144:もっと力があったなら
上りかけの欠けた月と星明かり。それと音を立てて燃えるかがり火たち。そんな光たちに照らされた砦にボクたちはいる。
この砦はメレテの王都をぐるっと囲む砦のひとつで、鋼魔に攻め込まれたのを押し返してる時には、ボクもケガした兵士さんの手当てしてたりしたんだ。
でもそれが今じゃ、ボクらが王都に攻め込むための陣地になってるんだよね。
「でもイルネスメタルが弱る結界を張ったのに、ぜんぜん動いてこないよね?」
軍師をやってメレテに入り込んでたウィバーンをやっつけたボクたちは、母さんたちみたいな焼かれた町や村の生き残りといっしょにキゴッソ軍に合流。三聖獣とロルフカリバーのいるイコーメ側と力を合わせてここまで攻め落とした。
それで機兵の中身がウィバーンを細かくしたのだって聞いたから、それならって鋼魔を封じた結界で包んで一網打尽だーってやったんだけど……。
「イルネスメタルに染まりきっていて、まるで動けなくなってしまったか? ハイドミラージュまで加わっての強化された結界だからな」
「そんなだから、おれたちはもうこの先にはすすめないぞー。こんなのの中にいたら死んでしまうぞー」
獣姿のグリフィーヌが胸を反らして言うのをグランガルトが後押しするとおりだ。合体した鋼の勇士の三体がかりに、グリフィーヌとロルフカリバー。おまけにボクと姉ちゃんまで入った結界の威力は超強力!
イルネスメタルで動いてるのが無事でいられるわけないんだ。
「もちろん無理しないで構わないとも。味方してくれる二人にこれ以上は強制できない。中での戦いは私たちに任せてくれ。その代わり、外での警戒は任せたいんだが?」
ボクらを乗せたクルマなライブリンガーがそう聞けば、グランガルトは長ーいワニのアゴを大きく上下させてうなずいてくる。
「いいともー! それくらいはやってやる。やってやるぞー!」
「もう。グランガルト様ったら安請け合いするんだから。遠巻きにはなるだろうからバッチリとはいかないかもだけど。それで構わないかしら勇者様」
「グランガルトもラケルもありがとう。人々への配慮も助かるよ。やれる範囲でも味方してくれるだけでありがたいんだ」
考えなしにオッケーを出すグランガルトをフォローするラケルに、ライブリンガーは目のライトを動かしてうなずくんだ。
やっぱりお人よしだよなあ。
そうやってライブリンガーのことは思うけれど、でもこれだけ協力してくれるグランガルトたちのことは、もう信用してもいいとボクも思えてきた。
ラケルとセットでいるなら騙されたりとかもないかもだしね。
「ホッホウ。こうなると後方で心配になるのは死んでいないと言う魔王ネガティオンの復活だけか?」
「いや、ウィバーンを唆していた邪神。アレの暗躍が無いとも限らないだろう」
「あーッ! めんどくせえなあ! まとまっててくれてりゃあこれが最終決戦だーってまとめてぶっ飛ばすだけなのによぉーッ!」
息巻くライオが締めくくった三聖獣の言葉に、グランガルトはブルリと金属の体を震わせる。
「ね、ねね、ネガティオンさま……は、どーしようもないぞー? 戦えーなんて言われてもかないっこないぞー?」
「ああ。それも合わせて無理はしないでいい。出来れば近くにいる人の被害を減らしてはもらいたいが」
「い、いいんだな? いっしょに逃げる、かくれるくらいはがんばってみる、けど……なんでこれだけしか助けてくれなかったーとか、なしだぞ?」
「ライブリンガーがそんなこと言うわけないだろ?」
「そうよ。それだけ頑張ってくれるつもりっていうだけでも充分だわ」
姉ちゃんのひと言に、グランガルトは涙目になったみたいに目をチカチカさせながら何度もうなずく。
たしかに、グランガルトなら素直にこの瞬間の気持ちを言ってそうだしね。先のことは考えてなさそうでもあるけれど。
