138:思いがけぬ顔合わせ
「ここは、いったい……どこなんだ?」
私はビブリオとホリィを巨大バンガードの特攻から庇って、バリア代わりに放ったバースストーンのエネルギーと爆発の閃光に包まれたはず。
しかし覆い被さる形だったはずの私たちは、いつの間にかカーモードの私の中に二人を収めたスタイルになっている。
「この大きな門って……?」
「ボクらがいたとこに、こんなのなかったよ。それに、海がないっていうか、洞窟だよね?」
そして車中の二人が戸惑うように、爆発に吹き飛ばされた覚えもないのに、辺りの景色はすっかりと様変わりしてしまっていたのだ。
辺りは青白い灯火に照らされた岩肌に囲まれていて、緩やかな下り坂を降りた正面には私がグランデ……いや、マキシマムウイングの翼をのびのびと広げたままでも通過してしまえそうな巨大な門が。
地面が崩れたにしてもそんな衝撃に覚えもないし、天井は塞がっているしで、そもそも崩落をした形跡もない。
「どうやってこんなところに……」
訳の分からない状況に私たちが戸惑っていると、門の前で何かが動く。
これに私は思わずバック。友を抱えた車体と正体不明の某との間合いを開ける。
「安心するといい鋼の勇者とその戦友たちよ。こちらに危害を加えるつもりはない」
洞窟の反響か、重ねて響いた声で警戒を解くように促す何者か。この硬質な四足獣のシルエットの正体を確かめるため、私はヘッドライトをハイビームに狙いを定める。
「大丈夫だ。心配することはない」
そして露になったのは三首を備えた鋼の猟犬の姿だ。
闇色の装甲に覆われた機体は精悍で、三つある顔の何れもが鋭く、厳めしい。
この恐ろしげな魔獣然とした異形に、私は一瞬新手の鋼魔かとチェンジを仕掛けて、止めた。
確かに威圧的な風貌ではある。だがその身に纏う空気は穏やかで、馴染みと親しみすら感じるのだ。私は彼を、いや彼の兄弟と呼ぶべき存在を知っている?
「まさか……ゲートベロス、様? 冥聖獣のゲートベロス様なのですか?」
その疑問は程なく私の車内からの質問によって解かれることに。
ホリィの確認を取る問いかけに、ゲートベロスと呼ばれた鋼の獣はその三首をいかにもと上下させたのだ。
ビブリオたち、そして仲間である三聖獣からも話には聞いたことがある。
かつての邪悪との戦いで、戦場となった地上に向かうことなく、本業である霊魂の安息所たる冥界の門番として、死者を守護し続けていたのだという。
そのために石の眠りをひとり免れ、精霊神のそばに侍り続けている唯一の聖獣なのだと。
しかしそれも、冥府という邪悪に汚されてはならない聖域を守るため。そこを任せられたからこそ三聖獣も安心して戦いに赴き、眠りにつくことができたのだと言っていた。
「しかし待ってくれ!? だということはここは冥府だということか? そして私たちは死んでしまったとッ!?」
そこで得た気付きに、私はせめて二人の友は返してやってほしいとタイヤを前に転がす。
対するゲートベロスはそんな私の鼻先に前足を出して待ったをかけてくる。
「フッフフ……心配することはないと言ったぞ」
落ち着くようにと促すこの声に私も、私の中で腰を浮かしていたビブリオとホリィも、前のめりになっていたのを引く。そしてどうやって安心したらいいのだと目線で説明を求める。
すると、ゲートベロスが背負った門が重々しい音を立てて開いていく。
そうして青白い輝きを背負って現れたのは、ゲートベロスに匹敵するサイズのヤギだ。しかしその背には翼があり、全身は鋼で出来ている。覚えのあるその姿は!
