118:誘われるままに出てみれば
「今回向かう先は川辺の町なんだね」
「うん。川だからめちゃくちゃにおっきいわけじゃないんだけど、それでもこの近くの村を支えてる港なんだってさ」
鎧を着て道を歩く私の問いに答えるのは肩に乗ったビブリオだ。その隣にはいつもの旅用の神官服に身を包んだホリィも腰かけてる。
「まさか私も一緒に行けるだなんて思ってなかったわ。それに、ラヒノスまで」
このホリィの言葉に、後ろに着いてくる木箱を乗せた荷車から短く太い鳴き声が。
実はこれ、荷車に見えるように車輪などを突貫に取りつけただけの巨大な木箱で、被っているラヒノスを傍目に見えづらくする程度のものでしかないのだ。
しかしそんな急ごしらえなカモフラージュにもかかわらず、番兵に止められることも無くこうして外に出られているのだ。
助けを願う声が多くなれば、人助けに出られるようになった私たちであるが、実際に出られたのは私とビブリオくらいなもので、ホリィは色々と理由を着けられて、屋敷の敷地から出られないようにさせられていた。
例えばピエトロ殿の視察訪問があったり、重傷者を担いで押し掛けてくるものがあったりと。
そんな状況でホリィを一人にも出来ず、誰かがいつも一緒に留守番をしていたのだが、その定番がラヒノスとロルフカリバーであった。
「出歩くのがずいぶんひさしぶりになっちゃって、その上に被り物つきでひどいよね。ごめんよ」
「私たちはラヒノスが安全だと確信しているけれど、他の人からすれば巨大なクマの魔獣であることには違いないからね」
私たちは彼が我々の味方で、人々にとっても安全だと確信している。だがいくらそれを主張したところで、それはともに働き、轡を並べて戦った者でなければ納得できることではないだろう。
ラヒノス自身の賢さと心根の良さに甘えて、忍従を強いてしまっていることは、本当に申し訳なく思う。
「でも目立たないようにすれば大丈夫でしょう。みなさんご一緒に。だなんて、急にどんな風の吹き回しなのかしら?」
空をいくグリフィーヌの翼影を見上げたホリィの言う通り、警護役の機兵は今回は黙認どころか勧めてくれさえしたのだ。本当に不思議な事だが。
その機兵であるが、私たちの少し先を歩いて案内役をやってくれている。
「不思議って言えば、あの機兵。他のと何かが違う気がするんだよね」
「言われてみたら。圧迫感っていうか、ビリビリくる感じ、ないよね?」
その先を行く騎兵の背中からは、二人が言う通り、機兵と一部の鋼魔特有の反発感を感じない。
むしろ近しく親近感のある波長なのだが、なぜか霞がかったようで、誰のモノなのかハッキリとしない。
これがどうしてなのかが分からなくてスッキリとしない。だが敵と感じるよりも親しみを覚える以上はこのまま大人しく案内されることにしよう。
そうして歩くことしばらく。私たちは川の港町に到着したのだった。
「なんも問題なさそうだけど、ライブリンガーに何を助けて欲しいんだろ?」
「そうね。平和そのものに見えるけれど……」
肩に乗った二人が言うように、桟橋には働きに出ているのもあるのだろうか、間を開けながらも船が繋がれていて、そのどれもが修理を必要としているようには見えない。
なんなら今入港してきた船も積み荷や漁の収獲を降ろしていて、普段と変わらないように思える。
むしろ私たちの訪問が日常を崩しているまである。
「こういうことで困ってる。だから何とかしてくれと来てくれたのなら分かりやすいのだけれどね……さて、どうしたものか」
「そもそも本当にこの町の人が困ってるって言ってるのかしら?」
私たちの巨体を遠巻きにしてざわつく人々を前に、私たちは助けを求める人がいないか探し続ける。
そこで先導役をしてくれていた機兵が川下の方を一瞥するとこちらだと手招きしてくれる。
素直にその道案内に従って川沿いを歩いていくのだが、一向に何も見えてこない。
はてなと顔を見合わせる私たちだが、迷いなく先を行く機兵はその姿を消す。
「え? なんて?」
「いま、カーテンをめくるみたいに?」
突然に姿を隠した先導役に、ビブリオたちも私も眼を瞬かせる。
まさか先導の機兵も何か攻撃を受けたのか。もしそうならば助けなくてはと、私が急ぎ踏み込んだのを、景色の裂け目から飛び出した鋼の手が掴み、引っ張られる。
「きゃ!?」
「うわっ……ほい?」
「……なんと!?」
思わず上げた驚きの声だったけれども、それは立て続けに目に飛び込んできた驚きに吹き飛ばされてしまった。
なぜならば、今私たちの目の前には私を引っ張り込んだ機兵と、イコーメ人数名の小さな野営地があったからだ。
確かにここには何もなかったはず。だと言うのに一体ぜんたいどうして?
