104:捨ててこそ、届くものもある
「ライブリンガー!? おのれぇえッ!?」
「かつての王、産みの親にずいぶんな言いぐさだなグリフィーヌッ!?」
「かつての……いまさらの話だろうにッ!!」
背中を斬られて倒れた私の姿を見て、グリフィーヌがネガティオンに刃を放つ。すかさずの羽ばたきで追い付き、後押しするような十文字斬り。そこから始まるソードラッシュをネガティオンは軽口混じりにさばいていく。
グリフィーヌが時を作ってくれている間になんとか立て直さなくては。その思いから私はロルフカリバーの支えも受けて立ち上がろうとする。だが、積み重ねたダメージにたった今刻まれた痛手がダメ押しとなって体に重くのし掛かる。
そこへさらにエネルギー弾が着弾。辛うじて地面を離れつつあった膝を、また叩きつけることに。
「殿ッ!?」
「ライブリンガーッ!?」
「そらどうしたグリフィーヌ。我にはまだ片手間に勇者を撃てる程度の余裕があるぞ?」
グリフィーヌを煽りながらネガティオンはまたも額からのエネルギー弾、プラズマショットを私に浴びせる。これがまた私を地に押さえつけるダメージと重なる。
それを止めようとグリフィーヌは刃を振るう勢いを上げ、飛ぶ雷斬の密度を高める。しかしネガティオンはその尽力を嘲笑うようにあしらい、また私に攻撃を浴びせる。
このままでは私が完全に足手まといになってしまっているではないか。そんなことが、そんな状況に甘んじていて良いわけがないだろう!
「マキシローラー! マキシローリーッ!!」
このまま弄ばれていてなるものか。その一念で振り絞った力で、マックスボディを構成するマキシビークルズを呼ぶ。
「殿ッ!? しかしマックスは先ほど……!」
「分かっているさ」
もちろんもう一度マックス、マキシマムウイングヘの合体を望んでの行動ではない。私の狙いは――
「なに!? 上に!?」
ネガティオンの頭上からの直接攻撃だ!
私の呼び声に応じて開いたゲートから、マキシローラーが落ちてくる。
頑丈なローラーにさえ亀裂の入ったその機体は、辛うじて車の体を成しているといった程度。しかし二台立て続けの質量ともなればッ!
「グリフィーヌ、離脱をッ!」
「いいやまだ! ギリギリまでやる!」
脱出を求める私の言葉にノーと返して、グリフィーヌはネガティオンとの剣舞を続ける。危険だが、命中率を高めるためにはやらなくてはならないか。悔しいが!
グリフィーヌならばギリギリで離脱出来るはず。そう信じて私もプラズマショットとロルフカリバーの切っ先からの鋭利なエネルギー弾の連射で翼ある女騎士を援護する。
グリフィーヌと私たち、そして頭上に控えたマキシビークル。この三方同時にはネガティオンも対応しきれずに足止めを食う。
その間にもボロボロのマキシローラーはゲートから車体を乗り出し、ついに後続に押し出される形で自由落下に。
「もうだめだ! グリフィーヌ!!」
私が斬撃と飛ばした警告に、グリフィーヌは返事の間も惜しいとダメ押しのサンダーブレードを一閃。それを置き土産に離脱する。巻き添えにしようとネガティオンの伸ばした手を変形で回避。ネガティオンだけをひび割れたローラーと車体の下敷きにした。
そして熱で乾いた土が大質量で舞い上がる中へさらに重ねてのマキシローリーだッ!!
脚部の大半を構成するタンク部。ひび割れたそこに込めたバースストーンエネルギーが落着の衝撃で爆発する!
