151:もう一つの封印
とっぷりと日の落ちて星の広がった夜空の下。小川に臨んだ平野に私たちは焚火を熾した野営地を組んでいる。
土を掘って石を敷き詰めて作った火床でバチバチと音を立てて燃える炎の前。巨人モードですわった私の横では、ビブリオが両手を組んで祈っている。
「……姉ちゃん、精霊神様、どうか姉ちゃんをお守りください……ッ!」
白くなるほどに握られたその手の間には、〇と×を合わせた聖印のペンダントが。
朝焼け色の宝石をはめたそれは、紛れもなくライブシンボル。私がホリィに渡した友情の証だ。
ライブシンボルの反応を手掛かりに拉致犯を追跡していた私たちだが、見つけたのは捨てられていた聖印だけだった。
手掛かりも途切れ、さらに日も落ちかけていたこともあり、一度休息を取ろうということになったのだ。
もちろんビブリオは嫌がった。
手がかりもまだ残されているし、私に乗っていればいいはずだと、私のハンドルを掴んで離さなかった。
ホリィの命がかかっているという話なのだ無理もない。私だってエネルギーの続く限りに追跡を続けたかったというのが本音だ。
だが、追い付いてきたグリフィーヌやハイドツインズに任せてくれと言われてしまっては、空からの目と本職の追跡に頼るしか無いだろう。
焚き火はビブリオの暖を取るためというのもあるが、夜中に空からでも一目で分かるようにするための目印でもある。
「それにしても。ずいぶん遠くまで来たものだ。差がついていたとはいえ、まさか私が日暮れまで追い付けないとは……」
私が地面に投写した地図によれば、ここはもうメレテの外。北西部に存在するカムラナ王国の領内だ。
最短距離のラインを取って走っていたも関わらず、国外まで逃げられてしまうとは思ってもいなかったことだ。
「ここって、メレテの太子に味方してた国だし、きっと邪神にも味方してるんだ!」
「そこは、否めないね。実際私が追いつけていないからね」
決めつけはいけない。とは思うが、私を相手に逃げて見せている状況証拠がある以上は、ね。
そうして殺気立つビブリオの隣から離れずに座っていると、私とビブリオの持つバースストーンから、フクロウの鳴き声が漏れでる。
「……どうしたの、セージオウル」
「ホッホウ。ずいぶんと張り詰めておるな。まあ無理もないが」
応答するビブリオの声音から彼の抱えた焦れを察したのだろう。呼びかけてきた賢者からは同情の声が送られてくる。
「それでどうしたの? なにか分かったの?」
「焦るでない、焦るでない。それを考える材料が欲しいからこうして連絡してきておるのだからな」
「材料というと? 現在地や分かっている限りの状況、かな?」
「ホッホウ。さすがは勇者殿。して、現在分かっておる事とは?」
焦れ焦れと体を揺するビブリオをそっと手で包んで、私はカムラナ王国の国境に入った現在地の詳細とライブシンボルを投棄されていた状況を伝える。
するとセージオウルの雰囲気が通信越しにも固くなってしまう。
ビブリオはそれを敏感に感じ取ったのか、座ってなどいられないとばかりに立ち上がる。
「なにか分かったの!? なんなの!? 教えてよ!?」
なだめようと声をかけても、ビブリオは返事を忘れてオウルを急かすばかり。この様子に私もセージオウルも危うさを感じるものの、知らせないことにはビブリオは収まりそうにない。
「……カムラナとメレテの国境の辺り、その辺りには、もうひとつの邪神の封印があるのだ」
「落ち着いて! ビブリオ! やみくもに走るだけでは!」
聞くなりに走り出そうとしたビブリオを、私はあわてて制止する。それでもなお赤毛の少年は私の手に体当たりをかけてまで探しに行く道をこじ開けようとする。
「だって、だってさあ!?」
