124:曇りを振り切るほどの高くへ
私の名はグリフィーヌ。勇者の翼と人は呼ぶ。……とは言っても、個人的な自負はあれど、呼んでくれと頼んだ覚えは無いのだがな! 私としては気恥ずかしいやら大仰で重たいとの思いもあるのだが、通りの良い呼び名となってしまっているから仕方が無いな!
しかし、勇者ライブリンガーの翼という呼び名も危うくなってきている。
ネガティオンとの決戦のダメージで、マックスからのマキシマムウイングへの合体が封じられているのだが、そこへきてラヒノスの生まれ変わった新たなマキシビークルとの合体であるグランデの登場だ。
「お、重い、重すぎるッ!?」
新登場のこの形態との合体も試してみようということで、いま私はライブリンガーグランデの巨体の背中でスラスターを全開。共に空へ上がっているのだ。
繋ぐこと自体が出来た。それはいい。だが共鳴したパワーでもってもこの調子では、マキシマムウイングの時のように空を駆け回るのはとても出来そうにない! 強引に空に持ち上げるまでが精一杯で、空中戦どころではないぞ!?
「いや充分! 任せてくれ!!」
しかしライブリンガーはそれならばそれで良いと上昇を停止。自由落下に落ちていこうとするのに私は下方向へ推進力を放ち、加速させる。
そして振り下ろしたロルフカリバーは、金属を纏い巨大化した魔獣バンガードを一刀両断。イルネスメタルを散らして猟の成果に変えてしまう。
「いや、合わないかもしれないとは思ってはいたがここまでとはな。消耗に対して得られる効果が弱すぎるな」
「残念ながら、予想通りの結果だったようだパワーアームとグリフィーヌの干渉もあるし、高空から落下しての奇襲。そこから即分離して私が壁で、グリフィーヌが遊撃……とするのが持ち味の活きるスタイルになる、かな?」
それしかないだろうな。
合体によって共鳴増幅したパワーでもってしても重さに負けてしまいかねない以上、無理にマキシマムウイングと同じように戦うのは無駄が多すぎるだろう。分離したまま連携した方が強いまであると思う。
そう結論付けながら私はグランデの背中からパカリと分離。軽くなった体を羽ばたかせつつ解していく。
「なんにせよ、窮地でのぶっつけ本番で試行錯誤とせずに試すチャンスが得られてよかった。土壇場で重い、動きにくい! となってしまっていたらと思うとゾッとしないな」
「それはそうだね。でも、案外揃って気持ちが燃え上がっていればとんでもない機動性が生み出せるかもしれないよ?」
「まったくあり得ない話とは言えないだろうが、博打に出るには少々分が悪過ぎはしないか?」
そんな楽観を残して、ライブリンガーは獣の解体の手伝いへ。
アーム一本で軽々と獲物を持ち上げるそのパワーはマックス……いやマキシマムウイングの時にも勝るか。さらにその力強いアームの先を、ライブリンガーの使っていた工具たちから生まれ変わったツールに換装する事で、出来ることの幅も広い。
単純なパワー重視の形態ではないのだ。
しかし飛べるのはマキシマムウイングである以上、マキシローラーとローリーの完全復活からは勇者の翼としての活躍もまた求められる事だろう。いや、今でもぶら下げて飛んだりは出来ているのだからな。うん!
ともかく、ライブリンガーの巨大戦闘形態が増えたのはめでたいことに違いないのだ。新しい姿との手合わせも面白そうだ。
合体が上手くいかなくて悔しいとか、寂しいとか、正直無いことはないが……いずれは! いずれ必ず使い分けて求められるはずだからな!
