166:私は勇者でも魔王でもない
「ぐわああああああッ!?」
この悲鳴は私のものか。それとも仲間たちのものか。
共鳴する輝石を通して重なったいくつもの声と四方八方から機体を貫くダメージが、私の意識の中を無遠慮に駆け抜けていく。
そうしてめちゃくちゃに踏み荒らされた意識の中、私は溜めたままでいたエネルギーを放出。ダメージでいくらかは散ってしまっていたものの、暗黒の虚空に太陽を生んだこの輝きに、トリニティボディを揺さぶる力が緩む。
この隙を逃さずに私は全力で上昇機動!
「ここが貴様の内だと言うのなら!!」
さらにクロスブレイドに対回転するドリルのエネルギーも添えて振り上げる!
切り裂いてやると伸ばしたこの刃は、確かに暗黒の中に一筋の光明を描いた。
この私の動きに倣って、勇士たちは皆己の輝石の力を爆発。それから各々の必殺技を暗黒の中に放つのだ。
だが――
「ああもう! まだそんな光を出せる!?」
忌々しげな一言と共に襲ってきた圧力が私たちを襲うのだ。
音を立ててひしゃげる機体に、私たちはまた誰のものかも分からぬ苦悶の声を互いの中で響かせ合うことに。
「ライブリンガーッ!? みんなッ!? 負けないで!!」
だがそんな中でもビブリオの励ましの声は私の意識の中にくっきりと響く。
ビブリオ自身の無事を告げ、また我々を気づかう少年の思いは私の、私たちの中に光を生み出してくれる!
この気持ちに乗せて、私はプラズマブラスター、からのバスタースラッシュをインバルティアの支配空間に放つ。
「ああ、またアンタなのね。ホントにうざったいったら!」
打ちのめしても打ちのめしても私たちが奮い立つ。その力を与えているビブリオにインバルティアが意識を向ける。
そこへ私はライブブレスを通じて夜明けの輝きを送り込む。
「お……まえッ!! いい加減にッ!!」
苛立つ邪神の声に突き動かされたかのように、ネガティオンがケイオスストリームを帯びた結晶の刃を突き刺しに来る!
だがこれがいい。これを待っていたんだ!
操られるままのネガティオンの刃を胸に受け入れながら、私もまた太陽の輝きを帯びたロルフカリバーをヤツの胸に。
分厚い金属を突き破る鈍い手応えと同時に、鋭いダメージが胸部から。
「そんな、ライブリンガーッ!?」
ああ……心配しないでくれ、友よ。
悲痛な少年の悲鳴を聴きながら、私の意識は夢見るように沈んでいく。
そう。ネガティオンと共鳴して見た、あの分かたれた日の記憶を振り返る夢に導かれる時のように。
「覚悟はいいか、我よ。元の我でいられる保証はどこにもないぞ?」
そして緑の大地にオレンジの空が地平線を描く景色の中、白銀のリトラ車が私の正面から語りかけてくる。
「もちろんだとも。もう私は私から目を反らさない。私のすべてを受け入れる。その結果がたとえどんな私になるのであっても!」
黒い車姿の私の返事に、白銀の車は聞くまでもなかったかとヘッドライトを上下。ネガティオン・ネイキッドの姿に代わる。
合わせて私も二本の足で立ち上がって、色違いの鉄巨人と対峙する。
そのまま鏡写しに歩き出そうとしたところで、不意に後ろから私を抱き締める腕がある。
「グリフィーヌ」
「私は信じているからな。ライブリンガーならば、必ず……!」
「そうです。分かたれた相手とひとつになろうと、我が殿は殿でありましょう」
私を抱き止めたグリフィーヌに続いて、ロルフカリバーと、共にいるのだろうラヒノスの魂からも強い信頼の念が送られてくる。
「ありがとう、みんな」
そんな頼もしい仲間たちの思いを背に受けて、私は改めてもう一人の、白い魔王である私と歩み寄り、手を握り合う。
その瞬間に私は、我は、意識が混ざり合い始める。
失った持ち主への信頼と思い出を、それを奪ったモノへの怒りが重なる。
それは野心に駆られて他の命と心を踏みにじった人、それをやった鋼魔とやらせた自分自身への憤りへと。
だが自分の心に気高く従う翼の騎士、忠義を尽くす黒騎士、無邪気に振る舞っていただけの水の戦士とその側近と。そんな者たちの心が、それを生み出した自分をそんなに悪いものではなかったのだと思わせてくれる。
そしてそもそもが、命と心を踏みにじる行いへの怒りは、轡を並べて戦った戦友たち。自分の出来ること、すべき事をこなして懸命に生きる人々。広い視野で大きな豊かさを求める王。多くの子を育てた母。そんな尊い人々を思うがゆえに燃えていたものだから。私の事を受け入れてくれた赤毛の少年と、心優しい娘を苦しめるものであったからだ!
