12:火の出た根元へ突撃だ!
草原に通った街道。
石畳で舗装されたその上を、私はマッシュ隊の皆さんと共に進んでいる。
村から出てしばらくはただ通る者に踏み均されただけの狭いものであったが、ある地点から一気にこの余裕のある石の道に変わったのだ。
「お隣が健在の内は、玄関入ってすぐのところだったからな。見栄というかハッタリというか。そんな感じで力が入ってるのさ」
そう言うのは馬で並走しているマッシュだ。
なるほど。友好国とはいえ、いや友好国からの客人だからこそ、整ってない道で迎えるわけにはいかないだろう。
しかし道が作られた思惑や経緯がどうあれ、私としてははっきりと覚えている限り一番走りやすい路面であるからまったく文句はないのだが。
「わぁ!? スッゴイ柔らかいイス!?」
「荷車の上と全然違う! これ石畳だからってワケじゃないんでしょ!?」
そんな私の中には現在、ホリィと五人の子どもたちが乗っている。
後部座席でシートの柔らかさに感動しているのがネス、エアンナを挟んだその反対側で揺れの少なさに驚いているのがジョディスだ。
この二人のはしゃぎぶりを見かねて、運転席に座ったホリィが声をかける
「もう二人とも、ビックリするのは分かるけどあんまり跳ねないの。ここはライブリンガーの中なんだから。お腹の中で飛び跳ねられたら痛くなるでしょ?」
心配してくれているのはありがたい。が、その例えは伝わりにくいと思うのだが、どうなのだろう?
それにそれでは私の座席が胃袋か何かの消化系であるかのように聞こえないだろうか?
ホリィにそういう意図はないだろうから、言わないでおくことにするけれども。
「ありがとう、ホリィ。でも私のことなら大丈夫。それよりも、私が急ぎ足になった時に皆が危ないからね。シートベルトはちゃんと着けて欲しいな。あとは私よりも挟まれたエアンナの方が……」
「アタシは別に平気だし、これくらいいつものことだし」
「エアンナも、せっかく心配してくれてるのになんて言い方するの……ありがとうございますライブリンガー。ほら、二人とも聞いたでしょ? もう少し落ち着いて、ね?」
「はぁーい」
ホリィの再びの注意を受けて、二人は浮わついていた腰をシートに落ち着けてくれる。
「本当にごめんなさい、ライブリンガー。乗れるだけ乗せてもらって、こんな……」
「いや、本当に私のことは良いんだよホリィ。逆に人が乗っている方が落ち着くくらいだから」
申し訳なさそうにするホリィに、私は再び問題ないとフォローをいれる。
そもそもが乗るように提案したのは私なのだから。
子どもが多く加わったことで、どうしても足が遅れることを心配したマッシュを見かねてのことだった。が、私自身人を乗せて走ることは好きというか、当たり前のことなのだ。
大丈夫だと重ねて強調すれば、ホリィも重ねて恐縮ぎみに頭を下げてくる。
一方、当のネスとジョディスは跳ねるのを止めたもののシートベルトを出し入れしたり、パワーウィンドウの上げ下げをしたりはしているが、これくらいは特に問題はない。
そう。後部座席の子どもたちのことは特に問題ないのだ。
私にとって問題なのは、膨れた顔で窓の外を眺め続けている助手席のビブリオのことだ。
フォステラルダさん率いる治療チームとして合流してきたビブリオだが、出発以来一言も口を聞いてくれていないのだ。
謝るべきなのだろう。だが蒸し返すだけになりそうな気がする。
では協力しようという意思にお礼を言えばいいのかとも言うと、これもただの手のひら返しになるだけで終わりそうだ。
だからといって、待ち受けている危険について強調するのも、ただの自己正当化だ。
どう動こうと、丸く収まるヴィジョンがまるで見えない。関係改善に向けた道が八方塞がりであるようにしか思えない。
いや、これは私の怯えだ。
動くべき時や方策を見極める慎重さは大切だ。
だが怯懦を正当化して動かないのは違う。
ここは恥も何も恐れず、助けになろうという真心を無碍にしてしまったことを謝るべきところだ!
