164:横槍に穿たれた穴
「な、なにが……!?」
機体の隅々まで駆け巡る痺れに、私はうめきながらその元凶を探す。
正面で私と同じく空に囚われたネガティオンは当然除外。
どこから私たちを捕えているのかと辿ろうにも、私たちを縛り痺れさせるエネルギーの出どころはあべこべでまるで分からない。
もちろん探している間にも振りほどこうとエネルギーを放出しても、まるで網を水が潜るように垂れ流しになるばかり。
ネガティオンも同じく力で振りほどきにかかっているが、暖簾に腕押しであるのに変わりない。
「なんなのだぁ、これは? どうしたと、いうのだ……!?」
痺れに声をもつれさせながらのネガティオンのつぶやきに、私もとにかくこの実体のない網を破る手は無いものかと解析を試みる。
だが無いのだ。
確かに私の機体は動きを制限されているというのに、私はそれを起こしているモノを認識することが出来ないのだ。
「アハハハハッ!? どうしたのよ勇者と魔王が揃ってなっさけなぁい!?」
「この、声は!?」
大人か子どもか判別のつかない女性のような声。だがこの不快感には覚えがある。この体の中心であるバースストーンのざわめきは忘れようがない。
「インバルティア……まさか消滅していなかったとはな……しぶといことだ」
「あらあら。それをお前が言う? 二つに別れてマグマにさらされて、そんな死にかけの状態から復活して見せたネガティオンが?」
皮肉げなネガティオンに答えたこの声は、間違いなく邪神のものだ。取り戻した肉体もろともに消滅させたはずだったのだが……。
「そうそう。ライブリンガーには礼を言っておかないとね。お前が器を吹き飛ばしてくれたおかげで、私はさらなる高みへ……いや違うわね。創造主としての正しい位置に戻れたんだもの。次元の違う本来の位置にね!」
自慢げなその言葉に合わせて、空が裂ける。
弧を描いたその三つの裂け目は、まるで私たちを嘲笑ういやらしい笑顔だ。
「次元が違うだと? ライブリンガーに斬り伏せられておきながら、ふざけたことを!」
その裂け目へ、ネガティオンは無数のエネルギーミサイルを送り込む。
殺到する光弾を吸い込むやいなや、その裂け目は最初から無かったかのように消え失せる。直後、私たちの周囲に裂け目が開き、吐き出された光弾が縛られた私たちの機体を撃つ。
「なんだとッ!?」
虚空からの反射に、私たちは遅れながらもエネルギー放出で防御。ダメージを最小限度に食い止める。
「アハハハハッ!? ずいぶんと迂闊じゃないのネガティオン。それはちょっと思い上がりすぎなんじゃないかしら?」
爆炎に巻かれた私たちの姿を滑稽だと嗤うこの声は、全方位から浴びせられているようで、まるで距離感も掴めない。
それこそ装甲から直に伝えられている風でもあり、届かぬ高みから投げつけられている風でもあり。
うかつな攻撃は逆に自分達の首を絞めることになる。先の一撃でそれを思い知らされた私たちは、自身を縛るモノを解く方法を探すのに集中する。
「たった一発で大人しくなっちゃって……それじゃつまらないじゃない」
そのひと言と共に、私たちを貫こうと光が迫る。これに巻き起こる全身のアラートにつられて私はパワーを全開に振り絞る!