「バルフォットッ!?」
「久しいな、勇者ライブリンガー。いや構えてくれるな構えてくれるな。すでに死に冥府に落ち着いた以上は戦う理由はない」
間違いなく鋼魔の参謀であったバルフォットは、しかし戦闘態勢になりかけた私を止めてくる。
「そんなことを信じろって!? ネガティオンに最後までしたがってたお前の言うことを!?」
「そうよ! そちらに行ったネガティオンと何かを企んでいるんじゃないの!?」
「そちらがそう言うのも道理ではあるが、新たな主との棲み家を荒らしたくはないのだ。共にある霊魂たちの平穏もな……」
敵意はないと言葉を重ねて主張するバルフォットだが、ビブリオたちの警戒の目は緩まない。しかし、私は彼の言うことを信じてもいいと思えてきた。
彼の気配が地上で戦った時のそれとは違い、並んだゲートベロスのものに近い波長になっているからだ。
「……死んで冥府守護の聖獣になったと言うことかな?」
「お前に討たれた後にどうしてもと請われてな。おかげで鋼魔参謀をやっていた頃よりも忙しいくらいだ」
ご名答と笑って彼が見せた胸には、バースストーンに似た朝焼けの輝きが灯っている。しかしそれは石という実体を持たないものではあるが。
「……ということらしいが、どうだろうか? 私は彼を警戒する理由は無いと思うんだが」
「ライブリンガーがそう言うなら、信じたい……けどさ……」
落ち着いて話を聞いてみてはどうだろうか。と、友たちに促したものの、相手は最後までネガティオンへの忠節に散った方の参謀。やはりビブリオとホリィであっても、それもそうかと二つ返事にはうなずけないようだ。
「さてさて、ここで私参上ー」
「キミはッ!?」
そんな私たちの前にバルフォットから飛び降りて現れたのはあの少女だ。たびたびに私たちの目の前に現れては不思議な助言をくれた、長い黒髪の女の子だ!
黒ベースに淡い青をあしらった衣を纏っているが、肩には相変わらず埋葬を促す霊鳥を乗せているあの子に間違いはない!
「色々あったの色々も知ってるから無理無いって分かるけどさー、この子はもー冥府の大事な管理者のひとりだから、安心していいよ」
「うちの……って、それはまさかッ!?」
その通りだ。ここで現れてウチのだなんて言うということは、そうとしか考えられない。だがホリィもビブリオも受け止め損ねてガクガクと震えてしまっている。
そんな混乱半分な私たちに、黒髪の少女は思い出したとばかりに顔をあげる。
「そう言えば自己紹介がまだだったねー。改めて名乗らせていただこー。エウブレシア。私は冥の精霊神、エウブレシア。今後ともよろしくねー」
この名乗りを聞いたホリィとビブリオは私の外へとまろび出て土下座。それはもう見事なまでの平伏っぷりだ。
「知らなかったとはいえ、無礼な態度、どうかご容赦を!」
「ゆるしてください! ゆるして! せめて姉ちゃんとライブリンガーだけでも!」
無理もない。神官に育てられ、自分たちも精霊魔法の使い手にして神官として身を立てている二人だ。それが日頃祈りを捧げる神々の一柱を前にすればこうもなるだろう。
「あーいいよいいよー気にしないでさー。私も地上に寄越した分身に名乗らせるわけには行かなかったから黙ってたわけだからさー」
そしてこの寛容さである。感謝から地面に着いていた額をめり込ませに行くと言うものだろう。
「我が主よ。それは良いのですが、そろそろ本題に入るべきでは?」
「あーそれもそうだねー。それでどこまで話したっけ?」
「ここは冥府の入り口に違いないが、三人が死んだかどうかの心配は無用だと言うところまでです」
「なんだー全然進んでないじゃん」
新参のと古参の聖獣のフォローに対する返事も相変わらずの軽さと平坦さだ。
ともかくエウブレシア様は咳ばらいをひとつ。それを合図に話を本題の方向へと舵を切ってくれる。
「私からも援軍を出すことと、あと他にもちょっと話しておきたいことがあったから、爆発で近づいたのをチャンスだーって呼び寄せただけだから。ホントに心配いらないよー」




