113:おめでたくって楽しい時間のはずだったのに
空高く上がった月明かりの下、大勢の楽団がそれぞれ持ったたくさんの楽器を鳴らしてる。
そうやって広がる音楽から外れないように、ボクは足を動かしてる。
「ホラホラ、目線を下げちゃダメよ」
「そ、そんなこと言われたって……」
ホリィ姉ちゃんがボクの手を引っ張りながらくすぐるみたいに言うからがんばってみる。けどやっぱり目をまっすぐにしづらいよ。
だっておめかしした姉ちゃんがキレイだし!
いつもキレイにしてる姉ちゃんだけど、金色の髪は普段よりもツヤツヤで、肌もそう。白ベースのドレスだって姉ちゃんにバッチリ似合ってるしで、まぶしいまである。
それにいい匂いが、姉ちゃんが動くたびにいい匂いがするんだよ。この匂いを鼻が欲しがって膨らんでないか心配になるくらいに。そんな顔見せられないじゃないか!
だから普段やんない足の動きのこともあって、つい顔が下がっちゃったり横へ行っちゃったりするんだ。
そのうちにボクは姉ちゃんに引っ張られて景色がぐるんって。そうなって見えたのはライブリンガーとグリフィーヌだ。
マントを羽織った勇者とヒラヒラの飾り布と羽でドレスみたいにした女騎士は、グリフィーヌのが大きいから、踊るのに組んだらボクと姉ちゃんみたいな感じだ。
「大丈夫大丈夫。手合わせでアレだけ動いてるんだから、おっかなびっくりでない方が滑らかにやれるよ」
「そ、そうは言うがな……慣れない格好でやらない動きだぞ?」
「グリフィーヌなら出来るさ。普段から足場や風に合わせて動きを変えているのだから。ほら、私と組んでの演武だと思って」
「むぅう……やってやるしかないか」
でもリードしてるのは、逆に小さいライブリンガーの方なんだ。金属の巨体が音楽を邪魔しないように足音を立てずに、グリフィーヌにもつまずかせないで手を引いていってる。
先に軽くなるのと音を隠す魔法はかけてあるけれど、人間なんかよりずっと重たいはずの体でこんな静かに踊れるなんてスゴいや。
そんなぜったいに目が行っちゃうダンスの近くには、王冠を被ったフェザベラ新女王と、その夫になったマッシュ兄ちゃ……じゃなかったマステマスさまが、寝転がれそうなくらい大きなイスにならんで座ってる。
その大イスの後ろにはフクロウ姿のセージオウルと、キツネ姿のハイドブラザーズが守り神でございって感じに収まってる。けれどアレ寝てるよね? 目が真っ暗になってるし。
それを知ってか知らずか、フェザベラさまたちのまわりには、豪華な服を着た人たちがお目通りの順番待ちに集まって、チラチラと白い大フクロウの様子を見てる。
そう。この月夜のパーティが、フェザベラさまたちの結婚式で、鋼魔との戦の祝勝会なんだ。
お祝い事をまとめて派手にやって、復興に弾みをつけたいんだろうってさ。それで復興も進んだら各国で毎年記念日のお祝いでもやるようになるだろって。セージオウルが言うには、だけども。
とにかくお祝いの最中なんだから、そのへんの事情は置いといて楽しまないと、だよね。ボクは正直うれしいのやはずかしいのやでぐちゃぐちゃしてて、いやじゃないけど楽しいかって言うとちょっと分かんない感じなんだけども。
「さて次の曲は……始まりから情熱的な雰囲気だね。こうか!」
「ちょ、ライブリンガー!? 普段とノリが違わないか!?」
「やはり剣を振るうよりは、もの作りやこういう事の方が性に合うようで、ね!」
「私たちはひと休みにしようか」
「そうだね。そうしよっか」
わたわたした声を上げるグリフィーヌを引っ張りながら、勢いよく首を振ってステップするライブリンガー。
そんな楽しそうな鉄巨人カップルを眺めながら、ボクらは人間たちのダンスの輪からはなれてく。
それで出てったボクらは女王さまたちの近くに。
「あら。ホリィさんにビブリオ君も、ダンスはおしまい?」
「ひと休み、ですね。眠くならなければまたもう一度行こうかと思います」
「おやおや。戦場で走り回っては、傷ついた兵の千でも万でも癒してみせた聖者二人とは思えないな」
「そうは言われても……」
「どれだけ言われても、私たち辺境の村落育ちですもの。こんな盛大な宴で踊るだなんて慣れませんもの」
フォーマルな丁寧語にしてはあるけれど、からかうマッシュ兄ちゃんと返す姉ちゃんの顔は気安い感じだ。
キゴッソを取り返すのや、マッシュ兄ちゃんはその先の戦いでもライブリンガーやボクたちといっしょに前に出てた仲間としての、分かってるって風な。
そんな風に仲間同士で話してたら、大きな影が横から被ってくる。
「おお、メレテの聖女姫に小聖者殿までお揃いですか。まさに大戦の英雄の揃い踏みといったところですな」
大きな声でズカズカと割り込んでくるのは横幅の広い二人組だ。
たぶんお父さんと息子さんなのかな。年の違い以外は顔も仕立てのいい服が内側からはち切れそうなのも似たり寄ったりだし。
「お見知りいただいているようで光栄です。失礼ですが、貴方は?」
「おお、これは名乗りもせずに失礼を! 私、メレテ王国にて伯爵の位を冠しておりますファトマと申します。こちらはせがれの……」
「ピエトロです。お初にお目にかかります聖女姫様。しかし噂に違わず美しいお嬢様だ」
ピエトロっていうファットマン……じゃなかった、ファトマ伯爵の息子は名乗るなりに姉ちゃんに手を伸ばしてくる。
鼻息荒く出てきたのに、姉ちゃんをさわらせてたまるかってボクが間に割って入る。
これにピエトロはほっぺたの肉をぶるりと震わせてボクをジロってにらんでくる。
「なんだ。邪魔するつもりか」
その丸々してて重たそうな体で、どかなきゃ押しつぶしてやるってみたいにおどかしてくる。
けどそんなの鈍そうなだけだ。
ボクがライブリンガーといっしょに戦ってきた鋼魔や魔獣たちはもっとドでかくて重たそうで、だのに逃げ切れないって思えるくらいに素早かったんだぞ。
そんな風におどして来たって怖いことなんかないんだからな!?
