142:望ましくない再会
背後を狙った火炎弾を、私グリフィーヌは風を纏った翼と両腕から伸ばした稲妻の剣で打ち散らす。
未だ翼に帯びた風に炎の絡んだ中、立て続けに小さき者たちを狙って飛んでくる炎を切り払う!
「ハッハハハハハッ!! 勇ましくそしてお優しい剣だな、かつては鋼魔だった勇者の翼よッ!?」
私の出自を揶揄する仮面の男の指に従って、機兵が炎をひと塊にして放つ。
「それがどうしたぁッ!?」
だがそんな嘲笑を、私は真っ向から突っ込み切り裂き散らす!
そして突き破った炎の向こうで槍衾をつくる機兵の一機を踏みつけて指揮官へ――
「おっと。その手でいいのか?」
だが私の剣が迫るのにも構わずにニヤリと口の端を歪めての手振りに、私は翼を翻す。
この私が指揮官に迫るのをまるきりに無視して、機兵たちはホリィとビブリオと、その後ろの非戦闘員を狙い続けていたからだ。
合図とほぼ同時に起こった炎の雨は、ビブリオらが傘とした魔法の弾幕を押し潰していく。
そこへ私は手足も翼も全開に広げ、体と帯びた風を守るべき者の盾とする!
「ウァアアアアアッ!?!」
「グリフィーヌッ!?」
背中を焼く強烈な熱量と衝撃に、私の体は地面に叩き落とされる。だが膝はついても、壁である翼をたたんでなるものかと、広げて続ける。
「ハッハハハハハッ! さすがは勇者ライブリンガーの信頼厚い翼だな。おっと、それだけ焼け焦げた翼ではもう勇者の翼はやれないか?」
機兵らに一呼吸置かせて嘲笑う軍師に、私は広がったままで固まった翼に構わず振り返って稲妻の剣を放つ。だがこの刃は、軍師が足場としていた機兵の腕を斬り飛ばしただけ。嘲笑の主は既に別の機兵へと跳び移っていた。
「おお、怖い怖い。大甘な勇者の翼であるのに、敵には容赦がないなぁ」
へらへらとした嘲笑を黙らせるべく、刃を休まずに飛ばし続ける。だがまるで狙う先が読めているかのように、本命には当たらない。
「おいおい騎士殿? 俺だけに集中していていいのかい?」
その嘲り混じりの挑発に視線を走らせたのなら、両翼から非戦闘員へ回り込もうとしている機兵の数体が。
「グリフィーヌだけに背負わせるもんか!!」
コレをビブリオの冥魔法と、ホリィとフォステラルダの水魔法が足を取って転ばせる。だが倒れたそれを足場に、後続のが非戦闘員に槍を伸ばしてくる。
その槍を手首もろともに切り落とせば、正面からの火炎弾が私を炙る。
「ハハハ! やるやる。いい連携じゃないか。だがどこまでもつかなぁ?」
どうにか引こうとするビブリオらを執拗に追いかけ、そちらを助けようとすれば私を射つ。
「ええい! 嫌らしいほどに効果的な手を打ってくる! 鋼魔の参謀気取りな小者を思い出させてくれる、いやまるきりにそのものじゃあないかッ!!」
「ハハハッ! 負け惜しみをありがとう! 最高の誉め言葉だッ!」
私の罵倒も笑い飛ばした仮面の軍師はその手にどす黒い塊を呼び出す。
うごめくその内側には、苦悶の声を漏らすなにものかが、目一杯に閉じ込められているようで――
「さあ! 今度こそ俺が世界の導き手となるその礎となるがいいさ!!」
理不尽な死の苦しみと、それに対する憎しみとでも言うのか。その淀んだ力を受けた機兵たちは、一斉に構えた武器に炎を灯す。その熱量はこれまでのものがまるで遊びでしかなかったのだと言わんばかり。
離れていてなお私の機体をジリジリと炙るこの熱量を、小さな仲間たちに届けまいと、私はこの場に大の字の壁となる!
「ライズアップッ!!」
だが今まさに私が炎に呑まれようというその瞬間。私がもっとも信頼する男の叫びをイヤーセンサーが捉え、武骨なパワーアームが私に迫る炎を削り取る!