殴りつけてくる衝撃波に、私はロルフカリバーをアンカーにして踏んばる。
「グリフィーヌ、無事かいっ!?」
自分でやっておいてなんだが、余りに強烈な爆風に、至近距離で地面を頼れずにいただろうグリフィーヌが心配になって、無事の声を求めて声を上げる。
「ああ。問題ない。いっそのことと無抵抗に風を受けたから、派手に距離が開いてしまったがな」
やれやれとグリフォンモードの翼をゆるゆると動かして戻ってくるグリフィーヌの姿に、私はロルフカリバーを杖に胸をなでおろす。
そんな私の一方、グリフィーヌはある一点を見やりつつ苦笑を浮かべている。たぶん爆心地だろうその方向に目をやれば、巨大なクレーターが出来ていた。
火山の山肌を深々と抉ったそこには、火口から溢れた溶岩が流れ込んで、高熱の塊が赤々と輝いている。うん、自分の行動の結果ながら、コレはひどい。しかし麓へ流れる分がこれでいくらかでも減ったのならば良いことか。
「これならば、さすがの鋼魔王もひとたまりもないだろうな」
「……ああ、そうだろうね」
グリフィーヌの言葉で私はこの被害を何のために起こしたのかを思い出す。これは集中力が切れてしまっているな。返事するのに間が空いてしまっていたからか、グリフィーヌとロルフカリバーにもお見通しだとばかりに、苦笑する雰囲気が伝わってくる。
「しかし、まだ終わったわけじゃあない。急いで麓に戻って仲間たちを助けに行かないと」
「そうだな。我々の帰還を見れば、ここでの戦いの結果を悟って鋼魔軍も浮足立つことだろうな」
「ですな。早々に囲いを破って戦場を移しませんと、決着を急いだ甲斐もないですからな」
後始末に向かおうと促す私に、グリフィーヌもロルフカリバーも特につつくことなく同意してくれる。
しかし、いざ移動しようと麓へ向かって変形したところで、強烈な光弾がグリフィーヌの翼を撃った。
「グリフィーヌッ!!」
とっさに私はチェンジ。呻いて宙で傾いだグリフォンの体を受け止めるべく、光弾の来た方向へスパイクを射出しながら飛び込む。
辛うじてグリフィーヌの機体を受け止めることはできたものの、私の足にも鋭利な刃が走り、装甲を切り裂く。
そのダメージに視界が白黒する中、私はこれが何者によるものか、半ば確信を持って振り替える。
「ネガティオンッ!?」
受け止めたグリフィーヌを庇うようにして見れば案の定、デフォルメ剣士にチェンジし身構えたロルフカリバーの向こうにいたのは、ネガティオンネイキッドの姿だった。
「ば、バカな……完全に、殿のマックスボディを捨てた攻撃は完全に入ったはず……だというのに!?」
「ああ。見事だった。今のはさすがの我も本気で死ぬかと思ったぞ。フッ……フルメタルの我が人間のように死ぬかと思った、などと言うのは滑稽だがな」
身構えながらも戸惑いの勝ったロルフカリバーへ、ネガティオンは自虐的な笑みを返す。なるほど確かに言うとおり、ヤツのホワイトシルバーのボディには亀裂や融解の跡が刻まれていて、先の私たちの攻撃が間違いなく痛手を与えたということが見てとれる。しかしそこまでだ。あれだけの攻撃を仕掛けても、ヤツには痛撃止まり。結局は倒しきれなかったということだ。
「なんてヤツだ……怪物めが……ッ!!」
現実に打ちのめされ、折れかける体に思わず悪態が漏れる。
「そう言うな。身の程知らずの抵抗にしてはなかなかだったぞ。それだけの力に敬意を表して、これからの座興を我と共に見ることを許す。そら、いよいよだ」
潰すのは最後にしてやるとばかりに悠然と指し示したのは麓の方だ。先の事もあるが、味方の苦境を確かめないわけにもいかない。なので警戒しつつも見てみれば、三方の包囲に追い詰められつつある連合軍の姿が。
ミクスドセント、そしてハイドブラザーズの巨体が尽力している様も見えるが、しかし多勢に無勢。連合軍が未だ連携を保ってまとまれているのが、奇跡と言えるほどに追い詰められてしまっている。追いたてられ、押し込まれたその先は、何者かが息を潜めて待ち伏せている分厚い金属の壁だ。
そしてついにその壁が頃合いだとばかりに、他の三方が鋼の巨体を生やした時と同じく、爆音を轟かす!
「なん、だと……!?」
しかし爆音に続いて起きたのは壁の崩壊だ。羽を生やしたいくつものピースに分解、分散して出来た壁の穴を押し広げて、連合軍は包囲を脱していく。
「ウィバーン……あのたわけめが仕込んだか!? 見下げた……いや、ここまで来れば見上げるしかない野心よ!」
まさかの状況に、ネガティオンは捨て鉢にこの状況を起こした仕掛人を称える。
これを受けて私はこの場の仲間たちと目配せ。グリフィーヌと共にロルフカリバーを掴み、スラスターを全開に突っ込む。
「ここまで……これで終わりだぁーッ!!」
「ッ! 往生際の悪いヤツめが!」
声を揃え、力の限りに突っ込む私たちに、ネガティオンはプラズマショットとチェーンソーを応射。しかし私たちにもはや避ける余力はなく、直撃しようとも決着の刃を突き立てようと、ひたすらに生きているスラスターを噴かす!
