帰宅(真斗)
嘔吐、排泄の描写があります。
日曜日の午後。
木下先生から連絡があり、やはり優香の体調が悪そうなので、バスで学校まで戻って解散したのち、車で家まで送り届けるとのことだった。
夕方。もうすぐ自宅に着くという連絡を受けた真斗が、マンションのエントランスを出ると、そこには見覚えのある木下先生の車と、その横で地面にうずくまり、木下先生に背中をさすってもらいながら、手に持ったビニール袋にゲエゲエと嘔吐している優香の姿があった。
真斗が驚いて駆け寄ると、木下先生は片手で優香の身体を支え、もう片手で背中をさすってやりながら、顔を上げて真斗に会釈した。優香は顔を上げることも出来ず、背中を震わせ、ビニール袋に向かってゲエゲエと戻し続けている。嘔吐の苦しさのせいか、頬には涙が伝っていた。
「家に着いたら安心したのか、急に気分が悪くなったようで…」
「そうですか……。すみません、いつも行事のたびに…」
優香は、まだビニール袋に向かってゲエゲエと苦しげなうめき声をあげていたが、胃の中が空になったのか、大きく開けた口からは、透明な唾液だけがねっとりと垂れていた。
木下先生は、優香の背を何度か強くさすると、最後にトントンと軽く叩き、優香の顔を覗き込みながら、
「大丈夫か…?」
と優しく声をかけると、ポケットからハンカチを取り出して、涙と吐瀉物で汚れた優香の顔を拭った。
そして傍に置かれた荷物から、水の入ったペットボトルを手に取って蓋を外すと、
「口をすすぎなさい」
と言って、優香に手渡した。
その様子を、なすすべもなく見守っていた真斗だったが、吐瀉物でいっぱいになったビニール袋を優香の手元から取り上げた木下先生が、袋の口元を縛っているのを見て、我にかえって言った。
「ありがとうございます、うちで処分しますので…」
生暖かい吐瀉物で満たされたビニール袋はずっしりと重く、しっかりと口元が結ばれていても、酸っぱく不快な臭いが漂ってくる。
ぐったりとしてしゃがみ込んでいる優香を抱きかかえて家まで運びたかったが、片手は吐瀉物の袋で塞がり、さらに優香の荷物もある。
優香を抱えて家に運んでから荷物を取りに戻るか、それとも優香はここで先生に見ていてもらって、先に吐瀉物と荷物を持って上がろうか…。
真斗が算段をしていると、木下先生が優香の華奢な身体を横抱きにして抱き上げた。
「お宅まで送ります」
「…すみません、ありがとうございます」
ありがたい申し出ではあったが、木下先生に抱きかかえられ、胸元に白い頬を寄せて身体を預けている優香の姿に、真斗は胸がざわつくのを感じていた。
家に着くと、優香は抱きかかえられたまま、玄関で靴を脱がせてもらって、リビングのソファに運ばれた。
真斗がビニール袋の吐瀉物をトイレに流して片付けていると、廊下でバタバタと足音がして、優香を抱えた木下先生が顔を覗かせた。
「お腹が下っているようで…早くトイレに!」
木下先生の腕の中で、青ざめた顔をして震えている優香を見て、真斗は驚いてトイレから出た。
廊下に出ると、下痢のひどい臭いが漂い、優香が漏らしてしまっていることは明白だった。スカートのお尻の辺りを見ても汚れがないのは、オムツを着けているせいで、服は汚れをまぬがれたのだろう。しかし、オムツ越しにも関わらず漂う強い臭いは、優香が大量の下痢でオムツを汚してしまっていることを物語っていた。
「一人で大丈夫? 手伝おうか?」
真斗が心配げに尋ねる声に、優香は消え入りそうな声で「大丈夫…」とだけ答えると、慌ててトイレから出た真斗と入れ替わるように、どうにか自分で歩いてトイレに入り、ドアを閉めた。
どうにか自分で歩いて便器に座った優香だったが、廊下の木下先生と真斗がトイレの前から立ち去るのを待つ余裕はなかった。
ブリュ!! ブリュリュリュブリブリブリブリーーーグチューーーー。
ドア越しにもはっきりと伝わるひどい下痢の音と臭いに、真斗は急いで木下先生をリビングへと案内した。
「昨日、腹痛を起こして、病院でレントゲンを撮ったところ、便秘で、腸に大量の便とガスが溜まっているという診断でした。それで浣腸の処置をしてもらって、ホテルで休ませたんですが、ホテルに戻ってからは、むしろひどい下痢のような症状で。かわいそうに、昨日から今朝にかけて、何度も下して……。今朝は少し落ち着いたようだったの安心していたんですが、治りきっていなくてぶり返したようで」
木下先生の報告を聞いて、真斗はいたたまれない気持ちになった。
楽しいはずの修学旅行で、体調を崩したことも不憫だし、そのせいで慣れない病院で浣腸されたこと、その後も体調が良くならずに下痢に苦しんでいること、人一倍繊細で羞恥心が強いのに、ひどい便秘だったことや、浣腸の処置、さらにその後下痢をしていることまでが、担任の先生に知られていること。何もかもがかわいそうで、胸が痛んだ。
「そうですか……。ご迷惑をおかけしました。今お茶を淹れますので、お掛けください」
「いえ、もうお暇しますので、お気遣いなく」
「では、病院の費用だけ、すぐ用意しますので」
「費用は、いったん立替えていますが、保険が下りるはずです」
「そうですか、本当に、行事のたびに色々とご迷惑をおかけしてしまって…」
「いえ、本人のせいでもないですし…。病院での浣腸の処置が辛かったのか、その後、泣いていたり、体調もずっと良くなくて、つらそうで、かわいそうでした…。ゆっくり休ませてあげてください」
「……ずっと、付き添っていてくださったんですか…?」
「いえ、病院での処置の間は、もちろん同席していません。説明を受けただけで…。養護教諭が怪我をした生徒に付き添っていたので、日中は私が付き添いましたが、夜は女性の教諭と交代して、ずっと付き添っていたとか、二人きりでいたということはありません」
「ああ、いえ。そういうつもりで伺ったわけでは…。いつも特別に配慮いただいているようで、ご迷惑をおかけしていないかと…」
予想しなかった木下先生の返答は、自分の問いかけに咎めるような響きがあったのだろうか、それとも木下先生自身に、あえて否定しなければならないような、どこか後ろめたい感情があるのか。
真斗は慌てて言葉を選びながら、考えを巡らせずにいられなかった。