そうやって姉ちゃんを守る盾をやり続けてると、まん丸な伯爵の息子は鼻をブヒって。
「……いやはやそれにしても聖女姫、先ほどのダンスも見事でしたよ。パートナーがずいぶんと小さいのが見栄えを下げていましたがね」
コイツ!
見た目で決めつけるのは良くないって分ってるけれど、けどコイツはロクなヤツじゃない!
領地の政治だって、どんなことしてるか分かったもんじゃないじゃないか!
「というわけで、いかがですかな。次は私と一曲踊っていただけませんかな?」
「そんな……一介の村付き神官相手にお戯れを。それに聖女姫だなんて、噂を真に受けてもらっては困ります……」
「そんなことを言わず、ぜひ踊っていただきたいものですなぁ」
姉ちゃんが断ってるのに、伯爵の息子はニヤニヤ笑いしながらしつこく迫ってくる。
「……よさんか。見苦しく食い下がるのは紳士的ではないぞ」
ファトマ伯爵が息子を止めるけれど、姉ちゃんにチラリと向けた目は親子そろって歪んでる。
やめろ、姉ちゃんをやらしい目で見るな! やめろ!
「しかしながら聖女姫様もここは快く応じるというのも高貴な血筋の務めというものですぞ?」
「そんな高貴だなんて……勇者の登場に居合わせて、ここまでついてきただけの女神官というだけですよ」
「むふふ……どうやら聖女姫様はご自身の価値をお分かりでないらしい。ひとつ助言をさせていただくなら噂話が真実である必要などどこにもないのですよ。実績と可能性。それだけで人心を動かす力が生まれるのです。むふふ……」
震える姉ちゃんを守るためボクは伯爵さんの伸ばした手との間の盾になる。
と、そこでずしんって。地響きって言うか重たい足音が鳴る。
「ヒィッ!? なんだ敵かッ!?」
「なんだ、なんだ!?」
まさか鋼魔残党が襲ってきたかって警戒が始まるよりも早く、近くのテーブルに頭から滑り込むピエトロ。
飛び出た尻が震えてるけれど、そんな必要ないんだよね。だって――
「驚かせてしまってすまない。ステップを踏み違えてしまった。グリフィーヌは大丈夫か?」
「いや、私の踏み違いのミスに無理なフォローをさせてしまったからだな。私こそすまない!」
ライブリンガー達の足音なんだから。それもボクらを助けてくれるためにわざと大げさに鳴らしたやつ。
目をチカチカってやってくるライブリンガーたちに、ボクらはありがとうってうなずき返す。
いっしょにフェザベラさま達もオッケーオッケーって感じでむしろよくやってくれたって感じに手振りしてる。
「私たちも一度ダンスを休むことにしようか?」
「そうしよう。二人とも、私のところに寄ってきてはくれないか?」
「あ、うん。ありがとう」
手招きしてくれるライブリンガーとグリフィーヌを頼って身を寄せる。これがバッチリ守られてる感じで頼もしいけれど、また助けられちゃってで、なんだかごめんな気分だ。
「これはいったい何の騒ぎかな?」
「おお、殿下ッ!?」
そこでやってきたのはメレテの王子さまだ。部下をぞろっと従えてやってきた王子さまに、伯爵の親子は隠れるみたいに後ろに回る。
「辺境出身には畏れ多いって断っていたホリィ殿に、伯爵殿が親子そろって声をかけていたことからの騒動ですよ」
「……フン。イナクト辺境伯の下の息子か。これで王族に迎えられたことに違いはないが……」
ボクらに変わって事情を話してくれたマッシュ兄ちゃんに、王子はしかめ面で鼻を鳴らす。
けれどそれを、後ろについていた仮面の男が黙って止める。分厚いローブに緑の竜の仮面をかぶった男を王子はジロリってにらむ。けれどまた鼻を鳴らして首を横に振る。
「まあいい。めでたい宴の場に水を差すことも無い。権の振るいどころは弁えねばな」
そう言ってメレテの王子様は背を向けて立ち去ってく。その後ろに続いた仮面の男、なんだか嫌な感じがしてたならないや。




