128:戦が巨大であるがために
「この辺りに堀を作って、その土を土台に防壁を作っておこうか」
ネイド侯爵城に到着してから一夜明けて朝。私、ライブリンガーは辺りの地形から守りを強めるべきポイントを見定めに出ていた。
ハイドツインズからは「こちらフォックス、これより潜入する」との通信があり、その成果待ちである。しかしただ遊んでいるワケにもいかず、ならば出来ることはなにかと言うことで、メレテ王都と戦うことになる侯爵城の防衛強化工事をと考えたのだ。
「なるほどなるほど。ここに作るとなればそれは大規模な工事になるだろうな。つまり金と人が動くというワケだ。ワシのツテにも噛ませて貰わねばな」
私の提案する工事内容と、それに伴う経済の奔流を想像して、御隠居はうひょひょと笑みをこぼす。
しかしその一方で、その傍らのビブリオとホリィの顔は渋い。
「工事するのはいいけどさ。機兵相手にどこまで通じるかな?」
「そうね。なら通じるように規模を大きくするとして、それだけの工事ってなると、人手も時間もとんでもないことになりそうだもの」
「そうだね。規模の話だけなら、多少はマキシアームの力業でどうにか出来るだろうけれど……」
ラヒノスと私の工具たちが生まれ変わった超巨大双腕重機マキシアーム。そのパワーと多彩なアタッチメントの数々を駆使すれば山を切り崩すことさえ出来てしまうだろう。
だがそれだけの工事は、確実に環境をひっくり返して、辺りに住まう生き物に多大な影響を及ぼす事になる。
現在の環境を塗り替えるというのは、開拓であろうと緑化であろうと同じことではあるが。
「それに、大きな防衛設備を作っても維持できる人を確保できるかどうかもある、か」
必要だから作ったとは言っても、出来上がってハイお仕舞いとはいかない。
建物は管理する者がいなくなればすぐに傷んでしまう。
予想する規模が規模だけにその人数もそれなりには膨れ上がることだろう。
しかもこの近辺は人の生活圏として平定されて久しいので、強力な魔獣は遠くから流れてこない限りはまず現れない。
強力に仕上げた防御陣地であっても、鋼魔残党に取り込まれたメレテ皇太子を解放さえしてしまえば無用の長物となってしまう。そんなことでは、維持のための資材や人材をむやみに確保し続けなくてはならないばかりで、あまりに無駄が過ぎるだろう。
そんなリターンに見合わないコストを抱え続けるというのはいかに高い経済力を持っていても辛いものがあるに違いない。
「……となると、掘も壁もすぐに元に戻せるようにするべき……なのかもしれないが……」
「それでは効果に不安もでるし、なにより物も人も動かんからのう」
「まどろっこしい話だな。勝つための手にアレはダメこれはいけないだなどと贅沢に過ぎる。後の事は終わった後で考えれば良いことではないか。先の戦いのようにな」
「確かにそれも道理だね」
降りてきたグリフィーヌの焦れた言葉の通り、勝つための手段を選ぼうとするなど、思い上がりもいいところだ。
魔王を討ち、グランデという新たな力を得たことが、私の中で過信を生んでいたようだ。だが__
「やはり戦後ももて余しそうな防壁と砦で固めるのは止めにしよう。時間もそれほど余裕があるわけでもないし。要所に要衝を、それで進行ルートを絞る方向に……」
私の出した結論に、グリフィーヌはまさかと目を瞬かせる。
「それで良いのかライブリンガー!? いや、仕上げるには時が足りないだろうと言うのは分かるが……」
「私だって備えを怠るつもりは無いさ。だけどね。私にとっての勝利とは、生の営みとそれを支える大地に禍根を刻むようなものでは無いんだ」
災いの源を断ち、そして轡を並べる友を守るのは第一だ。だがさらに背後に生きる生命とその未来も守らなくては。
このどちらも同時に抱えるというのは容易な事ではない。しかしいかに困難であっても成し遂げる覚悟を持って挑まなくては。最良を求める気高い飢えがなくては!
