127:頼もしい後ろ盾たち
夜の闇をカーモードの私のヘッドライトや松明が照らす中、正面に篝火を焚いたお城が見える。あれが目的地であるネイド侯爵の居城だろう。
先駆けした伝令の人から話が通じていたためか、開門を願ってリカルド殿下と私たちの一団であることを名乗れば、すんなりと城門がひらいて中に招いてもらえる。
マキシアームの巨体ではさすがに無理なので、上に乗っているご隠居のお付きや殿下の護衛たちは降りて私たちの後から徒歩でだが。
「ほう。私たちも拒否されること無く迎え入れてもらえるとは意外だったな」
「ちょっとグリフィーヌ、それはあんまりじゃない?」
そうして殿下の馬車に続いて潜った門を振り返ってのグリフィーヌのひと言に、ホリィが注意する。
「ホリィが気を悪くしたならば謝るが、これまでの我々の扱いを思えばな。殿下の救出は感謝する。では門の側でごゆるりと休まれよ、などと言われるかもしれないくらいには構えてしまうぞ?」
「それは確かに、拙者も奥方と同じく構えておりましたからな」
グリフィーヌの返しにしかりしかりと同調したのは、デフォルメされた騎士型で歩くロルフカリバーだ。
彼も今日までの事には鬱憤を溜めていたということか。
「いやはや、これは耳が痛いわい。こんなことならばワシがもっと強引に国許にかっさらっておれば良かったわ」
「いやそんな、お気持ちだけでありがたいですよ。それでイコーメに乱が及んでしまっては私も心苦しいですし」
「何を言うかライブリンガー殿よ。聞けば貴殿らは無駄に遊ばせられていたという。これがどれだけの損失か。それを思うだにもったいなくてもったいなくて、ワシはもう……!」
よよよと顔を顔を覆った御隠居様に、グリフィーヌの目の光が弱まる。
「結局損得が第一なのだな?」
「それは当然よ! ワシは徹頭徹尾商人よ。一線を退こうが政も加わっていようが、利益が転がることが第一よ!」
堂々と言い放つ御隠居にグリフィーヌは「さようか」ともうあきらめた風に目を逸らしてしまう。
「リカルド、報せはきいていたけれどよく無事で!」
「姉上! 申し訳ない。まさか兄上があんな暴挙に出るとは!」
そうしている内にネイド侯爵夫人らしい金髪の女性が飛び出してくる。
「リカルドさまが姉上って呼ぶってことはあの人……」
「うむ。メレテ王家から降嫁した元王女殿下だな。さて侯爵夫人、予定を繰り上げて夜分の訪問申し訳有りませぬな。なにぶん火急の事態でございますからな」
「いえそんな。都の変は報せを受けております。無事の到着何よりですわ御隠居様」
疑問に答えて私から降りる御隠居様に続いて、ビブリオとホリィも慌てて外へ。
それで友人たちが充分に間を開けたところで私自身もチェンジ。失礼にならないように膝をつく。
すると侯爵夫人も御隠居との挨拶もそこそこに頭を下げ返してくれる。
「式典でお会いしたことはありますが、きちんとお話するのははじめてですね勇者様。改めてご挨拶を。私ネイド侯爵の正室であるフリエと申します。この度は我が国の太子の引き起こした騒動で、多大なご迷惑をおかけいたしました。加えて逃げ延びた殿下の救出まで。感謝の言葉もありません」
「いえ、そんな。それにリカルド殿下をお助けできたのは、御隠居様の救出計画でそちらへお伺いする途中の巡り合わせあってのことですから」
「噂に違わぬ謙虚なお方ですのね。貴方を御味方に得られたことは真に我が国の幸運でありましたのね。一応は勇者様方でも雨風を凌げる場所を用意しておりますので、どうぞこちらへ」
「なんと、私たちのためにわざわざ!?」
「御隠居様から是非にとの依頼も有りましたので。急拵えの粗末なものですが、ささ。主人もそちらにおりますので」
思わず驚きを声に出してしまった私だったが、フリエ夫人は気にした様子もなく微笑んでお付きの方々と先導してくれる。
その案内を受ける殿下に、カーモードになって続く私のライトが照らす中、ビブリオが御隠居様に身を寄せる。
「勇者の宿の準備までお願いしてくれてありがとうございます。でもそれならそれで言ってくれれば良かったじゃないですか」
「はて? 言っておらなんだかのう? こんなもの忘れをするようでは、やはり倅に譲ってきて正解だったのう。こんなボケたジジイに商売話を任せるのは心配かもしれんが、我慢してもらうしかないのう。うひょひょひょ」
笑ってとぼける御隠居様に、問いかけたビブリオはもちろん、私も内心で苦笑する。
損得第一だと言いながら、自分の身も省みずに自ら私を助けるために動いてくださるのだ。応えねばならないという気持ちになるじゃないか。
そうして案内されて通されたのは、石の土台に鉄で補強した材木で組まれた建物だ。
急拵えだと御夫人は謙遜していたが、なかなかどうして立派なものではないか!