そんな風に思考を切り替えようとしていると、ため息を吐くホリィの姿が目に入る。
手に入った肉の処理に手を動かし、かかる声に笑顔で返してはいる。だがその合間合間には、確かに沈んだ顔が見えている。
「ホリィ。少しいいか?」
「え? うん。ごめんなさい。任せてしまっても?」
「うひょひょ。構わんとも。こっちにはこの爺の手もあるしな。任せよ任せよ」
快く請け負う隠居王たちに、ホリィは繰り返し頭を下げて私のところへ。
私はそんな彼女を掴んでひと羽ばたきに飛び上がる。
「ちょ!? グリフィーヌ!?」
「ハハハッ! 声を揃えてとは相変わらず仲のいい。悪いようにはしないから少しばかり付き合ってくれ!」
掴んでいるホリィと地上のビブリオが揃って声を上げるのに、私は空高くへ。
突然で驚きはしただろうが、お互い今さら疑うところもなし。ホリィはすぐに落ち着いて私に身を任せてくれているし、ビブリオも手を振ってこちらを見送っている。
そうして程よい高度に至ったところで、広げた翼を風に乗せ、ホリィを首の付け根に上げる。
「驚かせてすまなかったな。どうにも無性に飛びたくなってな。少しばかり気晴らしに付き合ってくれ」
「そんなことを言うけれど、本当は私に気晴らしをさせようと思ってくれたんでしょう?」
まあバレバレだろうな。
しかし、私自身の気晴らしであることも間違いない。どうにも悔しいやらなんやらで気が落ち着かんのも確かだからな。
そういう時はやはり無心になれるのがいい。勝敗の分らぬラインで力比べをするか、彼方を見つめて空を飛ぶか。
「これくらいしか知らないのだがな」
「これくらいだなんて、そんなことないわ。遠くまで見えるって、なんだか自分が一人で悩みの中に閉じこもってた、みたいに思えたもの」
「これくらいならば、言ってくれればいつでも付き合うぞ。むしろ私から誘うこともあるかもしれん。陸上ならばライブリンガーもいることだしな」
感謝を告げてくるホリィに、少しばかり気恥ずかしく思いながらも振り返って返事をすれば、ホリィはこらえながらも笑いだす。
「どうした? 何か笑えるものがあったか? 見えたか?」
「フフッ……だって、グリフィーヌの目のチカチカ、リズムがガタガタで……フフフッ」
「……笑えたのならば良かったよ」
自分に責任のないしがらみに苦しめられているホリィの気持ちが少しでも晴れたのならば良い。
私に置き換えたのならば、鋼魔生まれなのだから鋼魔らしくライブリンガーやこの友たちと戦うように強いられるようなものだろう。それもウィバーンと合体させられてだ。いや、これはあったな。まだ鋼魔だった頃だし、直に合体させられたのではない。だがウィバーンがコントロールするイルネスメタルを取り付けられて、ヤツの意のままにこの身を操られたことが!
……勝手に思い出しておいてなんだが、それだけで全身のエネルギーバランスが乱れて、思考がノイズまみれになったかのような嫌悪感に襲われる。コレが人間でいう吐き気というものか!?
「ちょ、ちょっと!? 本当に大丈夫グリフィーヌッ!?」
「あ、ああ。驚かせてすまない。ホリィの境遇を自分の場合ならと考えたのだが、いけすかないヤツに操られてしまった苦い記憶をよみがえらせてしまってな……うぐぐ」
こんな辛い思いをホリィにさせるわけにはいかない。私の場合はライブリンガーらに救われたから良かったが、誰もが命あるうちに囚われの身から救われるとは限らないのだから!
「好かぬ相手との合体など、不幸以外の何ものでもない! 私はホリィを、そんな目には決して合わせたりはしないからな!」
「が、合体って!? な、何を言うのグリフィーヌ!? で、でも、ありがとう」
力付けようと思ったことをそのまま告げたのだが、どういうことだ? 人間と言うのはやはり難しい。
「でもそうね。合体っていうと、グリフィーヌには残念なのよね。もう一個のライブリンガーマックス。グランデとは……」
「出来ぬわけではなし。それにまたなれるようになれば状況に応じてということもあるだろうがな! しかし、それは分かっていても、どうにもスッキリしなくてな」
言葉を選んでいいよどむホリィに、私は己の抱えたものを自分からハッキリと言葉に出す。
「……そうよね。分かっていても、スッキリしない事ってあるわよね。いい状況だけれど、そんな気持ちになっちゃうから余計にね」
「そう! そうなのだ。分かってくれるか!」
背に乗せた友の言葉に、私はどこか重石を支えてもらえたような、そんな気持ちになる。
そして気持ち軽くなった翼を操る私の上で、ホリィが地上のある一点に訝しげな目を向ける。
それは森の中に魔獣の拓いた獣道を急ぐ馬車と、それを追いかける鋼の巨人の集団だ。
「行くぞホリィ! ライブリンガーにも伝えてくれ!」
「分かったわ!」
機兵に追われる一団。その救出のため私たちは追跡者の頭を目掛けて急降下する!




