110:友の優しさに感じる誇らしさ
「グォアアアッ!?」
叫びと血飛沫を上げながらよろめくラヒノス。それでもなお人々を背に、岩を宿にした大ヤドカリの魔獣と対峙する彼の元へ、私はタイヤを急がせる。
「ありがとうラヒノス!」
感謝を合図に、駆け抜けたままチェンジ。スピンターンの勢いを乗せた右拳とスパイクシューターを滑り込みながらヤドカリの顔面に叩き込む。
打撃に重ねての鉄杭がバキバキと甲殻を砕くのに、ヤドカリは岩の重みを響かせて後ずさり。そこへ私は左に握っていたロルフカリバーをすかさず振り下ろし。魔獣が反射的に振り上げたハサミと宿岩ごと、鈍器めいた刃で叩き割る。
これがトドメとなって動かなくなったのを確かめた私は致命打を打ち込んだ刃を引き抜いて振り返る。
「みなさん、お怪我は?」
「い、いいえ。我々は勇者様がたのお陰でなんとも……」
襲われた恐怖からか縮こまった返事ではあるが、少なくとも大きな怪我をした人はいないようだ。そこまで守りきってくれた大熊の分厚い毛皮を私はそっと撫でる。
「こんな手傷を負ってまでよくやってくれたね。お陰で間に合ったよ」
私の労いに、ラヒノスは低く喉を鳴らして応える。そのたっぷりとした体毛からは、絡まりきらなかった分が染み出し滴っている。
ひとまずはいたずらに血が失われないように止血して運ばなくては。
「ライブリンガー! 大丈夫なの!?」
「ホリィか? すまない、ラヒノスが手傷を負った!」
そうして構えたところで、ホリィがちょうどよくやってきてくれる。しかしそんな彼女と私たちとの間に割り込む人が。
「おお、聖女様! こちらにも足を痛めた者がおります! こちらを診て下さい!」
「そちらももちろんすぐに。しかし今は流血したラヒノスの治療を……」
「そんな魔獣の事よりも先に我々の治療を!?」
治すのなら深さ順だと告げるホリィの言葉を遮っての主張に、私は愕然とする思いだった。
だが私がどうか仲間のために順番をゆずって欲しいと頼むよりも早く、ホリィは首を横に振る。
「あなた方は!? ラヒノスが血を流しているのは、あなた方を守るためだったんですよ!?」
「強大な魔獣からすれば、多少の傷などどうということはないでしょう? 引きかえ我々は、兵士でもないのにお上の命令でこんな危険なところにまで送られてきたのですよ!?」
どちらの治療を優先すべきかなど分かり切ったことだ。
そう言わんばかりの人々の態度に、ホリィは空いた口を閉じられず、私も殴られたような気持ちであった。
たしかに彼らはアジマの慰霊碑にほどよく離れた位置に拠点を築くため、無理を言ってよこしてもらった人材だ。だがこの物言いはあんまりにもラヒノスがかわいそうじゃあないか。
「……あなた方には、感謝や恥というものが……!」
「ホリィ、それはよくない」
「殿の言う通り、それ以上は口に出されぬ方がよいでしょう」
義憤に駆られたホリィの言葉を、私はとっさに名前を呼ぶことで遮る。けれどと目で訴えてくる彼女に、私はホリィの胸元のシンボルを通じて潜めた声を送る。
「ホリィの気持ちは嬉しい。そんなキミに余計な負担をかけるだろうし、納得もいかないかもしれないだろう。だがここはまとめて治癒の魔法をかけてあげてはくれないだろうか」
せっかくここまで来てくれた人たちの反感を買っては、ホリィのためによくない。だから妥協案としての提案だったのだが、ホリィも渋々ながらうなずいてくれる。
「分かったわ。口論していても止まる血があるわけではないものね……癒しの水よ、風に乗って恵みの雨と降り注ぎたまえ!」
ホリィの詠唱に続いてその手から放たれた霧は天の力の起こした風によって、散ることなく濃さを増しながら私が見上げるほどに上っていく。やがて濃霧から雲になるまでに密度を増した癒しの霧は、自ずと雫と結ばれ、重力に誘われるまま雨となって辺り一帯に降り注いだ。
その雨粒は私の機体を洗い流してはバースストーンの疲労を埋めてくれて。また同時に、ラヒノスの傷も癒してくれる。そして人々の傷も。