これは口には出さなかったよ。いくらなんでも失礼過ぎるからね。
「しかし、邪神の関与があるとなると、強い結界で覆ったとて楽観は出来んな。ホッホウ」
「また悲観的なことを言ってくれるな賢者よ。せっかく私が士気を下げぬよう、こちらに都合のいい風に言ったというのに……」
「自分で信じていないことは言うものじゃあないな。グリフィーヌ」
ガードドラゴのひと言に、グリフィーヌはぷいって顔を背けるんだ。
そうだよね。グリフィーヌだって逆にまずいことになってるかもって思ってるよね。
邪悪な創造主……エウブレシアさまもウィバーンも最近のさわぎの裏にいるって言ってたけど、いったいなにが狙いなんだろう。
「しかしどちらにせよ。朝になれば都攻めが始まることには変わりない。ビブリオもホリィもそろそろ休んだ方がいいだろう」
「まだまだ行けるよライブリンガー」
「そうだな。眠たくて俺様たちに着いて来れないなんてなっちゃあ困るもんな」
弾みで平気だって言っちゃったけれど、休める時に休んどくのも大事なんだよね。それは分かるんだけど、けどさあ。
「……ボクもハイドツインズみたいに鋼の勇士になってたらなぁ……」
このポロっと出ちゃった一言に、隣に座る姉ちゃんがギョッとした顔でボクを見る。しかもライブリンガーの中の姉ちゃんだけじゃなくて、外にいるみんなもそろってのぞき込んできてる。
「ど、どうしたのさ?」
「滅多なこと言わないでよ……ライブリンガーも、皆だってそんなことにならないように頑張ってるのに……」
「そうだぞ! さらに力をと求めるビブリオの気持ちは分からないでもないが……それは短絡的に過ぎると言うものだぞ!?」
なんだよ。それはくやしかったり、うらやましかったりで弾みで出ちゃった言葉だけどさ……そんなに言うことないじゃないか。
「……ボクだって大きな金属の体になってたら、ぜったいにもっとたくさんの人が助かってたはずじゃないか」
はねかえる気持ちにつられてついそんなことを言ってしまった。
「……そう、かもしれないね。私にもっと力があれば……ビブリオにそんなことを言わせないで済んだのだろうか……」
やめてよそんな!
ライブリンガーにそんな悲しい声を出させたかったわけじゃないのに!
なんでこうなっちゃうのさ!
……いや、ホントは分かってるんだ。ボクが弾みで言っちゃったからだ。
だけどボクにだってさ……。
「ホッホウ。いくら勇者直々に大粒のバースストーンを贈られているとはいえ、確実に生まれ変われるというわけではなし……友の気持ちと、人としての自分の命を投げうつには分が悪すぎるぞ。ホッホウ」
「そんなの分かってるよ!」
でも、それでもみんなの力になれるならって。ライブリンガーに置いてかれないで、ついていけるようになれるならってさ。
「ビブリオの力が足りないなんてことはないさ。ビブリオにホリィが人の側で、揺ぎ無く私たちの味方として支えてくれているから私はここまで戦ってこられたんだから。君たちが人でいてくれること。私にとってはそれが大事なんだ」
「ねえビブリオ、お願いだから私を置いていこうとしないで……人のままで私の傍にいてよ……」
ライブリンガーに続いて、姉ちゃんもボクの手を握って考え直してって言ってくる。
ここまで言われたらうなずくしかないじゃないか。
「……分かったよ。ボクだってもしもなるなら姉ちゃんといっしょの方が良いし。ライブリンガーとグリフィーヌみたいな風にさ」
「な、なにを言うの! それじゃあ、が、がが……がったい、とかしちゃうって……ことじゃないの」
「ちょっと待てホリィ!? 私とライブリンガーの合体をどういう目で見ていたのだッ!?」
そのまま姉ちゃんとグリフィーヌの女同士でワイワイキャーキャーって騒ぎ始める。
ボクのせいで重たい感じになってたのがこれで吹き飛ばされたからちょっとホッとした。




