04 前の人生ではサッカークラブだったはず
前回のまとめ
エルフ娘と仲良くしてたらクラスメイトに冷やかされた。
冷やかしていたクラスメイトたちも一枚岩ではないらしく、そのうちの一人、草摺襖と少し打ち解けた。
あと担任の綿噛厚司先生はちょっと怖い。
鏃さんの元カレらしい。
4年生に進級する前に、フェイルさんや鏃さんのことを、もう少し踏み込んで知りたいと思う我らが主人公、皆焼鎺であった。
「4年生になると、クラブ活動、と言うのがあるようですね。皆焼くんは、もう決めましたか?」
人生やり直し後の小学校3年生が終わろうとしている、3月後半。
掃除当番を終えてさあ下校しようかとかばんをかついだ俺に、フェイルさんがそう尋ねてきた。
「そう言えば、そんなのあったなあ。何に入ろうかな」
わが母校の方針では4年生になった時点で、全校生徒、半ば強制の形で「クラブ活動」という放課後サークル的なものに参加しなければならなくなる。
週1か週2(どっちだったか忘れた)の活動で、成績等には全く関係しないから「家族の用事があるので」と言ってしまえばサボりまくっても良い。
意味があるのかどうかわからないものだ。
「私は、絵画クラブと言うものに入ろうと思っています。絵を描くことに興味があるので」
「へえ。いやまあ、似合ってるし、いいと思う。とても」
うちの小学校に弓術クラブとか無いしな。
エルフだったらクラブに入るまでもなく達人なのかもしれないが。
「絵ねえ。いいかもな。学校の道具でできるし、試合とかないから金かからねえし。休日も潰れないし」
「楽しそうですよ。他に特に決めていないなら、そ、その、皆焼くんも……」
俺は1回目の人生で、小学校のサッカークラブに在籍していた。
なんだかんだ練習キツイし、休日が試合でつぶれたりするしで、他にやりたいことをまるでできなかった思い出があるんだよな。
体を動かすこと自体は嫌いではないが、それに生活を縛られ時間を左右されるのは、性格的に向いてないなと思って過ごしていたような気がする。
そう思ってはいても、なかなかやめられなくてずるずると続けていたんだがね。
と、怠け思考に精神を支配されつつある俺に、異変が襲い掛かって来た。
「い、いてて、頭が、いてえ、なんだいきなり……」
突然の猛烈な頭痛、そして俺の頭の中に、なにやら聞き覚えのある声が響く。
『おいおぬし、今度の生き方ではせめてもう少し勤勉になる、と言う約束を忘れたのではあるまいの』
久方ぶり登場、俺をこのおかしな平成元年に飛ばしてくれたロリのじゃ神だった。
「いや別にサボろうと思ったわけじゃなくて、文科系の素養も欲しいかなーと……」
「急にどうしたんですか、皆焼くん?」
俺が突然、独り言を言いだしたと思って横にいるフェイルさんが不安げ。
「いやいや、全然なんでもないよ。絵画クラブ入りながら、他の日は放課後に河川敷をランニングとかして、運動不足解消するのを4年生になったら日課にしようかなあ、なんて、急に思いついちゃったなあ、はは、ははは」
「は、はあ……運動は、いいことですよね」
俺の発言に脈絡がなさ過ぎて、あからさまにフェイルさんが混乱していた。
いつの間にか頭痛は収まっていた。
たまにランニングする程度の努力でいいのか、神さま的な基準では……。
「2組のユウタ、サッカー部入るってよ」
「マジで? 俺も入ろうかなー。ユウタいればきっと強いよな」
生徒玄関で、そんな雑談をしている生徒の声を聞く。
んー、サッカー部にそんな奴、俺の前の人生一回目に、いたっけかなあ……?
