121:ホリィの叫び
「やめて! やめてよ!!」
「なんで!? どうしてそんな酷いことが出来るの!? いったいなんの恨みがあるっていうのッ!? 連合の国々を、人々を救って、守り続けてくれてるのはライブリンガーたちなのに! それなのにッ!?」
金属が金属を殴り付けるけたたましい音が響く中、槍に殴られる私たちを庇ってビブリオとホリィが前に出る。だがいけない。二人の友情は嬉しいが、機兵の操る武器が万が一にも流れては!
そんな思いで私は二人を守る壁にするために手を回す。これに二人はなおも庇いに出ようとしながら、機兵たちをにらみ続ける。
二人からの非難の目に、機兵を操る者たちも怯んで槍を振るう手が鈍る。
これを機としたかのように、ピエトロはイルネスメタルの杖を挙げて停止の合図を。
指示を受けて抑えに留まる機兵たちの槍のいくつかからは、明らかに安堵の気配が伝わってくる。やはり機兵の乗り手であっても兵として主の命令に従っているだけの者も多いのだろう。
そんな彼らを従えるピエトロはニマニマと豊かな頬肉を持ち上げてホリィに目を向ける。
「さて、どうですかな姫君。私が命ずれば安全は保証しますよ。貴女が私の物になるというのならば、ですが?」
「なんだと!? 姉ちゃんをなんだと思ってるんだ!?」
「卑劣なッ!?」
「黙れ小僧が! なんならこのまま軍師殿に封印させてやっても良いんだぞ!? 聖女姫はその後でゆっくりと説得しても良いのだからな!?」
ピエトロは自分たちが優勢であること傘に着て、居丈高にビブリオやグリフィーヌの言葉を切り捨てる。こんなことを許してはいけない。私たちのためにホリィを犠牲にするようなことは、決して!
「分かりました」
「そんな、ホリィ!?」
ホリィたちだけでもなんとしても逃がさなくては。そんな私の考えを置き去りに、ホリィは毅然とした声で了解する。
私やビブリオたちが愕然とする間に、ホリィはピエトロの笑顔に続きの言葉を投げる。
「ただしライブリンガーたち全員の安全は保証してもらいます。全員が無事に離れた後に迎えに来てくださると言うのならば、私は喜んで」
一礼を添えて突きつけたこの条件にピエトロの顔が一気に苦々しいものになる。
一方で軍師は悠々とした所作で前に出て、そんなピエトロを背後に隠す。
「さてさて困りましたな。我々も主君に、太子様に従う身。それそうですかと勝手に約定を結べる権限までは与えられておりませぬので。どうでしょう、ここはひとつ、我々と共に都にまで来てもらえませんかな? 機兵の掌の上というのも中々に乙な乗り心地ですよ?」
「いいえ。お気づかい無く。友の厚意でも無いのなら私は平民としてそれらしく自分の足で歩きます。私たちを運ぶために機兵など使っていただきたくはありません。どうぞお引き取り下さるようにお願いいたします」
軍師の慇懃な交渉の文句に、ホリィもまた丁寧な、しかし断固とした拒絶の返事で迎え撃つ。
震えながらもビブリオを抱き、しかし同時に包み守るビブリオから支えられ、私たちを庇い立つホリィ。
その姿にピエトロはギリギリと歯を軋ませ、この苛立ちを背に受けた軍師はヤレヤレだと頭を振る。
「いやはや、我々にもこの兵たちにも立場というものがありますからな。せめてファトマ伯の城までは護送の上、同道願いたいのですが……」
「ですから護送は結構です。こんな孤児の身柄をと望むのなら、後日に堂々と命令して下さるだけで良いことでしょう」
ここで妥協すればすべてが台無しになる。
ホリィがそう確信した上で折れずに毅然と主張を続けるのに、ピエトロがついに仮面の軍師を押し退けて前に。
「平民だの孤児だの、そんな誤魔化しで自分の血筋から目を背けるのが、王家の血を引く者のやることかッ!? 王家に連なるという自覚のある者の有りようではないぞ!?」
「はい、その通り。私は王女などではありません。私自身はそんな無責任な噂が真実であるなど認めたことなど一度たりともありません!」
批判の声に負けぬように、散々に彼女の心を振り回す血筋話の鬱憤を吹き飛ばそうというように、ホリィは強い拒絶の言葉を放つ。
これに鼻白むピエトロに、ホリィは立ち直る間を与えずに続きの言葉を。
「そもそもが迷惑なのです! 母を守らずにいた父が、やんごとない血筋のお方なのではなどと噂されるのも、それに踊らされて私を担ごうとする方々も! 仮に噂が真実だとしても、私のやるべきことはその血筋の力を、乱を生む野心の道具にはさせないこと。それだけです! それが根も葉もない噂を背負わされた私の果たすべき責任です!!」
嘆きを、苦しんだ思いの丈を叩きつけるホリィの言葉には、機兵たちも気圧されて後退りを。
だが我に返ったピエトロは、みるみる内にその顔色を赤黒く染め上げる。
「ふざけるな! そんなことが通るものか!」
彼が激情のまま石突きを叩きつけた杖は、彼の右腕に毒々しい緑の金属を這わしている。
アレはバンガード化!? 人間が鋼魔の尖兵にされると!?
