108:囚われの死霊と奇妙な少女
急ぐ友たちを座席に迎え入れた私は、グリフィーヌに掴まれて空へ。彼女が異常を見つけた地点へ向かおうとしている。
「あそこ、あそこか!?」
上昇してすぐビブリオが見つけたように、目的地は探すまでも無かった。蚊柱のように群れ為して飛ぶ鳥たちが遠目にも見えたからだ。
「なんだ、あの数は!」
「あれが見えたから知らせにきてくれたんじゃなかったの!?」
「いや違う、私が見つけた時にはあんなに濃くはなかった!」
ということは報せに降りて二、三話している間に驚くほどまでに勢いを増したと!?
「そんな、いくらなんでも早すぎるわ!?」
「とんでもないのが出てくるかもしれないにしたって、こんなのおかしいよ!?」
急がせた友たちが焦るこの異常事態に、グリフィーヌが翼を振るい加速する。
勢い受けた友人たちを座席に受け止めながら、私は迫る地面に注目する。
人を思わせる顔をした、黒地に金の差し色をした羽毛を持つ鳥たち。それらが「とむらえとむらえ」と叫び囲うその中心では、地面が黒い靄を吐き出してひび割れていた。
噴き出す靄の勢いを増しつつ膨らむ地面の亀裂は、さながら孵化を迎え内側から破られつつある卵の殻か。しかし警告の鳴き声と禍々しい気を伴って生まれるのが、赤子のような愛らしいもののはずもなく。
程なく瘴気を纏った巨大な人骨が姿を現す。
体格はマックスの私と同程度か。乾いた骨の軋み擦れる音を産声として立ち上がるものに続いて、同じような巨大人骨が次々と地を割って出てくる。それらは閉じ込めようと辺りを囲う鳥の群れへ顔面から突っ込み食らいつく。
バリバリと顎を鳴らしながら、身に纏ったぼろ切れのような靄の勢いを増す巨人骨たち。その光景にビブリオもホリィも嫌悪感に顔をしかめる。
しかしその一方で、私は黒靄のなか、鳥の群れとは別方向に延びる手とその標的を見てしまった。
「グリフィーヌ、離してくれ」
「うむ! 行くぞ!」
何も言わずに了承してくれたグリフィーヌが勢いを増して私を放り出す。
身構えた友を内に地を弾んだ私は、地を噛むのを待つのももどかしいと回していたタイヤで地を蹴り滑る。
気合いの唸りと朝焼けの光。それらを纏って突っ込む私に、巨大な骨格はその虚ろな眼窩を私に向ける。
だがそうして伸ばした手は、稲妻を纏うグリフォンの爪に撃たれてへし折れる。
それでもなお振るわれ落ちる蹴りや踏みつけを交わして、私は黒く煙る景色を切り裂き駆け抜ける!
「チェーンジッ!!」
そして人型へ変形。その途中で投げ出してしまった友二人を身を翻しつつ抱きかかえ、逆の腕は勢いに乗せて打ち出し、インパクトと同時のスパイクシューター!
これが骨を軸に黒い靄で包んだ巨大な手のひらを粉砕。その持ち主を大きくのけ反らせる。
そこへダメ押しのプラズマショットもつけた私は、背後にいるものへ振り返って膝をつく。
「キミ、大丈夫だったかい? なぜこんなところへ?」
そう私が声をかけたのは長い黒髪の少女だ。日を浴びてないのだろう白い肌をした彼女は、その大きな黒い瞳で私を見上げたまま、口を開いてくれない。しかしそれは、私を鋼魔と思い怯えて固まっている風ではない。まるで作り物のように眉ひとつ動かさず、ただ私を観察しているようだ。
そんな彼女だが、にわかに細く白い腕が持ち上げると、私を指さす。
「後ろ」
ワンテンポ遅れて、それが警告だと気づいた私は、先ほど巨骨を殴り飛ばした腕を振るう勢いで振り向く。
バックナックルのぶつかったのは黒い靄でできた大きな平手だ。粉砕したばかりでもう再構築してきたと言うのか!?