「話を聞いてからでも遅くはない! その間に誰かが見つけて来てくれるかもしれない! だから!」
それはビブリオも分かっているのだろう。落ち着くよう繰り返しにかけた声に、やがて肩を震わせて、その場に膝をついてしまう。
悔しさにうちひしがれた少年を両手に包んで、私はセージオウルに声を送る。
「それで、インバルティアの封印がもうひとつというのはどういうことなんだい? キゴッソ地下の封印だけでは無かったということかい?」
「ホッホウ。よく恐れずに名前を呼べる……しかしまあそう言うことになる。大樹の根に絡んでいたのは魂の封印。そしてそちらにあるのは肉体の封印、ということでな」
セージオウルが言うには、かつての戦いでロルフカリバーの前身、天狼剣を携えた勇者と三聖獣はその力を尽くして邪神を魂と肉体に分断。その上で厳重な封印を施したのだという。
結果勇者は命を落とし、三聖獣は石の眠りについて封印を強化する礎になっていたのだという。
つまり私たちが鋼魔との戦いに聖獣の助力を求めて復活させたことで、邪神解放の手助けをしてしまったということでもある。
「……しかしこれは遅かれ早かれでしか無かったと思うがな。鋼魔の侵攻が進めば石化した我々は砕かれていたか、傀儡に利用されていたかのどちらかだろう。そもそもが私もそんな役割さえ忘れてしまっていたのだからな!」
笑い飛ばしてもらえたのなら、私としても気持ちが和らぐ。
ともあれ肉体の封印である。
かつての戦いから地形の変化はあるにせよ。おおよそはこの付近にあるだろうと。そしてホリィがさらわれたのならばそこだろうと。
「そんな……なんで、なんで姉ちゃんが……邪神なんかとはなんにも関係ないのにさ!」
ホリィを襲う理不尽に、ビブリオは感情の溢れるままに叫ぶ。
ホリィが目を付けられた理由は、恐らく以前に邪神の魂が言っていたことが原因だろう。器に都合が良いと。ホリィ自身が邪神と波長の合う何かしらを備えていて、それを目当てに今回もということなのだろう。
だがそれを言ったところでどうなる。ビブリオを苦しませるだけでしかない。
どうすればいい。今も命の危機にさらされている友とそのために心を痛めている友を助けるために、助けを求める声に応えるために私はどうすればいい!
「待たせたな、二人ともッ!!」
「グリフィーヌッ!?」
そんな私の焦りを察したのか。そうとしか思えない絶好のタイミングで機体の内と外から響いた声に、私とビブリオは揃って顔を上げる。
「なんだ、任せておけと言ったはずだぞ? 焦るのは分かるが自分だけで背負っていたのか?」
「すまない! それで見つかったのかい?」
「当然! 今はキツネの双子が妨害を仕掛けに行ったところだ!」
それを聞くや私はカーモードへチェンジ。ビブリオを車体の中に納める。
準備の整った私たちの上ににグリフィーヌが急降下!
風の勢いで焚き火を吹き飛ばしつつ車体を掴んで空へ舞い上がる!
「邪神の魂が解き放たれ、肉体があるということなら我々もそちらに向かう方が良かろう!」
「ああ、頼りにしている!」
ここで間違いなく総力戦になる。ならば戦力の分散は愚の骨頂。鋼の勇士全員の力でもってホリィを助け、邪神の復活を阻止する!
その決意で私はグンと加速するグリフィーヌに運ばれて空を駆ける!
そのスピードはまさにあっという間に私たちを戦場へと届けてくれる。
魔獣が戦列を組み、木の葉と雪の幻影を起こす影がかく乱に走る戦場。
その中央には石の寝台を中心とした歪な陣が。覆面の神官に取り囲まれたこの寝台には、横たわるホリィの姿と、傍らに腰かけた白髪の少女の姿が。
「グリフィーヌ、頼む!!」
「任せよッ!!」
助けるべき友の姿を認めた私は、目的へ一直線に突っ込んだ!