「お前は、この俺のモノになるべきなんだ! それが政略、太子が受け継ぐ王家と、我が伯爵家との約定なんだよ!」
勝手な理屈をばらまく度にピエトロとイルネスメタルの融合は進行。
完全に根を張ったこの勢いに、私はバースストーンのエネルギーを浴びせても無事に済むのかと迷った。迷ってしまったのだ。
その迷いが生んだ隙に、緑色一色に染まったピエトロは恐ろしいほどの跳躍力で手近な機兵に取りついた!
「しまった!?」
「いや、待ったグリフィーヌ! アレは人で、人が乗っているんだ!!」
「しかし今の内に切っておかねばッ!?」
私たちが議論する間に、ピエトロの取りついた機兵はその機体を一回り巨大化。さらにその頭部を一本角の馬の物に変える。
馬頭一角鬼のバンガードとなったピエトロと騎兵の融合体は、その両手をまず私たちではなく両隣の機兵へ伸ばす。その言葉どおりに伸縮した腕が機兵の喉元を突き刺し、手繰り寄せる。
そのままバキバキと鈍い音を立てて砕かれ、取り込まれていく機兵の様に、中と外から悲鳴が上がる。
「乗り手まではッ!!」
急ぎ逃げる機兵達の中、私はとっさにロルフカリバーを手元に、取り込まれつつある機兵の胸部装甲を弾き飛ばす。すると光に誘われるようにして乗り手の兵士さんが零れ落ちる。
それはグリフィーヌが切り開いた逆側も同じく。
「ひぎゃぁああッ!? いやだッ!? いやだぁああッ!?」
しかし脱出しかけた兵士さんは座席の奥から出てきた金属フレームに捕まれ、開いた座席に飲み込まれてしまう。
「そんなッ!?」
手を出しては潰してしまいそうな状況に怯んでしまった間に、さらに伸びた手が別の機兵を食らいに行く。
逃げる同僚を庇って槍を構えたのを掴んだ腕を、私はロルフカリバーで叩き折る。同時に流し込んだバースストーンのエネルギーがへし折れたモノを消し去る。
そうやって喰われまいと距離を置く機兵の離脱を助けているのだが、襲いかかるものの数は限りなく数を増し続けている。
襲われる機兵の中には、乗り手に見捨てられて馬頭鬼のバンガードの餌になるものも。
一方で見捨てた兵士さんも、強かに体を地面に打ち付けてダメージを受けている。
ビブリオとホリィは、そんな彼らを回復させようと駆け寄る。だが馬頭鬼バンガードはその動きを濁った緑に光る目で追っていた。
「危ない!」
機兵ばかりを狙っていたのを急に切り換えての二人への襲撃に、私は剣を盾にして割り込む。
だが、この一撃の重みはロルフカリバーごしにギシリと私の腕や足腰を軋ませる。
しかし仲間のため、負けるものかと私たちはバースストーンを共鳴させて前に。
だが腕一本にも関わらず、私たちの二人がかりにもびくともしない。
「そんな、バカなッ!?」
たしかにマキシビークルと合体してはいない。だがそれでもロルフカリバーと力を合わせて、ここまで一方的になるなど!
信じられないパワー差。
だが私は諦めずに競り合う刃に全身の力を預ける。
しかしこれを嘲笑うかのように、バンガードの腕は私を弾き飛ばす。
「させるものかよッ!!」
そこへ風切り音を尾に引いたグリフィーヌがナイスフォロー。稲妻の剣で友たちを狙う腕を斬りつけ、体ごと翻して本体へ。
この間に私はロルフカリバーを手放し、ビブリオたちを手の届くところから拐わせる。
「なにッ!?」
しかし一方で斬りかかったグリフィーヌが驚きの声を。そして太刀筋の乱れた彼女を巨大な鋼鉄の拳が殴り飛ばす。
「無事か、グリフィーヌ!」
「ああ大事ない! しかし、どこまでも卑劣なッ!!」
羽ばたき戻ってきた女騎士が睨むのは、当然馬頭鬼のバンガード。その装甲表面に浮かび上がった兵士だ。
なるほど。稲妻の剣が鈍ったのもどうりで。
そして友たちを抱えたロルフカリバーやラヒノスとひと塊になって構える私たちの正面で、拳を振るった馬頭鬼は、その体を取り込んだ機兵の分だけ大きく力強い物へ作り替える。
それも、マックスの私を上回るほどにまで。
「このパワーに人質まで……厄介な……ッ!!」




