115:確かな亀裂
「そうですね。こちらも急ぎで作らせてはいますが、国内の守りを充分にする分にも届いてはおりませんのでね。今日明日にも派遣して欲しいとおっしゃられても難しいのですが」
広い議場の中、話を向けられたメレテ王子は自慢の戦力の派遣について冗談めかして語る。
無い袖は振れぬとのこの言葉に、それはそうだろうと周囲の空気は緩む。
「しかし、我らのために戦ってくれた勇者殿を我らの些末事にかかずらわせたくはないという志はこの私にもよく分かります。そこでどうでしょう。勇者殿には我がメレテの国内で機兵の守りを受けて休んでいただくというのは?」
だが続いたこの提案に、マッシュや各国首脳は腰を浮かせ、イコーメ王も身を乗り出す。
「何をおっしゃる!? ライブリンガー殿の希望と好意を蔑ろにするつもりか!?」
「そうその通り! 勇者殿もひと所に留め置かれるよりはお仲間と気ままに大陸を回られた方が楽しみも多いだろう!?」
さっきまでマッシュたちと意見を異にしていた面々が、今度は揃って後押しの側に回っている。それがなんだか面白くて、私は笑い声が漏れないようにヘッドライトも閉じる。
「やれやれ。よく回る手の平だ。それほどよく回ればライブリンガーのバスタートルネードのもどきも出せるのではないか? ホッホウ」
「ふん。それならば鋼魔の侵攻があれほど一方的になることもなかっただろうよ」
自分たちだけの聞き分けられる音量でつぶやくセージオウルとグリフィーヌ。
だがそう言ってやらないであげてくれ。彼らにも彼らなりの事情というものがあるのだから。
まあ私もその事情で友人たちになにかあるようなことになれば、さすがに快く請け負うことなどできないのであるが。
ともあれ我々の意思に寄り添っているか否かは別に、怒涛と押し寄せる反対意見に、メレテ王子は落ち着くようにと両手を上げる。
「皆様の意見至極もっとも。しかしどうか早とちりせずに我々の提案を最後まで聞いていただきたい」
そう言ってメレテ王子が合図をすれば、その傍らに控えていた仮面の男をはじめとした従者たちが何やら支度を始める。
支柱に立て掛けられた大ぶりの木板。そこに広げて貼り付けられた羊皮紙に描かれていたのは、うつむいた「C」の字型の図面。おおよその形に簡略化されて描かれた、ヤゴーナ連合の地図だった。
竜の仮面の男は咳払いをひとつ挟み、殿下に代わりましてとその地図を指さし語り始める。
「機兵の数は未だ充分でないのは事実。ですが、それを理由に連合の同胞が魔獣の驚異に苦しむのを黙って見過ごすことなどできるでしょうか? いやまさか! なので我々は機兵部隊の中でも特に精兵を派遣する用意をしております。具体的な順路としましてはこのように……」
説明と共に各国の領土をグルリと指で巡らせれば、マッシュたちとは違う諸国巡回派の面々は浮かせた腰を落ち着け、補給についてや滞在時期の調整といった話に移る。
「……機兵の大増産にはまだまだ足りぬものは多いのですが、多くの協力が得られましたらば精兵一隊に順路を巡らせるでなく、各国一軍という形で派遣できる日も遠くはないでしょうな」
「それはすばらしい。その日が待ち遠しいですな」
「いっそ我が国からも鍛冶師らを送って機兵作りの手とさせてもらいましょうかな?」
「おっと、貴国ばかりが良い格好をするつもりか? 我が国の人足も使ってもらわねばな」
機兵の話一色になったこの首脳陣の様子には、イコーメ王も大勢は決したと見なして背もたれにもたれ掛かる。
「しかし、しかしですよ。ライブリンガーたちの気持ちはどうなるのです?」
「彼らは義によって助太刀に入ってくれた友人です。その彼らにこれが我らの決定だと、頭ごなしに従わせようとするのは仁義に悖るのでは?」
だがだとしてもと、フェザベラ様とマッシュは私たちのためにと食い下がってくれる。
しかしそんなキゴッソ王家を迎えた目は冷ややかなものだった。
「そうは言うが、勇者殿とて連合の総意となれば無下にはなさるまい。ところで、鋼魔の占領下にあった国土の再興には物入りでしょうな? 懇意のイコーメも連合随一の商人であるとはいえ、一国で支えきれるものでしょうかな?」
