執務の為の建屋との出入り口はどれも、手足を折りたたんだ車モードでなければ潜れそうにない。
しかしクレタオス辺りが攻めてきたならば、角で壁ごとに突き破ってしまうのだろうが。
そんな迎撃用の庭に通された私たちは、下馬をしたマッシュを先頭にすぐ後ろに私。その周囲を代表たる指揮官たち。そして最後尾に、ラヒーノの村からの義勇兵であるフォステラルダさんたちという形で整列する。
「よくぞ参った。悪しき侵略の手を退けし勇者たちよ!」
そうして整列を果たした私たちを良く通る声が迎える。
私の目線近くに作られたテラス。そこからの低い声の主は、豪華な冠と衣装に身を包んだ金髪碧眼の男性だ。
声を聞くや跪くマッシュ達に続いて私も片膝立ちに頭を下げる。
なるほど。このマッシュたちの反応に身を飾る装い。あの金髪のナイスミドルがメレテの国王陛下というわけか。
「勇士たちよ面を上げ、楽にせよ」
メレテ王の声に従って私たちが垂れていた頭を上げると、彼はその顔をぐるりと見回して満足げにうなずき、改めて口を開く。
「鋼魔族を名乗る侵略者の出現に、我らは連合を組み立ち向かってきた。だが我々の団結はこれまで残忍な侵略者に踏みにじられてきていた……」
悔しげに拳を握る王に引っ張られるように、前線で鋼魔の脅威に立ち向かっていた兵たちからも怒気がにじみ出る。
「だが! この敗北の積み重ねもそなたら勇士の活躍によって終わりを告げた! 神々は我らを見放してはいない! 鋼魔の手による滅びが運命られたのだと嘯く声もあったが、そんなことはない! 断じてない! それはこの度そなたらの勇気が、皆々の団結が証明したのであるッ!!」
そこへ拳を振り上げての勝利を称える言葉に、人々もまた昂るままに声を上げる。
その興奮の声はこの庭ばかりか、城下からも波となって王城に押し寄せてくる。
おそらくは魔法の仕掛けで都全体に王の演説が広められているのだろう。
「そして神々の御加護が我らにあることの証がもうひとつ、それが光の柱と共に現れ、侵略の手を打ち払った最大の功労者……鋼鉄巨人の勇者であるッ!!」
演説を拡散する仕組みについて考えていたら、いつの間にか王様が私を手で示していた。
慌てて立ち上がった私は胸に拳を添えた敬礼の姿勢を取る。
これに庭に集まった面々のうち、私と行進していない人々がどよめき揺らいだ。
もし私の考え通りに都中にこの様子が生中継されているのなら、城下の人々にも同じ動揺があったことだろう。
王様はどよめく人々を静まるように手で制すると、私に向かって手招きをする。
足元を確かめてマッシュが道を開けて目配せするのに従って、私は王様の前に出ようと――。
「お待ちを!」
しかし割り込んだ大声に、私は出しかけた足を戻してしまう。
足元を見れば、恰幅も身なりもいい熟練文官風の中年男性が、私と王様の間を遮るように立っている。
王様の演説も遮った彼の行動に、マッシュたちのみならず、近衛の兵士さんたちも不敬だと色めき立つ。
「ふむ。ここへ来てまだ何かあるか? 許す、申してみよ」
しかし王様はそんな兵士さんの動きにブレーキ。割り込みの文官さんに続きを促した。
「ありがとうございます。しかし陛下、陛下は本当にこの鋼鉄巨人を勇者と……いいや、我らの味方と認めるおつもりなのですかッ!?」
文官さんが王様に一礼してから口にしたのは、やはりと言うべきか私に対する疑念だった。
「突然に現れた強大な味方などという、あまりにも都合が良すぎて胡散臭いと言うのに、こうして見るに話に聞く鋼魔族そのままではありませぬかッ!? 鋼魔の者どもが差し向けた間者でないとどうして言い切れますッ!?」
「うむ。だが彼は鋼魔と戦い、これを退けたと聞くぞ?」