「ありゃ? 狼煙かッ!?」
しかし私が意を決したその瞬間に、マッシュが行く手に上る煙を見つけ、手を上げて静止するように合図する。
私たちの前方で上る煙の色は赤だ
「こりゃマズい……攻撃が始まってるのか!?」
マッシュの声に続いて一気に兵士さんたちの空気が物々しくなる。
そんな中マッシュは私に馬を寄せてくる。
「どうにも急行しなきゃならんようだ。頼めるか、大将?」
「もちろんだ! フルスピードで走らせてもらう! 乗ってくれ!」
マッシュの頼みに私はすぐさま車体をずらして後部座席のドアを開ける。
「ではメンバーはマッシュとあと四人で……」
「あ、いや! 先行してるビッグスとウェッジも合流していきたい! だから俺とあと二人だ!」
マッシュの訂正に私は唸る。
あと二人となると、まず一人はフォステラルダさんだろう。そしてもう一人はホリィになるだろうか。
緊急とはいえ子どもたちを残して、しかもビブリオに私は言うべきを言っていないまま急行してしまっていいのか?
しかしそんな迷う私の車体に、フォステラルダさんが手を添える。
「ホリィにビブリオ、アンタたちが先行組でいいね?」
「先生ッ!?」
この提案にホリィが驚きの声を上げる。
私も声こそ出さなかったが驚かされた。
しかしフォステラルダさんは、そんな私の驚きも迷いもお見通しだとばかりにウインクをしてくる。
「降りて残る子どもたちを見てなきゃならんのがいるだろ? それで先行組に残り二人って考えたら、実力を考えたらアンタら二人がいい。そうだろ?」
フォステラルダさんの主張には筋が通っている。
しかしその本命のところは私と、ビブリオの心を慮ってのものだろう。
「勇者様も、構わないだろ?」
「そうですね。ビブリオとホリィの力は頼もしい。二人が私を助けてくれると言うのであれば、危険からは私が必ず守る!」
フォステラルダさんを安心させるため、聞いている友に思いを無碍にはしないと伝えるため、私は宣誓する。
フォステラルダさんはそんな私にうなずくと、助手席の窓に顔を寄せる。
そこに座ったビブリオに伝えたいことがあるのだと察した私は、窓を開けて二人の間を隔てるモノを無くす。
「いいかい、ビブリオ。危険を承知で行くと言ったのはアンタだ。けれど、危なくなったら逃げていいからね」
「そんな!? 危なくなったのをほったらかしに、ボクだけで逃げろって言うのッ!?」
もちろんビブリオは出来るわけがないと叫ぶ。が、フォステラルダさんは筋書き通りだとばかりに落ち着き払って受け止めている。
「そうは言うけれどね。危険に身を晒したら一人前ってことにはならない。捨て身で戦えば勇敢で立派ってことにはならないよ?」
この返しに、ビブリオは返す言葉もなくぐぬぬと。
フォステラルダさんはそんな養い子に笑みを向けて言葉を続ける。
「とにかく、ただでさえ危ないところに行くんだから、慎重に動きなってことさね。勇者様が踏んでしまうってハラハラするだろうから、足元から逃げるのはいいことだろ?」
そう言ってフォステラルダさんはビブリオの頬に口付けをする。
「ホリィも、気を付けるんだよ。ビブリオは危なっかしいけど、気をとられてアンタが逃げ遅れるなんてこともないように……いいね?」
「はい。任せてください」
続けてホリィにも送り出しの言葉を渡して、フォステラルダさんは私の窓から身を引いた。
子の意思を尊重してその背を押して送り出す。
喪失の恐れを呑み込んだその姿勢に、私は頭が下がる思いだ。
しかし、今人型になって頭を下げるわけにもいかない。
後部座席に座っていたエアンナたちと入れ替わりにマッシュが乗って、発進の準備も整ってしまっているからだ。
「それでは、フォステラルダさん。二人のことは必ず無事に……」
「お願いします、勇者様」
せめてもと、重ねて友の無事を二人の母に誓う。
「……よっしゃ大将、出してくれ!」
「おお! 任された!」
タイミングを計っていたかのように、いや実際に待ってくれていたマッシュの合図を受けて、私はアクセルを全開。目的地の砦に向けて発進する!
「うぉおおおおおおおおッ!? なんっだこの速さぁああッ!?」
「それはもう急いでいますからね! 叫んでいると舌を噛みますよッ!」
初乗りのマッシュさんの戸惑いの悲鳴を尾と引きながら、私は目的地へ向けてタイヤの回転をさらに上げる!