114:私たちの考えと、相手の思惑
勇者の宿と人の呼ぶ、我々鋼の勇士の集う場所。
私たち全員が詰めてもなお余裕のあるこの空間には、今現在連合各国の指導者が集う会議場となっていた。
後付けに設えた中央の床板に広い円卓を乗せ、それを囲んでの議題と言うのは――。
「先の戦いで鋼魔王を討ち、その他にも多大な貢献を成してくれた勇者殿ですが、にも拘らず彼は多くを望んではいません。アジマ方面で戦の爪痕を癒したいと言う彼の希望を尊重し、鋼魔の本拠周辺を彼と仲間たちの土地として認めたいと思うのです」
マッシュが語った通りに戦後のこと。それも主なのは私たちへの褒賞と、私たちとのつきあい方だ。
人の味方として戦った私たちである。だが大陸中の人が連合して、なお手に余る強敵を打ち破った私たちの功績はあまりにも偏りすぎているのだという。
つけ加えて、それを成し得るだけの戦力を驚異と見る人が少なくないと。解せぬ話ではない。
大陸中全ての人と親しく付き合って、信頼関係を築けているわけではないのは事実だからだ。
だからまずは適切な距離を保った付き合いを続けていこうと言うわけで、マッシュたちにはあらかじめ私の希望を伝えていたし、そのつもりで先行した形で火山周りの整備も始めていたのだ。
しかしこの提案にイコーメの竜人王様が渋い顔をして唸る。
「うぅむ。鋼魔に勝利した立役者への褒賞としてはいささかケチ臭くはないか? 切り取り放題の土地とはいえ、鋼魔に人間が一掃された後の、魔獣の楽園だぞ?」
「もちろん私たちとてそれは言いました。言いましたが……」
「鋼魔と戦いに身を投じた勇士は我々だけではありません。私たちに褒賞をと言うのなら、彼らにより篤く報いていただきたいのです」
私のこの言葉に、鋼の巨体を持つ仲間たちはみな同感だとうなずいてくれる。
私たちの総意としての意見である。そう自分の言葉での主張に、マッシュはこれだよとばかりに肩をすくめてみせる。
「……であるか。勇者殿たちが望まれているのならば、イコーメとしては賛成せざるを得んな。しかし何かと要りようにはなることだろう。取引を密に、感謝の印に色をつける、くらいは受けて貰いたいな。うひょひょ」
「ありがたいお話です。ご厚意、感謝します」
「なんの、お互い様と言うものよ。なにせ、勇者殿らの活躍が無ければ、今ごろ商売の話どころでは無かっただろうからな。うひょひょひょ」
私とイコーメ王、お互いに感謝を告げてにこやかに話を区切る。知った仲で多少の事前打ち合わせをもっての会話であるが、スムーズに進むのはやはり気持ちがいい。
しかしここで別方向からイスを蹴倒す勢いで突っ込まれる声が。
「いやいや、待たれよ。話をまとめるにはまだ早い。そして火山周りの開拓となれば、その支援にもそれなりの力が必要。戦後復興もこれからと言うところで、キゴッソにそれだけの力はまだありますまい?」
「然り然り。隣の広大かつ難解な土地にまで手を広げる余裕はとてもありますまい。どうでしょうかな? 勇者殿には我が国を始め、諸国を巡って貰っては。その間に体制を整えたらよろしいのでは?」
「それは名案であるな! 勇者殿も戦中はメレテとキゴッソばかりで、他の国を見る余裕も無かったでしょうからな。平和を取り戻した諸国を漫遊し戦の疲れを癒してから。それからでもなにも遅くはありますまい!」
声を連ねて時期尚早と主張する首脳たちの手招きに、私は圧倒されてタイヤを後ろ回りにじわりとさせてしまう。
しかし一方で竜人王は悠々と髭をなで擦ってうなずいている。
「なるほどなるほど。我が国も本土を直に荒らされるほどでは無かったしな。我がイコーメの市の賑わいを楽しんで貰うのもありかもしれんな」
だがにんまりと私たちを招待する話に乗る竜人王に、提案した側がまた身を乗り出す。
「自重なされよイコーメ王。その方は既に海路の封鎖を解かれて助けられた上、水竜の騎士の守りまで受けておるではないか!?」
