11:旅立ちへの見送り、ではなくて……
「頼む、ライブリンガーの大将! 俺と一緒に砦に来てくれッ!?」
「はい。もちろんです。出発は急ぎますか?」
「いやな、そりゃあダチの暮らす村が心配だってのはよぉっく分かる。分かるがここは……って、ん? いま、いいよっつったか?」
「ええ、はい」
「ええ~……マジでぇ……ありがたいが、何も聞かないで二つ返事ってどうなんだよ」
マステマスさん。駆け込むなり頭下げてお願いしておきながら、私が了承すれば、そう来るとは思わなかったみたいな顔をするのはどうなのですか?
村はただいま、バルフォットと彼の置き土産であるスケルトン軍団の襲撃の後始末の最中。
私も小さな重機枠として作業に参加していたところでの先のやり取りである。
私としては必要とされている、助けを求める声があれば駆けつけるのに何の躊躇もない。
確かにマステマスさんが言うように村の心配はある。
だが、その辺りは知恵を出し合えば何かいい方法が、少なくとも時間を稼げるような考えは出るはずだろう。
手を休めて話を聞く姿勢に入った私の傍で、ビブリオとエアンナが首を傾げる。
「でもさ、王様に報告しなきゃとか、命令待ちしなきゃとかで、あんまり自由にできないとか言ってなかった?」
「そうそう、その辺大丈夫なのおじさん」
「おじさん呼ばわりは止してくれよ。これでもまだ十八なんだぜ? ……ひょっとして、俺って老けて見える?」
エアンナからの呼び名に、マステマスさんは肌の張りを確かめるように頬に触れる。
そんなマステマスさんに私は首を横に振る。
「いいえ。軽い雰囲気ですから、年より上に見えるということは無いと思いますよ?」
「その評価はその評価で傷つくなぁ……」
老けて見える理由が無いと正直に伝えただけだというのに、解せぬ。
「……まあ、俺が老けてるかどうかはともかくとして、だ。その辺りはもちろん考えてあるさ。ぬかりなくな!」
気を取り直したマステマスさんが自信満々に親指を立てているので、私は続くだろう説明を大人しく待つことにする。
そんな私の姿勢を真似てビブリオとエアンナも座ってお話待ちの体勢だ。
ビブリオとセットでとはいえ、こうして近くで一緒に話を聞いてくれるようになってくれて本当にうれしい。
「で、だ。陛下には今回の功績を前面に押し出して、今回の目的地の砦でもう一つドデカイ功績を立てる時間を頂戴しようって訳だ!」
「そんなことをしていいんですか?」
「そりゃああんまり褒められたことじゃないだろうが、俺も兵たちも大将が体張って戦ってたのは見てるわけだしな。その辺はガッツリ後押しして、後は国境の砦も尻に火がつきそうだからな。伝令が間に合わないってこともままあることだろ」
なるほど。そう言うことにする、と。
通信の主力が人や馬の脚、伝書用の鳥である世界だ。
リアルタイムでの情報交換など不可能、特に返信まで考えたらば数日分のタイムラグがあることを前提とするものだろう。
どうにもこの感覚が、リアルタイムに情報伝達ができないものなのだと言う感覚は、その都度に思い出す必要がある。
出来て当たり前、出来ない方がおかしい。
無くなってしまった記憶以上に強く染み込んだこの思い込みはいったいどうして生まれたモノなのだろうか?
