106:燻る不安
私はライブリンガー。
友の助けを求める声に導かれてこの世界にやってきた、黒い自動車とフルメタルな巨人の二つの姿を持つ者だ。
姿形の違う私を友と呼んでくれた二人を守るため、命を踏みつけにする許せぬ行いに抗うため。そのためにがむしゃらに戦ってきたからか、人々の多くは私を勇者と呼んでくれている。
しかし、私は本当にそう呼ばれて良い存在ではないだろう。
それは、今現在の私が剣で災いを叩き斬るでなく、専用サイズの鍬で土をほぐしているから……では、もちろんない。
人々を滅びの災いに引きずり込もうとしていた鋼鉄の魔族。その首魁である鋼魔王ネガティオンが、私が私として生まれ変わる際に分かたれた半身であったからだ。
彼との間にあった、夢による不思議な共鳴に説明はつくものの、互いに不倶戴天とぶつかっていた相手との関係は悪夢だとしか言いようがない。
しかし、これは戦いの最中に強まった共鳴と、それに伴って甦った記憶によって実感させられた目をそらしようの無い事実なのだ。
幸いにも暴走した憎しみであるネガティオンとの決戦は、私たちが力を束ねて勝利し、多くの仲間たちと共に生き延びることができた。だが――。
「本当に、これで全てが終わったのだろうか?」
強大な敵を討ち果たして、やっと掴んだ今日の平和だ。だが拭いきれない不安が、鍬を振るう私の口からつい漏れてしまう。
人々に仇なした災い。それと深く繋がる者の現存を実感してしまっているだけに。
「どうしたのライブリンガー? 疲れてるみたいだけど」
「やっぱり、まだ休んでた方が良いんじゃないかしら」
そんな私の様子を見て心配そうに声をかけてくるのは一組の少年と女性だ。
伸び代だらけの体格の赤毛の少年ビブリオ。白い修道女風の服に身を包んだ娘ホリィ。二人とも私がこの世界で初めて出会った人で、私を友と受け入れてくれた最初の人たちだ。
そんな二人を心配させまいと、私は笑顔でしゃがみこんで迎える。
「私のことなら大丈夫だよ。少し考え事に気を取られていただけだから」
だがそんな私のごまかしが通じる友人たちではなかった。
二人はいつもの笑い顔を浮かべているはずの私の顔を見上げて、余計に心配そうに眉を下げる。
「やっと工事や農業に集中できるようになったのに、それでライブリンガーの気が散るなんてやっぱりおかしいよ」
「マックスの上半身と下半身をやってるローラーとローリー。それがまだ直らないくらいに激しい戦いだったんだもの。ライブリンガーにだってダメージが残ってたっておかしくないわ」
ホリィが言う通り、ネガティオンとの決戦で大破させられた上、自爆までさせてしまったマキシビークル二機はまだ修復の真っ最中だ。戦いそのものから半月にもなるが、バラバラにしてしまった機体は現在使用不可能な状態だ。
「いや、確かにマキシローラーとローリーの状況はその通りだけれども、私自身はもうなんとも……」
そう。私の機体にはなんの問題もないのだ。問題は私の心。憎しみに駆られるあまり、諌めるべき罪悪を通り越し、守るべき命の多くを手を掛けた者の片割れである私の心だ。
ぶつかり合っている間は友の言葉に支えられ、暴走する怒りと憎しみを止めることに集中することができた。だが、討ち果たした今となって、非道を行ったのが自分の半身であるという実感が心を締め付けるのだ。
「また変なこと考えて。ライブリンガーはライブリンガーなんだって、ボクは何度も言ってるじゃないか」
「今、私口に出して……ッ!?」
「ううん。顔から何となくそうなんじゃないかって、ビブリオも私も思っただけよ」
顔の方か!
