107:散っていった勇士には安らぎを
「この地に散った勇士たちよ。迷わず安らぎの地へ向かってください」
「遅くなって申し訳ありませんでした。エウブレシア様の御許で、どうぞ安らかに……」
ボク、ビブリオがターンアンデッドで開いたさまよう魂をみちびく門を開いて、ホリィ姉ちゃんが隣で手を組んで祈ってる。そうやってボクらが見守ってる中で、いくつもの光の玉が地面に開いた門に吸い込まれてく。
門を潜っていくのはここで、鋼魔との戦で無くなった人たちの霊魂だ。いまボクたちはアジマ火山のふもと、鋼魔との決戦場あとに来てるんだ。
「これほどまでに迷える魂が残っていたとは……もっと探しに来なければならなかったのだね」
黒いクルマ姿なライブリンガーは、この景色にチカチカする目を伏せて呟く。だけどそれはちがうよ。
「そんなことは無いわ。ライブリンガーが遺品や遺体を探して来てくれていたから、ずいぶん減っているんだから」
「ありがとう。だが、これはビブリオたちが危険を押してでも急ぐわけだね」
姉ちゃんのフォローにやわらかくうなずいたライブリンガーは、冥府に導かれていく魂たちを見守る。
姉ちゃんが言ってくれた通り、決戦から今日までの間に、ライブリンガー率いる鋼の勇士たちは亡くなった兵士さんたちの遺したものを拾い集めに何度もこの決戦の地にやってきてる。
もちろんボクらだってこれまでにもついて行こうとはしたよ? 頼もしいからって、友達におんぶにだっこでばっかりなんかいられないもんね。
でもアジマ山が決戦中に噴火したばっかでいくら何でも危ないからダメだって止められちゃったんだよね。
とにかく、今日まではそれで持ち帰って来てくれたのを弔って冥界に送ってたんだけど、やっぱりね。
「噴火したりなんだり、激しい戦いだったもんね。そりゃあ地面を掘りかえさなきゃいけないような人もあるよね」
きちんと故郷で弔うためって理由はあっても、掘りかえしてしまうのは気の毒に思えちゃうしね。
「そうだね。ネガティオンも、その近衛であるディーラバンも手強かったからね……とはいえ、それほどの……遺したものを持ち帰ってあげられないほどの犠牲を出してしまったということでもあると……」
また暗い顔になる。
そりゃあライブリンガーの気持ちを考えたらもっと助けたかった、どうにかしなきゃだったって思うかもしれない。思うかもしれないけどさ、そうじゃないでしょ!
「言っておくけど、ライブリンガーがいてくれなかったらこんな程度じゃすまなかったんだからね?」
そのへん分かってるの?
そんな感じでジト目で見てみたら、困った感じの苦笑いが返ってくる。
「ライブリンガーが居てくれて、私たちに味方をしてくれたから、こうやって落ち着いてお弔いが出来ているのよ? そうでなかったらここで決戦を挑めもせず、メレテも今ごろは滅ぼされてたかもしれないわ」
姉ちゃんも言ってくれてるみたいに、ライブリンガーがいなかったもしもなんか、最悪だよ。そもそも危ないところを助けてもらったボクらだって、こうして生きてるかどうか分かんない。救えなかったのよりも、救えたのの数を数えてほしい。そうしたらきっと沈んだ気持ちだって楽になるはずなのに。
でもライブリンガーは、影のかかった笑顔で「ありがとう」ってうなずき返してくれるだけなんだ。
「この人たちだって、たしかに死んでしまったけれど、ライブリンガーのおかげで冥界に行けてる……救われてるんだからね」
「それは、そうだろうが……行くべき場所も分からず、迷ってしまっているのはたしかに不憫だろうけれど……」
「それもだけれど、それだけじゃないわ。そうした苦しみは、やがて魂を蝕んでしまうの。そしてついには生きているもの全てを憎悪する怪物になってしまう……」
そうなったらもう人だったころの心も何もない。それどころか逆に思い出にすがるように、生きてたころの大切なものに飢えをぶつけていくだけになってしまう。