ならばどうする? 罪を背負い、邪神を討って果てる事で償いとするか? 邪神だけが尊いモノを踏み潰すものではないというのに。
ここで大切な思い出の人と、それを奪ったモノへの怒りという原点へ。だが!
だから戦い続けるのだ! 命と心を大切にしない者と。悪を憎むままに全てを踏み潰してしまいかねない私自身と!
この結論に、私自身が触れ合ってきた尊い心の持ち主たち、共に歩んでいたいと思う者たちの姿で埋め尽くされる。そしてその原点は異物である私を受け入れてくれた二人の友の姿に行き着く。
ここで食らい合うようにせめぎ合っていたオレンジと緑は、カチリとパズルが噛み合うかのようにして収まる。
それまでの衝突が嘘のように、私の心は凪ぎを迎えている。
そして、私は目覚めた。
「な、なにッ!? ネガティオンの体から……コントロールがッ!?」
まず最初に聞いたのはインバルティアの声だ。
戸惑いに染まった幼い声は纏わりつくほど近くにありながら、その実は遠くから響いてきている。それこそこの絡んだのと少し遠くの二重の膜を通したその奥にといった具合か。
なるほど。そこにいたのか。
なおも絡め取ろうとしてくる邪神の力を握り潰して振り払い、私は討つべき点へと意識を向ける。
「ヒイッ!? なぜッ!? かつても今も私の被造物に生まれた変異体程度でしか無かったはず、はずなのにッ!?」
いつの事を話しているのか知らないが、邪神は私の思いがけない抵抗に、ひどく怯えてうろたえる。その姿はまるでペットに噛まれた子どものよう。だが、あれはそのペットを飽きたから殺してしまおうとしているのだ。当然の報いだろうに。
「ら、ライブリンガー、なの?」
「……それとも我が王、なのですか?」
そんな邪神を睨む私に、ビブリオたち。そしてディーラバンが戸惑いながらも問いかけてくる。
「私はライブリンガーでもネガティオンでもないよ」
それだけを答えて私は成すべきを為すために動き出す。
私の内で太極を描く朝焼けの輝きと鬱蒼とした暗闇。その衝突と融合の繰り返しが生み出すエネルギーを私は両腕に集中。アームローラーの回転によって噴き出させる。
それを両手持ちに構えたロルフカリバーへ。しかし我が剣をもってしても切っ先から溢れ出すエネルギーを、マキシマムウイングから飛ばしたビットクローを添えて受け止める。一つで足りねば二つ。それでも足りねば三つ四つと継ぎ足し継ぎ足しに。やがてそれは途方もない長さの剣となる。
「名付けて、グレートロルフカリバー……」
超長大剣を為したロルフカリバーを私は腰から伸びるパワーアームも使って支えて振りかぶる。
「そ、その大きな剣で私をバッサリやるつもりなの!? や、やめて! 考え直して! 世界を作った私を滅ぼしたりして、本当になんともないと思ってるの? もしものことがあったらもう作り直せるのはいなくなるのよ!?」
「いつまでもお前の管理を必要とするものか。命は、自分の道を切り開く……たとえその先に何が待ち構えていようと、乗り越えていくさ」
「また同じ事を!? そう言って私を封じるために消えたお前が、壊れかけの乗り物の中にいたのを取り出してやったのに!? その恩をこんな形で返そうって言うのッ!?」
命乞いから先手必勝とばかりに攻撃を仕掛けてくるインバルティア。だが私はその抵抗も命乞いも振りかぶった剣でもろともに切り伏せるのであった。




