129:仲間のためだからガマンするけどさ!
「お大事に。無理はなさらないでくださいね」
「ええ、ええ。神官様の御慈悲を無駄にするような事はいたしませんとも」
そう言って元は兵士さんで鍛えられた体をした人は、ヒザをひとなでして歩いてく。
前にも回復魔法をかけたことがあるんだけど、その人はボクたちに気づいて無いみたいだ。
「良かったわね。ビブリオ。誰にも私たちだってバレてないわ」
「そりゃあそうだよ。でなきゃ女の子のカッコした意味ないじゃないか」
むっつりと返事をするボクに、姉ちゃんはクスクスって笑いながら、カワイイのが台無しだって笑顔になれってほっぺたを突っついてくる。
そんな姉ちゃんは深くフードを被って赤毛のカツラを外に出すって変装で。ボクは女物のスカートの神官服っていう女装をさせられてる。
ボクたちが変装してまで何をしてるかって言えば、都近くの町でケガや病気を抱えた人たちの回復をしてるんだ。
仲間を助けに急いだんじゃなかったのかって?
もちろん大急ぎで行ったさ。でも、ボクらが乗ったライブリンガーをグリフィーヌがぶら下げて飛んでった先には、都から伸びた戦いの傷あとが残ってるだけで、誰もいなかったんだ。
だったらって、ボクらが戦場のあとに残って、グリフィーヌが都にって探しに飛んでったけれど、都はバンガードになった魔獣や機兵に陸も空も囲まれてて、それはもうひどいありさまだったんだって。
だからボクたちはひとまず都とはほどほどに距離を取って、情報を集めようってなったんだ。
それで人からうわさ話を集めるボクらが変装するっていうのは分かる。すごく分かる。さっきの引退兵士さんみたいに、魔法で回復させたことのある人だっているからね。
だけどそれでどうしてボクは女装になるのさ!
姉ちゃんがヤケにイキイキした顔で「それは、楽しいからよ」なんて言ってたけど、ボクは恥ずかしいんだよ!
にあってるにあってるって、そんなわけあるもんか!
……それはともかく、ボクらはこうやって魔法で手当てしながら、仲間を助けに行くために役立つ情報を集めてる最中なんだ。
そんな中、病気で弱ったお爺さんが姉ちゃんの回復魔法にしみじみって感じてお礼をくりかえす。
「ああ、ありがとうございます、ありがとうございます。いや神官様が立ち寄って下さって助かりました。近頃は薬も入ってこない始末で……」
「あら? こんな都に近いのにですか?」
「ええ、ええ。商人もここまで来ると逆に都に運ぶのを急ぐのか通り過ぎるばかりで、時間が合わずに泊まるものに割高でも譲って貰うように頼む他無く……」
「そうなのですか。私たちも都に向かおうかと思っていたのですが……」
「いや! それはお止めになったほうがいい! 最近の都は何かがおかしい、おかしな事になっておりますので!」
ボクらの都行きの考えをお爺さんあわてて引き止めると、ボクが手当てしてたおばさんや、順番待ちの人たちまでダメだダメだ、考え直すようにって声を上げ始める。
衛兵が鉄の化け物ばっかりになったり、人の住む家を潰して道を広げたり。それなのに潰された家に住んでた人は、どこでも見なくなってたり。
そんな不気味なウワサ話が、右から左からもうボクらをゆさぶり振り回すみたいに。でも__
「……そんなの聞かされたら、とても放ってなんか置けない」
「だからお止めなさいってお嬢ちゃん!」
わっほい、思わず口に出しちゃってた……って、誰がお嬢ちゃんだ! たしかに女の子に変装してるけども。それでもこのあふれ出る男気を感じれたなら分かりそうなもんじゃないか!
「それに王様と、聖獣様方三人を捕まえた上、反乱の罪で処刑しようだなんてとんでもない事までまかり通ってるんで、逆らおうなんて思ってるのがバレただけで鉄巨人に踏み潰されかねないって……」
「いま、なんと!? なんと言いました!?」
姉ちゃんが声を被せての質問に、引き止めようとしてた人は目を白黒させる。
「今って、王子様に逆らったら手下の鉄巨人に踏み潰されちまいますって……」
「そうでなくてその前、聖獣様が三人で捕まってるって!」
「ああ、はい。三人……って、数え方はアレかもですが、たしかに都から通達が。獅子の戦士とキツネの密偵二人組を捕まえてるって……」
わっほい!? ハイドツインズが逃げられなかっただなんて!
そりゃあ機兵は人が乗ってるし、バンガードになってたら余計に人質になって攻撃しづらい。けれどあの二人なら逃げに集中したならなんとかできそうなのに!?
