120:囲み、縛るもの
私が受け止めた巨大イモリのバンガードは水気の絡んだ鳴き声を上げながら、私を押し潰そうと圧しかかってくる。
これが、バンガードが現れるということはすなわち――。
「まだ終わっていないと、誰ぞの手かは知らんが!?」
決戦から逃げ延びた将のいずれか。その反撃の尖兵に、グリフィーヌが稲妻の刃を抜き放つ。
しかし躍りかかる彼女を狙い、川から鋭い水が飛ぶ。
強い圧力を受けての水の対空砲火を、愚父ィーヌは刃を為す稲妻と翼とでしのぐ。だが対空の水鉄砲は一度の斉射では終わらず、翼ある女騎士を追いかけて放たれ続ける。
怒涛の連射にグリフィーヌはグリフォンモードへチェンジ。サンダークローをばらまきながら水圧弾の弱まる高さにまで上る。
その一方で水の中から彼女を狙撃していたモノたち、私にぶつかったイモリ魔獣の同族が次々と上陸し始める。
「ハイドフォレスト! 御隠居様たちをお願いする!」
「もちろんですとも! もうやってますって!」
川が氾濫する勢いで押し寄せるバンガードを、ハイドフォレストは炎の壁で牽制。老齢の竜人たちを守ってくれている。
そして私もまた圧し掛かるのに突き刺さったロルフカリバーを掴み、その分厚い刃で毒々しく輝くイルネスメタルを叩き割る。
とたんにメタルパーツを無くしてしぼんでいく大イモリを押し退けて、私はラヒノスとビブリオ、ホリィが抑えているイモリバンガードを返す刀で叩き伏せる。
「勇者殿! ここは急いで退かねば!」
「それはできません! この場を放っておくわけには!」
追手らしき部隊が迫っている以上、離脱を勧める御隠居様の言葉は道理だが無理だ。
バンガードの数が多すぎる。そして川港の町との距離も近すぎる。今この場を放置しては何も知らないあの町の人々が犠牲になってしまう。それを見過ごすことは私にはできない!
「せっかくの骨折りにさらに重ねることになって申し訳ありません! ですが必ず合流しますので!」
「ええい仕方ない! ここは一度体勢を立て直して迎えに来るとするぞい!」
さすがは一国の王。私の一言からの素早い判断でハイドフォレストと共にこの場から姿を眩ましてくれる。
「かたじけない!」
もう見えなくなった味方に一声お詫びと感謝を告げて、私はプラズマショットとロルフカリバーの連撃でまたバンガードを打ち倒す。
それでも見えなくなった獲物を探し、追いかけようとするイモリバンガードの歩みを、ラヒノスがその身を壁に、ビブリオとホリィが炎の魔法で止めてくれる。それでつまづいた端から私はロルフカリバーを叩き込んでいくのだ。
一方のグリフィーヌもまた、急降下斬撃でもって次々にバンガードのイルネスメタルを切断していく。
「ええいキリがない!」
「バンガードにしてはそんなに強くないけど、けどさぁ!?」
「どれだけ倒せば終わるっていうの!?」
しかしグリフィーヌが苛立ち叫ぶとおり、倒しても倒しても後から這い上がってくるものがその数を補ってくるので一向に終わりが見えない。
これではいくら頼もしい仲間たちであっても嘆きのひとつでも出るというものだ。正直私もうんざりだ。
「そちらが数に任せて押し寄せて来るならぁッ!?」
だから私はロルフカリバーと共鳴させたバースストーンのエネルギーを横薙ぎに放出。光の津波でイモリ魔獣にとりついたイルネスメタルをもろともに押し流す。
対になる力を受けて砕けたイルネスメタルが煌めき消えていく中、私はまだ控えた後続を警戒してもう一撃を構える。
だが先の一撃で水中に潜んでいたのも根こそぎに消し飛ばせたのか、バンガード魔獣が上がってくる気配はもうない。
やったのだ。
「ふむ。どうにか間に合ったか。これでお叱りを受けずに済みそうだ」
では離脱をと思ったところでかかった声に振り返る。するとそこには分厚く広い盾を前にした機兵の集団が。