「それは、我ら人間を欺く策の一環ではないのですか!? ただ一人加わっただけで戦況がひっくり返るだなどと、芝居であると考える方が自然です!」
私は一から十まで、その時持てる力の全てで友を守るために敵に立ち向かった。そこに嘘偽りも八百長も断じてない。
しかしなるほど、伝聞だけで判断するとそうも思えるものなのか。
しかもこの疑いは、文官さんただ一人の考えではないようだ。
近衛兵の皆さんも文官さんの物言いに本心が刺激されたのか、疑念のにじみ出た目を私に向けてきている。
「そんな言い方はないんじゃないですかッ!?」
しかし強まる都側からの疑惑に、真っ向から立ち向かう声がある。
「何者かッ!?」
その声の主達は問われるままに堂々と前に出てくる。
それはもちろんフォステラルダさんを先頭に、ホリィ、ビブリオが引っ張るラヒーノ村の少年少女義勇兵たちだ。
文官さんに詰め寄る勢いの子どもたちのペースを宥め抑えつつ進むフォステラルダさんの前に、近衛兵さんたちが割り込みブロックする。
「良い。久しいなフォステラルダ嬢。健勝なようであるな」
「お戯れを。そのような歳ではありませぬし、令嬢の立場を捨てて飛び出すような跳ね返り者。今は小さな村神殿を預かる神官に過ぎませぬ」
王様に声をかけられたフォステラルダさんは優雅に返礼。
これに文官さんたちもたじろぐ。
「そ、その元令嬢の神官が何を言う、言おうというのだッ!?」
「いいえ。もの申したいというのは私ではなく、私の養うこの子たちです。陛下、お許しを」
王様がこの一言にうなずくや、フォステラルダさんは前座は終わりだとばかりに横へ退く。
その入れ替わりにホリィが前に出て一礼。
この金髪碧眼の若く美しい女神官の所作に誰からともなく感嘆の息が洩れる。
自然と静まった場に、ホリィは軽く息を整えて鈴を転がすような声を送り出す。
「お許しに感謝いたします、陛下。私は彼が、ライブリンガーが光の柱を通じて現れた場に立ち会い、これまでに幾度となく命を救われてきた者の一人です。彼の戦いは常に先頭に立ち、私たちのために身を削ってのもの。卑劣な策略としての芝居であるなどと、貶められて良いものでは決してありません!」
ビブリオたちの支えを受けたホリィの堂々とした証言に、文官さんたちは堪らずに後退りする。
「私も、戦場で馬を並べた者として、ライブリンガーが信に足る戦友であるとここに証言させていただきます!」
そこへマッシュさん率いる兵たちが畳み掛けるように私を信頼に値すると言ってくれる。
風貌からの疑念や謂われない悪評から私を守ろうとしてくれる友たちの姿に、私はカメラアイの洗浄液が溢れ出るのを禁じ得ない。
「……ッ!? ええい、それが実際に籠絡されての言でないと誰に分かる? そなたらの言い分だけで民が納得させられるとでも? 陛下、やはり時期尚早に過ぎます。直に接した者の信頼を頼りになさるのでしたらば、直に見た我らの不安もどうか御一考を……陛下?」
場の空気を取り戻そうとした文官さんが、王様の様子を窺い見上げる。
しかし王様は、呆然と庭を見下ろしたまま何も答えない。驚きに見開かれたその目はただ一点、ただ一人だけ、ホリィだけに注がれている。
ホリィがどうかしたのか。と、王様に訪ねようかとも思ったが、ふと耳にした風切り音に私は振り返り、プラズマショット!
とっさに放ったそれは空中で電気の弾丸とぶつかり弾けた!
「な、なんだ!? 何事だッ!?」
エネルギー弾の相殺が起こした光に文官さんたちが浮き足立つ中、けたたましい警鐘が都に響く。
「敵襲! 敵襲です! 鋼魔族が空から、単騎でッ!」
この報告が庭に転がり込むのと同時に、私は城壁に飛び上がっていた。