117:たとえ火の中水の中、蜂の巣の中
「ライブリンガー、お願いがあるんだ!」
大型の魔獣をスパイクシューターで打ちのめした私を、ビブリオが真剣な顔で見上げてくる。
ちなみに今の私は金属地のそのままな鎧をメタルボディに重ね着にしているので、遠目には騎兵にしか見えないだろう。ということで今の私たちは魔獣退治に回っている騎兵と、それに頼み事をする少年という構図になっているのだろう。
メレテに戻ってきて以来、私たちはファトマ伯爵領にある屋敷に閉じ込められていた。だが、周辺からの助けを求める声によって手が足りなくなったからか、偽装してという条件付きながら人助けに出られるようになったのだ。
やはり助けを求める声に応えられるというのは嬉しいものだね。
条件のせいでカーモードにはなれないので、足回りの面で不便なのではあるが。
「改まってお願いって、どうしたんだい?」
それはともかくビブリオのお願いだ。
友の頼みには可能な限り応えていきたいからね。
それで片膝ついて尋ねれば、ビブリオは力強い鼻息に続いて口を開く。
「取りに行きたいものがあるから、あの山にいっしょに来て欲しいんだ!」
そう言ってビブリオが指さしたのはほど近くに見える山だ。あれなら車にならずとも、ビブリオを肩に乗せてひょいと寄り道って感じでいけるだろうね。
「もちろん同行するとも任せてくれ。しかし、何を取りに行きたいんだい?」
屈んで手を差しのべると、ビブリオは表情を輝かせてするすると肩まで上ってくる。
「ありがとう! あそこに姉ちゃんの好きな花が咲いてるって聞いたからさ。プレゼントしたいんだ。そうしたらちょっとでも気持ちが晴れるかもしれないでしょ?」
肩に腰かけたビブリオの言葉に、私はなるほどとうなずいて歩きだす。
ホリィの心を曇らせている問題。それは領主である伯爵の子息ピエトロ殿のことだ。
彼は度々に私たちを置いた屋敷に使いをやってはホリィに手紙を添えた贈り物をしてきているのだ。
これが純粋な好意によるものなら、私もただホリィの味方をするだけなのだが――
「ボクの姉ちゃんにあんな悲しそうな顔をさせるようなヤツに、姉ちゃんを任せてなんかやれるもんか!」
憤るビブリオの言う通りだ。手紙の内容は見せてもらっていないが、私の中に籠って涙するほどに追い詰めるような者に任せてなど置けるわけがない。
やはり以前に約束した、抱えて旅立つその時が来たということなのか。
「やった後の後始末は大事になるだろうが、海を隔てた土地があることはセージオウルも確認済みだからね。大がかりな引っ越しになるかもしれないが……」
「いいよ! 姉ちゃんとライブリンガー……みんなのためだったら、ボクはどんなに長くてけわしい旅にだって着いてくよ!」
多くの不幸を呼ぶような、乱を残していく後を濁した旅立ちは本意ではない。その乱がラヒーノ村やキゴッソ・イコーメの友人たちを苦しめるだろう事が見えていればなおのこと。
だが私のために命を堵してくれてきた友の心を守れないようで、いったい何が守れる。それすら出来ずに勇士などと呼ばれる資格などあるものか!
「しかし、もしそうなれば私は聖者二人を世の果てに連れ去る新たな魔王とでもなるのかな? そう言う意味でならば悪くは無いが」
「ええ!? ライブリンガーがそんな風に言われちゃうのはヤだなー」
「ありがとう。だがその程度は軽いものさ。ただ、残る皆の名誉は守れるようにしなければ。知恵を集めて、段取りを通じ合わせないとね」
最後の手段を用いる決意と、その算段を胸に、私は山の頂きに向けて歩を進める。
「ああ、ビブリオ。ホリィの好きな花と言うとアレの事だろう?」
そうして斜面を歩きながら、大きく花弁を開いていたのを見つけて私は指をさす。だがビブリオは首を横に振るのだ。
「おや? たしかに以前、ホリィが好きだと言っていた花、クルリアに違いないはずだが?」
「ああうん。赤のクルリアの花もそうなんだけど、ついでに合わせて持ってくのもアリなんだけど、今日持ってってあげたいのは違うのなんだ」
詳細を解析した結果も記憶と違わないのにどういう事かと思ったが、なるほどそう言うことならさらに山を上るだけだ。
「わっほい! ふもとの村聞いてたとおりにいっぱい咲いてる! ……だけど……」
到着した目的地は色とりどりの花畑で、目当てのを私の手一杯に摘んでいってもなお余りそうなほどだ。
ただ問題はその花畑の真ん中に、こんもりとした小山が出来ている事だ。
