167:決着の後に
「……わっほい、世界が割れちゃったや……」
ライブリンガーとネガティオンが一つになったエメラルドと黄金の勇者。その振り下ろした剣はボクらの浮かんだ果ての無い夜をまっぷたつにしたんだ。
このスゴすぎる威力に、ボクは魔法のバリアの中であんぐりと口を開けちゃってた。
「う、あ……ああ……そんな、そんな……バカなぁッ!? この私が、創造主たるこの私が、どうしてェ……」
ポカンとしてたのに気がついて、ボクがあわてて口を閉じると、割れた世界の向こうからきれいに二つになった人の顔が出てくる。
エメラルドと黄金の勇者だって丸のみにしてしまえそうなくらいに大きなその顔は、間違いなく女の子を真似たあの邪神の顔だった。
「生み出したのだから支配してもいい。そんな幻想を、いつまでも抱え続けるものではない」
すき間からねじ込むようにしながらのたうつようにする邪神を、エメラルドと……ああもうめんどくさいや! ライブリンガーはバッサリとひと言で切りふせるんだ。
「う、ああ……よくも、よくもぉお……!」
ちょっとらしくない感じの突き放した言葉を受けて、邪神の顔は恨み言を言いながらバラバラに解けてく。
「終わった……のか? これで全部が?」
崩れてく邪神の顔を眺めながら、ボロボロのミクスドセントが信じられないって感じでつぶやく。
そのつぶやきにライブリンガーはゆっくりと振り返るんだ。
「ああ。後は無事に帰るだけだね」
その答えに、ミクスドセントだけじゃなく、ミラージュハイドも、それにボクのすぐ近くで浮いてるディーラバンも。ホッとしたって風に目をチカチカさせる。けれどすぐにそのリズムは崩れちゃう。
「帰ってこその遠征ですからね……ええっと……なんと呼べば?」
ミラージュハイドが代表して聞いてくれたけれど、そうだよ。ライブリンガーでもネガティオンでもない。そんなこと言うなら、なんて呼んだら良いのさ。
見た目は大体が色がエメラルドと金色でピカピカしたライブリンガートリニティで、そこにネガティオンのパーツがまわりに浮いてたりくっついてたりする感じだから、ボクはついライブリンガーって言っちゃってるけど。
そんなボクらの目を受けて、ライブリンガーは困ったなって風に柔らかく目を点滅させる。
「すまないね。ややこしくなるような事を言ってしまった。どちらでもないがどちらでもあるわけだから、好きな方で呼んでくれて構わないよ。元の名前のことは、もう覚えていないんだ」
ならライブリンガーでいいやって。いつもの感じの声からボクはそう思った。
「……では我が王よ、帰り道はいかがいたしますか?」
「ハッハッハッ! 何をおっしゃる黒騎士殿。ちょうどよい通り道があるでは無いですか。でありましょう我が殿?」
で、そっちも元のまんまで呼ぶって決めたディーラバンとロルフカリバーで、なんでかバチバチした空気になっちゃう。
でもまあ、ロルフカリバーが切っ先で指した通り道はたしかにちょうど良さそうだね。
ライブリンガーがグレートロルフカリバーのクロスブレイドで作った世界の割れ目は。
「ボクらを閉じ込めてるここから出るには、そこしかなさそうだよね」
ライブリンガーのところへ行こうとするボクを、ディーラバンがあと押しして助けてくれる。振り返ってボクがお礼を言うのに続いて、ディーラバンも青白い火をふかして付いてくるんだ。
「……だが、その先が元の世界……ヤゴーナ大陸のある世界のあの時間に繋がっているとは限らない……」
「確かに黒騎士の言う通り。あの裂け目の向こうはひどい乱れの渦で、どこに流されるか分かったものではないな」
「なんと!? ではどうしたら良いのですか聖獣殿。向こうからグランガルトでも呼び出すと?」
「それならば四分の一が水竜の私で事足りるだろうに。それに流れと言ってももののたとえだ。荒れた水を泳ぐのとは訳が違うのだぞ」
それで巨大勇士ふたりも、ボクらと合流しようとしながら冗談半分に話し合ってるんだ。
「……ねえ……えて……お……い……」
そうして話していると、ふと途切れ途切れな声が聞こえてくる。
「この声は……?」
「姉ちゃん!? ホリィ姉ちゃんだ!?」
ボクが聞き間違うはずがない。ライブブレスが点滅して送られてくるこの声は姉ちゃんのだ!