「すまない。遅くなった!」
「これくらい持ちこたえられない私だと? あんな炎は逆に風で巻き取って切り返してやっていたぞ?」
「それは悪かった。私の取り越し苦労だったか。とにかく間に合って良かった」
足がまだ四つのクローラーのまま、私たちを庇って前に出たライブリンガーグランデ。私の強がりにも、その夜明けのような眼差しは揺るがずに安堵のリズムで瞬いてくる。
ああ。この勇者が来てくれたのなら、もはや敗けはない!
「おいおい! おれたちもいるんだぞー!」
……おっと、グランガルトとラケルも、ライブリンガーが吹き飛ばして散った炎を消してくれているか。
そんな頼もしい戦力を引き連れ駆けつけたライブリンガーグランデは、変形を遅らせていた脚部を改めて完成。地響きを響かせて胸の熊の顔と共に機兵の指揮官を睨み付ける。
「仮面の軍師! お前の殺戮もこれまでだッ!! 私のかけがえない友たちと、故郷から逃げ延びた人たちにその魔手を届かせはしないぞッ!!」
ラヒーノ村を焼かれた悔しさ、そして故郷を失ったビブリオらの悲しみを受け止めているのだろう。ライブリンガーの拳は軋み音が漏れるほどに固く握りしめられている。
この拳を突き出して言い放つライブリンガーグランデに、しかし憤りを向けられた仮面の軍師もその手下である機兵たちも、後退りさえしない。
「さてさて、勇者ライブリンガーと、裏切り者のグランガルトとラケルの到着か。これは俺もちょっとばかり本気を見せてやらねばならんか」
「これからが本気だなんて、そんな負け惜しみをッ!!」
ビブリオの言葉に、しかし仮面の軍師は余裕綽々という態度を崩さずに、手にした怨念の塊を大口を開けて飲み込んでしまう!
「負け惜しみかどうかはこれから分かるさ!」
そう言いきるが早いか、仮面の軍師を取り囲んでいた機兵たちが吸い寄せられていく。
集められたそれらは泥のようにとろけあって一つの金属塊をなしていき――
「好きにさせるものかッ!!」
乗り手をも取り込んでいくその行いを、ライブリンガーが当然放っておくワケはなく、プラズマバスター!
だが引き裂きにかかる光線を、うごめく鋼は繭のように覆う邪気とその強度でもって弾いてくる。
「ならばグラップルクローでッ!!」
しかしこれも、引き込まれつつある機兵を保護しようと伸ばしたものは、いち早い液状化のためにすり抜けられ、引き剥がしに突き入れた爪も泥をこねるように塊をまさぐるばかり。
「ハッハハハハハッ!! ムダムダムダァッ!!」
そして高笑いと共に軍師を含んだ金属塊は離脱する。
そのまま高く舞い上がって凧のように広がった金属塊は翼を持った巨体を形作る。
「ハハハハハッ! この機体! 空にあるこの感覚! 心地良いぞ! ひさしぶりの快感だッ!!」
「この声……まさか……ッ!?」
軍師の高笑いと重なったこの声を私は知っている。この音から掻き立てられる嫌悪感を覚えている!
たしかにアイツそのものだとたとえたのは私だが!
そんな私と同じ感覚を皆が感じたのか、全員が空で高笑いを続ける巨体を見上げている。
変化を続けていた金属塊は、ほどなくその形を私の、いや私たちの予想していた通りのものに固める。
巨大な翼を備えた飛竜の姿に!
「ようやく分かったかッ!? お前らのマヌケ面が見れて、人間ごときに取りつかねばならなかった屈辱もいくらか晴れるってもんだぜッ!?」
「ウィバーン、生きていて……今の今まで隠れていたというのかッ!?」
「ああそうだ! 苦労したぜ、ネガティオンを倒しただけで全部終わった気になって、平和平和って浮かれてるお前らを見て笑いをこらえるのにはなぁあッ!?」
大空で叫ぶその機体は、形はかつてのウィバーンと似通っていても、サイズは以前のを大幅に凌駕している。
身に纏うおどろおどろしい邪気とも相まって、かつての鋼魔の王さえも凌いでいるのでは、と錯覚するほどに。




