表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/130

体調不良(3)(梨沙)

 その後も梨沙は下痢に苦しみ、うとうとしかけては腹痛と便意で目を覚まして、何度もトイレに駆け込まねばならなかった。


 熱も上がっているようで、布団から出て、冷たいフローリングの床に足が触れると、悪寒と押し寄せる便意に、冷や汗を浮かべながら、身体を小刻みに震わせた。


 真斗は、トイレまで抱えて連れて行くことを頑なに拒否する梨沙が、フラフラとした足取りで部屋を出て行くのを見守った。時計を見ると、もう23時を過ぎている。終電までに帰宅するためには、30分後にはここを出る必要がある。


 トイレからは、梨沙の下痢がまだひどい状態であることを伝える、激しい排泄音が響いていた。


 出来ることはあまりなくても、高熱と下痢で憔悴し、心細そうにしている梨沙の側にいてやりたい気持ちがあったが、優香を一人にしていることも心配だった。

 梨沙に以前言われた「中学3年生にしては甘やかしすぎ」という言葉が頭をよぎりつつも、合宿から戻ってから体調が戻らず、下痢が続いているらしい優香のことが、やはり気になっていた。


 トイレの水洗の音が響き、部屋に戻ってきた梨沙に、経口補水液を飲ませ、

「そろそろ、薬を飲んでおく?」

と聞くと、梨沙は

「うん、そうする」とうなずいた。


 梨沙は水を一口含んで、真斗が手渡した薬を喉に流し込んだ。

 またむせたり、吐き気を催すことを心配して、真斗は梨沙の背中をさすった。

「ありがとう……もう大丈夫。吐き気は治まってきたから…。いつも、先に吐き気が治まって、お腹はしばらく下るけど、そのうち治るから」

「熱が上がってるんじゃない? 体温計は?」

「いい。…数字を見るとしんどくなるから、いつもあまり計らないの。多分明日には下がるから」

 梨沙はそう言って、弱々しく笑うと、

「本当にもう大丈夫。遅くまでありがとう。…妹さんも心配だろうから、電車があるうちに帰ってあげて」

と続けた。

「本当に一人で大丈夫?」

「うん、本当に本当に大丈夫」

 真斗は、体調が悪化したらすぐに連絡するようにと梨沙に念押しして、終電で帰宅した。


 翌日には、梨沙からお礼と、体調が回復したことを伝える連絡があり、その翌日には無事に面接を受けられたという連絡が届いた。

 その後も体調を気遣うやりとりを続けるうち、「続きは元気になってから」ということにしていた話の続きをすることもないまま、二人はなし崩し的によりを戻しつつあった。


 5月の半ばの金曜日。

 大学のゼミの懇親会があり、いつもは1次会で帰宅する真斗だが、その日は珍しく、2次会の店に移動するメンバーの中にその姿があった。


 梨沙はそっと真斗に近づいて声をかけた、

「珍しいね、2次会まで残るの」

「うん、昨日から妹が修学旅行に行ってるから」

「そう……。だったら、今日うちに泊まっていく?」

 そう言った梨沙の胸の内には、相反する気持ちが渦巻いていた。


 一つは、以前に梨沙自身が口にした、真斗とは家族観が違う、ということで、真斗と妹の関係は自分には受け入れがたかったし、そのために感じている違和感や寂しさは、解消されていない。このまま元の関係に戻ったところで、いずれまた破綻する、という理性。

 もう一つは、こんな時でないと、朝までゆっくりと二人で過ごせる機会はない、という思いで、真斗と妹の関係を一旦は受け入れて、その上で、二人で過ごせる時間を出来るだけ一緒に過ごしたい、という感情だった。


 結局、感情の方が上回り、梨沙と真斗は、以前のように梨沙の部屋で身体を重ねた。

 いつもと違うのは、そのまま二人で梨沙のベッドで抱き合ったまま、時間を気にせず眠りに落ち、翌朝を迎えたことだった。


 翌朝。

 二人で食べるブランチの支度をしていると、真斗の電話が鳴った。


「はい、佐伯です…、先生、いつもお世話になっております。……そうですか…。またご迷惑をおかけしてしまって…。……すみません、ありがとうざいます。…そうですか…浣腸も……。処置の後はどんな様子でしょうか? もともと血圧が低めなので、家で浣腸したときにも、血圧が下がったり貧血で気を失ってしまったことがあって…。はい……そうですか……すみません…本当にいつも、ありがとうございます。……よろしくお願いします。…はい、失礼いたします」


 通話を終えてからも、硬い表情で、暗くなった画面を見つめている真斗に、

「どうしたの? 何かあった?」と梨沙が声をかけた。


「妹が、修学旅行先で具合が悪くなってしまって…。朝から病院で処置をしてもらって、今日は観光はせずにホテルの部屋で休ませるって…。明日帰ってくる予定なんだけど、明日も体調が悪そうなら、担任の先生が家まで車で送ってくれるって」

「そう…心配だね…」


 電話のやりとりでの「浣腸したときに」という言葉や「病院で処置」という言葉が気になったものの、深く聞くことはできずに、梨沙は言った。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