そんな私の思いを酌んでくれたか、こちらを見つめていたグリフィーヌはためらいがちに目を瞬かせながらもうなずいてくれる。
「ライブリンガーにその覚悟があるというのならば、私としてはそれを支えるだけか」
渋々ながらも了承してくれるグリフィーヌに、私は感謝の言葉を返す。
そこで私たちの持つバースストーンが瞬き鳴る。
ハイドツインズからの連絡だ!
これに御隠居が興味津々といった風に点滅する私たちのバースストーンを眺める。
「ふぅむ。常々思うが便利なモノだのう。持ち主の人は魔法の名手であるが、魔法の通信というわけではないのだろう?」
「ええまあ。石同士の共鳴によるものなので。距離はともかく通話するだけならば。まったく同じものではありませんが、それでよろしければ、今度似た効果を起こせる仕組みをお教えしましょうか?」
「うひょ! それはありがたい! なんとも商売が捗りそうじゃのう! うひょひょ!」
私の提案にニマニマとご機嫌な御隠居をよそに、ビブリオが私たちを代表して、光って鳴るブレスレットに応じる。
「どうしたの? なにか分かった!?」
良い知らせを期待したビブリオの問い。しかし戻ってきた音は、強烈な爆発音とその余波が起こすノイズだ。
「うわっほいッ!? どうしたの!? ねえどうしたのってば、ねえ!?」
明らかな異常に焦ってビブリオが問いかけると、ノイズの被った声が返ってくる。
「……ちょいと、マズっちまった。欲をかきすぎて……囲まれちまった!」
「そんな! それならすぐグリフィーヌに助けに! いいよね!?」
「任せろ! ひとっ飛びで救援に向かうぞ!」
「いやいい! 空も飛行型に囲まれてるんだ! うお、上から降ってきたぁ!? だがなんとか逃げてみせる! それよりも必要な情報を!」
言われるまでも無いと翼を広げて飛び上がっていたグリフィーヌだが、ハイドスノーに制止させられてしまう。
上空で悔しげに唸るグリフィーヌだが、味方の思いを酌んで急行せずにいる。
「……捕まってしまったメレテの王様とファイトライオはまだ無事だ。だが、処刑されることが決まってしまっている! 混乱を起こし新王に対して反乱した罪だと!」
バカな!? それを罪だと!?
言いがかりも同然な処刑の理由に私の心に憤りが燃える。だが苦境の仲間のためにも口をはさんではならないと、歯を食いしばってこらえる。
「……それで都で捕まってたライオ兄貴を助けて、一緒に勢いで王様救出までやっちまおうと思ったんだが、見つかっちまってこの様で……!」
「そんなまさか、二人を発見できるようなヤツがいるだなんて!?」
ツインズのカモフラージュを見破れる。そんな実力の持ち主が敵方にいる。
これだけでもとんでもない情報だ。
「……我々は何とか脱出して見せる。だが救出は急がなくては……うぉわぁああッ!」
自分たちの事はいいとの報告は、しかし爆発とノイズに塗りつぶされてしまった。
「ハイドスノー!? フォレスト!? 返事をしてよ!」
「お願い、無事だと言って! 返事をして!!」
途絶えた通信にビブリオとホリィが青ざめた顔で返事を求めて呼びかけを続ける。
こうなればもう私たちのやることは一つだ!
「御隠居! 我々は仲間たちとメレテ王の救出に向かいます!」
「あい分かった。ワシはリカルド殿下と後詰めとして向かうように話をつけてこよう」
私のお願いしたいところを手早く引き受けてくれる御隠居に感謝を告げて、私は仲間たちと目配せ。
囚われの、そして窮地に陥った仲間たちの救出に急行するのだ!




