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ああ。とうしんじさつ。

作者:

 細野晴臣 - 花に水 (1984)


を 聴きながら


 ””


 つい、5分前のことだ。ことである。ああ。これは今先ほど目の前で起こったことなのだが……。


 ええ。わたくしの愛しの金魚が、投身自殺を図ったのである。……まぁ。結果は……どうだろうか。未遂で終わることを願って、私はその一部始終をここに記載する。うむ。目の前のあなたも、願っていてくれないだろうか。私の愛しの金魚が未遂で終わる。無事であることを。



 ””


 ああ。つい、5分前にさかのぼろうと思う。私は、ふっ、と立ち上がろうとした。椅子から。気にも留めていなかったが、記憶の端に引っかき傷のように残った音。つい2、3分前に、どたっという音が聞こえたことが、不意に気になったからだった。


 ——私は意識に蓋をしようとその時、働きかけたのだが、それは少々難しかった。何故なら、……そうだな。なんとなくとしか言えないが、なんとなく、立ち上がりたくなったのだ、としか言いようがない。


 先ほど、立ち上がる3分前に私は確かに音に気づき、顔を上げた。その時私が確認したものは、愛猫が自ら部屋の戸を手と足で開けて入り、椅子へ向かってジャンプしたタイミングだった。


 ——ああ。そうか、愛猫の醸し出す音か。


 私は、特に疑問にも思わず、首を傾ける彼女の喉元をくすぐり、頭をこしこしと撫ぜて遣る。彼女は気持ちよさそうにエメラルドグリーンの目を細める。昨夜は、夜中の縄張りを散歩中(猫的な勤務中)に、どら猫と遭遇し、彼女は闘志をむき出しにし闘った後だったため、今夜も、気を張りつめているようだ。やれやれ。と私は、思う。


 ——なにやら、猫の世界も大変なようだよ……


 そう思い、彼女をかまうのをやめて、再び自らの思考の海に潜り、その数分後、私は、何の気もなしに、立ち上がったのだった。それが、今から、5分前の話である。



 立ち上がった私は、熱いコーヒーを継ぎ足そうと思い、ふっ、と、熱いコーヒーを右手に持ちながら、何気なしに金魚の水槽の方へ目を向けた。


 ——お。こいつら、まだ眠ってないな。あったかくなってきたから、食べたりないみたいだ。


 そのまま、ふっ、と下を見た。つまりは、床を。


 !?ふぁっ


 ——その時の私の驚愕ぶりは、まさに滑稽だっただろう。あまりの様子に、情景を信じられずに、3度は見返したぐらいだ。


 ……つまりは、その床には、目を疑う光景が広がっていたのだ。


 ——そう。一匹の金魚が、死んだように横たわっていた。



 …正直に申し上げよう。私は、実際初見で、終った……と、思った。


 ええ。思ったんですよ。こいつ、生きていない。と。


 そのあと思ったのは、愛猫の所業でした。……まさか、愛猫の彼女が、こいつを齧ったのかしらん?と。



 ……そこまで思考して、先ほど聞いたどたっという音の真相に思い立つ。まさか、あの時にかじられたのかしらん?



 ああ。無念である。可愛らしい金魚が。私が愛しいと思っている一匹が……(特徴で見分けられず未だに名前すらないが金魚が)


 私は、もう一度見た。……どうしよう。


 愛猫、彼女に齧られているのであれば、もう、生は絶望的であろう……。


 私は、もう一度その金魚に顔を寄せた。


 すると、その子は、


 ——あれ?動いてる……


 う、動いてるよっ生きてるっ



っ 


 慌てて、金魚を出来るだけ触れないように気をつけながらすくい、水槽の中に入れた。


 (持った感触は表面がゼリーのようになってしまっていた。床は金魚の水の跡が生々しく残されている)


水槽の中に入れられた彼女は、斜めの状態でふらーっと水中で不安定に落ちていく。


 ——やっぱり、駄目なのか……はらはら、しながらみつめている。


 よくよく見ていると、そのうち、小さな泡が丁度頭の上のひれの辺りでぽつんとくっついているのを見つけた。


 なんだこれ?



 そのうち、その小さなあぶくは、斜めに落ちていく金魚の口周りにも。



 そのうち、金魚は、底に落ちていくが、次第に、金魚は鰓呼吸を始めた。


 未だかつて見たことのない程の速度で、ぱくぱくとえら?が動いていることがわかる。顔?のあご?の裏側を始めてみた。ぱくぱくしていて中は朱かった。


 尾の部分は動かさないし、金魚はいまだに斜めで、底にいるのだが、彼女は必死に生きようとしていることが伝わり、私は感動した。


 ――がんばれ。生きろよ。


 ……その時、薄々私は勘づき始めていた。この金魚を愛猫が齧ったのではなく、金魚自ら、水中から飛び出た。死のダイブをしたのではないかと。


 そして、同時に妙なことを思った。


 ——ああ。人間なら、水中に飛び込めば死のダイブだけれど、金魚だから、空気中に飛び込めば死のダイブなんやなぁ、。やはり、水中と空気中の堺目は水なんだなぁ。水は境界だわ。←謎



 そんなことを考えているうちに、彼女は斜めの身体を持ち直し、まっすぐになっていた。



 尾もほんのすこしばたっとした。浮き上がる様子をほんの少し見せる。



 ””




 私が見たのはここまでだ。


 目の前のあなたも、願っていてほしい。彼女はきっと生還すると。



 奇跡の生還金魚になると。


 それでは。皆様おやすみなさい。


 

 

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