165:邪悪なる神の空(うろ)
「大丈夫かい、ビブリオ?」
全身を包む浮遊感の中、私は両手と機体で包んだ友に声をかける。
「う、うん……大丈夫だよ」
「こちらでもバリアを張ってはいるが、ビブリオ自身でも魔法で保護しておいたほうがいいな。やれるか」
私を通したグリフィーヌの声に、ビブリオはやってみると応じてマジックバリアを展開する。
そこへ私もロルフカリバーと共鳴させたエネルギーを送り込んで補助しておく。
ひとまずビブリオの保護はこれで良しとして、私は丸めていた機体を伸ばす。
「わっほい!? なにこれ!?」
「まるで、無限の夜ですな」
掌のビブリオに続いてロルフカリバーがつぶやいた通り、私たちの目の前に広がっているのは果ての見えない暗黒だ。
それも正面ばかりではなく、前後左右はもちろん上下にまで至る全方位にだ。
そう、まるで宇宙だ。
ならば、ここはヤゴーナの大地のはるか上、空の果てを越えた先と言うことか?
機体と心を繋げたグリフィーヌの意識からはそんな疑問が上がる。が、そうだと断言はできない。
ここはインバルティアが潜んだ空間の歪みの向こうのはず。
ヤゴーナのある星の外に繋がっていたとして不思議では無い。しかしここにはあるべき光が見えない。大地から見上げた太陽も、それと同じように彼方で輝いているはずの星々も。
なにも無いのだ。
「そうだ! 姉ちゃん!? それに他のみんなは!?」
そこでビブリオはハッとなって、仲間たちの安否を確かめようとライブブレスと辺りを見比べようとする。
しかしその辺りの心配は無用だ。
「ホリィのことは安心していいぞビブリオ。どうにか船ごと歪みの外に放り出して来たからな」
「グランガルトとラケルも船にくっついてたから、船に何かあっても大丈夫なはず」
「ミクスドセント、ミラージュハイドも!? 無事だったんだね!」
ホリィの無事を伝えながら、虚空を前に流れてきた巨大鉄巨人たちの姿に、ビブリオは良かったと目を輝かせる。
そんな友の顔に、ミクスドセントは目を瞬かせて肩をすくめて見せる。
「こんなところに来てしまったのが無事だと言えれば、だがね」
「ホリィたちだけでも引きずり込まれなかっただけでも良しとするしかないね。二人とも押しつけてしまってすまなかった」
「なんの。ビブリオも捕まえとかなきゃはぐれてたかもでしたしね。こんな空気も無い場所でひとりぼっちにするなんて、ゾッとしませんよ」
ミラージュハイドには生身の人だった記憶もあるからか、ビブリオが窒息する様子を想像してしまったのだろう。自身を抱いて腕をさする。
それを受けてビブリオは口元を両手で押さえて息を止め出す。
そんなことよりも周囲の空気を生み出し整える魔法を、しっかりと固めた方が良いのではないかと思う。が、つい和んでしまっっている間にビブリオ自身が気づいて魔法を練り上げたので良し。
そんなわけであるので、私たちの会話は今、音を介したものではない。輝石の波長を通しているのである。それはさておき――
「こちらに来てしまったメンバーの無事は確認できたのは良いとして、邪神の根城にまでやって来てしまった以上は打ち倒しておきたいところだが……」
どこにいるのか、と翼の生えた頭を巡らせて、ミクスドセントハーモニーは邪神の姿を探す。
「それはそうですが……いったいどこに……」
「そうですな。それに先に飛び込んだネガティオンもどこへ行ったのやら」
合体四聖獣に続いた合体双子狐と私の剣が言う通りだ。
私の半身の姿も含めて、ここにいるはずの存在がまったく見えないことは気になる。争っている様子さえ感知できないのだ。
この奇妙な静けさに私も感知範囲を広げたところで、私は不穏な気配を察知。両腕を右回転に防御を全開にして向ける!
