116:ボクらの勇者を閉じ込めておけるもんか!
ボクとホリィ姉ちゃんは今、ライブリンガーにもたれかかって空を見てる。
青くて広い空には、白い雲がぽこぽこって浮かんでて、なんの邪魔もなしにふってくる日差しがあったかい。
この陽気にラヒノスは近くでうずくまってイビキをかいてて、ロルフカリバーも鞘の中で眠ってる。
そんなボクらのところへ、やわらかく風が流れてきて、花のいい匂いを届けてくれる。
でもボクの気持ちはなんだかきゅうくつにしめつけられてるみたいだ。
「……退屈だなぁ」
「そうね。本当なら今ごろアジマの開拓地を相手に、ああでもないこうでもないってやってたはずなのにね。みんな、苦労してないかしら」
「やりたいこともあるのに、休む以外に何もやらせてもらえない。これは確かに逆に苦しいものがあるね」
そんな気持ちのままつぶやいたら、姉ちゃんもライブリンガーもおんなじだってため息をつく。
「まさか、メレテに帰ってきてこんな気分になるなんて、ね」
今ボクたちが見上げてるこの空は、ライブリンガーといっしょに住み良くしてたアジマ山近くじゃなく、メレテ王国のなんだ。
なんでこんなことになってるのかって言ったら、それはもちろんあのイヤらしい王子さまと仮面の軍師のせいだ。
イコーメ王さまのおかげで、やいのやいのってうるさかった偉い人たちがぐぬぬってなってたのはスカッとした。けれどけっきょくは、あの二人の意見ベースに話が進むことになってた。
聖獣たちはもともと石像になって眠ってた土地に分かれて。ハイドツインズは、キゴッソが大変だろうってもともとの上司だったマッシュ兄ちゃんに着いて。ここらはほとんど今まで通りだったけれど、ライブリンガーとボクたちはここ、メレテ王国の僻地に用意された館に押し込められることになっちゃった。
「ラヒーノ村の近くを通ったっていうのに、母さんと話す時間も取らせてくれなかったしさ……これじゃまるで罪人じゃないか」
「それでも、ライブリンガーたちはまた別の場所にバラバラにしようって計画だったんだから、まとまっていられるだけはまだマシったわね」
「ああ。食い下がってくれたフェザベラ様たちには感謝だね」
そうなんだ。あの王子さまたちが通そうとしてた最初の案じゃ、この館に閉じ込められるのはボクと姉ちゃんだけで、ライブリンガーはもっと別の場所に分けておこうなんてことになってたんだ。
そんなのぜったい見過ごせないやって、フェザベラ女王にマッシュ兄ちゃん、イコーメ王さまが大反対してくれたんだ。
それでも、ここまでくれば反対した方々の目が届かないだろうからって、護衛だってつけてた機兵でボクらを引き離そうとしてきたんだ。
「まあ姑息な手段は私の実力行使で叩きのめしてやったのだがな」
「わっほい、グリフィーヌ! 今日もやっつけてきたの?」
「ああ。また軽く畳んできてやったぞ。あんなただのハリボテ程度にビブリオらの護衛を任せる気にはならんな」
空から降りてきたメタルグリフォンが胸を張って言うように、最後の悪あがきを叩きのめしてくれたのはグリフィーヌなんだ。
ひょいひょいって感じに全部の機兵をひっくり返しちゃって、自分一人に本気を出させられない程度で護衛とは片腹痛いって。頼りにならない衛兵ではとてもボクらを守りきれはしないだろうって、ライブリンガーといっしょに力業でいっしょにいてくれてるんだ。
当然やられた人たちは王子さまに告げ口しに行ってたけど、王子さま側からは自分たちの命令でも本意でも無いって、とぼけたお詫びの手紙が送られてきて終わりだったんだ。
もしかしてハイドツインズの片っぽがそこらに隠れてて見守ってて、フェザベラさまや竜人王さまに圧力をかけさせてくれたりした、のかな?