「外向けに倉庫という名目で作らせたものですので、無骨なものになってしまっていますが、勇者様にそう仰っていただけたのなら何よりですわ」
そんな素直な感想を言ったところ、返ってきたのがこの言葉である。
なるほど。貴族のお城にあるものとしては丈夫さ一辺倒だということになってしまうのか。今度私が作る時には、装飾にももう一つ力を入れてみようかな?
とはいえ、華があっても崩れてしまうようでは建物としては頼りない。今後も物資の倉庫として活用する分には、無骨で頑丈でなにも困らないだろう。
というわけで、グリフィーヌが身を屈めなくても潜れるくらいに大きな扉を通って建物の中へ。
「ようこそリカルド殿下に勇者ライブリンガー殿とそのお仲間たちよ!!」
そして私たちを迎えたのはこの大音量である。
建物全体に響くだけの声が出ても不思議がない鍛えられたたくましい体。それを強引に押し込めた礼装の上に乗っているのはたっぷりとした明るい茶色の毛を蓄えた頭だ。
うねり広がる髪に負けないボリュームの髭もあって、どこか獅子を思わせる偉丈夫。この人がこの城と周辺一帯の主であるネイド侯爵その人なのだろう。
「ネイド侯爵。この度は都の変から落ち延びた私を受け入れてくださって、感謝の言葉もありません」
「なんのなんの! 我が妻フリエは元は殿下の姉。その縁を頼って来られた殿下を無碍になどどうしてできましょうや! 仮に太子の命があろうとも出来ぬ話ではありませんか!」
どうどうと言い放つネイド侯爵に、殿下は重ねて感謝を告げる。
「そもそもがイコーメ王との誼みと要請もあって勇者殿を助力するつもりでしたからな。殿下も味方についてくれたのならば、これで太子に手向かうにもなに憚るところもないというわけですしな!」
言ってしまうのか。いや裏表無く豪快なその言動は風貌とよく似合っているのだけれども。それで上から数えたほうが良い大貴族としてやっていけているのだろうか。
そんな私の心配を知ってか知らずか、侯爵は力強い光りを宿した茶色の目を私たちに向けてくる。
「さて、殿下の名の元に乱を起こした太子に対するというわけであるが、勇者殿と並ぶ聖女様としてはどうお思いですかな?」
妻の妹かもしれない。そんな噂を背負ったホリィへ向けられた話に、私たちは揃ってホリィを庇いに。
だけれどホリィはそんな私たちに動きに感謝しながらも、心配いらないとばかりに手でブレーキを。
「太子の配下は鋼魔の心臓部である結晶を利用しています。太子の行動が鋼魔の残党にそそのかされての事だとすれば、これは正さなくてはならないと、私もライブリンガーも思っています。そうして、また大きな鋼の友と共に鋼魔の占領下にあった荒れ地を拓きに行ける。そんな平和が来ることを願い力を尽くすのみです」
前に出て自分の願いを語るホリィに、我々のみならず、侯爵も安堵と満足にうなずく。しかしその一方で殿下と夫人の表情には影がある。
「素晴らしい志ですね。しかし、未開の地で骨を埋めるようなつもりであるとは、ご家族も心配されるのでは?」
「ありがとうございます殿下。ですがご心配には及びません。私の家族は産みの母と育ての母。そしてここにいるビブリオをはじめとした共に育ったきょうだいたち。みんな私の望むところを分かってくれます」
ビブリオの肩に手を乗せ、微笑み返すホリィに、リカルド殿下とフリエ侯爵夫人はどこか寂しそうに微笑んでうなずく。
「……そうですか。貴女がそこまで言うのならば、私たちもその願いが叶うよう、微力を尽くすまで、ですね」
「このような辺境神官の娘にもったいないお言葉です。鋼魔の残した乱から共に平和を勝ち取りましょう!」
「うむ。まったくもってその通り! さあて我が国の都を取り戻し、王と民を解放しに動こうではないかッ!!」
そして侯爵の力強いひと言を区切りに、私たちはメレテの平和を取り戻す計画を練り始めるのであった。