「砦が危ないってことなら、急いで移動した方がいいんじゃないの?」
「まあそう言うわけだから、こっちも伝令担当の準備を整えたところで、大将に話を持ってきたってわけだ」
そんな私の疑問をよそに、目的地の砦に危険が迫っていることがあっさりと知らされる。
「では急がなくてはならないのでは!? こうしている間にも、砦を守る人に犠牲が出てしまっているのではありませんか!?」
のんきにしている場合ではない。
その私の焦りをその通りだと認めるマステマスさんの態度は、実に落ち着いたものだ。
「そいつはその通り。だから出来る限り急いで準備を整えて出発したいってわけだ」
「ええ、私は問題ありません。急ぎましょう!」
「まあまあちょいと落ち着けって大将。慌てて出たってたどり着けなくちゃ意味がないだろ? 人も馬も飲まず食わずの休まずで走り続けられる距離ってのはたかが知れてる」
「しかし私ならば馬よりもずっと速く、休まずに走り続けられる! ここは私だけで先行してでも……ッ!!」
「だから落ち着けって。砦へ伝令に出したビッグスとウェッジ……俺の隊の斥候役だってまだ到着してないだろうに、追い越したりしたらお前さんが攻撃されるだろ」
こうも重ねて宥められては勢いも削がれてしまうと言うものだ。
「それならマッシュさんとボク、ホリィ姉ちゃんでライブリンガーに乗って行けばいいんじゃないの?」
立て続けのダメ出しに呻く私を見かねてか、ビブリオが助け舟を出してくれる。
しかし「それだ」と食いつき叫ぶことは出来ない。
「あー……俺を乗せてってところまではいいアイディアだとは思うがな……」
「私も、ビブリオとホリィには村に残っていて欲しいと思う」
難色を示すマステマスさんに、私もうなずき続く。
これにビブリオは、信じられないものを見たとばかりにがく然と目を見開く。
「そんな、なんで!? ボクらを置いてけぼりにするなんて、どうしてそんなこと言うんだよッ!?」
ビブリオが猛烈な勢いで噛みついてくるが、はいそうですかとはいかない。
「いや、そうは言うがな。俺たちがこれから行くのは戦場なんだぜ? 盾になってる出城はあるが、それでも最前線のな」
どれほどの激戦区となっているのかは私も知らない。しかし、もし夢で見たあの蹂躙の景色そのままであるのなら、ほとんど戦いにもなっていない。
ましてや村で襲ってきたのを追い返していた今までのと違って、大勢を相手取っての援軍としての働きを求められているのだ。
村と違って防壁があるとはいえ、私が守りについているわけにはいかない。
そんな危険が目に見えているのにビブリオやホリィを連れていくなど、恐ろしくてたまらない。
「そんなの分かってるよ! でもボクにだって回復や攻撃の魔法が使えるんだ! ただの子どもじゃ、役立たずじゃないよッ! 友だちの、ライブリンガーの役に立ちたい、立てるんだよッ!?」
「そりゃ分かってる。さっきの戦いだって、ビブリオくんたちの力があったから何とかなったし、ケガした部下たちだって回復できてる。だが頼もしいからってのと、コイツは別の問題でな……なぁ?」
助けを求めるマステマスさんの目配せに、私はうなずいて説得役のバトンを受けとる。
着いていくのを許してくれ。そうすがるビブリオの目が私の心を掻き乱しにくる。
だが、ここは毅然と答えなくてはならないところだ!
「私もビブリオたちが付いてくるのには反対だ。私たちを助けてくれたその魔法の力で、今度は自分達の村を守っていてほしい」
だがへたれてしまった!