マジで2組のユウタ、謎過ぎる。
「家までの見送り、いつもすまないね。小さなナイトさま」
フェイルさんを館まで送り(と言っても50メートルもない距離だ)、門前で弓束鏃さんの歓待を受ける。
なにが面白いのか、くすくす笑っている。
「ヤジリー姉さんまで茶化すなら明日からやらねえけど」
しかしこれは、ガキだと思われからかわれているだけ、と判断したのでちょっと言い返した。
「あ……す、すまない少年。悪気はないんだ。許してくれ」
「俺はいいんだけどさ。気にしないし。でもフェイルさんは『自分のせいで誰かがからかわれること』をすごく気にするだろ? だからなるべく、そういうことはナシにした方が、いいと思うんだよね」
「そ、そうだな……以後、気を付けるよ。しかし、ありがたいと思っているのは本当の気持ちなんだ。そこはわかってくれ」
クラスメイトと一緒に下校し、家に帰る。
その当たり前のことを、フェイルさんに提供しているのは今のところ、俺しかいない。
それがヤジリ姉さんにとっては、嬉しいし安心することなんだろう。
「まあ俺はどうでもいいんだけどさ。4年になったらクラブ活動始まるよな。俺、多分フェイルさんと同じ、絵画クラブに入るから」
「そうしてくれるのか。本当に、ありがとう。助かるよ。フェイルも喜ぶ」
その話題で、俺は一つ気になっていたことをヤジリ姉さんに告げる。
「フェイルさん、たまに放課後に姉さんと一緒に車で、どっか行ってるじゃん。4年になったら授業も長くなるしクラブ活動もあるし、放課後の時間とか大丈夫なんか? 異世界から来た人なりに、なんだかんだややこしくて忙しいこととかあるんじゃねえの?」
これはただの勘でしかないが、よその世界からエルフ娘が日本に来ました、日本の学校で受け入れました、地域の篤志が彼女の身柄を引き受けて、保護者になってくれました、めでたしめでたし。
なんて単純な話で終わると、俺は思っていない。
俺の知らない、気付いていない所で、フェイルさんやヤジリ姉さんは、ややこしくて面倒臭い問題に、毎日向き合っているのではないかと思うのだ。
「そう、だな……これから忙しくなるのは確かだ。いい機会だから、少年にも軽く話しておきたいが、時間はあるかい?」
「基本的に毎日ヒマだよ。小学生だし。家も近所だし」
俺はヤジリ姉さんに促されるまま、弓束邸にお邪魔してジュースとお菓子の歓待を受けながら、真面目な話を聞くことになった。
フェイルさんも同席している。フェイルさん個人の事情に関して、俺が踏み込んで聞くことを了承されたということだろう。
「フェイルは約1年前、光と共に突然、この街に現れた。体中にやけどを負った状態でね……」
3人でテーブルを囲んだ場で、ヤジリさんはとつとつとそう語り始めた。
テーブルの真ん中に、何か紙が置いてあるが、なんだろうな。
ずいぶんボロボロだ。少し端っこが焦げているようにも見える。
「そのとき、たまたま一番近い場所にいたのが私だ。混乱はしたけれど、まず何よりこの子を病院に連れて行かなければならない、そう思って近場の中では最も大きい病院に連れて行った。橋を渡ったところにある、赤十字病院だよ。きみも知っているだろう」
「ああ、日赤。確かに近くの病院では、一番デカいですね」
今、俺が住んでいる故郷のこの街には、国立医大病院と日本赤十字病院、あとは農協が経営している、厚生病院という医院がある。それら以外にも、田舎の割に、デカい病院がいくつかある。
医大と厚生病院はここから若干距離があるので、一番近いのは日赤だ。
「フェイルは体も衣服もずたぼろの状態だったけれど……手に、手紙を握っていたんだ。一通の手紙を握ったまま、瀕死の少女が気を失っていた」
「へえ、異世界からの、手紙ですか」
なにが書いてあったんだろうなあ、と純粋な疑問を持つが。
そもそも、異世界の文字なら、読めないんじゃないのか、とも思う。
しかしその俺の疑問や混乱を打ち消すように、ヤジリ姉さんは説明を続けた。
「信じられるかい? その紙には、なんと日本語でメッセージが書かれていたのだよ!?」
「え、なんて?」
異世界から日本に飛ばされてきた人が、異世界語ではなく日本語の手紙を持っている。
それは一体どういうことだ? そこには一体、なんと書かれていたんだ?
