136:網を断ち切るために
状況はよろしくない。
私、ライブリンガーと仲間たち。そしてヤゴーナ連合が共同しての、メレテ王都を占領した鋼魔残党の討伐作戦は足踏みさせられてしまっている。
「完全に連合を割られてしまったからね」
「まさかあんな、味方を切り捨てるような真似をしてまで……」
車姿の私を支えに、ホリィが沈んだ声で語るとおり、メレテの太子が寄越したのだろう暗殺者は、機兵を擁した自分たちの味方する人々を手にかけ続けたのだ。
言い訳をしたくはないが、味方の近くに出現したバンガードの対処のために後手に回り、犠牲者を減らすのが精一杯だった。
そしてその暗殺も、敵対派閥を切り崩すための我々の策略であると喧伝されて、まとまるつもりだった我々は味方諸国の背後にも警戒しなくてはならないありさまに。
この状況に、ビブリオが憤るままに地団駄を踏む。
「なんで暗殺者をよこしたやつらのデマなんか信じるのさ! 生き残ってた人だって、機兵のやったことで、ライブリンガーたちが助けに入ったのを見てたのに!」
「その恐怖のために、だろうね。残念ではあるが……」
「そんなの! 味方し続けてたら助かるはずなんてないってよけいにわかったはずなのに!」
悔しがるビブリオの頭を、ホリィがそっと撫でて慰める。
恐らくは太子と、その背後の鋼魔から重ねて脅しをかけられているのだろう。自分ばかりか、家族や民の命が握られている状況。これで勇気をもって立ち上がるというのは、誰にでも出来ることではない。強制することなど、とても出来はしないよ。
「だが、待っていて好転する状況では無いからのう。不利は不利だが、進むしかあるまい」
馬上の御隠居様にセージオウルもうなずくように、じっくりと腰を据えて準備を進めたところで事態は悪化の一途だろう。時間は我々のではなく、鋼魔たちの味方なのだから。
しかし必要だから果敢に攻めるのはいい。いいのだが……。
「本当に御隠居様もこのまま前に出てくるおつもりなのですか?」
「もちろんじゃよ! そのために作らせたんじゃからな。使わねばもったいないと言うものよ!」
うひょひょと笑う隠居竜人の体を包むのは、上質な魔獣皮革と鱗を素材とした革鎧だ。
マッシュたちの対鋼魔戦の経験。当たれば死ぬのだから少しでも軽く動きやすいものをという教訓を活かして準備したのだというその鎧は、確かに軽くて丈夫だ。年を重ねた人にでも無理なく着て動くことができることだろう。
しかしだとしても王族が着るには反対されないのだろうか。いやというか、王族が最前線にというのがそもそも問題ではないだろうか。
「うひょひょひょ! 何を言うか勇者殿。王座をせがれに押し付け……ゲフンゲフン! 譲ってやって来たからには勇者殿の恩返しに身を粉にするが道理よ!」
それを言えばこの返しである。
せっかく切って良い尻尾になったのだから好き放題にさせてもらう、と。
「いけませんよ御隠居様! 御隠居様にもしものことがあって誰が喜ぶんですか!」
「喜ぶやつが出ないように退いてきたんだもんねー! ホリィちゃんに心配されるのは嬉しいがなに、死ぬなら本来年の順よ。せがれが前線で引っ張らねばならんよりはマシというものよ」
そしてホリィの戒めの言葉にも、心配には感謝してもここが使いどころと定めた瞳に揺るぎはない。
どうあっても御隠居様が思い直しはしないのだと思い知らされたところで、正面に動きが起こる。
「機兵を前にして前進してきたぞ!」
空から見張っていたグリフィーヌからのメッセージを受けて、私はアクセルを全開に駆け出す!
