13:砦を守りに飛び込んで
正面に構える石造りの砦。
ランミッド山脈にある谷を塞ぐ、大がかりな城門のようなそこからは、火の手が上がってしまっている。
しかも壁向こうからの大きなエネルギー弾の着弾で城壁が揺らぐ。
「急がなくては! 準備をしておいてくださいッ!!」
「任せてください」
「投げ出す感じになっちゃっても魔法で防御するからね!」
ホリィとビブリオからの返事を受けるが早いか、私は加速。
前の座席の二人は頼もしいが、後部座席の面々は顔を青くしてしまっている。
マッシュに、道中で合流搭乗してもらったビッグスさんとウェッジさんだ。
三人が三人とも初乗りなので、その辺りは仕方ないが。
そんなことを考えていると前方から炎の玉が。
すわ、鋼魔の攻撃かと、私は身を振りかわした。が、違う。そうではない。
先の炎は城門のような峡谷砦のこちら側、メレテ領側に集まった人間が放ったものである。
彼らはさらに私を近づけさせまいと、四属の魔法弾を放ってくる。
「ちょっと! こっちは、ライブリンガーは味方なのにッ!?」
「それは向こうには分からないさ。彼らにして見れば得体の知れない物体の急接近だからね」
迎撃の魔法をかわす私の中でビブリオが叫ぶ。私のための怒りはありがたいが、砦を守る人たちもそこを責められては辛いだろう。
そうしている間に再び鋼魔からの迫撃エネルギー弾が着弾。
その威力に壁が揺らぎ、ダメ押しの爆風が守備兵さんたちを城壁から押した。
「いけない!」
頭から落ちる兵士さんを見た私は、ビブリオたちをバリアに包んで外に出てもらうと、壁沿いに滑り込みながらチェンジ!
揺れと風に落とされた守備兵さんたちを受け止めながらスライディング。
「怪我は!? そっちも!?」
受け止め抱えた人たちと、走りながら降りてもらったビブリオたちの無事を問う。
「平気! 任せてって言ったでしょ!?」
「ライブリンガーの障壁もありましたし、心配いりませんよ!」
張りのある声を返してくれたとおり、ビブリオもホリィも私のバリアと自前の魔法とを活用して軟着陸を済ませている。
マッシュたちも同じく怪我ひとつない様子だ。
「大将、今のはちょいと手荒に過ぎるぜ?」
「すまない。しかし人を乗せたまま変形するわけにはいかないからね」
外からは分かりにくいだろうが、今の人型モードでは、車モードで人を乗せていた空間は無くなってしまう。ガラスに相当していた部位もアーマーに置き換えられて、中身も全くの別物になるのだ。
曲芸的に乗員をお手玉しながらの中途変形は出来なくもないだろうが、先ほどにぶっつけ本番で試すのは少々はばかられる。
「皆さんはどうですか? どこか怪我はありませんか?」
ビブリオたちの無事を確かめたら、あとは彼らに受け身を任せて救出した兵士さんのことだ。
鎧姿の彼らは、私の腕の中からこちらを見上げてがく然としている。
私の問いかけも届いているのか疑わしい状態だ。
「開門! 門を開けよ! 飛行鋼魔の追跡に出ていたマステマス・ボン・イナクトだ!」
重ねて声をかけようとしたところで、マッシュが城壁に声を張る。
「イナクト殿!? 戻られたのか、こんなにも早くッ!? いや、それよりも、その鋼魔から飛び出たように見えたが……ッ!?」
揺れる門の内側からの疑問の声に、私の抱えた兵士さんたちもマッシュを見る。
「今は説明どころではないから手短にだ。まずライブリンガーは鋼魔じゃない、味方だ!」
注目を集めたマッシュは落ち着くようにジェスチャーしつつ、私が味方であると主張してくれる。