内心をバッチリ言い当てられてしまったこと。さらに心配させまいと思っている心に反して訴えてしまう顔。私はそれらがたまらなく恥ずかしく、腕を顔に被せる。
「とにかく、元が一つだって言ったって、ライブリンガーはもうライブリンガーになってて、ネガティオンのことだって討ち取ってまで止めたんだから、もういいじゃないか」
「双子の兄弟……でいいのかしら? みたいなものの行いを背負おうとする。その責任感は尊敬するところだけれど、ライブリンガー自身がやったことじゃないんだから、なにもかも全部をっていうのは背負いこみすぎなんじゃないかって私も思うわ。それも身を削って脅威に立ち向かって、静止させることも出来ているんだから」
ビブリオもホリィも重く受け止めすぎだと、私の出自をまるで気にせず以前のように力づけてくれている。
しかし親兄弟、一族の罪を注いだようなものだと言ってくれているが、それを受け入れてしまっても良いものなのかという思いもある。
元は車という道具に宿ったものとはいえ同じ魂。それが分かたれて生まれた私と魔王は、双子というにも近すぎるのではないだろうか?
この迷いが、私に友の思いやりを素直に受け止めさせてくれないのだ。
そうして沈黙する私の頭上に、力強いスラスターの音を引きつれた大きな影が。
見上げればしなやかなメタルイングで空を打ってブレーキをかけた私の翼。フルメタルグリフォンのグリフィーヌの姿があった。
「ライブリンガーのショックは分からないでもないが、二人の言う通りに思い悩みすぎだぞ。過ぎたことを考えるよりはこの先の行いをどうするのか考えた方が良いのではないか? 空ぶった刃を当てたことにはできないのだからな」
得意げに眼を瞬かせながら、翼ある女騎士はビブリオたちに続いて私を力づけようとしてくれる。
「そもそもが力をもて余しているから、そういう後ろ向きな思いに囚われるのだ。思いきりに体を振り回したのなら、おのずと視界に入るのは正面だけで、余計なことなど見ている場合ではなくなるぞ!」
なるほど。体と精神は切っても切り離せないものだ。体のダメージは精神を蝕むし、心の重荷は体の枷となる。それはフルメタルの機体である私たちも同じこと。
というわけで、体に不調がないのなら、メンタルから思い悩む暇を奪えば良いと。力業には違いないが、悪くない手だろう。ビブリオたちも同感なのか、このグリフィーヌの案にうなずいている。
「たしかに。工事とかならよっぽど大きな、それこそ、山を大急ぎで動かさなきゃってのでもないとライブリンガーがへとへとにってなるのはないだろうしね」
「そうね。グリフィーヌの考えは悪くないと思うけれど、具体的にはどうやって?」
「無論剣をぶつけるに限る! さあ、ひとつ手合わせ願おうか!」
言うやグリフィーヌは目をチカチカと美貌の女騎士形態に変形。構えを取っては打ち込んでこいと私を誘う。
そんな闘争心旺盛なグリフィーヌの姿に、ビブリオもホリィも「知ってた」とばかりの苦笑いだ。
「そうは言うけどグリフィーヌ、ライブリンガーは今、マックスになれないよね?」
「私だって合体していたんだ。そんなことは分かっているとも! そもそもライブリンガーが手合わせに集中すれば良いだけのことで、私が満足する必要はまったくないからな!?」
ビブリオとホリィ。二人がかりのジト目に、グリフィーヌは慌てて分かった上での提案だと説明を。しかし二人の怪しむ目に変化はない。普段からの手合わせ大好きぶり。それと以前のこととはいえ、命がけの戦いを渇望していた鋼魔時代のこと。この二つから来るイメージのせいだろうか。
「いや、うん。せっかくのお誘いだ。ここはひとつ手合わせをお願いしようかな」
この私の言葉にグリフィーヌはパアッと目から顔を輝かせる。
「マックスの力抜きでは私が指南されるばかりだろうが、胸を借りるつもりでひとつ、ね」
「その状態で私を抑えているだろうに何を言う!?」
続いた私の言葉に翼を振り上げる彼女に、私も友たちも揃って笑みを浮かべる。
そうだ。せっかく勝ち得た平和なのだ。思い悩むよりも、こうして笑えていた方がいいに決まっているじゃないか。