『不幸にも傷を負った、罪のない少女を貴国に預ける。貴国の技術があれば、少女は一命を取り留めるだろう。しかし我々が生きているこの世界には、彼女の命を長らえるだけの手立てがない。どうか、彼女の命を救ってほしい』
「手紙には、そう書かれたいたんだ……」
そう言って、ヤジリ姉さんはテーブルの上にさっきから置かれていた、一枚の紙を開いた。
そこには、ヤジリ姉さんが言った言葉と、一言一句たがわぬ、日本語の立派な楷書の文字が、書かれていた……。
「つ、つまり、どういうことなんだってばよ……?」
俺はわけがわからないまま、正直にそう聞いた。
その疑問に、フェイルさんが寂しそうな瞳で、こう答えたんだ。
「私をこの世界、日本に送ったのは、私たちの世界に飛ばされた、日本人の男性なんです」
「は?」
なにそれどういうこと?
「つまるところ、フェイルのように向こうの世界からこっちの世界に送られてくるものがいるのと同じく、こっちの、私たちが住む日本から、フェイルたちが住む、トールキンやナルニアや、ルグウィンのゲド戦記のようなファンタジーの世界に飛ばされてしまっている日本人が、少なからずいるということなんだ」
そう言えば今日の朝、親父が新聞読みながら「また失踪者か……」とか言ってた気がするな。
てっきり某国がまた例のごとく、日本人を日本海沖で拉致誘拐した事件かなとしか思わなかったが。
情報を整理しよう。
いつどれだけ昔のことかはわからないが、日本国内から失踪者が出て、ファンタジーな異世界に飛ばされていた。
そのように異世界転移した日本人は、向こうの世界でフェイルさんに出会った。
向こうの世界で戦争かなにかの大変なことが起こったそのとき、大怪我をしたフェイルさんは、治療の望みを託されてこっちの世界、日本の、俺の住んでいるこの街に飛ばされた……。
「フェイルさんをこっちの世界に送った日本人ってのは、結局何者なんだろうな?」
俺の疑問に、フェイルさんは首を振って答えた。
「彼が私たちの世界に来て、十数年を同じ村の仲間として一緒に暮らしました。けれど、彼は自分の名前を含めて、自分自身のことをほとんど話さない人でした」
「名前も教えなかったとか、よっぽどの変わりもんだね」
「はい。自分のことは『おい』とか『ニンゲン』とか呼んでくれればいいから、と言ってました。私たちの村に人間は彼一人しかいなかったので、それで不都合はなかったのですけれど」
そのまま十数年過ごすとか、エルフの村もかなり文化が違うな、俺らと……。
「彼は、やらなければいけないことがあるから、この世界に来た、とだけ言っていました。口数は少ないけれど、真面目で働き者で、いい人でした。村のみんなからも信頼されていました。村が戦禍に巻き込まれたときも、率先して子供や若いエルフをかばって、逃がしてくれて……」
そこまで話して、目に浮かんだ涙をフェイルさんはぬぐった。
本当に戦災孤児なんだな。
俺の身内でも、確か大叔母に当たる人が中国残留日本人孤児だったが、それは今は置いといて。
「なんにしても、別の世界から唐突に、人間とは違う体を持ったエルフと言う存在が日本にやってきたんだ。役所や政府関係者は大慌てさ。フェイルが第一号で、前例がなかったことだからね」
ヤジリ姉さんが、苦労をしのばせる溜息と共に言った。
そこだ。普通に考えたら、田舎の暇そうなねーちゃんが、異世界から来たお客さんの身元引受人になって小学校に通わせるなんてこと、あるわけがない。
だから俺は、こう聞いたんだ。
「東京の、有名な大学病院で調べたられたり、政府関係の施設にフェイルさんを預けるとか、そう言う話はなかったの?」
「もちろんあったさ! それこそしつこいくらいにその手の要望が、各所からね!」
大げさな身振り手振りでアメリカ人のように話すヤジリ姉さん。
その当時、よほど苦労したのか話しぶりにエンジンがかかっている。
「しかし、たまたま私が最初にフェイルを連れて行った赤十字病院で、フェイルの体を詳しく調べてもらったところ、フェイルはどうしても東京、と言うか本州以南では暮らせない体質であるということが分かった。この、私たちが住んでいる北の大地が、フェイルが暮らすのに最適だったんだ。何故だかわかるかい?」
熱っぽく語り問いかけてきた彼女を前に、俺は少し考えて答えた。