「ビブリオ? ライブリンガー? お願い答えて! みんな大丈夫なの!?」
「姉ちゃん、姉ちゃん! うん、みんな大丈夫、誰も倒れて無いよ!」
ハッキリと聞こえてきた姉ちゃんの声に、ボクは先回りして被せる形でみんなの無事を伝えるんだ。
言葉を邪魔しちゃった形だけれど、姉ちゃんは全然気にしてないで、それどころか心の底から「良かった」って安心した返事をくれるんだ。
でもそれはボクもだ。姉ちゃんが無事なんだろうって言うのは聞いてたけど、ちゃんと声が聞けてやっと安心できた気がするんだ。
「これでホリィを辿れば、正確な帰り道が作れそうだね」
そうか! 姉ちゃんを目印につないだらちゃんと元の場所に戻れるんだ!
「姉ちゃん、合わせて!」
「任せて。繋がった今なら、ビブリオたちのこと感じられるもの!」
そうと分かればってボクと姉ちゃんは帰り道を作るために息を合わせるんだ。
「拓くための力は私たちのを使ってくれ」
「ライブリンガーだけに出させはしないぞ」
「俺たちも絞り出しますから」
そんなボクをライブリンガーはその大きな手で裂け目に送り出してくれる。
この間にミクスドセントも、ミラージュハイドもパワーをボクに分けてくれる。
「……ボクらを元の世界に、姉ちゃんのところに帰る道を……!」
「戦場に出た勇士達を迎えるために。みんな……力を貸して!」
ボクと姉ちゃんがおたがいに作った道がぶつかってつながる。砂山を掘り進んだ中で手をつないだみたい通じたトンネルからは、姉ちゃんが集めたんだろうライブリンガー達の凱旋を待つ人の気持ちが伝わってくる。
「わっほい。あったかいや」
ボクも帰るし、みんなも無事に帰さなきゃ。
そう思ってみんなに振り向いたボクに、ライブリンガーが被さってくる。
「まだ消えてないってのか!?」
「どこまでもしぶとい!」
何が起きたんだって思ったけれど、仲間たちの信じられないって言葉がありえない事、邪神がまだ倒れてないんだって事を教えてくれる。
「ウソでしょ!? どうしてッ!?」
「本当の事だ! ディーラバン、ビブリオを元の世界にまで無事に送り届けてくれ!」
「……我が王の命とあれば」
ライブリンガーの指示にうなずいたディーラバンが、ボクを包んだバリアを押して門の向こうに送り出そうとしてる。
でも待って、待ってよ!?
「ライブリンガー!? ライブリンガーはどうするつもりなのさ!?」
「無論、この場で邪神を滅ぼす。任せてくれ!」
そんなッ!? また当たり前みたいにボクをのけ者にして戦いに残るのッ!?
「ダメだ! イヤだよ! ボクもちゃんと倒すまで残るよ! だってボクがこっちにいなくちゃ門が……ッ!!」
ライブリンガーが閉じ込められちゃうじゃないかッ!?
だけどライブリンガーは、ローラーで研いだロルフカリバーでヘビみたいなのを切り払って、優しくチカチカした目でボクを見るんだ。
「心配してくれてありがとう。だが、信じてくれ。またビブリオが……友が心から助けを求める声があったなら、私は必ず駆けつけるから」
「なに。ライブリンガーとて、一人で殿をやるワケではない。この私が目を輝かせている限りはな!」
「その通り! 加えて拙者も付いているのですから!」
「みんな、ビブリオたちを……心良き人々を守ってやってくれッ!!」
だから信じていて。
そう言ってライブリンガーがエメラルドと金色の巨体を振り回して生まれた波が、ボクたちを、ミクスドセントもミラージュハイドもいっしょに門の中へ押し込むんだ。
「ライブリンガーッ! 待ってるから! かならずだよッ!?」
ディーラバンにミクスドセント、ミラージュハイドたちにかばわれるボクが最後に見たのは、ボクらに向かって親指を立てるライブリンガーの姿だった。




