134:王様とホリィとこれからのこと
「勇者殿には民も我が身も何度も助けられてしまったな。まったく、頭が上がらぬ」
「へへん! そうでしょう王さま!? ボクらのライブリンガーはみんなの味方なんだから!」
「いやいやビブリオ……私はただ、その瞬間瞬間で助けを求める声に応えてきただけで……」
「この謙虚さよ……だというのに私は太子の暴走と非礼を見逃し通しで……これでは太子に引きずり降ろされるまでもないな……」
堰が外れて水量を取り戻した川。それを天然の堀として進む防衛強化工事。これをカーモードの私と並んで眺めながら、メレテ国王様がつぶやく。
処刑されるまでに囚われていた短い期間。その間に随分と惨い扱いを受けていたのか、厚いクッションの敷かれたイスに預けられたその体は、酷くやせ細っていて自力では長く歩くことも出来なくなってしまっているのだ。
「父上……そんな弱気になられては……」
リカルド殿下が言うように、王様は見るからに気力まで涸れ果てた風だ。
ライオやハイドツインズとまとめて拘束されていた処刑台から救出した後、私たちはダムから解き放たれた川が下流で災害を起こさないように抑え込みつつ下ることになった。
その際には、今も川の中から作業を手伝ってくれているグランガルトとラケルからの手厚い協力が。
その手助けを受けての作業の間、ホリィとビブリオは二人がかりで王様を始めとした被害者たちに回復魔法を注ぎ続けていた。にもかかわらず、王様は立ち上がる力を取り戻せていないのだ。
もしかしたらイルネスメタルに魅入られ取りつかれた人たちのように生命力を吸い出されていたのかもしれない。
「いや、いいのだ……太子の乱を招いてしまった以上は王冠を戴いていた者として責を取らなくては……そこは幸いリカルドがいることだしな。お前に苦労をかけてしまうのはすまないとは思うが…このまま私が取り戻しました感謝すると玉座に戻るよりは収まりが良かろう」
そんな弱々しい父王様の姿に、リカルド殿下は困った顔でうつむいてしまう。
「さて、勇者殿たちにはもちろんだが、ホリィ……殿とビブリオ殿には随分世話になった。そこで、どうだろうか。王都を取り戻した暁には、二人に精霊神聖堂を任せようと思うのだが……」
「ライブリンガー殿と共闘し、多くの兵と私たちを助けた功績もありますから。確かに出し過ぎだと口を挟まれることはないでしょう。あったとしても封じることは出来るでしょうが……」
「うむ。此度の乱を平定したとあればライブリンガー殿をしかるべき地位に取り立てることに反対する声も退けられよう。それで、どうかな?」
ホリィの望みを知っているからリカルド殿下は難色を滲ませる。だが、それに構わず、王様はホリィに尋ねる。
「辺境の田舎育ちの一神官相手に過分な申し出ありがたい限りです。ですけれども辞退させていただきます」
対するホリィは微笑み、丁寧な言葉ながらしかし躊躇無く王様の誘いを払いのけた。
これに王様の瞳が揺れる。
「そ、そう……かね。しかし功相応の身分を得ることは何も悪いことではない。むしろ信賞必罰を糺す良いことだ。それに地位というのは絶大な力であることには違いないが、だからこそ自分たちを守る盾としても使えるのだよ。もし不安があるのならば、私が……」
その揺れも収まらぬままに、王様はホリィに説得の言葉を重ねる。だがホリィの答えはノー。静かに首を横に振って、誘いの言葉を遮るのだ。
「お止めください。王位を退いた、退くおつもりであるとはいえ、辺境の父無し娘ひとりに心配りが過ぎます。聖女と呼ばれる私の働きも、すべてはライブリンガーあってのもの。これではいたずらに噂話を育てるだけではありませんか?」
どう呼ばれようと、自分は父親のいない孤児である。そう強調するホリィに、王様は伸ばしかけていた手を下ろす。