これはハイドツインズと同じか、それ以上に腕利きの密偵役がいる。そんな大げさだって思ってたライブリンガーの予想も一気に笑えなくなってきた。
「そんな方々の処刑場にするにはまだ王都は手狭だと、処刑台の資材に使うのだと我々からも……そんな罰当たりを平然とやって、やらせるようにまでなって……ああ、恐ろしい」
「そうでしたか……それでその資材はどこへ運ばされたんです?」
「我々は近くの川にまで。そこから川を遡らせてはいましたが、それ以上は……とにかく、悪いことは言いません。身軽ならこの国からは出ていった方がいい。でなくとも、都へ近づくのだけはお止めなさい」
「ええ。そうですね。行き先は変えることにします」
だって都に行く必要は無くなったもんね。
必要な話が聞けたってボクを見る姉ちゃんの目にうなずくと、ボクらは集まってる人たちみんなに回復魔法をかけて、ライブリンガーが待っててくれてる町外れに早足で。
それでライブリンガーを隠した箱を持ち上げて乗り込むと、全員集合するためのポイントへ動いて貰う。
「川の上流近くに作った処刑場か……おそらくはこの辺りになるのだろうか?」
ボクらが集めた話を聞いたライブリンガーは、いくつかマークをつけた地図を出してくる。
もらった地図とこれまでの旅でつくったマップからここまでしぼれたんだ!
「ライオにツインズを押さえておくなら、きっと大きく拓いてるだろうから、空からグリフィーヌにも見てもらえばしっかり確認できるわね」
「さらに見張りの目を引いてもらって、その隙に川から回り込んだ私たちで救出してしまえば、突破をするのも楽になるか」
「いいね! それで行こうよ! オウルは目立つかもだけど、ドラゴには手を貸してもらえないかな。川近くなら隠れて来られそうだし」
そうやって移動しながらの作戦会議で出たおとり作戦に、策を積み重ねてると、いきなりにライブリンガーが車輪を止める。
「わっほい!? なになに、どうしたのさいきなり?」
そんなにスピードは出てなかったけど、突然だったからつんのめっちゃってベルトと体がギュッとなる。
でもライブリンガーが答えるよりも早く、ボクらは急停止のワケを見つけた。
「イエーイ、しばらく」
そんな平らな声でひさしぶりのあいさつをしてくるのは、岩に腰かけた黒髪の女の子。アジマの開拓地近くでトムラエ鳥を連れてたあの不思議な女の子だった。
「無事だったんだね!? あの後探してもいなかったから心配していたんだよ」
無事にまた会えたことを喜ぶライブリンガーの言葉に、でも女の子は前とおんなじでニコリともしないでこっちを見返してくるんだ。
「この先、また随分と死の気配が濃くなってきているよ」
「え!?」
顔を合わせていきなりな言葉に、ライブリンガーもボクらも驚いて聞き返すばっかりだ。ワケが分からないよ!?
でも女の子はそんなボクらを無視して話を続ける。
「でも、それはこの瞬間に覆し得ないものとして定められたものじゃない。誰かの行動がひっくり返すこともある……そんなあやふやなモノなんだよねー」
「それって、ボクらのがんばり次第で死人を減らせるかもしれないってこと?」
だからがんばれっていいに来てくれたのかな。どうやってこんな遠くまでとか、ボクらの動きを知ったのかとかは気になるけれど、はげまそうって思ってくれてるならうれしい。
でも女の子はそんなボクの期待に首を横に振るんだ。
「かもしれないし、逆に死者が増えるのかもしれない。救いの手が逆にまるごと引きずりこむ事になったり、見守ってたらひとりで勝手に助かったり。まーよくある話だよね」
そんな。それはそういう事もあるのかもしれないけれど。だけど……よりにもよってこれから行こうって時になんで?
そんなぐるぐるした気持ちで女の子を見るけれど、あの子は黙ってボクらを、ライブリンガーを見てる。
「……たとえどういう結果になったとしても、私は助けに行くと決めた。だから迷いはしないよ」
「ならば良し」
ライブリンガーの返しに、女の子はやっぱりニコリとせずに、だけどハッキリうなずいて返す。あまりにもあっさりとした返事に、ボクらが空振りをさせられた気分にさせられちゃう。
「死とは、滅びとは避けられないもの。しかしその時を決めるのは時と場所、そして生きとし生けるもの自身と、取り巻く者の意思が持つ権利だしねー。勇者どのの好きに足掻いたらいいよ」
「あ、ありがとう……?」
そう言って行きな行きなって手振りをする女の子に、ボクたちは迷ったお礼の言葉を言ってその前を通り過ぎる。
「そうそう。もしダメだったとしても、冥界は静かで良い所だから安心してよねー」
はげまそうとしてくれてるんだろうけど、でもやっぱりその見送りはどうなんだろう。
そんな思いで顔を見合わせながら、ボクたちはとにかく仲間たちの救出だって前に向かうんだ!




