149:復興は未だ遠く
更地となってしまったメレテ王都跡地。
ウィバーンによってすべてを貪られ、その体として共に果ててしまった都の跡には、いま無数のテントが立てられている。
「祖先より受け継いできた城も、人々の住まう都市もほんの一時で無に帰すか……」
それも真理かもしれん。
車モードな私の後部座席。そこから都の有り様を眺め、寂しげにつぶやくのは本来のメレテ王様だ。
彼が喪ったのは居城とそれを支える町だけではない。後継ぎと見込んでいた子も亡くしたのだ。その胸中は察するにあまりある。
「だとしても、人がいれば家が建ち、いずれよみがえるのが町と言うものではありませんか、陛下」
「……ならばその再生を支えるのが、せめてもの責任か」
運転席に座るホリィの言葉に、王様は自嘲気味ながら笑みをこぼす。
相乗りは承りながらも、ホリィの気づかう言葉には民としての線引きがくっきりとしている。
それは父という確信を抱いていて、償おうという王様の望む距離感ではないかもしれない。だが、線引きは残しても歩み寄ろうとするホリィの心は伝わっていることだろう。
「今回の乱を糸引いた真なる黒幕のことも残っていますが、再建には私も協力します。前よりも住みよい都にしてしまおうではありませんか」
「なんと頼もしい。勇者殿の助力があれば百人力ですな。しかし、邪神という驚異も控えている今、頼りきりでもいられませんな」
連合を乱したウィバーンは皆の協力で討ち果たしたものの。唆した邪神、インバルティアの驚異は拭えていない。
先の戦いで四聖獣合体を果たしたことで、セージオウルは欠けた記憶を取り戻して、討つべき敵の名も含めて語ってくれた。
その彼が言うことには、ウィバーンが宿っていた王太子の王冠も、かつて邪神が自身を信仰する暴君に与えていた呪具であり、王様の処刑場に封じられていたのだと。あの場所を選んだのは手に入れに行くついでもあったのだろうと。
都そのものと一体化を果たすほどに力を増幅させる呪具。その情報を与えた邪神は影も形も見せていないのだ。
「それに、ネガティオンのこともあるよ。小さいディーラバンもウィバーンにトドメを刺しに来てたし」
ビブリオが言う通り、そちらもまた気が抜けない。
先の戦いでは結果的にビブリオたちを、そして多くの命を救われはした。だがネガティオンが人への憎しみを忘れて手を取り合おうなどと言い出すはずがない。あれが動きだせば、その時はまた必ず戦うことになる。
「うぅむ。倒れはしたものの、未だ滅びずに再起を狙う魔王か。そちらも油断がならないない以上、なおのこと人の力の及ぶところは、我らだけでなさねばならんな……」
「人の王の一人よ。それは少しばかり水くさいというものだぞ」
そんな声と共に私たちの傍にグリフィーヌが舞い降りてくる。
「それに、我が勇者は戦うことよりも建築に喜びを見出だす手合いだ。引き取りすぎては楽しみを奪うことにもなりかねんぞ?」
「そうなのかね? たしかに以前の防衛の後にも助けてはもらったが……」
「ええ。出会った時からライブリンガーは物を作ったり直したりすることが好きでしたから」
「はい。御気遣いはありがたいですが、いくらか任せていただければ私も気が休まると言うものです」
やれやれ。グリフィーヌとホリィに思っていたことのほとんどを言われてしまった。
ありがたい……のだが、どうにも気恥ずかしいな。だから言いにくかっただろうから言ってやったぞと目をチカチカさせないでくれ。感謝はしているから。
「ねえ、グリフィーヌ。空からの様子はどうだった? なにかやってきてたりはしてない?」
「いいや? 陸から見てるキツネの双子密偵とも連絡してはいるが、魔獣もバラけて出てくる程度だ。静かなものだぞ。まあ指揮を取るものがゴッソリと居なくなれば、所詮は獣よ」
ウィバーンもろともに、いや彼に取り込まれてしまったことで破将クレタオス、迅将クァールズもまた果てた。
そしてネガティオンとその近衛であるディーラバンは身を隠していてまだ動いてはいない。