そこまで濁ってしまった亡霊を救えるのは、もう冥の精霊神様だけだ。それも冷たい苦しみもあったかい記憶もぜんぶぜんぶ、まっさらになるまで洗い流して。精霊神様でさえそうなのに、ボクら人に出来ることは多くない。それこそ止めて冥界に送ってあげることだけだ。
「ああ。だからこそ二人は戦場跡に残された魂の供養を急いでいたんだったね」
「うん。エウブレシア様も冥界の管理でおいそがしいからね」
「たしか大地とその奥深くの暗黒を管理する神様だったね」
「ええ。お優しい御方なのよ」
昔々。天冥火水それぞれを司る四柱の精霊神様たちによって世界は巡って、豊かな恵みに支えられていた。だけれどその恵みによって命が育まれて数を増やすにつれて、数を増やす死が世界の巡りを濁らせ始めた。
それぞれの精霊神様も濁りを取り除こうとしたけれど、そのために力を割り振っただけ恵みが減って、濁りがよけいに濃くなることに。
困り果てた精霊神様だったけれど、冥の精霊神エウブレシア様が自分の管理する大地の深くを死者の安らぐ場所として開いて下さったんだ。
「そのおかげで、命は死んだ後にも安住できる場所をもらえて、世界の巡りは正しくなりましたとさ」
「生を全うした後にも安息の地がある。だからこそ命は安心してその生を謳歌できる……これまでにも魔法をはじめとしたこの世界の成り立ちを学んできたが、私はやはりこの話が好きだな」
ボクが話を締めくくると、ライブリンガーは柔らかくチカチカさせた目を冥界の門に向ける。
だよね。冥の精霊神様にはありがとうしかないよ。でも冥界の管理があるから、大昔の戦いで番人を任せてる聖獣を送ってこれなかったのもあって、他の三柱と比べて人気はいまひとつなんだよね。
「それでも、そうやって私たちのためにお忙しくされている精霊神様の手と心を煩わせないためにも、亡くなった方々の安らぎのためにも、きちんとお弔いはしないと。御使いの鳥が飛び始めたりする前にね」
「御使いの鳥? というのは? 聖獣とは違うのかい?」
「違うことないけど、セージオウルたち三聖獣とは、またちょっと違うかな? 強さとか偉さとか」
「御加護を受けてる鳥や獣や魚たちね。聖なる獣と呼べなくもないけど、人間と話せるわけじゃないし」
「あれ? エウブレシア様のトムラエは喋らなかった?」
「あれはそれっぽい鳴き声なだけよ」
「喋ってる風なって、どんな鳴き声なんだい?」
「それは……」
どんなもんかボクらが説明しようってしたところで、ふっと大きな翼の影がボクらの上に。
噂をしてたらホントに影が――なんて思ったけれど、その翼の影は頼もしい味方の一人グリフィーヌのだった。
姉ちゃんもそれが分かってふうって息をついてる。
「なにか危険が迫っているのかい?」
空から辺りの見張りをしてくれていた彼女が降りてきたからには、何かあったのだろうとライブリンガーが尋ねる。だけどグリフィーヌはワシのクチバシを迷わせる。
「小さな鳥型が少し離れた場所で群れを成しているのだ。その場に留まっていて、コチラに来る様子は無いのだが、それが奇妙というか、不穏な気配でな……」
危険だと断言できない。けれど知らせないわけにはいかないだろう。そんな感じで持ってこられた情報に、ライブリンガーはどうしたものかって風に腕組み考える。
だけどボクと姉ちゃんはピンときて顔を見合わせる。
「ねえ、グリフィーヌ。その鳥たち、なんて鳴いてた?」
「む? 鳥と言うよりは人が叫ぶ風だったか。弔えー弔えー……と」
「ッ!? ライブリンガー、クルマになって急いで! グリフィーヌ、それってどっちッ!?」
「わ、分かった。だが、急にどうしたんだ?」
グリフィーヌの話を聞くなりなボクらの剣幕に、ライブリンガーはワケが分からないってとまどう。焦れったい、けどしょうがないか!
「エウブレシア様からの警告なんだ! 怨念を溜めた亡霊がいるって!」




