160:帰っておいでと望まれて
港町に繋がれた決戦用巨大船「ヤゴーナの夜明け号」。
勇者ライブリンガーが乗る船として完成したこれを見送りに、たくさんの人たちが押しかけてきてる。
そんな人たちの間を、ボクは姉ちゃんといっしょにクルマなライブリンガーに乗って通り抜けて行くんだ。
「うひょひょひょひょ! ワシらからも人手は出したが、いやはやよい仕上がりになったものよ!」
「まったくですな! 俺も細工や不足の部品の調達程度ではありましたが、よい経験になりましたぞ!」
「この経験を活かして国許でも新造させてみせるとしようか。嵐にも魔獣にも沈まぬ船を!」
「良いですな。実は勇者様から補助動力にといただいたカラクリの図面と、原理の解説がありましてな……」
「うひょ! それはすばらしい! 銭の匂いも濃くなってきたのう!」
「……ま、そんなワケだからよ。俺は俺の出来る限りの仕事で頑丈に仕上げたつもりだからよ」
「生きて帰って、吉報を届けてもらおう。これから心置きなく商売が出来そうだというな!」
そう言って笑いあうのはイコーメのご隠居さまと親方さんだ。なんかもうボクらの見送りそっちのけで、船作りとそこからつながる商売に盛り上がってる。けどこれは、ボクらが勝てるって信じてるってことでいい、のかな? そう思った方がいいよね。
こんな風に思いながら、姉ちゃんと笑って手を振り返してると、ライブリンガーのボディがノックされる。
「よう。悪いな行けなくてさ。だがここは俺たちがしっかり守ってるからな」
「マッシュ兄ちゃん! フェザベラさまに、エアンナも!」
キゴッソ王国をめぐる戦いをともにした頼もしい仲間の顔に、ボクも姉ちゃんも顔が明るくなる。
「少数精鋭……と言えば聞こえはいいですが、それでも皆様だけで送り出すことには変わりありません。ですがふたりを含めて、勇者様方の帰る港は私たちがキチンと預からせてもらいます。ですから安心して行って来てください」
「お気になさらず、女王陛下。やっと新生を果たした王家を背負ったお二人を連れだしては、私たちがキゴッソの人々から恨まれてしまいますから。それに、お二人を始め、皆様がいるからこそ。私たちは戦いに行けるのですから」
「ねえ、お願いよ、ライブリンガー! 必ずビブリオと、お姉ちゃんを守ってよ!? もうこれ以上、鋼魔にあたしの家族を奪わせたりしないで!?」
「もちろんだとも。私にとっても、二人はかけがえのない友だ。二人のことは必ずや守り抜いて見せるとも」
フェザベラさまに姉ちゃんが笑い返す一方で、エアンナがライブリンガーの体にすがってボクらの無事をねがうんだ。
そんなエアンナのおねがいに、ライブリンガーはいつもみたいにやさしく答える。いつもみたいに、なんだけど何かが違う。でもはっきりとどこがって言えない違和感に、ボクと姉ちゃんは目を合わせるんだ。
「ねえ、ライブリンガー……」
「わっほい。気持ちは分かるけども、あんまり勇者様にプレッシャーかけるもんじゃないよ。こんな沈めようがなさそうな船があるんだから、ビブリオたちのことはきっと心配ないさね。ねえ、勇者様?」
「プレッシャーだなんてそんな。ともかく、私にお任せ下さい。ここまで支えられて、守るべきものを守れずに……などとはいかせませんから!」
ボクらが声をかけようってところで、フォス母さんがエアンナの頭に手を置いて割り込んでくる。
うん。やっぱりなんだかおかしい。ライブリンガーの言うことは、いつもどおりにやさしくて頼もしくて……なのに、どこがおかしく思えるんだろう。
「決戦になるけれど、帰る場所も手段もあるんだから。ちゃんと帰ってくるんだよ? アタシに孫の顔見せてくれるつもりなんだろう?」
「そ、それは……そうだけど……!」
そんな違和感に落ち着けないで首をかしげてると、母さんの言葉にくすぐられて姉ちゃんがあわあわって。
