17:式典に備えて解しておこう
「王都が見えてきましたよ」
「うわ、あれが都!? ボク初めてだよッ!!」
メレテ国の都を前にした街道。
そこでホリィが指さした、白い石造りの壁に守られそびえる城に目を輝かせたのはビブリオだ。
しかし、二人が乗っているのは車モードの私にではなく、私の後ろに続いたマキシローラーの上だ。
二人をはじめとした子どもたちが端に寄らないようにと見守るフォステラルダさんも乗せて、石畳をゴロンゴロンと重たげな音を響かせながら進んでいる。
そんなローラーの前を行く私が、友人たちを差し置いて誰を乗せているのかと言えばマッシュと、白い翼を持つ少女フェザベラ王女だ。
あの戦い、峡谷の砦を破られたものの、マックス形態の私が鋼魔の従えた魔獣たちを壊滅させて痛み分けに終わった戦いから数日。
慣れない、大きすぎる力に振り回された果てに私が眠ってしまっていた内から、マッシュたちは王都と経過報告の使者のやり取りをしていた。
その中で戦勝祝いにと、功労者たちが王都に招かれることになった。
私も含めて。
この話が来た時、私は砦の修復工事に人々と共に従事していたところだった。
その工事も半ばで離れること。そして最大の功労者である兵士の全員が祝いには参加できないということ。
これらの理由から、正直私はあまり気が進まなかった。が、渋っては連絡と交渉を進めていたマッシュの顔に泥を塗ることになる。
それも歓迎できることはない。
結局は防衛と修理に残る兵士さんたちの後は任せろとの後押しを受ける形で、私を含んだ代表者たちは出発することになった。
その王都へ向かう旅路の中で、私に誰が乗っていくのかという話になった時、その第一の候補として挙がったのがフェザベラ王女というわけだ。
亡国キゴッソの、生存する唯一正当な王位継承者で、奪還作戦の旗印たる彼女を使える最高の車に乗せなかったとなっては余計な軋轢が出る。
フェザベラ自身は、自分よりも代表者の中で傷の癒えきっていないものが乗るべきだと主張していた。が、フォステラルダさんたちの回復魔法のおかげで、生き残ったものたちのなかに歩くのも無理だと言う人はいなかった。それに少々強引に上に載せるだけ、ではあるが、マキシビークルもある。
そうして本人ではなく周りの後押しに押し込まれる形で、彼女と彼女が指名したマッシュが私に乗って、王都を目前にした今に至るというわけだ。
「もう目と鼻の先で、もうすぐ到着ですからね。フェザベラ姫様」
「は、はい!」
ここまで来てもマッシュの声に上ずったのを返してしまうほどガチガチなあたり、乗りたがらなかったのは単純に私に乗るのが嫌だった、と言うのもあるのかもしれないが。
砦へ駆けつけた時にマッシュたちを振り落とすような降ろし方をしてしまったし、急行するのに随分と急いでしまったから、その様子を聞いていていざ乗るとなれば、恐ろしくなってしまうのも仕方ないだろう。
「うーん、姫様がこの調子じゃあな……しょうがないライブリンガー、打ち合わせよりもちょいと早いが、巨人モードで歩いて行ってくれないか?」
「分かった。それでは一度降りてくれ」
馬の引かない妙な馬車。
車モードではそうとしか見られないだろうということから、王都前から人型に変形していくというのは打ち合わせ通りだ。
後続のマキシビークルと合わせて停車した私は、二人が降りたのを受けてチェンジ。
しかしこれからまたすぐに移動開始というわけではなく、城近くに到着するやそのままパレードになるということなので、その準備を兼ねた休憩となる。
最終打ち合わせに走ったビッグスたちを見送ってしばらく。
片ひざ立ちになってビブリオたちを鈴なりにぶら下げて遊んでいた私のところへ、改めで身支度を整えたフェザベラ王女がやってくる。
「こ、これはフェザベラ様……!」
それに気づいたホリィが慌てて跪き、ビブリオたちと私にも倣うように促す。
だがフェザベラ王女は、構わないと片ひざ立ちの私を滑り降りるビブリオたちを手で制する。
「そんなかしこまらないで、楽にしていて。王女だ姫だと言われていても、治める国は奪われたままなのですから」
フェザベラ王女はそう言うが、言われてハイそれでは、というのは難しいだろう。
キゴッソ生まれのエアンナも含めて、のびのびと私をアスレチック代わりに楽しみ続けるわけにもいかず、地べたで静かに座ってしまっている。
しかし、このまま空気が固まるのもよくないか。
「ところで、具合はどうですか? 私に乗っている間、マッシュともあまり話していなかったようですから」
「は、はい! お気遣いありがとうございます! 乗り物に変身できる、とは言われましても、勇者様の中に乗る、と考えると訳が分からなくなってしまって……」
「そんな。それこそ気にしないでください。私など、勇者と呼ばれるのがしっくりきていないと言うような有り様ですから。それこそ、そう称えられるべきは勇気をもって強大な敵に挑み、戦った人々の方ですから」
「ありがとうございます。勇者様のお言葉に鋼魔に立ち向かった父も、散っていった者たちも浮かばれると思います」
失われた故郷を思って、フェザベラ王女は顔を伏せてしまう。
話続けて空気を重くさせないために話を振ったというのに、どうしてこうなった!?