辺りを見回せば、私たちは完全に包囲されてしまっている。
「そんなまさか、いつの間に……」
さっきまでは影も形も無かったはず。そして警告から到着まではまだ余裕があり、なんならスノーが撹乱して余分に稼いでくれているはず。だのに完成している包囲網に私たちは絶句しつつも互いの死角を塞ぐように背を内にした円陣を組む。
「自分たちの耳目が一方的に優れてるだなんていうのは、思い上がりがひどいんじゃあないか? 読めてさえいればここは我らの領土。伏せるなり、餌を撒くなりやりようはあるものだよ。なあ軍師殿?」
そう言って笑うのはファトマ伯爵の跡取り、ピエトロだ。
竜仮面の軍師と並んだ彼が、華やかに飾り立てられた杖を私たちに向ける。すると城壁のごとく私たちを囲んだ機兵たちは、一斉に盾の隙間から槍の穂先を突きつけてくる。
「さて、抵抗してくれるなよ。勇者殿。少しでも頭を使えるのならどうなるか分かるだろう?」
尖端に魔力を迸らせた槍は、私たちが抵抗を示せばすぐにでも放たれるだろう。そうなればビブリオたちがどうなるか……機兵を操る人にまで気を配った上で確実に、というのは無茶が過ぎる。
今は機ではない。ここは見。そう定めた私が瞬く目を送りつつ剣を下ろせば、グリフィーヌを始め、仲間たちは唇を噛みながらも構えを解いてくれる。
「さすがに賢明じゃないか。おい、抑えろ」
顎で示しての仮面軍師の指示に、機兵たちは槍を私たちに叩きつけて押し潰しに。
「何をするッ!?」
「そうよ! 武器は下ろしたのにッ!?」
「往生際が……おっと、諦めずに食らいついていく粘りは評判ですからな。確実に封じきるまで気を抜くなど、とてもとても……」
ビブリオたちの非難の声に、仮面軍師はとんでもないと首を横に振りながら両手に魔力をみなぎらせる。
イルネスメタルに似た毒々しい緑の光の紋様。渦巻いて連なり輝くそれは鎖か縄を思わせる。それで私たちを拘束するつもりなのか、両手の間で伸縮を繰り返しながら間を詰めてくる。
そんな彼の姿を見下ろして、グリフィーヌは目を細かく瞬かせる。
「フンッ! そんな魔法などでライブリンガーが縛れるモノか!」
「なるほど。矮小な人間が一人で、太陽の輝石の助けも受けない魔法で、鋼の勇士たちに通じるはずがない。それはそうだろうなあ」
思い上がりだと切り捨てる彼女の言葉を、軍師はあっさりと認める。しかしその声音には明らかに嘲りの色がにじみ出ている。
「だが通じるさ。この石の封印を受け入れ、この地の守り神役をやると受け入れねばどうなるか。それをそちらが想像できたのなら、ね?」
そう言って仮面の軍師はチラリとビブリオたちに目を向ける。
つまりは私たちを脅しているのだ。力を弱めて抵抗すれば、仲間たちの安全は保証しないと。
「バカにするなよ!!」
「そんなことさせてたまるものですか!!」
これに動いたのはビブリオとホリィだ。二人はそれぞれが持つバースストーンを輝かせ、私を封じようとする仮面軍師を逆に捕らえようと、土の檻とそれを縛る水の鎖を放つ。
「無駄な抵抗をしてくれるなよお姫様!!」
しかしこの魔法はピエトロが杖を一振に放った魔法が打ち消す。それどころか抵抗の仕置きだとばかりに魔力の奔流がビブリオたちに迫る!
これには私が当然腕を割り込ませてガード。しかしバースストーンの増幅を得たビブリオとホリィの二人がかりとぶつかった上にも関わらずなかなかに重い。
これだけの力を生み出したそのカラクリは、彼の持ち物にある。
「その杖は……イルネスメタル!? ……グァッ!?」
杖を飾る毒々しい緑の光。その正体を口にした私の言葉は降ってきた打撃に遮られる。
私を押さえつけていた機兵の槍が跳ね回り、打撃の雨を降らせ始めたのだ。