「なんと、聖女様!? 同胞である我々を優先しては……」
「どちらも取れないからひとまとめに治療をさせてもらったのです」
ホリィはそう言うや私たちに移動をうながす。
私は支えを必要としなくなったラヒノスから手を放して車へチェンジ。ホリィを座席へ迎え、ラヒノスを引き連れてタイヤを転がしていく。
「……ごめんなさい、ライブリンガー。どうしてあの人たちは、あんな……」
同じ人間だからと、ラヒノスを押しのけようとした人々の言動に、ホリィはうつむいてしまう。
「私のことなら大丈夫だよ。私たちのために怒ってくれて嬉しかったくらいだよ」
そんなホリィの様子が気の毒で、私は元気づけようと彼女の心に改めての感謝を告げる。
「けれど……」
「痛みを抱えていてなお優しく、礼節を保っていられる。それはその人がそれだけの強さを持っているからだよ。ホリィやビブリオのような強く心優しい人と友としていられるのは誇らしいものだよ」
命令を受けてこちらへ派遣された人たちの心細さを考えれば責められるものではない。
鋼魔の動きがなくなったとはいえ、依然魔獣の活動する圏内を移動してきたのだ。それも護衛としての機兵をつけてもらえずにだ。これでは気持ちの余裕など生まれるはずもない。
これはやはり、私の友人たちがことさらに凄いということだね。
「ラヒノスに、ロルフカリバーもそう思うだろう?」
「ですな。むしろ殿と合わせて優しすぎるまであります。拙者でもあれは軽傷を理由に断固と後回しにして良かったと思いますが」
「……手厳しいな」
「もう、ライブリンガーったら……でも、ありがとう」
同意を求めたところへの厳しい返しに私は閉口させられてしまう。だが、ホリィの表情がいくらか和んだので良しとしよう。
「あ、ライブリンガーだ!」
「そちらも大事なかったようだな」
そうして後続の人たちが私やラヒノスの後ろ姿を見失わないようにゆるゆると進んでいると、グリフィーヌにその足元のビブリオが迎えてくれる。
その奥にはくたびれた様子の人々がひとかたまりに集まっている。
遠くはぐれてしまっていた方を任せていたというのに、もう護送まで終わったのか。さすがに早いな。
「なに、ビブリオが魔法で作ってくれた足場のおかげで往復する必要もなかったのでな。そのビブリオに様子を見にいこうと急かされて飛んでいこうかと思っていたところだぞ?」
「ちょ、グリフィーヌやめてよ!?」
これ以上ばらされてなるものかと、あわてて飛びはねるビブリオ。だが悲しいかな、体格の違いすぎるグリフィーヌにしてみれば人に子犬がじゃれついているようなものか。柔らかに瞬くカメラアイを向けられるばかりだ。
「こちらにはホリィもいたからね。だから余計に心配になることもあるというものだね」
「ライブリンガーまで!? ライブリンガーたちだけでも心配だったやい!」
「そうよね。自分は全身金属で頑丈だからってすぐ危ないところに突っ込んでいくんだものね」
ムキになって主張するビブリオに、ホリィもすっかり元の調子を取り戻して私の中から降りる。
そんな私たちを追い抜くようにして、後に着いていた人たちがグリフィーヌ側に固まっていた一団へと駆けていく。
「おお、そっちも無事だったか!?」
「そちらもか!? 一時はどうなるかと思ったが良かった良かった、見つけてくださった翼ある騎士様と勇者様がた様々だな!」
再会を喜びあっていた彼らは、そこで揃って私たちを見る。
その顔色の一部には感謝の色が強く、その他には逆に不安の色の方が濃いだろうか。その不安の原因は先のやり取りか、私たちの持つ強い力に対してか。
どちらにせよ、私に今やれることはひとつだ。
「無事に到着できて何よりです。ひとまずは屋根と壁のあるところで落ち着くのが良いでしょう。我々も使えるように作ったものなので、広さは申し分ないと思いますよ」
私の言葉に続いて仲間たちが目を向けたのは巨大な石組の建物。我々全員が納まっても余裕のある大ガレージだ。
この拠点から鋼魔との戦の爪痕と、火山に臨んだ環境との戦いを進めていくのだ!