「あまり派手にやって敵視されないようにしてくれよ? せっかく味方だと認めてくれる人もいるんだから」
「分かっているさ。だから今日もヤツらの投げてきた網を切り裂いて、その切れ端で残らず足を掬ってやるだけにしてやったのだから」
ライブリンガーの心配する声に、グリフィーヌは軽く笑い返す。けれどすぐにその転ばせてきた機兵たちがいるんだろう方向に顔を向けて、肩と翼をがっくりってやる。
「しかし……ライブリンガーとの共闘があったとはいえ、生身でかつての私を退けて見せたメレテの兵士があの程度とは……ガッカリさせてくれる」
「今みたいに網を切られて通じなかったらあの時だって分からなかったわよ」
「経験を得ているのは私も同じだからな。使うだろうと分かっていれば対策するのは当然。だというのに、一度見せた手を何の工夫も無しに使い続けているからガッカリさせられてるのだよ」
ライブリンガー。そしてボクたちやマッシュのチーム相手だったなら、すぐにでも対応してくるはずだのに。ってグリフィーヌはまたガッカリ感を見せてくる。
強い相手との手合わせ大好きなグリフィーヌも、相手が束でかかってきても楽勝なのじゃあ退屈だよね。
「この落胆も、せめてライブリンガーと手合わせが出来れば晴らせるだろうに……!」
「屋敷の敷地内にいるようにとの話だからね……この狭い中で手合わせとなると、ね」
「建物を壊さぬようにと気を張って気晴らしどころではない、か……」
仕方が無いのかってうんざりとグリフィーヌがなげく。するとなんだか門の方向がざわざわしてくる。
「なにかしら?」
「む? ここは拙者がひとつ訊ねて参りましょうかな」
姉ちゃんの声に続いてラヒノスも寝ぼけ半分に耳を起こしていると、ロルフカリバーが寝袋から抜けるみたいに鞘から出て飛んでこうとする。まあ、変身するのは鍔から柄の部分だからちょっと違うんだけれども。
それはともかくロルフカリバーが調べに行った門の方では重くてかたそうな足音がいくつも響いてくる。
ぶっそうなふんいきを感じ取ったボクたちは、目を見合わせてうなずき合うと、ロルフカリバーを追っかけて音のした方へ。
「お助け下さい勇者様! お願い申し上げます、どうか!」
「ええーい、鎮まれ鎮まれ! 勇者殿は先の戦でお疲れで誰にも会わぬ!」
それで聞こえてきたこの言葉に急いで駆けつけてみたら、門を挟んだ向こうで番兵の機兵が、その足元にすがる人たちをどなりつけてたんだ。
「まず勇者殿への願いは我々が聞いてやると言っているだろうに……」
「なんの騒ぎです? 私を頼る、助けを求める声が聞こえたのですが?」
「勇者殿ッ!?」
変身したライブリンガーがどなり声に割り込んだら、すがっていた人々もすがられてた方も飛び上がるような声を上げる。
すがってた側は歓声っぽく。すがられてた番兵はイタズラを見つかった悲鳴っぽくって違いはあったけれど。
「おお、黒い鋼の巨体に、輝く太陽の石……まさしく伝え聞く勇者様! どうか我らを、村をお救いください、お願い致します!!」
「流れの魔獣が巣を構えて……いつ何時餌食になる者が出るか……いや、こうしている間にもすでに出てしまっているやも知れず、もはや滅びるか生き延びるかなのです!」
「死活問題というのならこちらも! 水源が使えなくなり、新たに井戸を掘ろうにも人の手ではどうにもならぬ岩盤に阻まれて……どうか、どうかお助け下さい!」
閉じられた門にぶつかるみたいにして、自分たちを助けて欲しいって叫ぶ人たち。
この勢いにボクは正直押し流されちゃいそうだったけれど、ライブリンガーはうなずいて番兵役の機兵を見る。
「私を頼る人が訪ねてきているのなら、無碍にはできません。遠慮せずに教えて、そして行かせてください」
「いや、しかし……領主様から勇者様への陳情があったならば我々だけで対処するようにと、固く命じられておりまして……」
「でしたら、すぐにでも救いを求める人々に応えてあげてください。それが出来ない、手が足りないというのなら、私に任せて下さい。手柄は貴方方のものと報告すればいいことですよね? 見られるのが気になるのなら、私を変装させてしまえば良いことでしょう? 違いますか?」
そんな丁寧な質問に、門番機兵は降参だって感じに門を開けてくれる。
「ありがとう。無理を言って申し訳ない。きっと悪いようにはしませんから……それではみなさん私たちを必要とするところへ案内して下さい」
分かってくれた人にお礼を言って門を出たライブリンガーに、助けてってやってきた皆から喜びの声が上がる。
やっぱり凄いや、ライブリンガーは。ボクなんて、なんでもいいから外に出るチャンスだ! なんて思っちゃったんだから。
閉じ込められてても助けを求める人の声に気持ちよく応える姿に、なんだかボクは恥ずかしくなっちゃうな。