母さんはそんな姉ちゃんの反応に笑うと、ライブリンガーにおねがいして窓を下ろしてもらう。そのすき間からもぐり込んで、ボクのほほにキスをするんだ。
「しっかりね。必ず帰ってくるんだよ。勇者様と、みんなといっしょにね……!」
「う、うん! 分かったよ!」
当たり前の事の念押しに、ボクが反射的にうなずくのに、母さんは笑ってうなずき返してハンドル席側に回って姉ちゃんのほほにもキスをする。
「そいじゃ、キバってきなよ!」
母さんは姉ちゃんと、ボク、それにライブリンガーって気合を叩き入れるみたいにしてライブリンガーから離れる。
そんなキゴッソ王家とそのお付きになった幼なじみ、それと育ててくれたお母さんの見送りに手を振り返しながら、ボクらは大板の坂を登ってヤゴーナの夜明け号に乗り込むんだ。
「大変だな。勇者、聖者と讃えられる身は。何くれと儀礼に付き合わねばならん」
甲板に乗り上げたボクらを迎えてくれたのは、グリフォン姿のグリフィーヌだった。
勇者と共に聖剣ロルフカリバーを従えた翼ある女騎士。そんな風に言われる私はごめんだって感じの言葉に、ボクは見送りの人たちを指して見せる。
「別にボクらだけじゃないよ。グリフィーヌだって、ほら」
「うおおおーッ!! 翼様ーッ!?」
「我らに勝利を運ぶ翼よー!!」
「う、む……私は元・鋼魔だと言うのに……現金なことだな……」
「もう、今は完璧に鋼の勇士の一員でしょう? 今さら何を言ってるの?」
照れ臭そうにチカチカした目をよそにやるグリフィーヌに、姉ちゃんが笑いながらライブリンガーをおりる。
「ホッホウ。ここはひとつ、声援に答えてやるべきところではないか?」
「そうだよ。雷の剣バリバリーってやって見せたらきっと盛り上がるよ!」
やってきたセージオウルに続いて、ボクも甲板に立ちながら応えてあげてって言う。
するとグリフィーヌは仕方がないって風に変身すると、翼を広げて雷の剣を掲げたんだ!
「この私の剣と翼が、必ずや我らが手に勝利をもたらすことだろう!!」
雷の音と光に合わせた宣言に、見送りに来ていた人たちから拍手する。
「なんだかんだでノリがいいよなグリフィーヌはよ」
「我々や人々の期待を汲んで応えようとしてくれる。出来る力があるからな。頼もしい限りだ」
「……そのくせに言うことは素直でなかったりするのだからな」
「ライオに、ドラゴもベロスまで……からかってくれるな!?」
後ろからの赤、青、黒の残る聖獣たちの声に、グリフィーヌは急いで剣ごとに女騎士の姿をグリフォン姿にしまっちゃうんだ。
たぶん照れた顔を隠したかったんだろうけど、グリフォン顔でも目のチカチカが荒れるから、照れてるのはすぐ分かっちゃうんだけどね。
そこでハイドスノーが、スルリとかばうように間に入ってく。
「まあまあ、グリフィーヌ。聖獣殿らもそこが良いところだと言ってくれているのですから」
「そうそう。そこが姐さんの愛くるしいところだってな!」
「お言葉ですがフォレスト殿。奥方が愛くるしいのは否定しませぬが、我が勇者の奥方ですぞ?」
「フォレスト、ロルフッ!? お前らはッ!?」
そんな白キツネのフォローを台無しにした赤い弟と勇者の剣を、グリフィーヌが追いかけ始めちゃうんだ。
決戦の船に乗った仲間たち全員で、これをあったかい目で眺めるんだ。
これからの決戦に固くなった風でもなく、いつもの調子の仲間たち。だけど、乗ってるのはこれで全員。ホントならここにいるはずだった、いて欲しかったふたり組はこの船の上にはいないんだ。
「……大丈夫だよ、ビブリオ。心を揃えて戦えるさ。今はここにいない二人もね」
「……そう、だよね」
ライブリンガーの言うとおり、本当に全員で戦えるんだって信じるしか無いよね。
「……あのー……勇士殿方……そろそろ式を進行しても良いだろうか?」
そんなしんみりしてた気持ちは、話が進められなくて困った人の声に押し流されちゃったんだけれどね。