「とにかく敵はまだ向こう側なんだろう!? ここは俺に免じて、門を開けて戦いに参加を……」
「マッシュ様ぁーッ!!」
説得しようと語りかけ続けるマッシュだけれども、それを遮る高い声と影が降る。
石造りの壁を自ら踏み切って飛んでいたのは、翼のある少女だった。
細身の体に当たった高級そうな飾り付き軽鎧。そこから白い羽毛を覗かせたキゴッソ人らしい彼女は、飛び出た勢いのままマッシュを目掛けて急降下する。
「うっおフェズ……フェザベラ姫様ッ!?」
マッシュはこれに目を白黒とさせながらも、どうにか両腕で抱き止める。
その直後、私のすぐ近くにある門が大きく開け放たれる。
「姫様ぁッ!? こんな状況で飛ばれては兵の指揮に関わりますッ!!」
叫びながら門を蹴破る勢いで飛び出してきたのは、長身痩躯の鷲鼻の紳士を先頭にした兵士の皆さんだ。
フェザベラと呼ばれていた白い翼の姫君に仕えているのだろう彼らは、その勢いのまま翼の姫様を抱えたマッシュを押し包んでしまう。
「マッシュッ!? 大丈夫なのかッ!?」
たちまちにもみくちゃにされたマッシュに私は声をかけるが、マッシュはそんな状態からでも今の内だと私を促す。
「任せてくれッ! ビブリオ、危なくなったらライブブレスに声をかけてくれ! そうすれば私が駆けつける!」
「分かった、気をつけて!」
「ありがとうッ!」
開け放たれた門からは上半分の崩れた対面の門が見えていて、もはや一刻の猶予もない。
私は抱えていた兵士さんたちを下ろしてチェンジ。急発進して開放された道を走る!
メレテ国側門の開放に撤退の道が開かれたと見てか、正面からは傷ついた兵士さんが足を引きずり歩いてくる。
彼らは正面から突っ込んでくる私に驚き足を止め、私は怯えたように構える彼らの間をすり抜けかわしていく。
そんな私の正面で、鉄で補強された大きな扉が倒れ、その扉を踏みつけた巨大な鋼鉄の牛が姿を現す。
「あーあー……参謀殿もいきなり急げとか好きに言ってくれるぜ。こちとらもっと遊ぶつもりだったのによぉ。突進してあっちの世界までぶっ飛ばせーとかよぉーお」
邪悪なボヤキを吐くその黄土色の鼻っ面に、私は変形からの鉄拳とスパイクを叩き込む!
「ぐわおッ!?」
声を上げる鋼の牛だが、押し返すどころか逆に突っ込んだ私の方が跳ね返されてしまった。
構える私の目の前で、鋼鉄巨牛は頭に残る揺れを追い出すように頭を振る。
「ぬぅう……誰だ!? な、何をしやがるッ!? オレのことをさんざん力任せの単細胞とか言いながら、敵味方の区別もつかないようじゃあお前の方がよっぽど……って、ホントに誰だお前ッ!?」
私でない誰かを想像していたのか、私の姿を見た鋼牛は驚きに目をチカチカとさせる。
そんな戸惑い足を止めた巨牛だが、後ろから押しこまれたのか、前のめりに突っ込んでくる。
「おぉい、ジャマだよクレタオスー突っ込んだならちゃんと突っ込んでよー」
瓦礫をかわしながらバックステップする私の前で、鋼牛――クレタオス――を押し退けて、青い巨大なワニが姿を現す。
「てめえ! グランガルト!? あんま無茶苦茶するんじゃねえ! 前見ろ、前をッ!?」
お尻を持ち上げられたクレタオスは角で突くような勢いでワニをにらむ。
「んん? 誰だぁ? おれはグランガルト、よろしくなー」
「これは丁寧に。私はライブリンガーと言います」
鋼の大ワニ、グランガルトののんびりと目を瞬かせての自己紹介に、私も反射的に一礼を返す。
「お前ら!? そろって何をのんきに自己紹介なんかしてやがるッ!? オレらっぽくてオレらの邪魔しようとしてる……ってーことはコイツがバルフォットとウィバーンが言ってた敵だろがッ!?」