「うわっほい!? これって混ぜ合わせのッ!? 」
ミクスドセント、ミラージュハイドも力を合わせた守りの力にぶつかってきたもの。それは紛れもなく破壊と守護をぶつけて重ねたものだった。
重たく押し寄せてくるそれを三体がかりで弾き飛ばした後に見えたのは、こちらへ腕を向けた白銀の巨体だった。
「ネガティオンッ!?」
翼を備えた威風堂々たる鋼の巨体。その姿を私が見間違えるはずもない。
憎悪を集めた私の半身、新生ネガティオンだ!
邪神を始末してやろうと先行したはずの白い魔王は、私たちに向けたアームカノンに光を灯してくる。
「なぜいまさらッ!!」
向ける相手を間違えていないかとシールドストームを前に突っ込む私に、しかしネガティオンは無言でケイオスストリームを放ってくる。
これに私はシールドとの接触と同時にバスタースラッシュを突き込む!
防御からのクロスブレイド。これでヤツからの攻撃を断ち切って前に――
「ダメだ!」
だが鋭い制止の声と共に、半身へ切りかかる私の前に黒い影が割り込む。
これにとっさに私は翼とスラスターを振り回して急旋回。割り込んできた者を避ける。
「ディーラバンッ!?」
お前も来ていたのかと驚き、声を上げる私に、黒騎士は目を瞬かせ首を横に振る。
だが寡黙な彼がなぜ止めたのかと語ろうとした瞬間、黒い二頭立て馬車の変形した体が後ろから撃たれてしまう。
首から下が粉々に砕ける彼の姿に、私はもちろん仲間たちの全員が絶句する。
それをやったのが黒い忠臣の主君であるネガティオンであったからだ。
「何をやっているんだネガティオンッ!?」
忠義の騎士へのあり得ない仕打ちに、私は湧き上がる怒りに叫ぶ!
「……いや、これでいい」
だが、いましがた砕かれたはずのディーラバンの声に、怒りの向けどころを見失わせてくる。
そして戸惑い、守りを固める一方で、ディーラバンの頭が虚空を跳ねる。
青白い炎を噴いたその機動の中、ディーラバンの首が展開。
膝を抱くように丸まっていたのを、背すじを伸ばすようにして広げながら私の眼前に飛び込んでくる。
「……ここはどうか、我が王を救うのに手を貸しては貰えないか?」
御者をやっていた騎士の部分。そこだけで動くディーラバンの姿に、私はどうやって彼が生き延びて、ネガティオンを救ったのかを理解した。
「どういう意味なんだ? アレは本物のネガティオンだと? それを助けるとは?」
もちろんネガティオンとの共闘は吝かではない。むしろ決着のためにひとつに戻ろうと提案していたところでもある。
そんな流れの中で、ネガティオンがひとつ覚えな大技連打してくるのを凌ぎながら、私も様子のおかしい半身のひときわおかしな部分を認める。
それはネガティオンの胸。突入前までは無かった己の尻尾を食らう蛇だ。
「……王ももちろん抗っている。だが……」
「なるほど、そういうことか!」
縛られていて分かったことだが、今の邪神の力は大小の問題では無い。直に縛られて振りほどこうにもどうにもならないのだろう。
ならばと私はこの体に集ったバースストーンの全てを共鳴。邪神の嫌う夜明けの光を浴びせてやろうと構える。
だがそんな私を背後から撃ち据えるものが!
放出寸前のエネルギーがアブソーバーになったはず。にも関わらずに機体を揺るがすダメージに私は追撃に対してロルフカリバーを振り向き様に。
だが同じダメージはまた私の背中に叩きつけて来るのだ。
「うぐッ!? 方向を選ばないこの感じはッ!?」
邪神の仕業には違いない。しかしここのどこに潜んでいるのだ!?
「アハハハハッ!! 何をしてるの? 私の中で何を探しているのかしら?」
そんな嘲笑があらゆる方位からかけられるのと同時に、私の機体を押し潰すようなダメージが襲うのであった。