「クロスブレイドッ!!」
「ケイオスストリームッ!」
これに私たちは絡みつく力を引きずるようにして大技で撃ち落としに。
だが私たちの放った大技は光とぶつかり合うことなくすり抜けてしまった。
しかしすり抜けた光は、狙いを私たちから逸らしてくる。
「いけない!!」
その行く先が真下、仲間たちの戦う海なのだから私は拘束を振り切って光線を追う。
そんな私の目の前で光線が歪んで空に溶け、二重螺旋のエネルギーがこちらへ。
インバルティアに利用されたケイオスストリーム。あるだろうと読んでいた返し技に、私はクロスブレイドを。同じくネガティオンも自分の目の前に出たものにケイオスストリームをぶつける。
反発する力を練り上げた、同質にして互角のエネルギー。
この衝突が空を引き裂き、辺りのすべてを、空気も水も、光さえも吸い込む。
唐突に現れた暗黒の渦、あるいは宇宙への門に、私は抗おうと逆噴射。だがトリニティのパワーでもってしても、暗黒の渦に引きずり込まれていってしまう。
そうなればつまり、海の上を進むしかない船は、私たちの友を乗せて吸い込まれる海流に流されるままに引き込まれていってしまうのだ。
「どこへ繋がっているかも分からぬものをッ!?」
せめて浮き上がるヤゴーナの夜明け号だけは引き止めようと、私は渦巻く裂け目と船の間へ強引に三身一体の機体をねじ込む!
「殿がお望みとあらば!!」
ロルフカリバーと共鳴による高まりもこめて、私は船を現世に押し返すべくスラスターを全開!
しかし抗うべく噴き出したエネルギーも吸い取るかのような勢いで、渦巻く裂け目はすべてを飲み込んで行くのだ。
これが次元が違うと自称した、邪神インバルティアの力だと言うのか!?
そんな圧倒され、戦慄する私の機体に、船体を介した振動が伝わる。
すわ破損かと、船を見回した私の目に映ったのは、同じように船を支えてくれているミクスドセントと、ミラージュハイドの姿だった。
「仲間をみすみす危機にさらすわけにはいかないからな!」
「二人が危ないんじゃ踏ん張るしかないでしょうって!」
船の舳先の側からも、流れに逆らわせようとするグランガルトとラケルらしい叫び声がしている。
かたじけない!
「みんな! ボクらの事は気にしないで! その力は邪神を倒すのに……!」
「安心して討ち取りに行く。そのために必要だからやっているのだよ!」
温存してと叫ぶビブリオに、ミクスドセントが違う、そうじゃないと声を上げる。
「アハハハハ! がんばるがんばる。どうせ私に作り直されるんだから、楽にして受け入れたら良いのに」
裂け目の向こうから無駄な努力だと嘲笑うインバルティアの声が。
ヤツが待ち構えていると分かっていて、なおさら手放せるモノか!
なんとしてもビブリオとホリィをこちらに残して裂け目を封じなくては。
「ふん。なにも手放せずにジリ貧とは、まったく情けないではないか」
「ネガティオン!?」
打開策を探るこちらを見下ろすネガティオンに、私は構えようも無いことに焦る。それはもちろん仲間たち全員が同じく。
だが私たちの警戒に満ちた内心はお見通しだとばかりに、白い魔王はため息をついて頭を振る。
「ふん。我もヤツの存在が目障りであることには変わりないのでな。今度は我の内に封じて、燃料代わりにしてやるというのも一興か……」
そのひと言と共に、ネオネガティオンは貪欲な渦に抗うのを止め、それどころか逆に羽ばたいて裂け目へと加速した!
「この創造主に逆らおうと言うの? この世界の森羅万象を産み出し、そしてお前の器さえも作ってこの地へ送り出したこの私に?」
「だからどうした? 太古に封じられ、そして世界からも蹴り出されるほどに拒絶された創造主など、もはや出る幕など無いと知れッ!!」
全身をケイオスストリームで覆ったネガティオンは体ごとにインバルティアの根城である渦の奥へ飛び込む!
膨大なエネルギーの塊を受け入れた歪みは、貪っていたのが一転、むせ返るようにエネルギーを吐き出す。
そして、のたうつ稲妻となったその一部が、夜明け号を撃つ。
「う、わっほいッ!?」
「ビブリオッ!?」
そのために穿たれた船体から、ビブリオの小さな体が吸い出されてしまった。
ホリィとどちらともなく叫んだ私は、空に投げ出された友を保護するべく、船を離れる。
そして友を抱えたまま、私もまた拡大した歪みに飲み込まれることになるのであった。




