101:断ち切ったモノは
「ライブリンガー、貴様まさかこのまま噴火口に突っ込んで心中しようとでもいうのではあるまいなッ!?」
それも悪くははないが、まだその時ではない。最後の最後、力と技を出し尽くし、知恵を絞り切り、立ち向かう手段に窮しきったその時には躊躇なく切る切り札だ。
冗談ではないぞライブリンガー! ビブリオとホリィの無事の帰還を願う祈り、そちらでも聞こえているだろう!? 私と合体しているうちは……いや、この目が輝いているうちは決してそんなことはさせん! させんからな! ライブリンガーを失うなど、私が許せないのだからな!!
そんなに荒ぶらなくても分かっているさ、グリフィーヌ。溶岩に飛び込んだくらいで終わらせられるとは私だって本気で考えているわけじゃない。武器になるものは惜しまず使うという気構えの話さ。
体を共有するグリフィーヌに応じながら、私はネガティオンが押し当てようとするアームカノンをロルフカリバーの柄尻で殴打。その砲口を逸らさせる。
そこからすかさずに機体とバスタートルネードを深く押し込み、抵抗のための動きを封じる。
さらにその勢いに乗せて火口から溢れ出た溶岩流に鋼魔王の背中を押し込む!
「グゥッ!? やはり思い切りのいい……この辺りは我の一部だったというだけはあるか?」
「それを言うなッ!」
溶けた岩が飛沫と飛び散り降りかかってくる。が、バスタートルネードの余波で吹き飛ばして無視。認めがたい現実を突き付けて煽るネガティオンをさらに溶岩流に沈める。さらにおまけにプラズマショットも叩き込んでいく。
「自分でも認められたものではないと言いながら、私への挑発には使うのだな!?」
「クク、クハハ……フハハハハハハッ!!」
「何がおかしいッ!?」
「挑発と分かっていて乗ってくるからなぁ!?」
この一言に合わせネガティオンの機体が膨らむ!? いや、手ごたえは膨れる勢いで押し返してくる風であるが、実際に機体その物が膨張しているわけではない。物理的な手応えさえ感じるほどに強固な防御エネルギーが全身から放たれているのだ!
マキシマムウイングのパワーで押し込む私の重量さえ跳ね返すこのエネルギーに、私はウイングスラスターのベクトルを反転。自分からもネガティオンから離脱。さらにジグザグ軌道を描いて砲撃の狙いを定めさせない。
そうして牽制のプラズマショットを重ね、構えて飛翔する私の見ている中、溶岩流から飛び出すものが。白く分厚いその飛翔体はもちろん変形したネガティオンだ。その重爆撃機じみた重厚な機体は噴煙で曇った空を切り裂き飛ぶと、エネルギー弾が無数にばらまいてくる。それらはまるで自分の意思を持っているかのように弧を描き、私へ殺到するのだ。
これに私はネガティオンを追い抜く勢いで急上昇。破壊エネルギーのミサイルを振り切りにかかる。が、アームカノンで放たれるものよりも小ぶりな塊たちの追尾の手は緩まず、私を追いたててくる。
そのまま噴煙を貫いて出た私の横っ腹めがけて、白い重爆撃が突っ込んでくる。
「認めがたく、不愉快な話ではあるが、お前さえ消し去ってしまえば終わること! そのために使えると思えば我慢するさ!」
「なにをッ!?」
先の挑発に使うかに対する返しの言葉を添えてのエネルギーカノン。直進性と破壊力の高い太いビームを、私はほぼ直角の方向転換で回避。そのまま横を抜けていこうとする鋼魔王の飛行形態へバスタースラッシュのお返しだ!
「良く避けたものだが、尻を気にせずにいていいのか?」
鋭く延びたエネルギー刃を、ネガティオンは人型にチェンジして切り払い。くすぐるような警告の言葉とアームカノンを。
この砲撃をシールドストームで逸らすのと同時に、エネルギーミサイルが噴煙を突き破って足元に。
私の足に噛みつこうと迫るこれを、グリフィーヌの巧みなウイングコントロールが避けてくれる。そのまま再び重爆撃機へチェンジしたネガティオンを追いかけつつ、後方へサンダークローを置いていく。
これがネガティオンの追尾エネルギー弾と相殺。私はその爆風に背に受けて加速、ネガティオンに両手分のバスタースラッシュを叩き込みに。
「あいにくと、私の死角は補ってくれる仲間がいるのでね!」
「なるほど。ではこれでも凌げるか?」
思いきり振りかぶった私に、ネガティオンはミサイルをばらまき変形。正面から迫るエネルギーミサイルに、私はプラズマショットを連射、爆散して道を塞ぐ破壊力を突き破って渾身の剣を叩き込む。
結晶質の刃と衝突したことで弾けた破壊竜巻が噴煙を大きく吹き飛ばして風穴を開ける。その穴を通して見えた赤々とした噴火口へ鋼魔王を押し込むように、私は立て続けにロルフカリバーを振るう。
刃で受け続けねばならないのなら、さすがのネガティオンでも飛行形態になる暇はないだろう!