気を入れたにも関わらず、村の防衛という役割を理由に諦めさせようとしてしまった。
こんな私の答えに、ビブリオは唇を尖らせると、なにも言わずに走り去っていってしまう。
エアンナは離れていくビブリオの背中と私たちをしばらく見比べていたが、やがてビブリオを追いかけて行ってしまう。
私は離れていく二人を引き留めようと口を開く。
だが、一体何を言えば良い。
友だと言ってくれたビブリオの思いを無下にしておいて、どんな言葉をかけられるのだ。
結局何も言えずに、私は口を空回りにするだけ。
そんな私の足にマステマスさんが手を触れる。
「俺だって反対してるんだ。大将が気を落とすことじゃないさ」
「……ありがとう、マステマスさん」
「なんのなんの……って、そのマステマスさんってのは止めてくれって、マッシュで良い。じゃあ隊の連中の準備ができたら出発な。北東から狼煙が上がったら、最悪俺と大将で先行って形で」
「わかった。マッシュ」
「おう。準備ができたら迎えにくるからな」
行軍の準備に向かうマッシュを見送った私は、せめて村のために多くを残そうと、時間一杯まで工事に取りかかるのであった。
そうしてしばらく。
支度を整えたマッシュ隊の皆と並ぶ形で、私は村の東口で村人からの見送りを受けていた。
ちなみに車形態でだ。
「ありがとうございました勇者様、お陰でワシは命拾いしましたわ」
「村の水源を塞いでた岩のことも助かりました。生まれがどうあれ、勇者様は村の守り神様ですじゃ」
「国境の砦の戦いに出向くそうですが、騎士の皆さん共々どうかご武運を……」
「ありがとうございます。皆さまもどうかお元気で」
村の皆さんが代わる代わるに私の黒い車体を撫でてくれるのに、私も皆さんの健勝を祈り返す。
しかしそうした武運を祈り見送ってくれた人々の中に、ビブリオやホリィ、フォステラルダさんたち神殿暮らしのみんなの姿はなかった。
見送りに来たくもなくなるほどに怒らせてしまった。そういうことなのだろう。
そんな気落ちした私の車体にマッシュがノックした。
これを受けて私は、慌てて沈みかけた車体を持ち上げる。
気がつけば村人たちはみんな出発する私たちから少し離れたところに下がっていた。
そんな彼らに対して、マッシュは一歩前に出ると、張った胸に空気をためる。
「皆の者、見送り感謝する! 頼もしき勇士ライブリンガーの助力と、彼の出発を快く認めてくれた皆の志にはこのマステマス・ボン・イナクトの名に懸けて必ず報いる!」
素のマッシュらしくない、武人らしく堂に入った台詞。
そして言い終えるやすぐさまに鹿毛の愛馬に跨がって、その鼻先を目的地へ向ける。
自分達の長に続いて踵を返した兵士さんが動き出すと、次は私の番だ。
草原を軽く均しただけの道にタイヤを転がして、行く手が正面に来るように切り返そうと__。
「ちょいと待ったぁッ!!」
この唐突な待ったの声に私はブレーキ。マッシュたちも何事かと足を止める。
そこへ村の奥からバタバタと駆け寄ってくる者たちの姿が。
フォステラルダさんを先頭にしたその集団は、彼女が世話している神殿住まいのみんなであった。
その中にはもちろんホリィとビブリオの姿もある。
「来てくれたんだね!?」
嬉しい!
来てくれないものと思っていただけに、ちゃんと見送りに来てくれたことが、ただ嬉しかった!
「ああ、来たともさ。回復魔法使いの治療義勇兵としてね!」
だがフォステラルダさんから返ってきた一言には、その喜びも吹き飛ばされてしまった。
なるほど、よく見れば彼女とホリィが着た神官服は旅に向けた丈短く、動きやすい軽いものになっている。
遅れたのはこの支度のためと言うわけか。
「いや、ちょ!? ……ライブリンガーの助力を認めてもらえただけで充分だ。それに先に働き手を兵士にと預かってしまっている。これ以上村から人手を取り上げてしまうのは忍びない! それにいかに優秀であっても、年端もいかぬ子どもたちを義勇兵になど……!?」
伯母相手に素に戻りつつも、マッシュはどうにか対外向けの領主の親族として、フォステラルダさんたちの志願を断ろうとする。
しかしフォステラルダさんはまるで動じた様子もなく、それどころか予想通りの返事だとばかりにニヤリと。
「村の目と鼻の先……とまでは申しませんが、そこで行われる戦に勇者様や騎士様が加わるというのに黙って待っていることなどできません。ならば少しでも支えになりたい。それが私ども全員の願いなのです。どうか参加を認めてくださいますようにお願いします」
下手に出た丁寧なお願いであるが、要は万一砦が抜かれるようなことがあれば、真っ先に標的にされるのはこの村であり、それを防ぐために力を尽くさせるようにと言っているのだ。
フォステラルダさんのこの主張に、マッシュは項垂れるようにうなずかさせられてしまうのであった。