そんな驚きの連続に固まっていると、不意に頭上の空間が歪んで破られる。
「ビブリオホリィ無事か……ってなんだこれは!?」
救出しようと切り込んできてきれたグリフィーヌだが、予想とかけはなれた光景に急旋回。再び辺りの景色を歪ませ飛び出していく。
その直後、私の背に後から突っ込んできたラヒノス入りの木箱が追突する。
「う、おっわっとぉ!?」
虚を突いたこの衝撃に、私たちは誰ともつかぬ声を上げながら、くりかえしけつまづくようにしてバランスを取る。止まったのは野営中の皆さんがつま先から後わずか。そんな危うい位置でだ。
どうにか踏み潰さずに済んだことに安堵する私たちに、足元で魚を焼く火を見ていた竜人が振り返る。
「うひょひょひょひょ。いらっしゃーい勇者殿。ホリィ嬢にビブリオ坊も食べるかね?」
「わっほい!? イコーメ王!?」
串焼きの魚をにこやかに勧める見知った顔の老竜人に、私たちは揃えて声を上げる。
これでひっくり返らなかったことは、我ながらちょっとした拍手ものだと思う。
「うひょひょ! いかにもお主らの知る余じゃよ。ところでどうだね? 腕利き料理人の手によるメニューは良いものだが、自分で焼いた魚というのもまた違った趣があるぞい?」
体勢を立て直した私を見上げて、イコーメ王は塩を振った魚に豪快にかぶりつく。
してやったりとばかりのその笑顔は、私たちのよく知るもので、この竜人王が本人であることを教えてくれる。私が文字通り一歩間違えば大惨事だったというのに、本当にこの方は……。
そんな私のため息の間に戻ってきたグリフィーヌは、ゆっくりと虚像と真実の境目を越えて降りてきて、落ち着いたらしいラヒノスもまた案内役の機兵にカモフラージュの木箱をはがされている。
「いや驚かされましたよ。まさかイコーメの王自らがこちらに出向かれているとは……」
「うひょひょひょ。来ているのは余ばかりではないぞ?」
友人二人を下ろしながらの私の言葉に、イコーメ王はにんまりとした笑みをある方向へ。
その視線を受けたのは、私たちを案内してくれた機兵だ。
先導役の機兵が軽く指を鳴らすと、落ち葉が風に吹かれるようにして本来の姿が露になる。
「ハイドフォレスト!?」
「うっす! 驚かしてすみませんが、敵を欺くにはまず味方からって言いますんでね」
勘弁をと、斥候キツネの片割れは目を瞬かせる。
「だとしてもだなあ……」
「だから変に身構えさせないためですよって。屋敷からの脱出は堂々と自然に終わらせたかったんでね」
こう言われてはグリフィーヌも言葉を呑み込むしかなかった。私も芝居には自信がないからね。なにも言えないよ。
「いや、急な話ですまなんだな。余もなるべく早くに動きたかったのだが、身軽になるまでの手続きに手間取ってな……」
謝るイコーメ王だが、顔も声もどうにも軽い。しかし――
「仕方ありません。王ご自身が来られると言うことはそれほどの事態なのでしょう?」
「うむ、それはその通り。しかしひとつ訂正しておきたいことがあるな」
そう言ってうひょっとこぼした笑みに、私はイヤな予感を感じて身構える。
「もう息子に王様譲っちゃったもんねー! だからもう余は王様じゃ無いもんねー!」
「わっほい!?」
しかしあんまりなこの宣言は、構えた甲斐無く私を揺さぶるのであった。