このツッコミに私は我に返ってほどいていた拳を固める。
しかしグランガルトの方はピンと来ないのか首を捻っている。
「そんなのあったかー?」
そんなこちらの力が抜けるほどのゆるさであったが、次のクレタオスの一言で雰囲気が一変する。
「あっただろうが!? ボケッとしてないでちゃんと聞いとけこのアホがッ!!」
「おれがアホだとぉーッ!?」
罵られてカチンと来たグランガルトは、上顎を跳ね上げる勢いでクレタオスを押し出す。そして大開きにした口を押し出すようにその尻を追いかける。
「ちょ! ヤメッ!? 敵が、敵の目の前でやってる場合か……アッー!?」
尻に噛みつかれたクレタオスは、渡河中に食らいつかれた牛のように破れた壁の外へ引きずられていってしまう。
「なんにせよ、押し返すチャンスかッ!?」
仲間割れからの突撃中断どころか後退というありえない事態に、私もたまらず呆気に取られてしまっていたが、気を取り直して壁の前に出ようと駆けだす。
だが破れた扉を潜った瞬間、何かに足をとられてしまった!
たまらずつんのめったところで黒い影が目の前を走り、胸の装甲が裂かれる。
「グゥッ!? 何者ッ!?」
刻まれたところを押さえながら後退りして、警戒の構えを取る。
そんな私の目の前には黒い豹がいる。
「ありゃま。無防備なところを思いっきりやってやったってのに……やるねえアンタ」
私を切りつけたらしい前足。それを黄金の目で眺めながら呟く黒豹は、やはり私と遜色ないサイズで、フルメタルである。
彼もまたウィバーンたちと同じく、鋼魔の一員なのだろう。
「お褒めに預かり光栄だ。私の名はライブリンガー、鋼魔の敵! 人々の味方だッ!」
名乗り、宣言からのプラズマショット。
この不意打ちに、しかし黒豹はふわりと跳びすさる。
「おーおー、お熱いねえ、固いねえ。もっと軽ーく柔らかーく、そんな風にかまえてたほうがいいんじゃね?」
そのまま門の外へ下がるのを追いかけて連射するも、しかし黒豹は軽やかなステップで飛びかわしていく。
攻撃を避けながら、舞うようなリズミカルなステップは見事。
だが私はそのリズムに合わせてスパイクシューター。大きく飛び退いた着地点を狙撃する。
「おおっと、思ってたより見切りが早いな!?」
これに黒豹は金色の目を瞬かせて驚く。が、それは目と声だけのこと。
地を踏むことなく、まるで何かに引かれるように急激に軌道を変えた黒豹は、私の発射したスパイクを掠めることすらなく離れていく。さらに口からは黒い霧を煙幕と吐いて。
それだけなら撤退したように見える。だがそう見せかけただけで、私を迂回していくつもりなのだろう。
野放しにするわけにはいかないと判断した私は、迷うことなく濃密な煙幕の中へ。
「待てッ……グゥアッ!?」
だが煙幕の中で私を迎えたのは重々しい衝撃だ。
煙から吐き出されて石壁に叩きつけられた私を、さらに重いぶちかましがめり込ませる。
たまらずに呻く私の喉を掴んで壁に埋め込んだのは、骨太な鋼鉄巨人だ。
黄土色の装甲と、肩から広がる太い角。それら察するに、これはクレタオスが人型モードへチェンジしたものだろう。
私はその見るからに力自慢の腕と壁の間から逃れようともがき、拳を叩きつける。
だがクレタオスは私の抵抗にもビクともせずに、壁の中へ私をさらに押し込む。
「グフフ……あの煙幕はクァールズのか。おかげで助かった……ぜ!」
クァールズ。それが私を煙に巻いた黒豹の名前か。
そんなことを考えた私の眼前に、ハンマーじみた剛拳が迫る!