「いや、待った! 海の方面から狼煙が!? 港に、鋼魔の敵襲ッ!?」
だが続いての報告に私はタイヤを空回りさせられてしまう。
「なんじゃとて!? あそこまでやられたらイコーメからの補給がまずいぞッ!?」
「わっほい! それもこっちばっかじゃなくって、キゴッソ側の、マッシュ兄ちゃんたちにもですよね!?」
そう。我々は今、分散してメレテの都に対峙している。
リカルド殿下を総大将にした私たちのいる西側主軍と、キゴッソおよびイナクト辺境伯領から攻めるマッシュ率いるキゴッソ援軍という挟み撃ちの形でだ。
なお我々鋼の勇士の割り振りは、主軍サイドに私と遊軍にグリフィーヌ。そして三聖獣。一方のキゴッソ側には伝令も兼務したハイドツインズという布陣である。
こちら側は味方総大将。あちら側にも重要人物が揃っている以上、とても戦力分散など出来はしないぞ!
「おいおいライブリンガー! 海のことならおれたちをたよってくれていいんだぞー!?」
そこで名乗りを上げてくれたのがグランガルトだ。もちろん彼と彼の副官のことを忘れていた訳ではない。だが……。
「だとしても目付け役は絶対に必要になるだろうが。俺様達は信用してないわけじゃないが……」
「お前に船沈められた人たちがお前らだけで動いているのを見て、果たして安心できるか?」
ファイトライオとガードドラゴがバッサリとぶつけた言葉に、グランガルトは「そうなのかー」としょぼくれてしまう。可哀そうではあるが、二人の言ってくれた通りなのだ。
元鋼魔水軍の二人は、対外的には未だ我々の捕虜という扱いであり、グランガルトに動いてもらうのなら誰かの監視が必要になっているのが現状だ。結局のところ港も守ろうと思うのなら誰かも一緒に動かなくてはならないのだ。
「となれば勇者殿。ここはひとつグランガルトらと共に、補給拠点の安全を確保しに行ってもらおうか」
「セージオウル、今なんと?」
「だからライブリンガーが見張り役について行けば良かろうが。主軍には私たちがついておるから」
ホッホウと添えてのその提案には、なるほどの一言だ。
「わっほい! それで敵の海戦力を沈めたなら、そのまま別方向から都にしかけてやることもできるってわけだね!?」
「ホッホウ! 私が言いたかったのはまさにそれよ! 状況をどう転がして有利にもっていくかとな。分かってきたじゃあないかビブリオよ!」
弟子の成長にご満悦な我らが軍師が言うとおりだ。敵の旺盛な動きに悩んでいるばかりではいけない。
そうだ、私は何を弱気になっていたんだ!
私が望む未来のため、塞がれている道はこじ開ける。それくらいでなくてはいけないじゃないか!
そんな思いでヘッドライトを跳ね上げれば、満足げに猛禽のクチバシを上下させるグリフィーヌの顔が。
「良い気が満ちたじゃあないかライブリンガー。それでこそだ」
「だったらお主からも何かしら打開策を授けてやれば良かっただろうに。ホッホウ」
「……あるなら言っていたさ……! 力任せでないのが思いついたのならな!」
くすぐるようなセージオウルの一言にグリフィーヌは悔しそうに目をそらしてしまう。けれど私にはその気持ちだけで充分だ。共に悩み、見つけた光明には躊躇なく共に飛び込んでくれるだろうその気持ちだけで。
「ええい! そうと決まれば行くぞ!! 狼煙をたどれば良いのだな!?」
グリフィーヌは恥ずかしげに私の車体を掴むと、そのまま飛び上がろうとする。
「待って待って!」
「私たちも行くから!」
「あ、ああ、すまなかった!」
ふわりと浮いた私の車体を追いかけて跳びはねるビブリオとホリィに、グリフィーヌはあわてて謝りながら広げた翼をたたむ。
そうだ。急いでくれるのはいいが慌てないでくれ。まだ必要な支度はあるのだから。
「ロルフカリバー、キミはここに残って御隠居様たちの護衛に着いていてくれ!」
「ハッ! 承知……て、殿? 今なんと?」
主軍を支えるやんごとない方々の護衛に残すと言ったのだ。
キングの守りががら空きではミクスドセントも前に出られないだろう。だからこそ、信頼できる私の剣に護衛役を任せたいのだ。
それを告げれば、ラルフカリバーは頭身の小さな体をうつむかせながらもうなずいてくれる。
「承知しました。留守居を果たすも我が勤め! ご武運を!」
「すまない、では任せる!」
そして車体内に友二人を迎えた私はグリフィーヌの翼によって空高くへ舞い上がり、港を目指すのであった。