ふむ、本州では暮らせないが、この北の果てである試された大地に適した体質、か……。
「まさか、花粉症? スギ花粉がダメとか?」
ヤジリさん、数秒の間、目を丸くして絶句。
「驚いたな……正解だよ。フェイルの体は、スギやヒノキの花粉が濃い環境ではダメージが大きすぎる体質であることが、病院の検査で分かったんだ。我々一般の人間が言う花粉症とは、また少し性質が違うらしいのだけれどね。とにかくフェイルの体に、高濃度のスギやヒノキの花粉が飛散する空気は良くないということがはっきりした。だから第一発見者である私が保護者として、この街で一緒に暮らすことが最終的に許可されたのだよ」
こちとら日本全国、職を転々住居を転々として39歳まで生きてきて小学生に戻った身なのでね。
東京とこの街と、明確に違う環境条件なんて、気温か湿度か、もしくはスギヒノキ花粉の濃度くらいしかないことを俺は経験則で知っている。
で、フェイルさんは北国真冬の屋外でも、暖房が効きまくった蒸し暑い屋内でも平気そうにしていたので、気温が原因で住むところが限定されるというわけではないと思った。
湿度に関しても、真冬の弓束邸はかなり部屋中の湿度を高めに設定している。
デカい窓ガラスの端っこは結露しているし、暖炉に併設する形で鋳鉄製の加湿器(と言うかお洒落なバカデカいヤカン)がもうもうと湯気を吐いている。
木材よりも石やコンクリートを多用している建物なので、湿度を高めにしておかないと底冷えするんだろうな、この家。
要するに今いるこの部屋、初夏や梅雨時の東京と似たような温度湿度だってことだ。
この部屋で平気なんだから、フェイルさんの東京生活を阻害する要素は温度でも湿度でもない。
消去法で花粉しか思い当たらなかっただけなんだ。
俺たちの住むこの北の大地は、スギやヒノキの花粉が少なく、イネ科の雑草花粉とシラカバ樹木花粉がアレルギーの大元である。
そもそもの話、花粉症で苦しむ人自体が東京や大阪などの街に比べてずっと少ない。
人口密度がそもそも低いしな。
つまるところ そう言う体質的な事情がなかったのなら、フェイルさんは東京に移って政府関係者や大学病院などの研究機関に管理されながら生きることになったのかもしれない、ということだった。
「わが街は、大きな病院がいくつもある割に、少し足を延ばせば豊かな自然も沢山ある。田舎にしては便利なところだ」
「近くにコンビニもできましたね」
そう、1989年、平成元年の初春。
とうとう、オラが町に初めてコンビニができただよ!
いや、市街地中心部にはとっくの昔にコンビニあったんだがな。
うちの近所にできたのはつい最近なんだよ。
「ああ、朝から夜まで開いてて便利だな。お酒が売っていないのが玉に傷ではあるけれどね……」
「鏃、お酒の飲み過ぎは人をダメにします。控えた方がいいですよ」
「う……き、気を付けてはいるさ」
フェイルさんに怒られてやんの。ざまあ。
俺は子供に戻ってから、当然のことだが酒を一滴も飲んでいない。
飲んでいい気分になってる奴を見たら、ムカついて衝動的に殴ってしまうかもしれんな。
「フェイルは国立医大と赤十字で定期的に検査検診を受けているものの、それ以外は普通の小学生として日々の暮らしを送ることができている。この平穏な日々を、私は守り続けたいと思っているんだ」
酒の飲み過ぎで怒られている三十代女性が、話を何か良い感じにまとめている。
「私、元々は森の中にある小さな村で生まれ育ったんです。この街の周りには、故郷に似てる山や森がたくさんあって、鏃が連れて行ってくれたときに、とても嬉しい気持ちになりました……」
まあ、エルフだしね。
山林が多いに越したことはないわな。
その点、俺たちが住む街は理想と言える。
なにせ内陸部の盆地なので、市街地中心部から離れれば、360度、全方位が山と森林だ。
東西南北何処へ足を延ばしても、何らかの山林にぶち当たる。
それでいて数十万人の人口を持っているいっぱしの中都市なので、商店も病院も官公庁も、住環境サービス全般的にこの街だけでだいたい一通りそろっているのだ。
そう言えば、火傷の治療もあるんだもんな、フェイルさんは。
皮膚の張り替え手術とかを日赤でやってるって、過去の新聞記事を図書館であさったときに読んだ。
皮膚の張り替え……。