だがこの捨て身の突撃が、迎撃の光弾と刃にぶつかった瞬間、ネガティオンの放ったものたちは見えない盾に弾かれたように、私たちに触れることなく弾けて消える。
「なにッ!?」
弾いた方と弾かれた方、どちらからともなく出た疑問の声が響くなか、ロルフカリバーの切っ先はネガティオンの腹部装甲を突き破る。
―……勝利を、ロルフカリバー!―
―お願いグリフィーヌ、どうか無事で……!!―
―負けないで、生きて返ってきてよ、ライブリンガーッ!!―
その瞬間に私の胸を、勝利と生還を祈る仲間たちの、人々の祈りが満たす。そうか、この思いが、離れていても共に戦おう、支えようという思いが今、致命になるはずだった一撃を退け、この時もこれまでにも私たちを奮い立たせてくれていたのだ。この思いに応えずしてどうするのか!
そうして湧き上がった力のままに、私はネガティオンを刺すスラスターの力を強め、そうしてなお機体に収まりきらぬ分を刃を伝ってネガティオンへ流し込む!
「ぐふッ!? まさかここで、お前ごときに敗れるとは……だが、これで……ここで終わりにはさせんぞッ!」
負け惜しみか、それとも呪いのつもりか、ネガティオンは私の首を掴もうと手を伸ばす。だがその手が届くより早く、ロルフカリバーを受けた腹部が砕け、刀身から離れる。
上と下で真っ二つになったネガティオンのボディは、いつの間に火口のふちを飛び越していたのか、真下に待ち受ける溶岩を照り返して真っ赤に染まって落ちていく。
その結末を見送る私の体も、ガクンと高度を落とす。
「どうしたんだ、グリフィーヌ!?」
「すまない、ブーストで持ち直していたが、やはり限界のようだ……」
グリフィーヌの言うとおり、私たちを空に支えてくれている彼女の翼は度重なるダメージでガタついている。このままでは飛べなくなってしまう。それ以前に、私たち全員でネガティオンを追いかけて溶岩にダイブだ!
「無理はしないで、グリフィーヌ!」
とは言ったもののどうする? どうすればいい?
全員で生き残る手段を、その手がかりを求めて辺りに目をやるが、そう都合よく見つかるものでもない。
「構わんライブリンガー、私が翼の続く限りに飛べば、壁に取りつくことも出来るはず! それで私を手放せば……」
「バカなことを言わないでくれ! スパイクでも剣でも打ち込んででも支えきるぞ……っと、そうだ!!」
グリフィーヌの案を却下する言葉の中で閃きを得た私はロルフカリバーを突き出す。
「ロルフカリバー、マックスサイズだ!」
「承知ッ!!」
思いつきの指示にロルフカリバーは何も言わずに巨大化を開始。私は膨張する柄に、逆らわず手放して飛び乗る。しかしこのまま波乗り板に乗って脱出するわけではない。ロルフカリバーにも、私たちを乗せて飛べるまでの余裕もない。
同時にカリバーの切っ先は溶岩の光で赤く染まった岩壁に突き刺さる。
「持ってくれよッ!!」
カーモードにチェンジした私は、分厚い刃を道路に岩壁めがけて疾走。グリフィーヌには私の車体に爪をかけてもらって、翼を休ませつつもスラスターのパワーで後押ししてもらう形だ。ダメージもあって車体が軋む。だが構ってなどいられない!
しかし壁を目の前にというところで、ロルフカリバーを、私たちを支えていた岩が崩れ、刃が抜ける。
「殿ッ!!」
「私の手に!」
跳ね上がった切っ先をジャンプ台に飛んだ私は空中チェンジ。グリフィーヌに片腕を掴ませ、逆の手にロルフカリバーを呼び戻して再び岩壁に突き立てる。
深々と突き刺さったロルフカリバーは、しっかりと私たちを支えてくれる。しかし助かったといつまでもぶら下がってもいられない。
私たちの真下では、溶岩がまたグラグラと不穏な気を吐き出しているのだから。
「頼むぞグリフィーヌ!」
「ああ、任された!」
ロルフカリバーを引き抜き、壁を蹴ってスラスターを噴かす私を、グリフィーヌが後押し。それで稼いだ高さを記録するように、ロルフカリバーを壁に突き刺し、またすかさずに壁を蹴って上昇。この繰り返しで火口からの脱出を目指す。
「あと、一歩ッ!!」
「殿、また噴火がッ!?」
無事の脱出を目前にロルフカリバーからの警告が。しかし私は下の方を見ることなくただひたすらに脱出を急ぐ。
「よし! 抜け……」
しかし脱出成功を喜ぶ声は、真下からの爆音と高熱の塊に飲み込まれてしまうのであった。