私が大の字に広がったのと同じくらいの直径を持つそれは、蜂のそれに似た魔獣の巣だ。花の蜜か、あるいはそれに釣られた虫やらか。主食としてるのがそのどちらともまだ判断は着かないが、食糧の生産地ど真ん中に構えた最高の拠点だと言うわけか。
「こんなことになってるなんて、聞いてないよ」
「これは……荒らしにくいね。二重の意味で」
魔獣とはいえ、みだりに縄張りを荒らしたくないし、向こうも許す気は無いだろうね。社会性の強い生き物は、縄張り意識と連携が強いとのが相場だし。
これくらいあるのだから花束ひとつ程度とも思うが、そんなこっちの事情が伝わる訳もないか。
うーむ。やりにくいね。
「ビブリオ。私が引き付けているから、その間に必要な分だけ取れるかな? 急ぎではいくらか握ってダメにしてしまいそうだからね」
「それで終わったら、走って逃げるんだね? 分かったよ」
手短に打ち合わせてうなずき合うと、ビブリオは目星をつけたの向かって花畑に踏み込む。
するとまるで警報を受けたかのように、巣から羽音を小刻みに見張り役のモノたちが飛び出す。
サイズとしては一メートル足らずといったところか。魔獣としては小さいが、虫としては大変な大型のモノだ。
先端に針を備えた大きな腹部を持ってはいるが、アゴは小さくて噛みつくのには向いていない風だ。縄張りの境にいるだろう私たちを警戒してはいるが、見るなりに排除しに来る程ではない。
「大人しい部類の側だったか」
「でも、マシな方ってだけだけど……」
ビブリオの言う通りだ。ミツバチ型と言ってもこれ以上に刺激すれば襲いかかってくることだろう。それにこの大陸にいるかは分からないが、キラービーなんて呼ばれるミツバチも世界によっては存在するのだから。
幸いオオミツバチたちの警戒は図体の大きな私の方に向いている。そのままビブリオには意識が向かないように、巣を狙っているように横歩きに回り込みに。
するとハチの複眼は、狙い通りに私を正面に納めるように追いかけてくる。いいね。
この間にビブリオは魔法で姿を消して目当ての花に走る。
音も隠してるにも関わらず、これにミツバチたちが反応を。そのアゴ先に私はスパイクシューター! 強引に意識を私に引き付ける。
巣の中の控えも駆けつけての大群で私に向かってくるハチ魔獣を迎え撃とうと私は拳を構える。
が、今まさにぶつかろうという瞬間、群がってきたハチたちが急旋回する。
まさかと、私も追いかけて動く先にスパイクを向けるが、ハチたちの狙いはビブリオではなかった。
ミツバチ魔獣が私を放置してまで向かったのはまた別のハチ魔獣。大型のイノシシほどのサイズ感で、発達したアゴを備えたスズメバチ風味のだ。
殺到するミツバチ魔獣を、ぶつかるなりにその大アゴで仕留めていく巨大スズメバチたち。数の不利をものともしないあのスピードと力、あれがビブリオに向けられてはいけない!
その一心で放ったスパイクがスズメバチ魔獣の一体を貫き散らす。
コレで勢いづいたミツバチたちがスズメバチに組み付いていく。
ここは共同戦線だ。向こうにそのつもりは起きないかもしれない。だが私はミツバチを援護して、ミツバチはこの場に現れる天敵を抑える。ビブリオが花を集め終わるまでは!
「ライブリンガー! 取れたよ!」
「よし! もう長居は無用か!」
私の腕に取りついて姿を現したビブリオにうなずいて、私はもう一匹を仕留めて踵を返す。
しかし振り返った目の前には巨大スズメバチの顔面が。
「火の精と水の精のでぇ!!」
しかしビブリオがとっさに放った蒸気が真正面のハチを蒸し焼きに。
「この隙にぃいッ!」
そしてすかさずビブリオを抱えてジャンプ。まだ間合いに余裕のあった後続組を飛び込みざまのレッグスパイクで打ち破る。
「なんとッ!?」
しかし突き破って飛び出したその先は崖の上だ。とっさのスラスターで踏ん張るものの、被せた鎧の重みもあってあっさりと重力に負けてしまう。
「ビブリオ! 衝撃が来るぞ!」
抱えたビブリオが飛び出してしまわないように包み込むように身を丸めた直後、私の体を衝撃が突き上げる。
そのまま転がっているのか立て続けに襲いかかってくる衝撃を、私はひたすらにこらえてしのいでいく。
しかしいつまでも続くものではなく、私をゆさぶる衝撃の嵐はやがて収まる。
「大丈夫かい、ビブリオ?」
「う、うん……なんとか、ね。目が回った、けど……へへッ見てよ。バッチリさ」
フラフラとした風ながら、お目当ての花を見せてくる余裕振りには私も思わず笑みがこぼれてしまった。
魔獣の巣に飛び込んだこの成果だ。ホリィもきっと強く元気づけられるはずさ。