「ところでフェザベラ様、私たちになにか御用があったのではありませんか?」
そんな人間であれば冷や汗を流しているだろう私は、ホリィの話題転換に内心で拍手を送る。
これにフェザベラ王女はそう言われればと顔を上げる。が、すぐに目を伏せてしまう。しかしそれは先のように悲しみからのものではなく、恥じらいからのものだ。
「ええっと……その、すみません楽しそうな声が聞こえたもので、邪魔するつもりは無かったのですが……いえ、ただただ聞こえた声に釣られてついついというわけではなくて、ですね……」
「もしかして私に用事、だったのですか? 王城入りの行列の件で?」
「そう、それ! そうなんですさすがは勇者様! ですがご友人と楽しく過ごされてるところを邪魔してもよいのか、と迷ってしまって、ええ!」
言葉を探し探しに語る王女に助け船を出したらついばみに来る勢いで同意されてしまった。
それに私たちが怯んでいるのに気づいてか、フェザベラ王女は咳払いをひとつ。姿勢をただして口を開く。
「……ご友人との一時を邪魔して申し訳ないとも思いましたが、マッシュ様の案では勇者様が私を腕に乗せて歩いていく形になっています。一度どのような形になるのか、私にも試させていただきたいのです」
「分かりました。少し高くなるとは思いますが、問題はありませんか?」
実際、人からすると結構な高さになると思う。人型形態の私の全高は、およそ七メートル半にもなる。
立ち上がった状態では、軽い木登りという程度ではない。
しかしそんな私の心配に、フェザベラ王女は胸を張って首を横に振る。
「心配には及びません。キゴッソ人は元来高いところを恐れません。それどころか高くから見下ろすクラクラとした感覚を楽しみ好むほどですから!」
「……そうなのエアンナ?」
「飛べる羽持ちの人たちはね。私は違うし、みんな平気ってことはないよ」
キゴッソ人の常識のように語る王女だが、実はそんなことはないようだ。
それはともかく、峡谷砦の城壁を飛び降りれるフェザベラ王女には愚問だったと思い出して、私はスロープやはしご代わりにと手のひらを差し出す。
「失礼します」
するとフェザベラ王女は綺麗に一礼をして私の手の上に。
そんな彼女を落とさないように、私は慎重に膝を伸ばす。
そして胸板も支えにできるように手のひらを胴に添えて歩き出す。
「……おお。これはなかなか……」
ビブリオたちが早足で並走できる程度の速度での歩みに、フェザベラ王女は落ちないように私の胴に寄りかかる。だが、その姿勢に反して恐れてるような声ではない。
「もっと早く、いっそ走ったりしてくれても大丈夫そうですよ」
こんなリクエストが飛び出す辺り、本当に杞憂でしかなかったようだ。
行進に合わせて歩いている分には、同じ姿勢に疲れたら座るなり逆に立ち上がるなりと切り替えることもできそうだ。
「そうですか。ではやってみましょう。まずはかるーく流すくらいで……」
ならば王女の期待に応えて見せようと構えたところで、マッシュが走ってくる。
「おおいライブリンガー! そろそろ出発するぞー……ってなんだフェズ、もうライブリンガーに乗ってたのか。そのまんま行進に入れそうだな」
「ええ。そうですね。それではこのまま向かうことにしましょう」
間が悪く告げられた出発の知らせに、フェザベラ王女は粛々と従おうとする。
そんな彼女の頭を見下ろして、私は何とかしてやりたいといった思いに駆られる。
「すまないマッシュ、もう少しこの姿で動く慣らしをしておきたい。軽く走っても構わないだろうか?」
この提案にマッシュもフェザベラ王女も、ビブリオたちも一斉に私を振り返る。
「ああ、体ほぐしておくのは重要だもんな。オッケーオッケー!」
「ねえねえ、ライブリンガー! ボクも、ボクも手に乗せてよ!」
「あー! 一人だけなんてずるいぞビブリオ!」
マッシュの許可が出るや、ビブリオたちがボクも私もとすがってくる。もちろん私に否やがあるはずもなく、「いいとも」と腰を低く迎えに行く。
「あ、ちょっと! フェザベラ様と一緒にだなんてそんな……!?」
プライベート感覚で衆人の目の前に出ては面倒になる。と、ホリィが慌てて止めに入る。
「そういうことならば私が……」
これにフェザベラ王女は白い翼を広げてふわりと、私の肩にまで舞い上る。
「これで一応の言い訳はつけられます。勇者様は子どもに分け隔てのできない方ですもの、ね?」
「ええ。というわけで、みんなのお姉さんのホリィも一緒にどうです? 私の腕は空いていますよ?」
「そ、そういうことでしたら……誰かがはしゃぎすぎた時には、支えが多い方がいいですしね」
王女の気づかいと私の誘いに、ホリィは口では渋々、体はいそいそと私の腕に乗ってくる。
「では、しっかり捕まっていてくださいね!?」
そうして全員が腕と肩に乗ったのを確かめて、私はランニングを始めるのであった。