「ホッホウ? ガードドラゴよ。お前そんなに励んでいるのか?」
ぐるりと首を巡らせたセージオウルの問いかけに、ガードドラゴはいかにもとばかりにうなずき返す。
「うむ。水場は我輩の得意とするところ。航海の安全を願われれば船の守りについているぞ」
真正直な返事にイコーメ王があちゃあとばかりに額を押さえる。が、忠告が出るよりも早く文字通りに目を光らせたファイトライオが話に飛びつく。
「へえ、やってんねえ。オレ様も魔獣に困ってるのを助けて回ろうと思ってるんだが、その辺は機兵が押さえてるからよ」
「こちらもそれは同じだぞ? 機兵の仕組みを利用したらしい帆の無い船を見かけることもあったからな。まあイコーメの船でないし、私が護衛する船を積極的に守ろうとはしてくれなかったが」
「やれやれ悠々とできているようで羨ましいな。私の方は戦術に開拓にと知恵を乞われて絞られ通しだぞ、ホッホウ」
自分以外の三聖獣の働きを聞かされて、セージオウルは大きく首を左右に回して翼を落とす。だがその嘆きには細長い口が挟まれる。
「よく言うぜ。キゴッソ王国の知恵袋やってるのは確かだがよぉー。情報収集やら伝令やら魔獣退治やらで実際に走ってるのは俺たち兄弟なんだぜ?」
「言うな。指揮を執るのも勤めだぞ。お前自身が言ったように賢者殿も仕事をしているのは確かなのだ」
「でも仕事の顛末報告しに行ったら絶対寝てるよな?」
「……それはいつもの、我々の報告の時に限ったことではないからな……」
朽葉色の弟キツネのセリフに雪色の兄キツネが逸らした目と声を震わせる。
しかし当のセージオウルは、落ち着いた様子でツインズの言葉を流してる。
そしてここまでの話を聞いて私の側のビブリオがため息を吐く。
「なんだかんだで、みんな平和になってもやっぱりいそがしくしてたんだね。この調子じゃあんまり気楽な旅行って感じじゃなくなるかも」
「ホッホウ。そうだろうなぁ行った先々で魔獣退治を頼まれることになるだろうなぁ」
「いや。まさかそんな……我らのために働いて下さった勇者殿のご慈悲を利用しようだなど……そのようなことがあろうはずもございません」
ビブリオの予感を肯定するセージオウルの言葉に、諸国巡りを主張した面々は邪推だと否定する。
だがセージオウルをはじめとしたマッシュやビブリオらのジトリとした眼差しは収まらずにそのままだ。
「ふん。今更魔獣退治にそんな回りくどいことなどせずとも、機兵戦力でどうとでもなることだろう」
「そう、その通り。このまま充実していけば勇者殿を当てにする必要もなくなる。そうとも、わざわざ僻地で開拓に勤しまずとも、都市で休んでいて下さればよいのだ」
「それはなに? ライブリンガーたちには何もするなと、そういうこと、なんですか?」
「いやいや。それこそ邪推が過ぎるというもの。我らの力の及ばぬ強大な敵を退ける。それほどの活躍をしてくださった方々に、手を煩わせるほどでもない些末事にかかずらわせることなどない。と、そういう次第で」
そうだそうだと同調する方々にビブリオがジロリと目を向けるのに、その代表は丁寧な言葉で返してくる。しかし言葉は丁重だが、なんというか違和感を感じる。具体的にはウィバーンの丁寧語を聞いたときのような。
「ライブリンガーのこと、それと私たちのことも、飼い殺しにしておきたいのかしら……」
そんな慇懃さだからホリィも言葉を額面通りには受け取らない。
セージオウルが以前から危惧していたから、そういうものだろうと距離を置いた付き合いをと考えてたのだが、それでも見通しが甘かったということなのか。
「しかし機兵機兵と我らが言っていても、肝心の機兵の持ち主のご意見も伺わねば」
いかがですかと話の手綱を渡されたのは、これまで黙って話の成り行きを聞いていたメレテ王子であった。