おそらくは王様の側には娘なのだろうと確信があったのだろう。心当たりのある状況や面影、そうしたものから。
そんな相手から父親などいないと言われてしまっては辛いものがあるだろう。ただでさえ頬のこけた王様の顔が、さらにやつれてしまったように見える。
これはちょっと見ていられないな。
「陛下。ホリィも我々もすでに名を上げて、自分のあるべき未来を定めております。メレテの貴族社会に割り込むことは望んでおりませんので……」
フォローのつもりでホリィにもホリィの望みがあるのだと王様に主張する。
これに納得してくれたのか、メレテ王様は沈むようにうなずいてくれる。
「いやはや、まいったまいった。案外上手くはいかんもんじゃなー」
そんなじめっとした空気を吹き飛ばすように大きな声を上げてやってきたのはイコーメの御隠居様だ。
馬に乗って仲間たちを引き連れてやってきた御隠居様は肩を解しながら馬を降りる。
「情報を流すの、そんなにダメだったんですか?」
「そうなんじゃよ。実体験した上で保護したの兵たちの体験談を交えて機兵の危険性を各国にばらまいてみたんじゃが、これがてんででなぁ……お膝元はともかく、もうちっと辺りには不信感を煽れるかと思っとったんじゃがなぁ」
ままならんもんじゃよと、御隠居様は項垂れつぶやく。
「しかし、目論見通りにはいかなかったとはいえ、ある程度は耳を貸してくれる方もいらしたのでしょう? それはそれで良いではありませんか」
「そこは勇者殿の言う通りよ。ひとまず機兵に疑念を持った者には厳重な封印と、生産協力と導入を拒否するように約束させてきたわい。儲け損ねにいつまでもこだわっていても仕方ないからのう」
私の切り替えを促す言葉に、待ってましたとばかりに御隠居様は親指を立てて背すじを伸ばす。
「その封印に役立つ道具や人材をいくらで売りつけて回ったのですかな?」
「むん? 格安じゃよ? まずは鋼魔が連合を割り、国を荒らすために寄越した武器を封じなくてはだからな! 足元を見て商売相手がいなくなっては困るからのう!」
メレテ王様の突っ込みに対してもこの堂々たる答えである。
ううむ。言われるまでもなくすでに切り替え、その上落ち込んだ王様の意識も、政に持っていかせることで切り替えさせるとは。さすがのひと言しかないな。
「ま、なんにせよ近いうちにまたヤゴーナ連合の首脳会議が開かれることには決まっておる。集まる重鎮らの警護は勇者殿らに頼る他無いがな」
「ええもちろんです。遠慮せずにお任せください!」
この場はすでに敵地に臨む最前線。会議の当日ばかりでなく、陣地に仕掛けに来る機兵やバンガード魔獣の好きなようにはさせてなるものか!
「いや頼もしい! こうなれば我らは連合の意思を今一度まとめるのに尽力するばかりじゃな! メレテ王も無事助け出した以上は都を占領した太子も正統性なしとするのは難しくはなかろう。我々にキゴッソの王家も加わって連携すればなおのことよ!」
「わっほい! ヤゴーナの国のリーダーが集まるんだから、キゴッソのみんなにもしばらくぶりに会えるんだよね! オウルが伝えてくれてるだろうけど、色々心配かけちゃっただろうな」
「そうね。あちらにも無事に着いてもらって、お互い無事の再会といきたいわよね」
仲間との再会の予感に、ビブリオとホリィはワクワクと期待の笑顔を交わしている。この様子には私も御隠居様も、思わず満足感にうなずく。
しかしその一方で、メレテの王様と下の息子は、寂しげに別の方角を眺めている。
「しかし、一時は鋼魔の侵攻を食い止める連合の砦であった我が国の都が、今度は連合に包囲されることになるとはな……」
「操られての事とはいえ……因果なことです」
機兵に囲まれたメレテ王都のあるだろうその方角には、黒々とした雲が立ち込めているのであった。