「しかし解せんな。我の一部であるお前が、なぜこうまで人間などを守る? 人間ごときのために戦うというのだ? お前もあの記憶を思い出したのだろうが」
落下しながら私の剣を凌ぎつつ、ネガティオンはまた惑わそうというのか、疑問の声を投げてくる。だがその手は食わん!
「解せないのは私の方だ! かつて一つであった頃の、私でない私だったころの思い出がお前の中にもあるのなら、なぜ今なお人間たちの抹殺にこだわる!? あの暖かな記憶を、思いをくれた、彼と同じ人間のッ!?」
そうだ。さも自分の心理こそが自然だとばかりの口ぶりのネガティオンだが、そんなことはない。
思い出の中でハンドルを握り、共に様々な景色を見た青年や、私を友と信頼してくれるビブリオやホリィのような者たちもまた人間なのだ。そんな彼らと共にありたいと、奪われまいと守ることの何がおかしい!
「それを奪うのもまた人間だろうが! 面白半分の悪意で狂暴な力を玩び、他者から奪うのが人間なのだ!? お前が守るべしと説いているのはほんの一握り! いやさ一面、一欠片に過ぎんぞッ!?」
この言葉と合わせて互いに突き出した刃が火花を散らして滑り、ネガティオンの脇腹が、私の左の肩が深々と裂ける。
その余波で離れた私たちは、共に火口近くに着地。そして共に相手の存在を認めるや、剣を叩きつけにいく!
「そんな一面があると認めながら、お前はまだ一緒くたに滅ぼしたいのか!?」
「美しい記憶に惑わされて。現実から目を背けるな!? 悪意を持って悲しみを生み、心を憎しみに染めて連ねようとするのが人間だッ!!」
言葉と共に衝突を重ねる刃が、互いの鋼を刻む。しかし積み重なる傷の一つ一つは私の方が大きく、深く、数多い。それはまるでネガティオンの憎しみこそが勝っていると、正しいのだと見せつけられているようだ。
たしかに、あの思い出の中で味わった喪失感は、悪意への怒りは私の中にも深く刻み込まれている。あんなことは許せない。それは間違いない。それは偽りない本音だ。
「我がいなくとも、人間はいずれ拭いがたい悲しみと憎しみを生みだし、その思いに焦がれるままに互いを食らいつくすのだ!! 我の心がそうであるようにッ!!」
そして憎悪で鋭く研がれた結晶質の刃はロルフカリバーの肉厚の刃を削ぎ、私の右腕と左足を深々と切り裂いた。このダメージに膝関節が力を失い、たまらず膝を着くことに。
「そうだ! 人間など守るに値しない! 身勝手で、強欲で、己の楽しみのために他者を平気で踏みにじるのだッ!! いずれ来る滅びに我がなってやる、それだけのことよッ!!」
この私の姿にネガティオンはトドメだと剣を上段に構える。
なるほどたしかに私は力及ばなかった。グリフィーヌの助けがあっても届かなかった。それは認めよう。だがーー
「それは……違うッ!!」
振り下ろしてきた処刑の刃に合わせて、私はウイングのパワーを全開に突進! それで落ちてくる腕を体当たりに弾きながら、両腕で支えたロルフカリバーを鋼魔王の左胸に突き入れる。
「な、にぃッ!?」
「お前の憎しみは、愛の深さがあったから……憎しみに染まりきれないお前が切り捨てた私は、人に確かな輝きがあることを、決して忘れはしないッ!!」
そして刃を支える腕のローラーを左右対回転! フュージョンスパイラルのパワーを刃を通じ機体の内側へ直に流し込む。
「ぐぉおおわぁああああああッ!?」
防護エネルギーも装甲も抜いた直流しの二重螺旋は鋼魔王の機体を駆け抜け、その上半身を吹き飛ばす!
「……か、勝った……? 勝てたッ!?」
頭と左腕が肩から弾け、荒々しいその断面から火花を散らす巨体に、私は安堵の息を吐く。
かつて青年の運転する車であった頃。その良心から生まれたのが私だとして、これで憎悪の暴走を止められたと、生まれた瞬間に背負った因縁に決着をつけられたということか。
「……やはりぬるいな、お前は」
しかし聞こえるはずのない声を聴覚が受け止めたかと思いきや、残るネガティオンのボディが爆散。叩きつけてくるその破片の中、ひと際大きな白い塊を見た瞬間、私の視界が強烈な痛みと共に暗闇に閉ざされてしまう!