「ビブリオ、ホリィ、あの子を頼むよ」
「分かった。任せて!」
私と友たちともろともに背後の少女を押し潰そう。そんな勢いで骸骨が押し込んでくるのを受け止めながら頼めば、二人は力強くうなずいて私の腕から飛び降りる。行き掛けの駄賃とばかりに悪霊祓いの魔法を放った上で。
「ありがたい!」
この最高の援護、逃さず掴む! その一心で私は大きく怯んだ巨大な死霊へプラズマショットを連射。その間に頼もしい味方をこの手の中に呼び出す。
「ロルフ、カリバァアアッ!!」
「承知!」
応ずる声に合わせて開いた門から落ちてきた閃光が、正面の死霊の頭蓋を穿って私の手に。
狼の顔を鍔に刻んだ剣を握りしめた私は、朝焼けのオレンジに輝く分厚い刀身を横薙ぎに。
大きく延びた刃は正面はもちろん、側面、そして背後から私たちを取り囲んでいた巨大な死霊の膝を断ち切る。
そんな地響きを連ねて転んだ巨体たちの一体に、私はすかさず太陽の輝きを灯したロルフカリバーを叩き込む。
角を生やしつつあった頭蓋はロルフカリバーから伝わった太陽色の光を嫌うように爆散。そのまま風に流れるままに溶けていくものがある一方で、黒い靄に包まれて常人大の人骨として再構築を始めるものも。
「迷わず安らぎの地へ!」
そうはさせじとビブリオの放った闇色の縄が、黒靄を突き破って人骨を捕え、そのまま地の底深くにある冥界へと引っ張っていく。しかしそれも全てではなく、縄を逃れるものも。しかし黒靄に包まれた遺骨は、むしろかわした縄を求めるように手を伸ばしている。
ということは、正体はともかくあの黒い靄が死者を手駒と捕えているということか!
「生命を、死してなお弄ぶなどッ!!」
憤りのままに高めた光を放射。これで周囲の黒靄を大きく吹き飛ばす。
さらに重ねて剣を振るって、邪悪な靄がまとめて形作った巨人骨を解き放つ。
さらにグリフィーヌの雷光も邪な曇りを切り裂き、ビブリオとホリィの魔法が闇の中から出てきた迷い子の手を取り、行くべき場所へ導く。
まだ多くが囚われたままだが、この調子で解放していけば程なく苦しみから解放することができる。
「上が危ないよー」
そう確信したところで、抑揚のない警告が私の心を冷ます。そしてとっさに振り上げたロルフカリバーが黒い靄の固まりにぶつかる。
「そんなッ!?」
「まさか殿の振るった拙者が切れぬとッ!?」
そう、ぶつかって突き破れないのだ。さっきまで朽ち木のように朝焼け色の刃に砕かれ裂かれていたはずの靄の固まりに、全く刃が入っていかない!
支えた姿勢のまま、なぜだと疑問に思考を塗りつぶされた一瞬、衝突で生まれた均衡が一気に叩き潰されてのし掛かってくる。
「ライブリンガーッ!?」
友たちの支えになるべく。しかし受け止めた重みに私が呻くのに、誰からともなく声を上げる。心配無用。と笑って安心させたいところだが、この重量は!?
「浄めの光を受けて退いて!」
「囚われた死者たちを御元へお導きを!」
「この! 腕の化け物がッ! 我が勇者と友たちをやらせはせんぞッ!!」
足元のホリィとビブリオが魔法をかけ、さらに頭上から雷鳴混じりの叫び声が響くとおり、グリフィーヌもこの塊を退けようとしてくれている。いるようだがしかし、圧力は増す一方で!
「みんな! タイミングを……呼吸を合わせて、その一瞬一点に全力を!」
「分かった、任せてよ!」
膝が軋みながらも潰されまいと支える私の叫びに、仲間たちは一にもなく了解と応じてくれる。この力強い声に、私は頼もしい剣の柄を握りしめる。
「いくぞ、みんなッ!!」
一呼吸の間にためた力を、合図とともに解き放つ。合わせて仲間たちも各々が出せる全力を私に圧し掛かる邪悪に叩きつける。
全員の力を束ねて押し返しにかかるも、しかし黒い塊はビクともしない。それどころかさらに重圧を増してさえ来る。
「これまでが、小手調べだったとでもいうのかッ!?」
ますますに強くのし掛かる重圧にロルフカリバーとそれを支える私の機体からの軋みが大きくなる。
だが諦めてなるものか。たとえ私の体が砕け散ろうとも、友たちの命は守って見せる!
「ロルフカリバー、付き合ってもらうぞ!」
「殿といっしょならば、道理も無理でこじ開けてやりましょうぞ!」
そしてさらに力を振り絞ったことで、落ちてくる黒い靄に輝く切っ先が入る。
「助かったよ。これでみんなまとめて冥界に送れるよ」
刺さるに続いたそんな抑揚のない一言を受けて、黒い靄から手応えが失われる。まるで空気の抜けた風船のようにふにゃりと崩れて、我々の放つ光に押し上げられるまま空に消える。
これまでがなんだったのか。そう思えるほどのあっけない幕切れに、私たちは揃って知らない顔である黒髪の少女を見る。これに当の少女は無表情に両手の親指を立てて見せてくる。
「イエーイ。ナイスファーイト」