連合からの支援。それは現状のキゴッソの再興に無くてはならないものだ。ここで連合から爪弾きを食うことを匂わせられては、フェザベラ様たちも抵抗は出来ない。
このやり口は我々も反感を抱かずにはいられない。だがその反発がフェザベラ様たちを、キゴッソの民全てを苦しめる結果になるのだからと、熱くなりやすいのが身構えるのを抑えに回る。
フェザベラ様はそんな私たちに申し訳なさそうに目配せ。そして控えめにではあるがしっかりと聞き取れる声で問いかける。
「しかし……鋼魔の残党が現れた場合にはどうするのです? 鋼魔の王はライブリンガーが討ち取りましたが、全ての将が果てたのを確かめたわけでは無いのですよ?」
その通り。決戦の場で近衛騎士に取り込まれて強大な壁を成した鋼魔の将たち。
しかし一体化した巨壁の散った戦場の跡に、彼らの遺骸は見つけられなかった。
それどころか、彼ららしい目撃報告も上がっていて、警戒と手配は現在も続いているのである。決して遺恨に駆られて深追いせずに、私たちを頼るように固く約束した上で。
にもかかわらず、私たちに対抗する奇襲作戦や破壊行為がまるで為されずにいるのは確かだ。だがまったくの無警戒でよい状況にはなっていないのだ。
「なるほど。しかしこちらには機兵がある。もはや生身で蹂躙された頃ほどの差はありません。鋼魔とはいえ所詮敗残の将。数を活かせば恐れるに足らぬでしょう」
「軍師殿の仰る通り。その程度の手柄は我々に残しておいていただきたいものですな」
仮面の軍師の言葉に追従した笑い声が議場に響く。
慢心の壁に阻まれて、まったく真剣に警告を受け入れる気の無いこの空気に、フェザベラ様は唇を噛んでうなだれる。
「ここでいっそのこと貴国も機兵を受け入れられては? 鋼の勇士らの厚意に甘えてばかりもおられんでしょう」
「それはメレテ王国のご厚意を受けるのとなにが違うのでしょうか」
つれなくはね除けるこの返しに、誘いをかけた側はきょとんと瞬きを。そして眉を吊り上げ声を放つその前に、大きな笑い声が響く。
「……なにがおかしいのですイコーメ王よ」
「ひょっひょひょ……いやスマンスマン。冠を戴いてもまだまだ小さなレディと思っておったが、なかなかどうして痛快なことを言う……いや、胆の据わったものだとな……うひょひょひょ」
責めるような視線の数々に、竜人王は笑いを抑えつつ目元を拭う。
「ちなみに、ワシとしても今は機兵は受け入れられんし金も出せんな」
「なんと!? 我ら連合の新たな剣であるぞ!?」
「背信だ! 連合への背信だ!!」
そして機兵を拒否する言葉に周囲が立ち上がるのに、竜人王は悠々と落ち着くようにと手で促す。
「慌てるでない。今は、と言っただろう。あいにくとワシにはまだ、機兵の強さを手放しには信じられんのでな。鋼魔の将を相手取って、数の優位程度で本当に押し切れるものなのか、とな」
「なにを!? 機兵の働きがどれだけ魔獣を狩りとっているか知らぬと!?」
「無論知っておるともさ。同時に鋼魔の将とは一度も交戦しておらんこともな」
すかさずの指摘に噛みついた側が絶句することに。そこへ竜人王はにんまりと笑みを深めて畳みかけに。
「それならばちゃんと戦っておって、強さでも人格でも信頼のおける鋼の勇士たちの方が良いやってなるじゃーん? 実績で勝ち取った納得と信頼を超えたいのならば、やはり実績よの? うひょひょひょ!」
「さっすがイコーメ王様!」
「言ってくれますね竜人王陛下!!」
「見事! まったく胸がすく思いだぞ!」
イコーメ王が言いきって笑い飛ばすのに、ビブリオをはじめとした仲間たちが拍手喝采。
この仲間たちの笑顔には私も拍手のリズムに合わせてライトを瞬かせるしかない。
しかし気になるのはメレテ王子とその側近である仮面の軍師だ。彼らに味方する面々が渋い顔を見せているのに反して、彼ら二人だけはまるで動じた様子もなく深く椅子にもたれかかって私たちを眺めているのだから。