そもそもフェイルさん、人間じゃなくてエルフですよね。
他の人間から皮膚を移植してフェイルさんに貼るとか、そういうことできるんだろうか……。
そんな込み入ったことを聞いて良いかどうか判断できるほど、俺がフェイルさんやヤジリ姉さんに信頼されているのかどうか、今の段階ではわからないので黙っておくことにするが。
弓束邸から帰る時、この一つだけは最後に聞いておこうと思ったことを、ヤジリ姉さんに尋ねる。
「どうしてヤジリさんは、フェイルさんのことで、そこまでするの?」
一番大きくて、素朴な疑問。
第一発見者であった、死にかけのフェイルさんを病院に送ったのがヤジリさんだった、と言うだけの縁では、普通はそこまでしないだろうと思ったからだ。
俺の質問に、少し困ったような顔をして、それでもヤジリさんは丁寧に答えてくれた。
「私も孤児、みなしごだったんだ。ここから山の方に少し行ったところに、育児院と言う施設があるのを知ってるかな?」
「はあ、一応」
地元ですからね。知ってますよ。
むしろ中学のときに一番仲の良かった友人が、育児院出身の奴だった。
育児院と言う施設は、いわゆる児童養護施設である。
親のいない孤児を預かることもあるし、複雑な家庭環境で親と一緒に暮らすことができない子供を預かることもある。
「私は小さい頃に事故で両親を亡くしてね。小学校から高校卒業までの間、育児院で暮らしていたんだ」
「はあ。それは……苦労したんですね」
「大した苦労ではないよ。院の中では基本的に生活に不自由はないし、友だち、と言うか仲間もたくさんいたからね」
自慢じゃないが、俺は大した苦労しないでのんべんだらりと生きて中年になったからな。
こういう話を聞かされても、正直どうコメントしていいのかわからん。
「育児院で暮らしている私たちは、公立なら高校の授業料も市からの扶助で無料だったんだ。なら高校までは頑張って通って、真面目に卒業しようと思った」
「立派なことだと思います……とても」
「で、真面目に頑張って勉強したおかげか、私は高校を卒業する前、三年生時の学校のテストで1位をとってしまってね。しかし、みなしごで養護施設暮らしの私に、大学受験や入学金授業料などの費用があるわけもない。さてどうしよう、浪人しながらバイトしてお金を貯めようか、それとも東京や大阪のような大都市で、新聞奨学生と言う制度を利用して、新聞配達をしながら大学に通おうか、あるいはもう、勉強には見切りをつけて普通に働き口を探そうか、そんなことを考えていたときに、今は亡き養父に出会ったんだ」
ヤジリさんは高校卒業、大学入学と同時に、この街で古くから名士として知られている、地主の金持ちじいさんの養子になったということだった。
「養父が私を拾ってくれたのは完全なる善意、ひょっとするとただの気まぐれだったのかもしれない。私は養子になってすぐに、都市部の大学に通うためこの街を離れたから、養父とそれほど長い間一緒に過ごす時間がなかった。それでも、たまに会えばいつもニコニコして、私の話を楽しそうに聞いてくれたよ……」
過去の思い出を慈しむように、目を細めてヤジリさんは語った。
「いいお父さんに、巡り会えたんですね」
「ああ、そうだ、自慢の父だ。だから私も、フェイルにとっての、自慢の姉になりたいだけなのさ。いやらしい話ではあるけれど、お金と時間には困ってないからね」
ただの、ヒマな金持ちの気まぐれなんだよ、と最後にヤジリさんは付け足した。
ヤジリさんは実子ではないので、養父から受け継いだ遺産がそれほど多いわけではないという。
それでも、こんなに立派な家をあてがわれて、暮らしぶりも困っている雰囲気ではないから、俺たち庶民が想像もつかないレベルの金持ちなんだろうなとは思った。
なにか他に仕事をしているのかもしれないがな。俺やフェイルさんが知らないだけで。
「答えてくれてありがとうございます。じゃあまた」
「ああ。気を付けて帰るんだよ。ところで少年、私の方からも一つ、質問を良いかな?」
帰り際、歩きはじめた俺にヤジリさんがそう言って質問をぶつける。
「なんですか」
「皆焼くん、きみはどうしてそんなに、物分かりが良いんだね……小学3年生の子どもと話している気が、まったくしないんだよ……」
俺はその問いに、答えることができなかった。
次回予告
「エルフ娘、同人デビュー」