自由であるならば、魔獣とはいえむやみに襲いかかってくることもない。獣の暮らしとはただでさえシビアなのだから。
「考えてみれば、鋼魔もほぼほぼに壊滅状態であるのか。残党の大半を一網打尽にできたと見るべきか?」
「生き残りのグランガルトとラケルは、こちらの味方ですし、勇者側に着いてて良かったって抱きあって喜んでましたものね」
そうやって喜んでいるグランガルトとラケルに、もう裏切りを心配する人々は出てこないだろう。私も浮かれる二人には肩を組んで祝福に行ったものだ。
「ふむ。参謀には愚かと蔑まれてた水将だが、こうなるとアレが一番賢かったのかもしれんな」
「それってグリフィーヌ、一番最初にライブリンガーに味方した自分が最高に賢いってこと?」
「そう言われれば、事実一番手で大正解を引き当てたのは私だからな!」
ビブリオのからかうような声に、グリフィーヌは胸を反らしてどんなもんだと自慢げに応じる。
最初は本当にマックス形態の私の打倒だけにしか興味がなく、それ以外は剣を向ける意味も無いと思っていたというのに。変われば変わるものだね。
「であるならば、私は手を取って正解だったと思われるような存在であり続けられるようにしなければね」
「それはライブリンガー一人ががんばることじゃないじゃないか!」
「そうね。それはむしろ私たち人間が、ライブリンガーや聖獣たちに見限られないようにって頑張らなきゃってところだもの」
「勇士たちの功に正しく報いるどころか、迫害を止められなかった身としては耳が痛い話だな……」
ビブリオや人々の側に圧力をかけるつもりは無かったのだが、どうしてこうなった。
いや、私たちを思う気持ちはありがたいのだが。そういう気持ちを抱いてくれる友がいるのだから。
「まあ、ライブリンガーが人を見限ると言うことはありえんがな。だから私も人の味方で居続けるだろうさ」
そう、だろうか?
正直なところ、仮にビブリオとホリィが人の手にかかるようなことがあれば、憎しみに駆られて何をしてしまうか分からない。
それこそ、私の半身であるネガティオンのように。
「我が勇者が何を心配しているかは分かっている。だがライブリンガーならば、友の思いを忘れることはあるまいが?」
「そうね! ライブリンガーが私たちがいたことを忘れてしまうだなんてそんなことあるはずがないもの!」
だからって甘えていちゃダメだけれどって締めくくるホリィに、ビブリオもそうだそうだとうなずいてくる。
まったく。人型モードか合体していれば、アイパーツの洗浄液が溢れているぞ。この仲間達は。どこまで深い信頼を思い知らせてくれるのか。
そうして感動に打ち震えていたら、私たちのバースストーンが煌めく。
「ホッホウ。すまんな。いま構わんかね?」
「セージオウルか。どうしたんだい?」
好々爺然とした声での呼びかけに応じたら、遠間からの賢者の声色が重く沈む。
「うぅむ。残念ながら悪い知らせだ。キゴッソ城地下の封印の遺跡。覚えているな?」
「そりゃあそうだよ。ホリィ姉ちゃんを化かした変なの、オウルが邪神だって言ったのがいたあの遺跡でしょ? ……って、まさか……ッ!?」
ビブリオと同じく、話を聞いていた私たちの全員がその先の答えを察して体が強張る。
内心答えを聞くのを拒否する私だが、セージオウルは容赦なくその悪い知らせを告げてくる。
「そのまさかだ。嫌な予感がして調べに行かせていたのだが、遺跡を封じていた門が内側から破壊されていたとの伝令を受けたのだ。つまり、あの地に封じられていた邪神が解き放たれてしまっていたのだ……」
「そんな!? いつ、どうして!?」
「ホッホウ。それははっきりとは分らんよ……だがおそらくは我々がメレテ王都攻略にかかりきりになっている間、だろうな。邪神にとって、ウィバーンも所詮は囮の駒でしかなかったということだな」
「なんということだ……ッ!」
黒幕である邪神が完全に自由に動きはじめている。この情報に私たち全員に戦慄が走るのであった。




